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『花見風呂は危険の香り 』
有働・祇紀2299)&瀧津瀬・流(4289)
 有働祇紀の家の庭には、見事な桜があった。優しく眠気を誘うような風は、静かに桜の花びらをふらせる。
 そんな縁側で家の主、祇紀が預かりものの魔剣を膝に昼寝させつつ、花見がてら日向ぼっこをしていた。
 魔剣、といっても人型をしており、500mlのペットボトルくらいの大きさで、祇紀の実が魔剣であるが故か、のんびりとした気分で舞い散る桜を眺める。
 いつ整えられたのかわからない、しかし鮮やかな色を放つ金糸の髪。長くのびた髪を無造作に束ね、その髪の中に隠れた鋼のようなくすんだ水色をしている瞳で、ただその景色を見つめる。
 服装は桜の木と似た渋い茶色の着流しに羽織。
 水墨画にすればさそがし美しいものが描けそうな、そんな時間がとまってしまったかのような空間。
 そこにその空間を壊す事なく、祇紀ではない別の人物の声が聞こえてきた。
「お邪魔するぞ」
「……流か」
 足下まで届く長い銀色の髪が視界に入り、祇紀は小さくその名を呟いただけで、完全にそちらを見る事はしなかった。
 一方名を呼ばれた瀧津瀬流は、青い右目にうつる桜の舞いに足をとめ、昼寝をしようと思っていたのだが、その桜の見事さに昼寝をする事をやめた。
 流は勝手に祇紀が営む骨董屋の方へいき、売り物として並んでいる壺を手に取った。
 ここに並んでいる品はどれも意思を持っている。壺は流を主とは認めないようだが、本性が龍神であるが故か、拒絶することもなく、ただ沈黙を守っている。
 それに流は微妙な笑みを浮かべつつ、台所に立ち寄りお湯をわかす。
 お湯がわいた後、それらを手に流は祇紀から見えぬ位置にある桜の木の下へと持っていく。
 とそこへ来客を告げる鈴の音が聞こえ、それに続いて店主を呼ぶ声が聞こえた。
 祇紀は膝で眠る魔剣を優しくおこし、持ち主が迎えに来た事を告げる。
 流は祇紀が家の中に消えたのを確認した後、壺の中にわかした湯をいれ、白蛇の形態をとる。はらり、と主をなくした着物が地面におちる。
 持ち主に魔剣を帰した後、祇紀は縁側に戻り、ふと流の姿がないことに気がついた。
 一体どこにいったのだろう、と庭を見回し周りの物達に聞くと、死角になっている桜の木を教えてくれた。
 そしてそちらの方に視線を向けると、壺がぽつん、と置かれ、その口から白いものが見え隠れしているのが見える。
「……」
 ぷちん、と祇紀のこめかみあたりで音がした。否、実際には聞こえる事はないが、そんな音がしたような気がした。
 ゆっくりと近づくと、流が白蛇姿で花見風呂を楽しんでいるのがはっきり見える。
 しかも鼻歌まで聞こえてくる。
 祇紀は手元にあった木の板をつかむと、無言で、しかも無表情で壺に近寄り、おもむろに蓋をした。
 そしてそれを持ち上げ、思い切りシェイクしてから中身を地面にぶちまけた。
 祇紀は大きく息を吸い込むと、地面で平衡感覚を失い、くらくらしている流に向けて口をあけた。
「たわけめ! これはお前が風呂にするような物ではないわっ!!」
 今度は頭上から大声量がふってきて、流はぱたん、と地面に倒れた。
「……壺も別に何も申してはおらぬ、大丈夫であろう」
 言い返してみたものの、祇紀の上からかかる圧力に、流は少し逃げ腰になる。
「おまえが相手だ、文句をいいたくとも言えない事もあるだろう!」
「言いたい事はあるなら、きちんと言った方がいいぞ」
 壺に向かって流が言うが、壺は沈黙を保ったまま。
「ふざけるな!」
 不意に祇紀の身体がそこから消えた。
 瞬間、その場にあったのは一振りの剣。刀身が半透明で全長2m以上はある幅広の大剣が姿を現していた。その下には着物が落ちている。
「なにもその姿にならずとも……」
「問答無用!」
 ぶん、と空気を切り裂く音と共に刀身が閃く。流を狙い、無闇に斬っているように見えるが、周りの物達を傷つける事は一切ない。
 流は白蛇の姿のまま逃げ回り、魔剣化した祇紀が追いかける。
 そして壁においつめ、二人の姿が人型に戻った瞬間。
「あ、あの……?」
 先ほどの魔剣を引き取りにきた女性が、困ったような顔で立っていた。
「お願いしたい事があったんですが……声をかけてもいらっしゃらないようで……こちらで物音がして……あの、その……」
 あまりの光景に女性はしどろもどろになっている。
「それは失礼した」
「……とりあえず、着物、着て頂けますか……?」
 無表情で謝った祇紀に、女性はくるりを後ろを向いて耳まで真っ赤にして言った。
 ふと我に返れば、泥だらけになった男二人が、裸で桜舞う庭に見つめ合って立ちつくす、というなんともいえない光景ができあがっていた。
「これは大変失礼した」
 泥を払い、着物に身を包む祇紀の後ろで、壺をたてなおし、残ったお湯を注ぎ、再び白蛇姿で花見風呂としゃれ込む流。
「……おまえというやつは……」
 祇紀の肩がふるふると小刻みにふるえる。
 ぐいっと流をつかむと、祇紀は思い切り振りかぶり、遠くへと流を投げ飛ばした。
 そして何事もなかったかのように壺の湯を捨て、軽くふって水滴を落としてから女性の方へと向き直る。
「で、ご用件は?」
 無表情のまま、祇紀は言った。
 
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東京怪談
2005年04月12日

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