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『さくら咲くら 』
本郷・源1108

 「今日はいい天気じゃのぅ」
 「まさに登校日和ぢゃな」
 源と嬉璃の二人は、揃ってあやかし荘の中庭に立ち、青く澄んだ空を見上げていた。
 源は眉の辺りに手で庇を作り、嬉璃は眩しげに目を細めている。麗かな春のとある日の朝の事であった。
 「で、結局、ランドセルは何色にしたのぢゃ?」
 「うむ。赤やピンクはもう飽きたからの。今年は可憐な桜色にしてみたのじゃ」
 「なるほど、それは良いな。代わり映えしない小学生生活も、それで少しは華やぐであろ」
 今年は?毎年?何やら意味不明な会話である。
 嬉璃がふと、懐に入れてあった懐中時計を紐を引っ張って取り出す。時間を確認し、源へと向き直った。
 「ほれ、そろそろ行った方が良いのではないか?たまには余裕を持って登校したらどうぢゃ」
 「そうじゃの…時間に追われず、のんびりと通学路を歩くのも良いな」
 源は頷き、踵を返すと薔薇の間へと戻っていく。部屋の隅に並んでいるのは、ランドセルだ。何故か、三つ並んでいる。そのランドセルには見向きもせず、源はその斜向かいの隅に置いてある、新品の桜ジ色のランドセルを持ち上げ、背負った。
 「では嬉璃殿。いってきます」
 「楽しんでくるのぢゃぞ」
 珍しくにっこりと笑って源に手を振る嬉璃。そんな嬉璃に手を振り返し、同じようににっこりと微笑んでいた源だったが…
 「…って、いつまでも騙されるか―――ッ!」
 ころりと顔の表情を変え、背負っていたランドセルを降ろすと、バン!と足元に叩き付けた。
 「何をするのぢゃ、おんし。物は大切に扱えと教わらなかったのか?」
 「教わったとも、じゃが、このランドセルが駄目になっても、わしにはまだ三つも在庫があるのじゃ!」
 ダンダン!と癇症に脚を踏み鳴らす源。ふぃーと闘牛の牛のように熱い息を吐くと、少しは落ち着いたようだ。
 「いきなりどうしたのぢゃ、おんし、昨日までは普通に登校しておったではないか」
 「そりゃ、嬉璃殿にイロイロと諭されたからの。わしとて、無用な争い事は好まん。何とかして、納得しようと努力しておったのじゃ」
 だが、納得し切れない事があったらしい。通算四回目の入学式及び小学一年生生活の、何が彼女のお気に召さなかったのか。
 「テラの方針だのシステム上の問題などで納得してしまうのもどうかと思っての…ここはやはり、東京怪談的な理由付けで納得してみようと思ったのじゃ」
 源は腕組みをし頷く。聞かせてみよ、と嬉璃が無言で先を促した。
 「やはり、こう言うシチュエーションで考えられるのは、メビウスの輪じゃろう。わしは、何らかの事情或いは陰謀で、繋がった空間に閉じ込められた哀れな子羊、綿々と続く同じ時間軸の中を繰り返し生きているのでは、と考えたのじゃ」
 「ほほぅ。それで?」
 「幸いと言うか何と言うか、割り当てられたクラスも教科書の中身も、そして担任教師もクラスメイトの面々も全く同じじゃった。ビンゴ!と思った矢先…わしは気付いてしまったのじゃ…」
 「…何に」
 霧の問い掛けに、拳を握って力んでいた源が、びしっとあやかし荘の中庭を指差した。そこには、四月も半ば過ぎだと言うのに満開の桜の木が、空の青を従え、薄紅色の花弁を今が盛りと誇っていたのだ。
 ちなみに、以前、二人で花見をしてとんでもない酔っ払い方をしたあの息の長い桜の木とは別物である。
 「見よ、この桜を!」
 「如何にも見事な咲きっぷりぢゃ」
 「まさに絶景を呼ぶべき光景じゃの。日本に生まれて良かっ…って、違―――う!」
 うんうんと感慨深げに頷く嬉璃に、源がばしんと激しい裏手ツッコミをした。
 「そうじゃない!わしはもう誤魔化されぬぞ!今年は気象の異常で、桜の開花が全国レベルで遅かったのじゃ!去年は、入学式の時に盛りで、今頃は既に殆ど花の残っておらぬ葉桜状態だった筈じゃ!と言う事は、これは同じ時間の繰り返しではない、と言う事ではないか!!」
 「うーむ、そんな情緒的な所で気付くとはのぅ……」
 感心したように呟く嬉璃に、どう言う事だと源が詰め寄る。ふと、嬉璃が思い出したように言った。
 「ところでおんし。時間は良いのか?」
 「えッ?!」
 嬉璃がこちらに向けた時計の文字盤を見て、源は一気に顔面蒼白になる。
 「し、し、しまった!今日はわしが日直の日じゃったー!」
 嬉璃を追求しようとしていた事も忘れ、源は地面に叩き付けたランドセルを拾い上げると物凄い勢いで走り出す。さすが獣人の血を引く源、あっと言う間に見えなくなるその背中を見送りながら、嬉璃がやれやれと肩を落とした。


 で、ここは小学校、一年生の教室。まだ幼さの抜け切らない新一年生に混ざり、源は一番後ろの席で、行儀悪く頬杖など付いて授業を受けていた。
 『…で、ここで教師が「布団がふっとんだー」なんて言う前世紀の遺物的ダジャレをかまし、また、それに大喜びするクラスメイト達…』
 源の言うとおり、どっと教室中が笑いの渦に巻き込まれる。教師のダジャレにこれだけ笑えるのは、まだ純粋で初々しい証拠なのだろう。…約一名を覗いて。
 『せめて「お風呂がアフロンジャー」ぐらいの洒落た事が言えぬのか…小学校教師ともあろうものが』
 教職にダジャレの才能は必要かどうかはさておき。ついでに言うと「お風呂がアフロンジャー」と言うシャレもどうかと思うがそれもさておき。既に三回目ともなると、次の展開が読めるどころの騒ぎではない。例え、毎年毎年同じ一年生を繰り返すにしても、発生する出来事や事件が違うのなら、それはそれで楽しめるに違いないのだ。だが、授業の内容もクラスの面子も、その他もろもろ全てが去年と同じでは、希望に満ち溢れる一学期の筈なのに、既に源は厭世的にもなると言うものだ。
 源は、はーっと大きな溜息を漏らす。未だに教師のギャグにウケているクラスメートを尻目に、源は脱力して机の上に突っ伏した。


 「…どうした、おんし」
 「……別にぃ〜」
 「身体の具合でも悪いのか」
 「……別にぃ〜」
 元気が売りの源にしては、頼りない返事である。さっきから源は、気怠げなジョシコーセーのような調子で、それしか知らないように、何を聞いてもこの返答のみなのであった。
 あやかし荘の薔薇の間で、片方の頬をぺたりとくっ付け、座卓に突っ伏している。寝ている訳ではなくちゃんと起きているのだが、開いたその目は空ろで、まるで食っても不味いが故に釣り上げられてからすぐに打ち棄てられたまま数日間、炎天下の元に放置されていた魚のような目をしている。
 「嬉璃殿…」
 不意に声を掛けられ、嬉璃が源の方を見る。姿勢は全くそのまま、視線の向きさえ揺らぐ事無く、源は疲れた声で囁く。
 「…なんか…人生と言うものは…タルいのぅ……」
 「は?」
 「こうして陽に当たっていると…もう何も要らぬと言う気がするのじゃ…」
 「……」
 嬉璃は何も答えず、ただじっと源を見詰める。暫しそのまま無言で真っ直ぐに視線を当てていたが、やがて何かを思い出したよう、ぽんと手を打ち鳴らした。
 「そうか。五月病か」
 五月病。そう言う名前の病気がある訳ではない。入学や就職など、新しく変わった環境に馴染み切れずに、或いは生き馬の目を抜くが如き受験戦争・就職戦争を潜り抜け、ようやく訪れた安穏に魂魄を抜かれ、虚脱し腑抜けになる状態の事を言う。
 「…まさか、源が五月病に掛かるとはの…尤も縁遠い人間かと思っておったが」
 この世の生きとし生けるものが全て絶望し打ち拉がれても、源だけはパワフルに希望に満ち溢れていそうだと思っていたらしい。
 それ故、今、自分の目の前で気力を無くしただのデクノボーに成り下がっている源を見ているのは、さすがの嬉璃も心が痛んだ。何とかして元の元気のいい源に戻してやりたい。そう思って嬉璃が懐から取り出したのは…
 「…それは何じゃ、嬉璃殿」
 「うっ」
 虚ろな源が、まさか周囲に気を配っているとは思っていなかった嬉璃が言葉に詰まる。座卓に突っ伏したままの源が視線だけでぎろりと座敷わらしを見上げた。
 「嬉璃殿、その手に持っているもの…わしには注射器に見えるのじゃが?」
 「こ、これは…」
 「まさかおんし、その怪しげな薬をわしに投与し、人格からコントロールする気なのでは!?」
 ぎくっ。
 あからさまな嬉璃の動揺は、源の問いにyesと答えたも同然だった。素早く立ち上がり、源は嬉璃との間に距離を取ってファイティングポーズを取る。さっきまでだらけまくっていたとは思えない程の軽快な身のこなしだ。
 「ちっ、面倒ぢゃ!源、覚悟せい!」
 きっと奥歯を噛み締めた嬉璃が畳を蹴り、源に向かってダッシュする。勿論、その右手には例の何だか訳の分からない液体の入った注射器が握られている。
 「おんしの為ぢゃ!ここは素直にテラの操り人形となるがよい!」
 「だから、なんでわしが寺の人形なんぞに…さては嬉璃殿、どこかの寺院と妙な契約でも結んだのではあるまいな!?ええい、汚らわしい!わしのような可憐で幼い稚児を集め、アヤしげな人形遊びに興じるとは!腐れ坊主どもめ!」
 飛躍し過ぎ。と言うより、それは小学一年生の発想ではありません。
 嬉璃の攻撃を横っ飛びに避けて、源は通り抜けざま、嬉璃の項に手刀を見舞う。鋭い攻撃をもろに浴びた嬉璃は、うっと呻いてその場にがくりと倒れる。もんどりうって畳の上でスライディングし、そのまま勢い余って柱の角にしこたま頭をぶつけた。
 ごぃん!と鈍い音が鳴り響く。気の所為か、うつ伏せの嬉璃の頭頂部と柱の角の接触点から、薄らと煙が立ち昇っているようにも見えた。
 「…手強い相手じゃった…じゃが嬉璃殿、戦闘でわしに勝とうと思う等、百億光年早いわ」
 ふ、と額の汗を拭い、満足げな源。その頭上で、何かがキラリと光った事には気付いていなかった。

 ぷすっ。

 「……………」
 源の動きがぴたりと止まる。そのおかっぱ頭のてっぺんには、一本の注射器がぷすりと。どうやら、先程、嬉璃が転倒した際に、注射器は嬉璃の手から離れて空中を舞い、時を置いて落下した所がちょうど源の頭だった、と言う事らしい。
 「…………う」
 ばたり。源が頭に注射器をぶっ刺したまま、前のめりに倒れた。そのまま、ぴくりとも動かなくなる。あやかし荘、薔薇の間では、ひとりの少女とひとりの座敷わらしが、二人してうつ伏せに倒れたまま、微動だにしないまま、日が暮れていこうとしていた。
 開いたままの窓から、桜の花びらが一枚、また一枚と薔薇の間に舞い落ちてくる。それはまるで、源と嬉璃を弔うよう、二人の背中にひとつ、またひとつと降り積もっていった。


 …で、結局、源はどうなったかと言うと。
 今日も元気に、源は小学校へと通うのであった。

 桜色のランドセルと共に。


おわり。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年04月13日

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