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『さくら 』
所所楽・石榴4623)&サーガイン・ガイホーク(4754)


 色々な偶然が出会いを呼ぶ。
 本来ならば、決して交わるはずのなかった道。それが交わったとき、それを出会いと呼ぶのだろう。

 所所楽・石榴とサーガイン・ガイホークの関係もまさにそうだった。
 石榴は割と普通の女性、しかしサーガインはそもそもこの世界の住人ですらない。
 それでも、彼がこの世界にやってきてから、道が交わったそのときに出会いは生まれた。

 まぁ、紆余曲折はあったしこれからもあるだろうが、何時しか二人は惹かれあい、晴れて恋人同士に。今は同棲までしていたりする。
 しかし、二人はまだまだお互いのことを全然知らない。ゆえに、恋人同士となった今でもまだまだ硬い。

 そもそも、同棲までしている二人がデートの一つもしたことがないというのは、常識から言えば半ば異常かもしれない。
 だから、その状況を打開するべく動くのだ。

 時は春。桜が満開のこの季節、誰もが心を弾ませる。
 石榴が少し頭を上げれば、そこにはヒラヒラと舞い散る桜の花びら。
 それを一つ手に取り、うん、と彼女は頷いた。



* * *



 その日、サーガインは何時ものように『アトリエ〜桐〜』の店番をやっていた。
 こちらにやってきた当初、生来の性格からか色々と碌でもないことばかりを考えていた彼だが、石榴と出会ってから少しずつ変わってきていた。
 本来ならば、こんなことを彼がやるはずもないのだが、石榴という愛しい人が出来た今、それを手伝いたいと思うのは自然の成り行きな訳であって。
 そういうことだから、彼が店番をやるのはなんらおかしいことではないのだ。
「いらっしゃ…と、お帰りなさい」
 店のドアが開き、客だと思い彼が顔を上げれば、そこには石榴が立っていた。
「サーガインさん、店番ご苦労様です」
「あ、いえ…これくらいのことは当然ですから」
 石榴がにこりと微笑めば、サーガインは照れくさそうに頬をかいた。

 それからしばらく、二人の間に沈黙が下りる。そして、そのまま会話もなく石榴は奥へと下がっていった。
「……はぁ」
 サーガインは一人溜息をつく。何故折角の二人きりなのに、一言も喋られなかったのか。
 確かに石榴は大切な人、しかし、まだあまりにもお互いのことを知らなさすぎる。
 もしかしたら、自分の何気ない一言が彼女のことを傷付けてしまうかもしれない。そんなことになってしまえば、自分はどうしたらいいのか。
 恋とはかくも難しきもの。彼はまた、一人溜息をついた。



 サーガインが一人深い溜息をついている頃、石榴は台所に立っていた。
 自慢の長い髪を後ろに纏め、袖を捲り上げて深呼吸を一つ。
「……よし」
 そして、彼女は包丁を手に取った。



「……はぁ」
 これで一体何度目なのだろうか。彼自身もよく分からないほどに溜息を吐き、時計を見上げた。時間はそろそろお昼時。
「サーガインさん」
「は、はい?」
 また彼が溜息をつこうとしたところで不意に後ろから声をかけられ、彼は内心の驚きを隠しながら振り向いた。
 そこに立っていたのは石榴。そして、その手には大きな包み。それが彼にはなんなのかわからない。
「あの…」
 彼女は少しだけ俯いて言いよどみ、そして顔を上げ、上目遣いに言った。
「お花見…行きませんか?」
 そして、一瞬沈黙。
「お花見、ですか…?」
 沈黙の後、出たのは何故か疑問系。今彼の中では、さっきの上目遣いがあまりにもカワイイだとか、お花見って前に雑誌で見たあのお花見だよね?などという思いがぐるぐると渦巻いていたりする。
「で、ですが…」
 一度、まずは心を落ち着けてから彼女を見てみる。彼女はいまだ上目遣いにサーガインを見ていた。少し不安げなその表情に、ドクンと胸が鳴る。
 断る理由など、ない。ないのだが、何処か遠慮をしてしまう。しかし、その彼女の表情には絶対に勝てない。
「…はい」
 何処かにまだ照れと遠慮がある。しかし、彼女との思い出が作れればそれでいいか、などと思いながらサーガインは首を縦に振った。





○桜の木の下で…



「荷物は私が持ちますね」
 そして、サーガインは緊張していた。
(はっ、もっもももももしかしてこれはでいとと言うヤツですか!?)
 今更気付くのがとことん遅すぎる男、サーガイン。もしかしなくてもデートのつもりで石榴は誘ったのだ。
 こちらにきて数ヶ月、何度か雑誌で読んだことがあるが、デートの終わりは…。
(…ま、ままままままだ早すぎます!)
 思考の展開が速すぎます。

 一人挙動不審なサーガインに、しかし石榴も気付かない。
 店のほうは妹たちに任せてきた、何も心配はない。心配事があるとするなら、それは自分。
 これからどうしようか、もし何か失敗でもして彼を不機嫌にしてしまったらどうしよう…初めてのデートに、嫌なことばかりが浮かんでくる。
 いや、そんなことはない。今日はきっと楽しいから。そう思って、彼女は首を軽く振った。

「わぁ…」
 感嘆の声を上げたのはどちらだったのか。ぎこちない二人は、何時しか公園に辿り着いていた。
「綺麗ですね…」
 舞い散る桜に、サーガインですらも目を輝かせる。
 春らしい暖かい昼下がり。しかし平日ということもあってか、公園で花見を楽しんでいる人は思ったよりも少ない。
「あそこがいいですね」
 誰も座っていない桜を見つけ、二人はそこまで歩いていく。



 さて、シーツを敷き、そこに弁当の入った包みと水筒を置き、さぁこれからというところで、二人は向かい合いながら座った。何故か正座で、礼儀正しく。
 まぁ向かい合うだけならば何も問題はないのだが、問題はそこから。また、店にいたときのように会話がなくなった。
 変な緊張感。まるでお互いのことを今まで知らなかったような、でも顔だけは知っている、そんな空気。
 その一種独特の空気は、まるでお見合いのようだった。
 本来なら、『桜が綺麗ですね』などと言うところなのだが、お互い緊張のあまり声が出てこない。
(な、何か、何か喋らないと…)
(えっと、こ、こういう場合は…)
 二人とも内心では話したいのだ。しかし、どうしても相手の出方を待ってしまう。相手の出方を伺う様は、まるで真剣勝負。
「「あの!」」
「「あ、ど、どうぞ」」
 そして、お約束のように、二人で息を合わせて全く同じことを言う。
「…ぷっ」
 これには思わず、石榴が噴出してしまった。
「…ははっ」
 それを見て、サーガインも少し笑う。少しは緊張が解けたのだろうか?

「えと…」
 改めて仕切りなおしを。まずは石榴が口を開いた。
「ぼ、ボクは所所楽石榴です」
 なんと言うか、空気がガクリという音を発したような気がした。
 多分、二人を知っている人間がその場にいたら、『今更そんなこと話してどうするよ!?』なんていう風にツッコミを入れたに違いない。
「あ、こ、これはご丁寧に。私はサーガイン・ガイホークです」
 しかし、サーガインもそれにつられてか同じように自分の名前を繰り返す。何処まで初なのかこの二人は。

「…ふふっ」
 それでも、先ほどまでの硬すぎる空気は少し和らいだようだった。名前を言い終わり、どちらからともなくまた噴出した。
 お互いに口を開けば何のことはない。ただ、普段と同じようにすればいいということに気がつく。大切なために、どう扱っていいか分からない。そんな状況を二人は脱したようだった。
 緊張が解ければ、自然と張り詰めていた空気もなくなり、また静かな昼下がりが戻ってくる。
『ぐきゅるるるる〜…』
 そう、今はお昼時。身体が自然と食べ物を望んでくる。それを、サーガインの腹の音が雄弁に語る。
「あ…ふふっ、お弁当食べましょうか」
「そうですね」
 また笑う石榴に。少し照れくさそうに頬をかいて、サーガインは少し微笑んだ。

「おぉ…」
 石榴が五段重ねの重箱を広げれば、途端に広がる和食独特の香り。彩りも鮮やかなその眺めに、サーガインが思わず唸る。
「えへっ、ちょっと気合入れて作ってみました」
「そうだったんですか…いや、凄いですよ。ちょっと食べるのが勿体無いくらいで」
 そうは言いながら、サーガインは箸を持って食べる気満々だったりするわけだが。
 しかし、どれも美味しそうでどれから食べればいいのか、サーガインは決めかねていた。そんなサーガインを見て、石榴が徐に里芋の煮物を箸で掴む。
「えっと、あ〜ん…?」
「え…?」
 それは、石榴からすれば、ただオススメのものを食べてもらおうとした半ば無意識の行動なのだが、サーガインは思わず照れる。
 『はーい、あ〜ん』といえば、カップルの中でも最上級のラブラブ技なのだ、初なサーガインが照れないわけがない。
「あ…」
 そんなサーガインを見て、石榴はようやく自分のやっていることに気がついた。しかし、既に箸は口元まで持っている、今更引っ込みはつかない。
 お互い赤面状態のまま少しの逡巡。そして、決心したようにサーガインが『あ〜ん』と口を開き、石榴はそのまま里芋をその口の中へと入れた。
 しばらくサーガインの咀嚼だけが続き、喉が鳴る。
「はぁ…美味しいですね」
 また訪れた緊張は、石榴の真心と愛情の篭った料理のおかげでまた吹っ飛んだようだった。



 それからはしばらく楽しい昼食タイムが続き、気がつけば五段あった重箱の中身も綺麗さっぱりなくなっていた。二人で食べるには多すぎる量だったが、残しては勿体無いとサーガインが少し無理をして全部食べてしまったのだ。
「はぁ…これだけ食べたのは本当何年ぶりでしょうか」
「そんな無理して全部食べなくてもよかったのに…」
 お腹をさするサーガインに、石榴は少し苦笑する。
「いいえ、勿体無いですし、何よりも美味しかったですから」
 サーガインは少し笑い、石榴さんが作ったものですしね、と最後にボソッと付け加えた。
「あ、何か言いました?」
「いいえ、何でも」
 その言葉は石榴には聞こえなかったが、こういうのは聞こえていないほうがいいですよね、とサーガインはまた少し笑った。

 なんでもない会話が楽しかった。二人は、相も変わらず正座で向かい合ったままだったが、きたばかりの頃の緊張感はすっかりなくなり、そのお見合い状態さえ除けば普通のカップルに見える。
 やれ趣味はなんだの、やれ好きなものはなんだの、話題は尽きない。それくらい、二人はお互いのことを知らず、またお互いのことを知りたいと思い、お互いの情報を欲した。
 どんどん時間が過ぎていく。お昼時もすぎ、公園には二人以外の人間はいなくなった。
「…あ」
 そう言えばと、石榴が思い出したように声を上げた。
「重箱、片付け忘れてましたね」
 二人の周りには、すっかり役目を終え軽くなった重箱がいまだに広がっていた。
「そう言えば…手伝いますよ」
「あぁいいですよ、ボクがやりますから」
 サーガインが重箱に手を伸ばし、同時に石榴の手が伸びて…二人の指先が少し触れた。そんな何でもないことが、二人の頬を紅く染め上げていく。
「……」
 言葉もなく石榴が少し上目遣いに見てみれば、ふと視線が絡み合った。

 サーガインの頬が紅い。それを見ているだけで、ドクドクと鼓動が速くなっていく。
 信じられないほどに、自分の頬が熱い。身体が勝手に、サーガインの方へと動いていく…何処か他人事のように、石榴はそう思った。

 石榴の頬が紅い。少し上目遣いなその瞳が、何か期待を込めるように潤んだ様に見えるのは気のせいだろうか?
 薄いルージュが目に入る。柔らかそうな唇、それを触れてみたいと思ったとき、サーガインの身体は自然と石榴のほうへと寄っていく。

 そっと触れ合うだけだった指が、しっかりとお互いを絡めあう。
 石榴の瞳がそっと閉じて、二人の距離が少しずつ縮まって…。

「にゃ〜」

 そんな無邪気な鳴き声に、二人の身体がビクッと弾け離れた。
 泣き声のしたほうを見れば、そこには広げたままだった重箱を舐める猫の姿。見つめる二人と視線が交錯した瞬間、その猫はすさま逃げ出した。
「…ははっ、石榴さん、そろそろ帰りましょうか」
 気がつけば夕刻。世界が紅く染まっていた。





* * *



 店までのそう遠くない距離を、二人は並んで歩いていく。
 きたときと同様、二人に会話はない。しかし、きたときとは確実に何かが違っていた。
 夕刻、全てが紅く染まる一瞬。二人の顔も紅く染まっていた。しかし、それはきっと夕日のせいだけではなく。
 そして、二人の距離。ぎこちなく、それでも確実にその距離は縮まっていた。
「石榴さん、また二人で何処かに行きましょうね」
「…はい」
 サーガインから何処かに行こう、と誘うことなど前はなかったわけで。
 時間はまだまだある、二人の世界はここから。





 それから数日後。
「…………」
「…あ、サーガインさん…」
 店番を頼んでいた石榴が帰ってきたとき、サーガインは気持ちよさそうに眠っていた。起こそうかと思ったが、あまりにも気持ちよさそうな顔に、その考えも飛んでいく。
「……」
 石榴は店内を見渡した。二人以外、誰もいない。
 時計の針が動く音だけがする、静かな店内。無防備なサーガインの姿。その頬に石榴は顔を近づけ、そっと口付けをした。
「むにゃ…石榴さん…」
 あの時は未遂だったから、今はこれで。
 気持ちよさそうなサーガインに上着をかけて、石榴は上機嫌に台所へ向かった。

 さぁ、明日のために何を作ろう?
 二人で過ごす時間に、思いを馳せて。



<END>

――――――――――



 初めまして、ライターのEEEと申します。今回は発注ありがとうございました。

 付き合いだしたけれど、まだお互いのことを何も知らない二人…いいです、凄くツボです(笑
 今回のことで、二人の距離が縮まればいいなぁと思います。
 まぁまだまだ時間はあるんだから、ゆっくりあせらずに二人の時間を過ごしていくのが一番ですけどね。

 それでは今回はこのあたりで。ありがとうございました♪
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
EEE クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年04月13日

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