▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『腹黒ウキウキティータイム 』
オーマ・シュヴァルツ1953)&ルイ(2085)



 
 柔らかな日差しが差し込む午後の一時。
 ふふふふんっ、と鼻歌を歌いながらご機嫌な様子で、ピンク色をしたレースのエプロンの裾を揺らし掃除をしているのは、美しい若奥様ではなく、がっしりとしたムキムキマッスルなオーマ・シュヴァルツであった。
 掃除も洗濯も料理も任せておけ、の万能主夫である。
 その能力の高さは並ではない。
 家族を愛するが故、そして自分の保身の為にオーマは日々主夫業に専念する。もちろん、依頼を請け負ったり、医者としての仕事もしたりはしていたが、主夫業もオーマにとっては立派な職業だった。
 とにかく美味いものを食べたい、と思ったら自分で作るしかない。妻に作らせたらどんな料理が飛び出すのか分からないからだ。
 地獄の番犬こと妻の作る料理は、それこそ誇張する訳でなく、本当に地獄の料理ではないかと長年連れ添ったオーマは思う。
 妻の手料理が出てきた時は、オーマは毎回瀕死の重傷を負う。胃だけではなく精神的にもだ。
 しかしそれを完食してこそ愛!、とオーマは死にものぐるいでその手料理を食べる。ときたま逃げ出すが、必ず捕まってしまうのだからそれも無駄な努力だ。それにその行為自体、妻の怒りを増長させるだけだから無駄というよりは愚かと言った方が良いのかもしれない。
 そんな手料理がいつ出されるかに怯えつつも、オーマは日々家族を大切に思いながら過ごしていた。
 そして今日も今日とて、ルンルンとしながら掃除をしていたオーマの後ろを、人面草がぴたりぴたりとくっついて歩く。
 歩行する植物。
 にたにたと笑う植物。ヘイっ、と葉をひょいと上げ、フレンドリーに挨拶する植物。
 謎な動植物の闊歩するオーマの腹黒同盟本拠地。
 不思議なモノを見たかったらここに行けばいい、とその場所を知っている者は言うかもしれない。
 エルザードの新たな観光名所となっているとかいないとか。
 来る者拒まず、困っている人が居たら手を差し伸べるのが信条のオーマだから、そんな観光目当ての者にも笑顔を振りまいていた。
 腹黒同盟本拠地=シュヴァルツ総合病院。
 患者の数よりも別の理由で訪れる者が多い場所だった。


「さてと、次は隣の掃除でもすっかね」

 今日は天気も良い。掃除を終えたら外に出かけるのも良いかもしれない。
 そう思いながら、オーマは、よっこらせ、とバケツと雑巾を手にし振り返る。
 そしてそこに一人の人物を目にし、オーマはぴたりと動きを止めた。
 そのオーマの背後に人面草達はきっちり一列に行儀良く並ぶ。
 この様なことはある人物が来なければ滅多におこらない。人面草達はその人物に日々しっかりと教育されていた。
 家の中での移動の際は一列になって道をふさがないように進む事、と。
 ニッコリ、と素敵な笑みを浮かべたルイがオーマと人面草を見つめる。

「良い心がけですね」
「おぉ。なんだ、ルイ。今日はスウィーツなデザートやらなにやら作ってなかったのか?」

 眼鏡を角度としては5度程押し上げ、きらりと瞳を輝かせながらルイは告げる。

「作ってましたよ、先ほどまで。少々、ざわついた気配を感じましたので、こちらに様子を見に来てみただけの事」

 今は静かなようですね、と、ちらりと人面草の方を眺めるルイ。
 それに怯えたように震える人面草。
 日々、どのような躾がルイによって行われているのだろうか。
 その様子をルイが他人に見せる事は無い為、その内容は分からない。
 しかしこの人面草の怯えた様子を見る限りでは、普通の躾ではないのだろう。
 オーマは苦笑いを浮かべ、そうかそうか、とその場を後にしようとした。
 それをルイが呼び止める。

「あぁ、そうです。先ほどの気配云々は冗談として、手伝っていただきたいことがあるのです」

 自分たちが原因では無いのだと言われ、人面草達はほっと一息つくが、ルイの背後に控える霊魂軍団が、ぶんぶん、と首を左右に振るのを見て再び震え上がる。
 そしてルイの放った言葉にガタガタと人面草達は震えだした。

「先ほど作っていた人面草入りのパイ、試食してみて頂けませんか?」
「パイ? ルイ‥‥随分思い切った食材を使ったもんだな。こんなプリティで光り輝く見た目がとにかく愛らしい人面草を使うだなんてな」
「愛らしい‥‥それはそれぞれの主観にもよるでしょうけど。ただ薬草になるのだったら、食材にもなるでしょう。人面草を甘く煮詰め、ジャムにして中に入れてみました。皆さんお出かけしてらっしゃる様で味を見て頂く方が居ないんですよ」
「そうか。ま、俺もこの通り掃除中だからな。レッツ、素敵にささっと雑巾掛けを楽しんでくるとするかね」

 さぁ、掃除掃除と逃げ出したオーマの背後でパチンと指が鳴る音が聞こえた。すると四方からやってきたルイの操る霊魂集団がオーマを取り囲み、がっちりとオーマの身体を捕縛する。

「チョット待て!」

 いつものパターンになりつつあった。
 ルイは笑顔でオーマを見ている。

「時間的にもおやつの時間ですよ。熱心に掃除をされるのも結構ですが、どうぞ一息入れて下さい」

 お茶も淹れますから、とルイは内心の見えない笑顔を浮かべてオーマに告げた。
 オーマは引きつった笑いを浮かべる。オーマにはその要求に従うしか道は残されていなかった。
 力づくで逃げようとも、自分の妻並みにルイは執念深く追ってくる。本人は追ってこなくとも、今オーマを取り囲む霊魂集団がやってくる。
 その様子をルイはただ見ているだけだ。しかも笑顔で。その笑顔がこれまた恐ろしいのだ。
 オーマは観念する。
 がっくりと項垂れながら、霊魂達にがっちりと掴まれたまま、オーマはルイと共にキッチンへと向かった。

 慣れ親しんだキッチン。
 普段、オーマもそのキッチンを使用していたがルイが使用しているとまた趣が違って見えるのは気のせいだろうか。
 キッチンに置かれたテーブルの上には、焼き上がったばかりのパイがあった。
 良い香りがしている。

「ヘェ、まともに見えるな」

 感心したように告げるオーマ。
 見た目は普通のパイだった。
 しかしそのパイ生地の中には緑色の輝くジャムが詰まっているに違いない。
 想像してオーマは目眩を覚えるが、ジャムになった奴らの為にもしっかりガッチリ食ってやらネェとな、と思い直す。
 そこに座って待ってて下さい、とルイは告げ忙しそうにお茶の準備を始める。
 忙しそうにとは言うものの、その動きは軽やかで優雅だ。
 相変わらず手際の良い様を見つめ、オーマはじっと用意が終わるのを待っていた。
 そして目の前に出された飲み物を眺め、顔をひくつかせた。

「ルイ‥‥‥この色は‥‥‥」
「あぁ、分かりましたか?」
「人面草の茶とか言わネェよな」
「お察しの通り、人面草を煎じたものですよ」

 寿命で枯れてしまわれる前にお茶にして良いか尋ねたら頷いて貰えましたので、とルイはオーマに説明する。
 魂の方はしっかりと導いて差し上げました、とルイはニッコリと微笑んだ。
 そう言われてしまうとオーマも何も言えない。
 寿命とは誰にでもあるもので、生きていく為には何者かの命を喰らって生きていくしかない。
 結局の所、誰かの犠牲の上に自分達の生はいつでも成り立っているのだ。
 そうか、と一言呟き、オーマはその茶に口を付けた。
 深い緑色をしたお茶は、底の辺りでキラキラと輝いているように見える。
 そのお茶を飲んだ所で命に別状は無いと、オーマは一口そのお茶を含んだ。
 口の中には多少の苦みとそれと同じ位の甘みが広がる。
 入れ方のせいか、それはとても美味しく感じられた。

「もっとデンジャラスな味してるかと思ったが、美味い茶だな」
「えぇ、私もこれを飲んで人面草の方々を見直したのですよ。そこで作ったのがこのパイです」

 キラリ、と光るナイフを手にしたルイは、美味しそうな匂いを漂わせるパイに刃を入れた。
 そこから食欲をそそるような良い香りが溢れ出る。
 食べやすい大きさに切り取るとそれを皿に載せ、オーマの目の前に置いた。

「さぁ、どうぞ。味見をお願いします」
「ルイも食わないのか?」
「わたくしは後で結構ですよ。さぁ、どうぞ」

 毒味係にされたような気がしてオーマはなんだか腑に落ちない部分もあったが、覚悟を決めたのだからとオーマはそのパイにフォークを突き刺す。
 さくっ、と良い感じに焦げたパイ生地の音がし、中から人面草のジャムが出てくる。
 やはりこれもお茶同様、深い緑色の物体が妖しく煌めいていた。
 本当に美味しいのか、それは口に入れなければ分からない。
 しかしなんとも口に入れるのが躊躇われる色をしていた。
 そう、妻が作った料理を見た時に感じるような、危機感がある。
 その考えを必死に押し込めて、オーマは勢いよくそのパイを頬張った。
 楽しげなルイ。
 オーマは自分の予想と全く違う味に驚き、パイとルイを見比べた。

「どうです?」
「普通のパイより美味いんじゃネェか?」
「そうですか。お口にあったようでなによりです」

 これはルイが作ったからなのか、それとも本当に人面草は美味しいのか。
 人面草たちは、自分たちが調理されたと知り、多くのものは散り散りに去っていってしまっていた。
 しかし中には進んで食べて食べてと近寄ってくるものもいる。
 葉を差し出され、オーマはその葉を軽く噛んでみる。
 次の瞬間、オーマはそれを吐き出した。
 余りの渋さと苦さにどうしようもなくなったのだ。
 やはりルイの料理の腕前があってこその味のようだ。
 オーマと同様ルイも料理の腕はピカイチだった。

「こうやって食べて欲しいと言ってくれる人面草が居てくれて嬉しい限りです」

 さて次はどんな料理にして差し上げましょう、とにこにこと人の良い笑みを浮かべて人面草を優しく見つめるルイ。
 その笑顔の裏側では何を思っているのだろう。

「楽しみですね」
「ははっ‥‥そうだな」

 その笑顔が厄介なんだよなぁ、と何処か遠くを見つめるオーマ。
 霊魂軍団もそれをマネして遠くを見つめる。

「そうそう、おやつは腹八分目でやめておいて下さいね。今日の夕飯は愛を込めて作るとあの方仰ってましたから」
「俺は何も聞いてない‥‥と。‥‥‥これ、美味いな、本当に。さて、そういや仕事残ってたんだっけな。ナイスミドルなオジサマはるんたったーと往診に行ってくるかね」

 一瞬動きを止めたオーマは、掃除をしていた事も無かった事にし、すぐさま家を脱出する術を考える。
 しかし自分の背後に立ちはだかる人物を見て動きを止めた。
 もう逃げられない。
 何処に行くんだい、と声をかけられたオーマは、から笑いでルイに視線を移す。
 するとルイの隣で、ビシッ、と敬礼をした霊魂がいた。
 ルイの手先となって動く霊魂軍団の一人。地獄の番犬様に告げ口に行ってきた報告をしているのだろう。
 どうやらこのティータイムも掃除をさっさと終わらせ、外に出かけようと思っていたオーマを押さえておく為のものだったようだ。
 これは全部仕組まれていたこと。

「ははっ‥‥‥美味しく食べる為にだな、軽く運動も兼ねて出かけてこようと思ってな‥‥」

 問答無用、と言う声が聞こえた後、腹黒同盟本拠地にはオーマの悲痛な声が上がったという。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
紫月サクヤ クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年04月12日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.