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『 □真の勝者三分の二□ 』
オーマ・シュヴァルツ1953)&シキョウ(2082)&ジュダ(2086)


 とある晴れた春の日。
 華やかに飾り付けられた広場の中央、しつらえられた巨大な舞台の上へと、しずしずとエルファリア王女が昇っていく。やや丈の短めな白い衣装が暖かな風に吹かれてふわふわとたなびく様はこの季節に相応しく、集まった女たちは揃って溜め息をついた。
 やがてエルファリアは舞台の上に立ち、異世界から流入してきた『マイク』という拡声機械を手に取ると、すっと息を吸い込み宣言する。

『それでは皆様、「ソーンラブラブ胸キュンシリーズ番外編・伝説の聖筋界ギラリマッチョ下僕主夫悶絶トリプル筋大会〜下僕主夫と愉快なイロモノ仲間達〜」を開催します!』

 朗々と響いた声に、集っていた参加者たちから一斉に野太い「応!!」という声が返される。
 というのも王女が述べたタイトル通り、いかにも筋力自慢や腕力自慢が揃っているからだった。しかも春だというのに非常に汗臭く、先程王女にうっとりと見惚れていた女たちは、その有り余る熱気にさっと後ずさっていた。
 異様な雰囲気に包まれた開会式の中、王女から改めて参加基準等の説明がされていく。

『この大会は下僕主夫の方とイロモノさん(自己申告)二名を合計した、計三人一チームで出場して頂きます。一人一種目の競技に出場し、全ての競技で好成績をおさめましたチームには何と! 数多の聖獣もびっくりな豪華商品が用意されておりますので、腕と下僕属性に自信のある方はどうぞふるってご出場下さい!』

 豪華賞品という言葉に会場の興奮度は更に上がり、濃さを増した空気に一般市民はずざっと引いていた。
 そんな会場の一角で、ジュダという名の男は無表情のまま腕組みをしていたが、どこか困惑したような空気をかもし出しながら腕を解くと、側で兎のように飛び跳ねてはしゃいでいる少女の頭を撫でる。

「……シキョウ、そんなにはしゃぐな。今からそんな調子では、いざという時に体力が尽きるぞ」
「うん、わかった。でもねでもねっ、すっごくたのしそうだよ〜っ!! ねえねえオーマ、ごうかしょうひんっていったいどんなのかなぁ?」

 シキョウと呼ばれた少女が、隣で不敵な笑みを浮かべて立っている男の袖を引くと、オーマと呼ばれた男は拳を打ち合わせて笑う。

「そりゃあ王室直々に商品を用意したんだから、悪くても金貨百枚ぐらいの価値があると見ていいな。ふっふっふ、腕が鳴るとはまさにこの事だぜ。まさに俺の為だけに開かれたようなこの大会っ!! いいかジュダ、シキョウ、目指すは絶対に優勝だ――――っ!!」
「お〜っ!!」
「……………………」
「相変わらずノリが悪いな、ジュダよ。まあお前らしいと言やらしいが」
「……放っておけ。それよりオーマ、俺が競技に出場している間は絶対にシキョウから目を離すなよ。この人ごみと筋肉の中に埋もれたら、さすがに探すのが手間だ」
「わーかってるって。……おっ、そろそろ第一競技が始まる時間だな。そんじゃあシキョウ、気合入れて行って来い!!」
「うん、シキョウぜーったいにいちばんとってくるからね〜っ!!」

 ぶんぶんぶん。
 笑顔で手を振りゲートへと駆けていくシキョウを見送ると、ジュダはさて、とばかりにオーマへと向き合う。

「あの子も行った事だし、改めて話を聞こうか」
「何だ? 分け前ならきっちり三等分だぞ」
「そういう話ではない。……何故俺をこんな所に連れて来たのかを聞いているのだ」
「あー、それか。だって聞いてくれよ、こっちってお前も知ってるだろうけど、給料くれる筈のソサエティ自体がないだろ? だから収入源といったら診療所その他ぐらいしかないんだけどよ、しかしそれだけじゃまったくもって足りないんだな。お陰でうちの家計簿は馬車千台が燃えたぎりながら爆走している状態でよ、いやー参った参った……と思っていた時にこの大会のチラシを見たってわけさ、まさに天の助けって奴だ」
「しかし競技が三人一組ならば、お前にはもっと身近で誘いやすい相手がいたと思うが? 細君と娘御はどうした」
「そりゃいの一番に誘いをかけたさ。でもチラシ見せた途端にそっぽ向かれてよ、そりゃないだろと何度も誘いかけたら、両側から手加減なしの鉄拳制裁よ。ふっ、久々に星を見たぜ……。その後ぶらぶら街歩いてたらシキョウに遭遇したんで、ほいっとチラシ見せたら乗ってきたという訳だ。あ、でも決して強引に誘ったわけじゃねぇからな、誤解すんなよっ!」

 何故か慌てて弁解するオーマへと、ジュダは冷めた口調で続きを促す。

「……シキョウが参加するまでの経緯は分かった。しかし何故それで俺にお鉢が回ってくる」
「そりゃお前、そこら辺フラフラほっつき歩いてただろ。だからちょうどいいと思って拉致ったわけで」
「ら…………」
「まあなんだ、微妙に運が悪かったと思って腹くくれって」
「…………お前に言われたくないと思うのは、きっと俺の気のせいではないのだろうな……」

 ふう、と短く息をつき、ジュダは前を見る。
 広場の中央では、第一競技である徒競走の準備がもう間もなく終わろうとしていた。
 徒競走と言ってもただの徒競走ではない。距離こそ大した事はないが、中間地点に魔物が放たれている。下僕だろうとイロモノだろうと、腕に覚えがあるのならばこれ位の障害など突き抜けて進め!! というコンセプトらしい。

『第一競技「ちょっと待てこれ障害物競走じゃないのか徒競走」では、タイムが一番速かった方を一位とします! さあ、それでは第一組、前へどうぞ!』

 エルファリアの声に、走者たちが白線へと進む。大きな身体が立ち並ぶ中で、シキョウの身体はひときわ小柄に見えたが、当の本人は周囲からの重圧など全く感じていないようで、飛び跳ねながら準備体操などをしていた。

『では行きます。用意……スタートっ!!』

 王女がピストルを鳴らすと、埃を立てて一斉に走者が前へと駆け出す。身軽なシキョウがやはり速いが、軽快に走る少女の前には蛇のような魔物が障害物として身を横たえている。
 だがシキョウは魔物に臆してスピードを緩めるどころか、身体をぐんと前に倒して更にスピードを上げた。観客の中からどよめきが起きる。傍目から見れば、シキョウの行動は無謀なものとして映っただろう。
 同じ組のオーマやジュダにも動揺したような視線が来るが、二人は揃って平然とした顔をしていた。
 彼らは知っているのだ。

「よ〜いしょっ…………とぉ!!」

 地面を蹴りつける鈍い音と共に、シキョウの姿がかき消える。いや、消えたように見えただけだった。
 少女は高く跳びながら宙返りをして体勢を立て直すと、あっさりと巨大蛇の向こうへと着地する。その跳躍力と素早さに蛇すらも呆然とする中、小さな身体が白いテープを勢い良く切った。

「大丈夫だとは思っても、一瞬心配だったろ。ジュダ」
「…………うるさい」
「ね〜ね〜どうだった? シキョウ、すごかった?」
 
 息せき切って戻ってきた少女の頭をそっと撫でてジュダは「ああ」と静かに言うと、ゲートへと歩いていく。彼の出番はもうすぐだった。

「ねえねえオーマ、ジュダはなににでるの〜? シキョウ、おうえんしにいきたい!!」
「そうだなー……でもすぐに帰ってくると思うぜ、奴さん」
「えぇ? どうして?」
「そりゃあお前、あいつは」
「…………終わったぞ」
 
 オーマが言い終わらないうちに、先程去っていったばかりの静かな声が響いた。
 なにやら騒がしい気配にシキョウが驚いて振り返るが、そこには。

「……わあぁ、かわいい〜っ!!」

 足にナマズ、腿にウナギ、手のひらに鯛、腹に鮫、胸に鮭、腕にイカをそれぞれ二匹ずつくっつけたジュダが、頭からびしょ濡れになって立っていた。とどめに頭の上には小さな鯨が乗っかり、ピューと潮まで吹いている。美形台無しである。
 
『登録番号二十七番のジュダさん、素晴らしいです! 第二競技「一分間にどれだけお魚釣れるかな? ご協力・監修・お魚提供〜エルザード漁業組合(若者すこぶる募集中)」において、十三匹という記録を達成されました!! 文句なしの一位です!!』

 高らかに響くアナウンスを聞きながら、オーマはげらげらと笑う。

「ぎゃーっはっはっはっはっはっはっ、お前って奴ぁほんっとーにナマモノに懐かれやすい男だなあオイ!!」
「……指をさして笑うな、品性のかけらもない男め。……こら、シキョウ、あんまり近づくな。お前まで生臭くなるぞ」
「え〜、だってぬるぬるしてびちびちしてて、すっごくかわいいのに〜」
「まあ可愛いのは分からんでもないが、取りあえず触るのはやめとけや、シキョウ。ほーら、最後は俺の出番だからよ。ぬるぬるしたお友達と遊ぶのはまたにして、今はこっちの応援してくれねぇか?」
「う〜……うん、わかった! シキョウ、がんばってオーマおうえんする!!」
「よっしゃ、それじゃあ行ってくるぜ。まだ種目は分からねぇが、ま、俺にかかりゃ大抵の事はどうにかなるさ。おうジュダ、シキョウの面倒頼むぞ」

 大きな水槽を具現化し、中に魚をぼとぼと落としながら、ジュダは「言われなくとも」と冷たく返した。
 そこへとうとう隠されていた第三競技が、王女の口から告げられる。 

『さあ、いよいよ大会も大詰めです! ここまでひた隠しにしてきました第三競技は、その名も「下僕主夫ならばお手の物!! 奥様の為ならエーンヤコーラ・雑巾縫い対決」です! さあ皆さん、位置についてくだ』
「何だとぉおおお――――っ?!」

 アナウンスをかき消して、オーマの絶叫が響き渡る。それもその筈、オーマは家事全般に秀でた自他共に認める主夫中の主夫だが、そんな彼にも唯一、不得意な事があった。
 裁縫である。
 
「ちょーっと待ってくれ王女さんっ!! その、主夫において裁縫っていうのは必ずしも重要じゃねえと俺は思うんだが。ほらむしろ料理とか」
「……見苦しいぞオーマ、諦めろ。大体、裁縫が壊滅的に下手なのはお前自身の精進が足りないからだろう。とっとと席につけ」

 背後からジュダの遠慮のない蹴りを食らったオーマは、半ばめり込むようにして席につかされた。
 テーブルに置かれていたのは、古着を再利用したらしい四角い布切れ、そして針と糸。それらを前にしてオーマはガッと頭を抱える。湧き起こる黒々とした困惑オーラが周囲の参加者を巻き込んで、二名ほどが競技の開始を待たずに脱落した。

「ね〜、オーマどうしたの? ぐあい、わるいの?」
「お前は気にしなくとも良い。……シキョウ」
「ん?」
「今から五、数えたら大きく後ろに跳べ。いいな、できるだけ大きくだ」
「でも、そうしたらオーマのおうえんできなくなっちゃうよ〜」
「心配するな。すぐにその必要もなくなる」

 シキョウは訳が分からないながらも素直に首を縦に振ると、カウントダウンを始めた。

 一、オーマが針を掴み糸を通す。
 二、布切れを手に持って、針を親の仇のように向ける。
 三、針を刺す。
 四、糸が布の中を通り抜けて。

 そして、五を数えたその時。

「うわぁ〜………………」

 数えると同時に大きく跳び上がったシキョウは、宙に浮いたジュダの腕に掴まりながら、たった今まで自分たちがいた会場であった場所を見下ろす。オーマが座っていた席を中心として何かが爆発したように地面がえぐれ、周囲の者たちはただ唖然としたまま、糸を布の残骸に通して固まっているオーマを見つめていた。

「あの男は、昔から布に糸が通っていくのを見るのが何故か駄目らしくてな。だから裁縫をする時はああやって目を閉じてするのだが……」

 そうすると妙な方向に力が入って、今のように軽い爆発を引き起こすのだ。
 ジュダはそう言って、下界を眺めつつ呆れたように小さく息を吐く。下では爆発の衝撃から立ち直った実行委員たちが、あたふたと駆けずり回っていた。

「……どうやら大会とやらは中止になりそうだな。では、俺は行くぞ」
「えぇ〜っ?! もうちょっといっしょにあそぼうよ、ジュダ〜」
「いや、俺はな」
「…………………………うぇっ」
「泣くな。……分かった、少しだけだぞ」
「わ〜いっ!!」

 空中でほのぼのしている二人を尻目に、クレーターの中心でオーマはひとり口から煙を吐いた。

「……これだから、俺に裁縫をやらせるなってんだ…………ゲホっ」





 その後。
 ジュダの言葉通りに大会は中止となり、オーマはといえば広場に大穴を開けたとして、予定外の借金を抱える羽目になった。
 彼が妻と娘から再び鉄拳制裁を受けたのは、言うまでもない。

 そして身体的にも精神的にも大きなダメージを負ったオーマは、豪華賞品というのが『一年間王女と一時間だけお話できる権』だったというのをシキョウから聞き、とうとう真っ白に燃え尽きてしまったという。
 






 END.
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
ドール クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年04月11日

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