▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『■+ 総天然色 +■ 』
クレイン・ガーランド0474)&リュイ・ユウ(0487)

 「困りましたねぇ……」
 そう呟いたのは、穏やかな雰囲気を纏っている男性だった。
 きらりと輝くのは、柔らかな銀糸だ。白磁と呼べる肌を持ち、悩ましげな色をルビーの様な赤い瞳に浮かべている彼は、クレイン・ガーランドと言う。数年前までは、第一線で活躍していたピアニストだ。
 現在は訳あって、表舞台からは退いているも、未だ音楽への情熱は捨ててはいなかった。
 彼は小首を傾げ、顎に手を当てつつ、視線を目の前にある物へと投げかけている。
 そこにあるのは、十本ものパウンドケーキだった。
 プレーンなパウンドケーキを始め、キャラメルやバナナを使用したもの、ミルクティとオレンジを交えたもの、数種類のチーズにて作ったもの等々と、それぞれが趣を異にしている。
 けれどそれぞれに見目が違うのは、実は、何も味やトッピングが違うと言う理由だけではなかった。
 料理の本を見ていて、何となく作りたくなったパウンドケーキ。その本には、実は二十種類もの作り方が掲載されていた。クレインは屋敷にある材料を鑑み、更に元となる材料が尽きるまで飽きもせずにせっせと作っていた為、一人では到底食べきれない程のパウンドケーキが出来てしまったのだ。
 ふと床を見る。
 と、足下で、テーブルの上を狙っているらしき黒猫が、可愛いお知りをぷぷっとふりふり、飛び上がる構えを見せていた。
 「こら。ダメですよ」
 クレインが言いつつ黒猫をとっさに抱き上げると、んにゃぁと一声鳴いて、不平を漏らした。
 躾はちゃんとしているのだが、やはり興味のあるものが出てきた場合は、それを忘れてしまうのかもしれない。甘いミルクの香りが漂っていることも、黒猫の胃袋をそそる原因の一端を担っているのだろう。
 そう考えつつ、クレインは腕にある黒い毛玉を撫でてやった。
 少し前までは、屋敷にいる時など、こうして誰とも触れあうこともなかったのだ。生活感のない屋敷であったのに、この仔のお陰で、今では随分そんな印象は和らいでいる気がする。
 遙か昔に望むべくはないけれど、家族と住む家と言うのは、こんな感じであったのかもしれない。
 黒猫のぐるぐると甘える仕草を見つつ、彼はふと思い出す。
 「そう言えば、あの方は日頃どんな生活をしているのでしょうねぇ……」
 と。
 今までは自分もまた、『生活感がない』と言った暮らしであったが、もう一人、その生活感と言うものが窺い知れない人物を思い出したのだ。
 テーブルをちらと見る。
 「……ちょうど、良いかも知れませんね」
 確か正月、共に食事をした際には、普通のものを食べていた気がする。
 日頃がどうであるのかは解らないまでも、パウンドケーキなら食べてもらえるだろう。
 自分の作ったクランベリー・パイは、美味しいと言ってくれたことだし、何より、人には糖分も必要である。
 そう考えたクレインは、少しばかり唇を綻ばせて笑う。
 「ごめんなさい。貴方はちょっと、お留守番をしていて下さいね」
 黒猫は、心得たとばかりににゃあと鳴いた。



 「お加減は如何です?」
 そう言って、目の前のでっぷり太った成金風な老年の男性を見つめる彼は、言葉遣いは丁寧であるも、愛想の欠片すら見つけられない。
 艶々とした黒髪に、眼鏡で隠そうとしても隠しきれない、夜よりも黒い瞳を持つ青年は、白衣を着用していることから、そして周囲に機材や薬品があることから、医師と知れた。
 彼の名を、リュイ・ユウと言う。
 対する老人も、大層偉そうな態度で言った。
 「まあ、こんなもんだろう」
 ユウの眼鏡がきらりと光った……様な気がする。
 「こんなもんとは、一体どう言う意味でしょうか?」
 極寒の地にある氷壁が背筋を滑り落ちた時より、更に冷たい声音である。思わず『こんなもん』と言った、老人の背筋が伸びた。あくまでも『老人にしては』であるが。
 「いや、あの……」
 「俺の治療が、不完全であったとでも仰りたい様な口ぶりですねぇ」
 顎を上げ、斜め四十五度の角度で『嘗めたこと仰っていると、承知しませんからね』とばかりに、彼は老人を見下した。
 「……。前と同じ、いや、それ以上にきちんと動いている」
 言い直した老人に向かって『最初からそう言えば良いんですよ』と、ユウは頷きつつ思った。
 「結構。まあ、ただの骨折ですからね。以前より良く動くのは貴方の錯覚としても、俺が治療して『こんなもん』程度にしか治らないことはあり得ませんから」
 あまりにストレートすぎる嫌味に、偉そうにしていた老人も鼻白む。しかしユウの方は、全く持って意に介してはいなかった。
 平然とした顔色で、カルテと今までの分の明細を取り出し、ぱらぱらと捲っては脳内で治療費の計算をしている。
 「では、今までの治療費を頂きますが、勿論、キャッシュはご用意頂いてますよね?」
 問いかけではなく、それは断定であった。
 「ああ、勿論だ。いくらかね?」
 「そうですね。今までの諸経費全て込みで、ざっと十五万レアルと言ったところでしょうか」
 「な、なんだとっ──!?」
 驚愕に目を見開く老人を尻目に、ユウは天気の話をするかの様に言い返す。
 「ご老人ですからねぇ、耳が遠いのは解ります。もう一度申し上げますから、今度は聞き逃さないで下さいよ。十五万レアルです」
 あまりの金額に、老人は顔を真っ赤にしている。
 「巫山戯るなっ!! 暴利にも程があるっ!!」
 さもあらん。ユウが口にした金額は、アホらしい程暴利な額であった。
 通常、この世界ではレアルが基本通貨であり、その価値は卵一個に一レアル、食パン一本に十レアル。馬一頭で五千レアルと言うのが相場だ。
 それらを鑑みるに、たかだか骨折の治療に十五万レアルと言うのは、老人が言う通り、どう考えても暴利過ぎた。
 勿論ユウは、相手を見て物を言っている。この老人なら、十五万レアル程度、右から左で用意できるだろうことは間違いない。
 「おや、珈琲豆で一山気付いた貴方が、その程度を払えない訳がないでしょう? まあ、もしも踏み倒すと言うなら、こちらにも考えがない訳ではありませんけど。ま、別に構いませんけれどねぇ。……それにしても、たかが十五万レアルぽっちも支払えないところと、一体誰が取引したいと思うんですかねぇ。不思議で仕方ありませんよ」
 にんまり笑うユウと、酸欠のピラニアの様に口をぱくぱくと開閉する老人。
 勝負ありであった。



 クレインがその診療所の前に、装甲車と良い勝負かもしれない車で到着した時、同じくこちらは完全に装甲車と化した真っ黒な車が、勢い良く走り去っていた。
 リアシートには、顔を真っ赤にした老人が乗っていたのは、錯覚であろうか。
 「まあ、患者さんなのでしょうね」
 この診療所で何があったのか、クレインには解らない。
 けれど、どう見てもあの老人とここの主がお友達であるとは考えられない為、クレインはそう結論づけた。
 彼の車の運転手に、また迎えに来てくれる様に声を掛けると、先程作ったパウンドケーキをラッピングしたケースを手にし、診療所のドアをノックした。
 数秒後。
 「何ですか? まだ文句を言い足りない……、と。おや、クレインさんじゃないですか」
 眉間に皺を寄せつつ扉を開け、そしてクレインを見ると同時、眉間の皺を取り除いた男は、この診療所の主である。
 クレインとは、少々縁あってのお知り合いとなっていた。
 「先程のご老人と、何かあったのですか?」
 最初の台詞から、そう察した彼はそう聞く。
 「いえ……。まあ、入って下さい。ここで立ち話と言うのもなんですし」
 ユウがそう言いつつ、クレインを中へと招いた。素直にありがとうございますと言うと、先に立つ彼の後から入っていく。
 そこは初めて来る場所だった。
 少し消毒液の匂いがするのは、やはり診療所であるからだろう。
 簡易のベッドと薬棚、医療器材が、広いとはお世辞にも言い難いそこに溢れていた。
 先日都市中央病院へと押し込み強盗しに入ったクレインではあるが、同じ医療の場と言えど、やはり初めての場所と言うことから、物珍しげにその診療所内を見つめている。
 「それにしても、良く無事にここへ到着しましたねぇ」
 椅子を勧めつつ、しみじみと言うユウに、クレインは笑った。
 「車で来ましたから」
 彼が『え?』と言う顔で見返すことを考えると、微妙にずれた答えを返したのかも知れない。しかしそれは何だろう。クレインには解らなかった。
 「まあ、良いですが……。で、どうされました? 具合でも悪くなりましたか?」
 その言葉を聞いて、やっぱり彼は医者なのだと再認識する。
 「いえ、違います。けれど、もしも具合が悪くなったら、ユウさんにお願い致しますね」
 クスリと笑ったユウが、口角を上げて笑みを乗せた。
 「俺に頼むと、お金がかかりますよ? 例え親兄弟であっても、治療費は負けませんからね」
 「そうなのですか?」
 確かに、彼とは腐れ縁だと言っていた黒髪の青年から、そんな風には聞いたことはあった。なかなかにシビアな金銭感覚だと思うが、まあそれは物の例えであろうと考える。
 しかしクレインは知らない。
 ユウが大真面目にそう言っていることを。
 相手が例えマフィアであろうと、彼はびた一文たりとも負けるつもりはなかった。つり上げるつもりはあっても、だ。
 「あ、そうそう。本日お邪魔した用件ですけれど、ご一緒にパウンドケーキを頂きませんかと思いまして」
 今まで持っていたケースを、すっとユウに差し出した。驚いた顔をしつつ、彼はやはり微笑んでそれを受け取る。
 「ありがとう御座います。では、俺はカフェオレでもいれましょうか」
 そう言うと、彼はキッチンへと姿を消した。



 小さなテーブルに、暖かい湯気の立ったカフェオレと、二つの皿に乗せられた一切れずつのパウンドケーキ。
 そのパウンドケーキは、コーヒーとミルクがマーブルになったものである。
 そして、形が微妙に愉快だった。
 まあ、何でも見目で判断するのは、宜しくない。ユウはそう思う。
 頂きますと言いつつ、一口。
 「……。えーと」
 「何か?」
 「これは味見、されましたか?」
 「……味見?」
 実のところ、ユウは知らないことではあるが、クレインには味見をしつつ料理をすると言う習慣がほぼなかった。大抵が一人の食事であった為、取り敢えず食べることが出来れば良いと言う感覚なのだ。だからこそ、正月に皆でパーティをした時は嬉しかった様だが。
 とまれ、現在クレインは、『普通はこう言うものでも、味見をするものなのですね…』と言う表情を浮かべている。
 『総天然色100%』
 そんな言葉が、ユウの脳裏に駆け巡った。
 「えーと。……。私は別段グルメと言う訳でもありませんし、この時代、そんなことを言ってる場合ではないとは解っていますし、その上、世界中全ての料理を食べ尽くしたと言う訳でもないので、はっきりとは言えませんけれど。何と言うか、独特な味がしますねぇ……」
 「そうなんですか?」
 そう言いつつ、クレインもまた、お持たせのパウンドケーキを一口食べる。
 眉間に微かな皺が寄るも、それは『不味い』と言うよりは、『……?』と言った顔であった。
 「……。再度挑戦すれば、きっと普通のパウンドケーキと同じ様な味になるかと……」
 しかし、そう言うなら何故そこで、カフェオレを一口飲んでいるのだろうかと、ユウは思った。
 「今度出来上がった時にも、またこちらへと持って来ますね」
 柔らかな笑顔を浮かべつつ言うクレインには、恐らく悪気はない。全く。
 こめかみを指でぐりぐりとしつつ、怪訝な面持ちでユウは言う。
 「どうして私に、味見させるのですか?」
 「ユウさんはお医者様ですからね。何かあった時、安心ですから」
 答えを聞いて『言わなければ良かった』と、強く思ったことはそれこそ言うまでもない。
 「……ちなみに、『何か』って言うのは、一体何を想定しているのか、聞かせてもらっても構いませんか?」
 聞くのがちょっと怖い。
 少なくとも自分は、一般的な食事で何かあることはない。そんな自分に対して『何か』と言われる程のこととは、あまり考えたくはないかもしれなかったが、でも聞いておかなければやはり怖い。ユウはそう思う。
 「そうですねぇ……。具体的に何とは考えておりませんでしたけれど。……例えば、良くあることで、胃痛がするとか、お腹を壊すとか、腸捻転を起こすとかでしょうか?」
 『……腸捻転を起こすのが、良くあることなんですか?』
 ある意味天然である者に、毒舌で返しても意味がない。
 だから口に出したい気持ちをぐっとこらえ、ユウはにこやかなクレインに向かって真剣な面持ちで言う。
 「クレインさん。そう言う毒……いえ、初回の味見役にぴったりの人間を探して来てあげますから、今度から俺には振らないで下さい。しかし二度目からのご相伴なら、喜んで受けさせてもらいます」
 毒味と言いかけ、取り敢えずは口をつぐんだユウは、その毒味役を誰に押しつけようかと、脳内のブラックリストを捲っていた。
 「いえ、それではご迷惑をおかけしてしまいますので……」
 遠慮がちに言うが、それなら自分に毒味役を押しつけることを遠慮してもらいたいと、思ってしまう。
 「いえいえ、全く迷惑ではありませんよ。ちゃんと探し出したらご連絡しますので」
 取り敢えず自分の身体が無事なら、ALL OKである。
 やはりある意味、鬼畜かも知れない。
 クレインは小首を傾げたままであるが、真剣な面持ちのユウに、そんなに言ってくれるなら…と思った様である。
 「そうですか。では、お待ちしておりますね」
 「ええ、是非とも待っていて下さい」
 日頃のユウを知っている者であれば、ここまで真剣に言い募る彼を見て、唖然とするだろう。
 だがしかし。
 「はい。お茶の時間やディナーの時間が、三人で過ごせることを楽しみにしておりますね」
 「……は?」
 ……解っていない。
 クレインには、ユウの切実なる思いが全く通じてはいなかった。
 満面の笑顔で言い切ったクレインに、思わず目の前が暗くなってしまうユウであった。


Ende

PCシチュエーションノベル(ツイン) -
斎木涼 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2005年04月11日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.