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『体の半身、或いは分身 』
神代・秀流0577)&高桐・璃菜(0580)
 女の子が欲しいものといったら何だろうか。
 指輪やペンダントといったアクセサリーの類か、或いは特産物か、それとも古書や壺といった骨董品の類か。場所によっては高い交易品という手もあるが、敢えて「ここで買う」必要性は見られない。
 並んでいるのは殆どが民芸品で価格も手頃だが、あまり安すぎるのも問題がある。
「……流」
 いや待てよ。ここは一つ、家財道具って選択肢も充分ありうる。ありうる……のだが、個人的にはそれ以外を切に希望したいところだ。男から家財道具を貰って喜ぶ人間は確かに多いだろうが、根本的に間違っている。
「……秀流」
 その前に、手作りの方が喜ぶのではないだろうか。手製となると、ゼンマイ仕掛けのミニMSなんか可愛い部類に入るに違いない。女の子が喜ぶか否かという問題はいっそのこと捨て去るとして。手芸のぬいぐるみなんかも可愛いだろうな。クマとか兎とか、猫や犬なんかもベタだが悪くはない。
 ……って、それだとそもそも「ここで買う」お土産ではなくなるよな。
 神代秀流はそこまで考えて、意識の外から聞こえてくる声に耳を傾ける。それはどうやら自分のことを呼んでいるのだと気付くと、急いでそちらに目をやった。
 反応を返すと、声の主は安心したように顔を綻ばせた。
「どうしたの、秀流?」
 高桐璃菜の言葉には、それでもどこか不安げな要素が含まれている。一人で露天とにらめっこをしていたら、確かに連れは不安になるだろう。秀流は思考していたことが伝わらないように必死で平静を装うと、慌ててその場から離れた。
 マナウス。観光には打ってつけの場所に、その日二人は訪れていた。それは先日、ちょっとした高収入があった故の旅行だった。祭の時期だということ、家々の間から見える木々が仄かに赤く染まっていることを併せて、街道は人で埋め尽くされている。ともすれば呑まれて離れ離れになってしまいそうな不安を抑えて、秀流は璃菜の手をしっかり掴むと雑踏の中へと身を進めた。
 目の前で一人の老婆が両手を地につけたのは、丁度そのときだった。誰かに押されたのだろうか、腰の辺りをさすりつつ、道に落とした荷物を拾っている。誰も助けようとしないことに辟易しつつ、二人は彼女へと近付いた。
「手伝いますよ」
 片手に璃菜の手を握ったまま、片手で秀流は老婆の荷物を拾いにかかる。幸いにも誰の足にも踏まれていないことを確認すると、璃菜に荷物を預けて空いた手を老婆に差し出した。ゆっくりと握り締め、三人は人ごみから抜けた一角へと移動する。
「有難う御座いました」
 深々と頭を下げる老婆を無理矢理上げさせ、秀流は手の平を力一杯振った。
「いえ、そんな礼を言われることはしてませんよ」
「そうかしら。でも、本当に有難う御座います」
 ただでさえ身長の低い老婆は、礼をすることによって一層小さく見えた。どう対処して良いものか考えあぐねた秀流は、助け舟を求めようとちらりと璃菜に視線をやる。璃菜はその意を汲んで微笑むと、老婆へと向き直った。
 璃菜は老婆へと二三の言葉を掛けて顔を上げさせると、眩しいばかりの笑みを浮かべてみせる。
「それでは、私達は失礼します。これから立ち寄る場所がありますので……」
 そう言いかけるが、言葉が何かに遮られる。見ると、一人の老人が誰かの名前を叫びながらこちらへといそいそとやってくる最中だった。老婆が嬉しそうにしているところから見て、彼は彼女の旦那といったところだろうか。
 老人はことの経緯を聞くとやはり老婆と同じように深々と頭を垂れ、そして二人を軽食へと誘った。
「……どうする?」
 璃菜と相談しようとした秀流は、だが一瞬で璃菜の決断に従わざるを得なかった。この近辺には有名な茶店があるという話がこちらの耳へと届いてくる。どうやらマナウスでは一番有名な店で、普段なら予約が必要とのことだが、オーナーが彼女の知り合いだということで特別に席を空けておいているという。老夫婦の光悦そうな語り口と、璃菜の甘味物への興味から、秀流は最後尾へと付いてご馳走へと赴くことになったのだった。
 店の噂通りの繁盛を目に、甘すぎるほどの甘味物を口に。一時の休息を満喫して、秀流達は食後のお茶に口を付ける。話題はいつの間にか、「どうやったら幸せな夫婦でいられるか」「孫自慢」、あげくには「恋愛テクニック」にまで移っていた。男性陣は無言で話に時折相槌を入れるのみで、話題に参加することは殆どなかった。
 ふいに聞こえた言葉に、秀流は耳を疑った。問い直すという無粋な真似が出来るほど礼を弁えていない訳でもなかったし、周囲がうるさいという訳でもなかった。正面に座っている老夫婦は変わらず笑みを浮かべているし、右隣に座っている璃菜は顔を赤らめて使えそうにもない。秀流自身も出来ることなら逃げてしまいたい衝動に駆られていたが、ここで璃菜を連れて逃げるというのも失礼な話だ。意を決して、秀流は口を開いた。
「え……と。相棒……という方が正しいかもしれませんが」
 秀流と璃菜は恋人か否かを問われ、そう答えた。将来結婚しようという誓いも果たしていないし、他に心を許せる存在がいるという訳ではない。既に半身に近い存在は、もはや「相棒」と呼ぶ以外には説明出来ない、と。
 大事な人だ、と。
 言葉が口から出ないもどかしさにもがきながら、秀流はそれだけを言った。
 その答えに、老婆は哀しそうに笑って言った。
「そうね。そういうのも素敵ね。でも、そういう優しさも時には残酷よ」
 秀流の言葉が自身の中で、ただ反芻していく。苦笑しながら、そうかもな、と答えるのが精一杯で、それ以後の会話が全く記憶になかった。老婆の言っていることの意味は分かる。分かっている……のだが、口にしてしまうことで出来てしまう一つの可能性に恐怖していた。否定されるのが怖く、故に残酷であったのかもしれない。
 ……流石、年の功だな。見抜かれたことに戸惑いながら、秀流は胸の奥で一つの決意をした。
 老夫婦と別れ、ホテルに戻るなり秀流は言った。
「……今まで、ごめん」
 その言葉の意味を捉えられず、璃菜は小さく首を捻った。
「どういうこと?」
「多分さ、逃げてたんだよ。はっきり言葉にしないでも、璃菜なら分かってくれるって思い込んでて。否定されるのが怖くて、だから口にするのは物凄く抵抗があったんだ。それはもしかしたら、璃菜を不安にさせていたかもしれない……って、そう思った。
璃菜は俺にとって、一番大切な人間だ。ただの相棒じゃなくて、はっきり訂正しておくよ」
 静かに璃菜は目を伏せ、「ありがと」と口元で形作る。
「言わないことで甘えてた。それは、明らかに俺の非だ。それが最善だと思っていたけど、ごめん。……俺、無神経だった」
「そうでもないよ。相棒っていうのも、私嬉しかったよ」
「でも相棒なんて、男でも女でも関係ない。それに、一番の問題として……俺が厭なんだ。ただの相棒で片付けてしまうことに、俺が嫌気がさしているんだ」
「……秀流は、優しいね。だからね、私も秀流といると幸せなんだ。ううん、私だけじゃない。秀流の周りにいる人は皆幸せなんだと思うの」
「…………」
「人を幸せにできる人なんて、凄いと思うよ。ここの部分がね、とっても暖かい人だと思うの。それは誇るべきことで、羨ましいことなんだ」
 璃菜は自分の胸に手をやる。
「私の、あこがれ」
 にこりと微笑む璃菜の顔につられて、秀流も顔を緩ませた。
 自分がどれだけ人を“幸せ”にしているなんて、全く思いもしなかった。逆に、璃菜こそが他人を幸せな気分にしていると思っていた。知らず、少しだけだが嫉ましく感じていたのかもしれない。
「なあ、璃菜」
「なに?」
「俺、今のままじゃ全然璃菜の思っているような人間には及ばないと思うんだ。まだまだ未熟で、小さい人間だ。……でも、さ。少しずつ、これからその“あこがれ”に近付いていきたいと思うんだ。それで、今は見逃して欲しい」
 璃菜はゆっくりと、しかし確かに力強く頷いた。
 その時、秀流の肩に軽い暖かな重みが圧し掛かる。頬に掛かる吐息に、小さな決意は確固たるものへと変異する。それはあまりにも微弱で、それ故に消えることのない灯火だった。
「……あなた」
 璃菜の言葉に、秀流は呼吸をするのを忘れるほどに早くなる鼓動に、温かみをその手でしっかりとその身に抱き寄せた。





【END】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
千秋志庵 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2005年04月11日

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