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『【彼女は上手に口が使えない】 』
ジュドー・リュヴァイン1149)&エヴァーリーン(2087)
 ジュドー・リュヴァインが剣以外のことはからっきしだということは、不本意ながら他ならぬ本人が一番よく自覚している。
 腐れ縁のエヴァーリーンも似たようなものだ……と思いたいところだが、彼女は意外にも芸の利くところがあって、手先が器用だし歌も歌える。
 戦いの腕では互角。体のそこかしこについた名誉の傷もほぼ同数。――自分がエヴァーリーンに勝てるところはあるだろうか。とそこまで考えて、背中に冷や汗が一筋流れる。ないっぽい。
 ならばせめて口だけでも勝ちたいが、これもいつも負けを喫してしまうのだ。だが生涯勝ちを諦めている訳では決してない。いつかは負かす。そう思う。
 そういうわけで、ジュドーはエヴァーリーンとともに黒山羊亭の一角で少々の酒をあおりながらごく静かに討論を交わしていた。傍から見ればどこか翳のある美女が悩みを相談しあっているかのよう。しかし男は誰も近寄らない。彼女たちからは、余人を寄せ付けない妙な気配が醸し出されているためだ。
「いつもお前は言うよな。ただ働きさせられるだの、厄介ごとに巻き込まれるだの、損な役回りをさせられるだのと。それは私だけのせいではないだろう」
「む」
 エヴァーリーンの口角が、注意しなければわからないほどだが釣り上がる。
「常々思うのだ。エヴァは必要以上に私に難癖をつける」
「ふ〜ん……」
 まるで感情のない目でジッと見てくるエヴァーリーン。寡黙というのは時に圧力だ。口に出してくれないと、何を考えているやらさっぱり判別できない上に胸が圧迫されるような感触を覚えてしまう。
 グラスを上げ、置く音だけがする。無言は1分ほど続いた。
「ジュドー、どうもあなたは物覚えがよくないらしいわね。戦い以外のことでは」
 エヴァーリーンは相変わらずの冷たい目で言った。
「……何を」
「覚えている限りを話そうか? 一年前、私はあなたに誘われて怪物討伐に行った。山間の寒村に大蛇が出現したとかで。まあそれほど強くはなかったわ」
 返事がないジュドー。彼女の場合、強い敵でないと印象に残らないことがある。
「誘う時”報酬はちゃんと用意があると聞いているから”とか言ったわね。でも終わってみれば食事と酒を振舞われただけ。ただ働きも同然。到底割に合うもんじゃなかったわ。記憶にない?」
 ジュドーは小さく頷いて、思い出したと言った。
「あれが精一杯だったのだろう」
「だろう、じゃないわ。どんな報酬かを確認しなかったあなたのミス」
「食事だけだなんて言えなかったんだよ、きっと」
「私の知ったことじゃあないわ。ビジネスにならないことは嫌っていうのは知っているはず」
 エヴァーリーンの口調に変化はない。しかし容赦なくジュドーの隙をペースを落とさず攻める。
「半年前には盗賊退治を持ちかけられたわね。例によってあなたは私を誘って、こともあろうに囮をやれと言った。しかも普通の町娘の格好をして」
「あれは……仕方がないだろう。片目の私では野郎どもを惹きつけることはできない」
 今度はすぐに思い出したのか、ジュドーが手早く応戦する。しかし視線は逸らしつつ。
「あの時ジュドー、どうしたかなぁ? 飛び出したところにトラバサミに引っかかって身動き取れなくなって、結局私がヒラヒラした服のままで全員を倒さなきゃならなかった。切られるし打たれるしで散々だった。……あんな単純な罠にやられるなんてねえ。一人だったらどうするつもりだったのかしら」
 押し黙るジュドー。劣勢である。
「いや、でもそれくらいだろう。私の完全なミスというのは。そうだな。なあ」
 そんなことはない、と笑うエヴァーリーン。
「たいそうな口を利く前に、私へのツケ、払ってもらおうかしら。かなり溜まってるんだからね」
 エヴァーリーンは胸元からメモ帳のようなものを取り出して、パシパシとジュドーの横っ面をはたいた。
「おい、何だそれは」
「借用書」
 ジュドーの顔に焦燥が走る。
「そんなものあったか?」
「あったの。やっぱり覚えが悪いわね」
 さっそく読み上げる。
 私ジュドー・リュヴァインはエヴァーリーンに借りを作ったのでうんぬんかんぬん、なんとかかんとか、だらだらだらだら……。自分はかくも色んなものを貸しているのだとエヴァーリーンは羅列する。
 もちろんこれは即興の演技。紙面には何も書いていないが、ジュドーは予想外の展開と勢いに負けているのとで確認すらしない。
「そんなにあったのか……?」
 茫然自失のジュドー。
「この借用書は、ジュドー自身が私に対して”悪かった”と考えている証拠なわけ。……ああ、こんなのもあったわね。敵を捕らえた時に縛るものがなかったから鋼糸を差し出せと言った。あれ、まだ戻ってない。結局自腹で新しいの購入したっけ」
 これは事実とは少し違う。エヴァーリーンはその時の依頼主だったエルザード城から密かにワンランク上等な鋼糸を受け取っている。しかしジュドーは追求しない。真に受けている。
「いや、何と言うか」
 もう勝負はついた。エヴァーリーンは架空の借用書をしまって言った。
「いっぺんに払ってもらわなくてもいいけどね。まあ今後私を誘うっていうなら、よーく考えることをオススメするわ」

 その後、ジュドーは流されるままに二人分の会計を任されてしまった。
「今日だって誘ったのはあなたでしょう。人から時間を買ったと思いなさい」
 そう言われて、返事が喉から出なかった。奢るつもりなど毛頭なかったのに。懐が寂しくなった。
 エヴァーリーンはもう外で風に当たっている。
 ――いつかは負かす。いや、本当に勝てるかな。
 珍しくジュドーは弱気になった。

【了】
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聖獣界ソーン
2005年04月13日

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