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『■+ 美しき友情 +■ 』
セレスティ・カーニンガム1883)&モーリス・ラジアル(2318)&マリオン・バーガンディ(4164)

 穏やかな春の日差しは、この大地に住まう者へ、平等に降り注ぐ。その心地良さに、通常であればお菓子を抱えて居眠りを始めていそうな少年は、だが現在、眉間に皺を寄せつつ難しそうな面持ちで、手にしたマドレーヌと見つめ合っていた。
 癖のある黒髪に、上質の蜂蜜を思わせる金色の瞳。まだ幼い少年に見える彼は、世界に名高いリンスター財閥の美術品管理を一手に任されていた。
 彼の名を、マリオン・バーガンディと言う。
 常の悪戯好き──もっとも、本人の弁では好奇心旺盛と言うことになるが──が高じ、クマさんのぬいぐるみと追い駆けっこをした為、つい最近彼の主よりお説教を食らってしまった元キュレーターである。
 「………。はぁ………」
 マリオンは大きく大きく溜息を吐いた。
 陽光降り注ぐテラスには、少々似つかわしくない雰囲気だ。
 マドレーヌを、はむと口に含みつつ、更にその向こう側に視線を移すと、見えてくるのはそこにはない筈の、そして目下、マリオンの悩みの種であるランプの幻影である。
 ……少しばかり壊れているのだが。
 マリオンの幻影にあるランプの形は、一般的に、茄子型と呼ばれている。まあ茄子型と言うより、一輪挿しに近い形であるのだが、どのみちその二つをイメージしては、このランプの美しさを知ることは難しいだろう。
 それはアールヌーヴォの巨匠と言われた、エミール・ガレの手によるガラス細工のランプである。青とも緑とも言えぬその色合いは、下部に行くに従い、ほんのりオレンジの色を見せ、細い先端から、緩やかに卵形の優美なラインへと移って行く。ブロンズの台座に鎮座しているそれに灯りを灯せば、その周囲には童話の世界が広がること間違いなしだ。
 現在、それはマリオンの仕事場に存在している。
 当然のことながら、ガレの手によるものだから、その細工も秀逸。褐色のガラス片や化合物を封入して、繊細な動植物の模様を刻み込んでいた。
 さて。
 そのランプが、何故(なにゆえ)マリオンの手元にあるのか。しかも壊れたものが。それは数日前に、話は遡ることとなる。



 白熱しているオークション。
 周囲にいるのは、目の色を変えた好事家達だ。
 その理由は、とてもシンプルである。現在、競り落とされているのは、本来であれば美術館入りしても可笑しくない様な一品。もっとも壊れている為、これに参加しているのは、本当の意味での好事家であろう。
 ロットナンバー八十八。
 それは、ガラスの彫刻家と言われたエミール・ガレが、工房時代に作ったと言われている一品である。
 ……保存状態は、今一つであった様だが。
 青と緑のガラスを、幾重にも重ねてオレンジの卵形をした下部へとつなぎ、そここに、彼の作品の特徴となる動植物や昆虫などを模した絵柄をグラヴィールと言う手法により表現している。
 ……ヒビは入っているが。
 熱気で唸るその会場には、涼やかな面持ちの青年が二人いた。
 一人は清涼な風を思わす銀の髪に、その風が吹き抜けた後の湖を感じさせる青い瞳を持つ、車椅子に座した青年だ。
 彼をこの場で知らぬ者はいまい。
 公的には、長きに渡りリンスターの長を勤め、私的には、こうして己の気の向くまま、オークション会場や好奇心の探求に勤しんでいる彼は、セレスティ・カーニンガムと言った。
 もう一人はそのセレスティが座す車椅子の右に控えている。
 木漏れ日の様な金色の髪、貴き真実を映すエメラルドにも似た緑の瞳を持つ青年だった。彼の本質を知る者は、こう言った。
 『あるべきものをあるべき存在へと還す、ハルモニアマイスター』と。
 彼の名を、モーリス・ラジアルと言う。
 きっちりとスーツで決めている二人は、本日このオークションで出品される『ガレのランプ』を手に入れようとしていたのだ。
 徐々につり上がる金額は、一般的収入しか持たない人々が聞けば、天を仰ぐ様なものであろう。けれどそこにいる者達は、気にもせずに値段をつり上げ、ランプを我が手にせんとばかりに、目を血走らせてバドルを挙げる。
 リザーブプライスなど、当たり前の様に紙くず同然になっていた。
 少々とは言え壊れている物に、ここまで必死になるのは、その趣味がない人間にしてみれば滑稽でしかないだろう。
 けれどモノが壊れていようと、セレスティは全く意に介さない。
 何故なら、彼の元には修復が得意な者が、二人もいるのだから。
 「皆さん、やはり必死の様ですねぇ」
 そう言いつつ、余裕の笑みを浮かべている。彼は着実に上がっている価格に、眉一つ動かさない。その行方を、まるで貴賓席でオペラを鑑賞するかの如く、楽しんでいた。
 「やはり工房時代と言うのが、好事家心と言うものを擽るのではないですか?」
 こちらも同じ。モーリスもまた、欲望のままに、人が本性をちらつかせている様を楽しんでいる。
 零の数が三つばかり多いのでは? と言う段階になって、漸く上がるバドルもまばらになって来た。
 「セレスティさま、そろそろ宜しいのでは?」
 頬杖を付いていたセレスティは、モーリスのその声に、そうですねと小声で呟いて手を動かす。妥当だと考えた数字を書きモーリスに渡すと、心得たとばかり、手順を踏んで彼はビットをかけた。
 とたんに聞こえるのは、息を飲む音だ。
 二人が個人で設定していたエスティメートは、会場で設定したそれを遙かに超えているだろう。確かに人の度肝を抜くには充分だった。更にこの上に上乗せされる、バイヤーズコミッションなど考えると、誰もが酸欠状態の金魚になってしまった。
 上がるバドルが、ぴたりとなくなる。
 オークショニアは、そんな会場の様子を、終了を確信した視線で見渡して、大きく息を吸い込んだ。
 カーンと言う、切れ味の良い音が耳を打つ。
 バドルナンバーが彼の口から高らかに宣言され、ガレのランプがセレスティの手に渡ったことを周囲に知らせた。



 「ガラスを治すなんて……」
 再度マリオンは溜息を吐く。だが確かに溜息を吐きたくなるのも、無理はないかもしれない。『うーん、ご無体っ』とばかりに、マリオンはかくんと小首を垂れた。
 彼の専門は、絵画の修復だ。間違ってもランプの修復ではない。
 どちらも美術品には変わりないが、修復方法は全く違うだろう。
 ……治せないことは、ない……と思うが。
 モノは、繊細なガラス彫刻が元になっているランプだ。
 あの日、大層機嫌の良いセレスティを見て、少しばかりの下心を働かせたのが悪かった。
 『あ! お帰りなさい! セレスティさま。……どうされたんです? 何だかとても嬉しそうですね』
 屈託ない笑みを浮かべたマリオンに、彼の主は優しく答えた。
 『ただいま、マリオン。ええ、今日のオークションで、とても素晴らしいものを手に入れることが出来たのですよ』
 『え? そうなんですか? 見せて下さいよー』
 心底嬉しそうに話すセレスティが落札した物に、興味を覚えたのもまた、運の尽き。
 甘えた様な声音で、マリオンはセレスティに強請ると、困った様な顔をされる。
 『見せてあげたいのは山々なのですけれど、まずモーリスに修復してもらわなければならないのです』
 『……修復?』
 何故自分に言わないのだろう、そして何故モーリスに言うのだろうと、マリオンは少々不満に思う。
 その瞬間、思わず口をついて出た言葉。
 『私が治しますよ!』
 『マリオンが?』
 そう問いかけたのはセレスティではなく、ふふんと笑ったモーリスである。
 むくむくわき起こる対抗心。マリオンは、絶対に彼には修復させないと、心で強く決意した。
 『ええ! 勿論です。私は、アンティークを新品にするなんて無粋な真似は、絶対しませんからね。長い時を超えて美しさを増してきたアンティークから、その美しさのもとを取り払ってしまうなんて、私には到底考えられませんよ。私の方が、適任です』
 『おやおや。随分な言われ様ですね。まあ、私は別に構いませんよ。セレスティさまが喜んで下されば、それで満足ですからねぇ』
 勝った…と、マリオンは心の中でガッツポーズをした。
 『セレスティさま! 私が治しても良いですよね』
 『そうですねぇ……』
 ちろりとモーリスを見る素振りをしたセレスティに向かい、マリオンは再度口を開いた。
 『セレスティさま!』
 『……では、これはマリオンにお願い致しましょうか』
 『はい!』
 その時は、確かにモーリスに勝利したと思ったのだ。
 けれど、後日渡されたそれは、何とエミール・ガレが工房時代に作成したと言うランプであった。
 先輩であるモーリスが、何処か楽しげでいたと言う記憶はある。あれが危険信号であったのだ。今ならマリオンにも、それが良く解った。
 「どうしよう……」
 今更頭を下げて、モーリスに頼むのは、マリオンのプライドが許さない。
 けれどセレスティの残念そうな顔を見るのもイヤだった。
 あまりに繊細なそれは、下手に弄ると全体のバランスを崩してしまうだろう。美術品としての価値が下がると言うより、作品の美しさが損なわれてしまうかもしれない。
 そんなことにでもなれば、セレスティが落胆するのは勿論のことながら、モーリスへ切った大見得の内容にも反してしまう。
 マリオンは頭を抱えてしまった。
 ……手にはカップケーキを持ちつつ。



 今日はゆっくりと、テラスでお茶でも楽しもうか。
 そんな風に、セレスティは考えた。
 内線で彼の料理人へと、お茶の用意をお願いし、テラスにあるテーブルへ、この季節の花々を飾って貰う様に彼の庭師にもお願いした。
 「後は、……そうですねぇ。一緒にお茶を楽しんでくれる人でしょうか」
 人差し指を頬に当て、小さく小首を傾げつつセレスティは呟く。
 別に先の二人と一緒に楽しんでも良かったのだが、生憎都合が宜しくなかった。
 では最愛の恋人と…とも思ったが、現在彼女はバイト中。流石に誘うことは出来ないだろう。いや、彼女は喜んだとしても、仕事の邪魔は、すべきではない。
 「マリオンも、ランプの修復中ですよねぇ……」
 先日、モーリスと火花を散らし合っていた風景を思い出す。
 もう少しばかり、仲良くならないものだろうかと思いはするも、例え命令したとしても、決して良い結果は生まれないことは明白である。
 どちらも一見優しげな風貌をしているとは言え、可成り頑固だ。
 当初、セレスティはあのランプの修復に、モーリスをと考えていた。何故なら、絵画や本と言ったものの修復であれば、元キュレーターであるマリオンの方が最適であるが、ガラスなどであれば、また少々話は違ってくる。マリオンの腕を信用しない訳ではないのだが、物には向き不向きが依然と存在しているのだ。
 壊れた物であっても、こうして修復してくれる人々がいるから、セレスティは気兼ねなく購入することが出来るのだが、他の者から見れば、困った性癖であるかも知れない。
 「私は、あまり良い主人ではないかもしれませんねぇ…」
 マリオンの寄り目になった顔を想像し、思わずクスリと笑ってしまう。
 先日からこっち、マリオンにとっては厄日だろうと思う日が続いているのかもしれない。
 クマさん捕獲事件然り、今回の修復作業然り。
 その間にも、何やら大変神経の使う仕事もあったらしい。
 きっとマリオンは煮詰まっているに違いないだろう。
 「やはり、マリオンと一緒にお茶を楽しみましょうか」
 気分転換も良いかも知れない。
 そう思ったセレスティは、モーリスと言う、マリオンにおいての天敵に近い存在へ、彼を捜すことも、お願いしたのであった。



 セレスティから、テラスのテーブルへ花をと言われたモーリスは、後から更にもう一仕事頼まれてしまった。
 勿論、彼の主の言葉だから、否やはない。
 けれどこうも思わない訳ではなかった。
 「全く…。マリオンが意地を張るから、セレスティさまが気を遣う羽目になってしまうんです。最初から私に任せれば良いのに」
 モーリスは『マリオンとお茶を楽しみたいので、探して来てくれませんか?』と言われた時、しっかりセレスティの意図を察していたのだ。
 しかしながら、あのランプ修復に頭を悩ませているだろうマリオンが、そうしてセレスティにお茶へと誘われた時、どう言った反応を返すのか、それも楽しいかも知れないとも思っている。
 どうせまだ、修復は終わってはいないだろうから、セレスティとは顔を合わせ辛いことは間違いがない。自分が言い出した手前、それは確実だ。彼らの主は、そんな思いすらも頭に上らない様な間抜けではない。
 きっとセレスティは、息抜きをさせると同時、マリオンを上手く言いくるめて二人で修復する方向へと持って行こうとしているに違いなかった。
 「全く、主に気を遣わせて、どうするんでしょうかね」
 温室から花を抱え、テラスへと足を運びつつ、モーリスは呆れた様に呟いた。
 モーリスが持つそれは、やはりこの季節ならチューリップだろうと通常なら思うところだが、そこは彼のこと、主に似合う花をと考え、大輪の百合をメインに、微かなピンク色した薔薇、アルストロメリア、イキシア、グリーンカーネーションと言った花に、ホワイトグラス、レモンリースを加え、豪華でありつつ品のある見栄えに仕立てている。
 まずは花を飾ることから始めよう。
 モーリスの手にある内は、決して枯れることはないだろうが、やはり花にしてみれば、それはあまり良い状態ではないだろうことを、彼は知っていたからだ。
 切り花とは言え、水を与えてやる方が良いに決まっている。
 取り敢えず、他の使用人にもマリオンを見かけたら教えて欲しいとは伝えているものの、自分で探すのはその後だと考えた。
 「ちょっと一言言ってやらないといけませんねぇ」
 そう呟いた時には、目的地へと到達を果たしている。
 彼はテラスへ続く大きなガラス窓を開け、テーブルへと視線をやった。
 「……」
 そのテーブルでは、マドレーヌと睨めっこしつつ、マリオンがうんうんと唸っている。
 思わず、モーリスの視線温度がマイナス値を示してしまった。
 「取り敢えず、セレスティさまには、マリオンは見つかりましたと連絡しましょうか」
 花はその部屋に幾つも陳列してある花瓶を使用するつもりであった為、セットするのは直ぐに終わるのだから、主を呼んでも問題はない。
 モーリスは相応しいと思える花瓶を選び出し、そっと花を生けてから、内線電話に手を伸ばした。



 セレスティはモーリスより連絡を受け、ステッキをつきつつ、ゆっくりとテラスへと歩いて来ていた。
 テーブルがあろう場所へと向かおうとして、聞こえてくる会話に、ふと足を止める。
 「マリオン。そろそろ意地を張るのは止めにしませんか? ここは二人で力を合わせて修復作業を行った方が、セレスティさまの為になると思いますよ。別に、君の腕が悪いなんて、一言も言っていませんし、一ミリグラムも思ってはいませんから」
 この声はモーリスだ。
 どうやらセレスティの意図はすっかりお見通しらしく、マリオンへ説得を開始している様である。
 けれど最後に一言……いや、二言ばかり言うところが、如何にもモーリスらしいかもしれない。
 薄々……と言うか可成り高い確率で、モーリスと協力、もしくは力を借りた方が良いと解っていたらしいマリオンも、オマケとばかりに付け加えられると、流石に『そうですね』と言いかけた口を、閉じてしまうだろう。
 頬をぷっと膨らませ、じとーーんとした目つきで、先輩であるモーリスを睨んでいるのが解る。
 小さく溜息をついたセレスティは、割ってはいる訳にも行かず、仕方ないと言った調子で、ハブとマングースよりは数段穏やかであるだろうと思われる睨み合いが終わるのを、こっそり部屋で待っていた。
 そしてその睨み合いにエンドマークをつけたのは、やはり年の功を所持しているモーリスである。
 「私は、色鮮やかな蝶と見つめ合うのは大好きですけど、サナギにもなっていない青虫を観察するのは、今一つ趣味ではありませんからね。さっさとセレスティさまご執心のランプを治してしまいましょう」
 「サナギって、青虫って、私のことですかっ?!」
 声を大にして言うマリオンを、はいはいとばかりにあしらったモーリスが、明後日の方向へと視線をやると、ポソリと一言。
 「セレスティさま、早く修復を終えたランプを、見たいでしょうねぇ……」
 「っ!!」
 「あのランプに灯を入れることを、それはそれは楽しみにしてらっしゃいましたし……」
 「〜〜っうーー!」
 唇を噛み、半ば涙目になっているマリオンの様子を、モーリスはしっかり窺っている様だ。そしてまたマリオンは、そのモーリスの言葉と自分の腹立ちを天秤にかけているのだろう。
 けれど。
 「もう! 協力し合えば良いんでしょ! さあ、早く始めますよ」
 マリオンが椅子から立ち上がって、仕事場に向かおうとする。
 「あれ? 私は、耳が遠くなってしまったのでしょうかねぇ。何だか命令された気がするんですけど」
 モーリスがしれっと言っていることを聞き、セレスティは『あの言い回しは、一体誰をお手本にしてるのでしょうねぇ』など、のほほんと考えている。
 「むーーーー!」
 対するマリオンは、何を言い返してやろうかと考え込んでいるのだろうが、すぐさま思考を切り替えた様だ。
 「解りました。モーリスさん、一緒に修復をして下さい! ……これで宜しいでしょうか?」
 互いの表情を、想像することは容易かった。
 してやったりとばかりににんまり笑うモーリスと、悔しいけれど口論するより修復した方が良いと思ったマリオン。彼が鼻息も荒く、『お願いしますね!』と大声を出す。
 何処か楽しげな雰囲気を滲ませたモーリスは、少々意地悪く口を開いた。
 「早く治すことは私も賛成ですけど、先程セレスティさまから、マリオンとお茶をしたいから、花を用意して欲しいとお願いされましてねぇ。もうそろそろ、セレスティさまのお茶もお菓子も届く頃合いでしょうね。君はセレスティさまのお誘いを無碍にしてまで、『私との』修復をしたいんですか?」
 一部強調表示を含み、何ともまあ、意地が悪いことこの上ない。
 「そんなこと! 一言も言ってないじゃないですかっ!」
 「そうでしたっけ?」
 思わずセレスティが、吹き出しそうになる。
 「もう! やっぱり一人でやります!」
 むくれているだろうマリオンを適当にあしらい、モーリスがマリオンとの会話を切り上げてこちらへやって来た。そこにいるセレスティを見ても、驚き一つ見せないのは、流石と言えば流石だろう。
 「モーリス。あまりマリオンを苛めないで下さいね」
 笑みを浮かべつつ言うセレスティに、モーリスはしれっとした口調で答えた。
 「努力はしますけど。……でも、ああ言う反応を見ると、どうしても楽しくなってしまいますからねぇ。私の所為だけではないと思いますよ」
 その言葉を聞き、個性豊かな者達といると、全く以て退屈しないなと、少々不謹慎に思ってしまうセレスティであった。



 二人のやりとりも知らず、あの後主と共にお茶をしていたマリオンは、何時の間にかとても上手い口車に乗せられてしまい、結局モーリスと修復をする羽目になっていた。
 『ねえ、マリオン。あのランプのことですけれど、私としては、以前お願いした本の様に、二人の持ち味を生かした修復をして頂きたいのですけれど。ダメでしょうか?』
 まずはそう切り出され、マリオンが口ごもっているのを良いことに、セレスティはじっくりとマリオンを攻略していったのだ。
 しかし、やはりYESと言ったのは、短慮であったと彼は思ってしまう。
 「ああっ! 何ですか、この新品具合。これじゃあ、アンティークの価値が落ちてしまうじゃないですか!」
 能力全開で、手っ取り早くやってしまおうと言うその根性が気に入らない。
 マリオンはそう思う。
 対するモーリスもまた、片眉を上げ五月蠅そうに口を開いて対抗した。
 「五月蠅いですねぇ。このお喋り雀は。流石は夜中、セレスティさまのお休み時間を邪魔しただけはありますね」
 「あれは、不可抗力ですってば! それに誰が雀ですって? 人のことを雀って言うなら、モーリスさんは狸じゃないですかっ!」
 「……狸?」
 せめて狐と言って欲しかったと、その表情は語っていた。
 「そうですよ! 人を小馬鹿にした様に、良い様にあしらって騙してるじゃないですかっ!」
 「………」
 流石のモーリスも、マリオンのこの言い草に一時は閉口したのかもしれない。けれど後輩に言われて黙っている彼ではなかった様だ。
 「別に小馬鹿になどしていません。それに騙してもいませんよ。被害妄想も甚だしいですねぇ。自分の腕に自信があるのなら、まずは『小馬鹿にしている』とは思わないでしょうし、騙されたと思うことがあるのなら、それは最初から私の言うことをきちんと理解していない証拠でしょう。私は別に、必要性を感じなければ、嘘などは言いませんからね」
 あしらっていることについては否定しない。
 更に言えば、嘘は言わなくても、隠していることがないとも言ってはいなかった。
 このモーリスの台詞を要約すると『お利口さんなら、バカにされてるだの騙されただのは感じないでしょう?』と言うことだ。
 マリオンの顔が真っ赤に染まる。
 「貴方の様な口の減らない意地悪で狡猾な人は、本当に初めて見ましたよ!」
 口喧嘩では互いに良い勝負だが、やはり年季の入り方が違う。更に言うと、今回のランプを巡る件は、マリオンにとって可成り分の悪い争いでもあった。
 自分でやると言ったのに、結局のところ手を借りることになってしまったのだから。
 延々と二人の口喧嘩は続いていた。
 最終的に、夜が明ける前には、何とか修復を終えることが出来たのだが、これは可成り運が良かったと言うことだろう。
 元と同じ見目を得ることが出来たランプは、口喧嘩でへとへとに疲れた二人とは対象に、朝日を浴びて大層美しく輝いていた。



 ディナー後には、スイーツを。
 今夜のスイーツは、和と洋の甘い共演である。
 まず一つ目は抹茶のテリーヌ。
 とろんとした外見、そして切り口からは、フルーツが顔を覗かせている。このスイーツは、抹茶の香りを楽しみつつも、口の中では更にフルーツの爽快感をも同時に楽しめるのだ。
 そして二つ目はアズキのミルクレープ。
 卵をたっぷり使用した幾層にも重なるクレープに、わざわざ取り寄せたアズキを使用した粒あんに、生クリームとカスタードを混ぜ合わせたクリームを挟んでいる。
 最後の三つ目は栗とチョコレートの黄身しぐれ。
 ほんのりクリーム色した生地に包まれ、栗とチョコレートが遠慮がちに顔を覗かせている、餅に似た見目の菓子である。
 紅茶は幻と言われるシッキム・ティを。
 原産地がダージリンと近い場所にある為、香りは似てはいるのだが、それよりも味はまろやかで更に豊かな花の香りがする。上質であるもの程手に入りにくいのは、どの茶葉も道理ではあるが、ここにあるのは当然の様に最高級品であった。
 本日は、豪奢なシャンデリアの下ではなく、幻想的なランプに灯を入れてのスイーツタイムだ。
 ランプは当然のことながら、二人の友情と涙の結晶である、あの修復されたガレのものであった。
 「綺麗ですねぇ…」
 ランプから広がる灯りは、豪奢なそれではないけれど、まるで大切な人から抱きしめられた時の温もりを思い起こす様な光だった。
 「はい。細工の美しさは勿論、時と言う年月を得たからこそ、こうして私達を楽しませてくれるんでしょうね」
 セレスティに答え、うっとりとランプを見つつスイーツを頬張っているマリオンがそう返す。
 「美しい物は、どんな形であっても美しいとは思いますが、こうして完全な形を取り戻せば、それは一際ですね」
 紅茶を味わいつつ、モーリスもまたマリオンに対抗するかの様にそう答えた。
 もっとも当の本人は、むっとばかりに睨み付けるマリオンの視線なぞ、何処吹く風ではあるが。
 二人を見るとはなく見ていたセレスティは、その雰囲気など吹き飛ばす爽やかな風を作り出す様に、柔らかな微笑みを浮かべて言った。
 「君達二人が、力を合わせて修復してくれたからこそ、こうしてランプは息を吹き返したのです。心からお礼を言いますよ。何時も二人で意見を交わしているからこそ、これほど完璧な仕事をやり遂げることが出来るのですね。この国には、『仲良きことは、美しきこと』と言う言葉がありますけれど、君達二人を見ていて、私はそのことを思い出しましたよ。二人は本当に、仲が良いのですね」
 最初はセレスティの言葉を、誇らしい気持ちで聞いていた二人は、中盤辺りから徐々に微妙な顔つきになっていた。
 そして最後のトドメとばかりの言葉を聞いて、マリオンはアズキのクレープを口に含んだまま、そしてモーリスは紅茶を飲む手をぴたりと止めたまま、二人仲良くむせている。
 「おや、二人とも、どうかしましたか?」
 げふんげふんとやりつつも、いち早く立ち直ったモーリスが、何とか表情を取り作りつつ微笑んだ。
 「いえ、我が主であるセレスティさまに、そこまで仰って頂けたことに驚いただけですよ」
 するとマリオンもまた、負けじとばかり、奇跡的に吹き出さずに済んだクレープを飲み込んで口を開く。
 「そんなに喜んで頂けるなんて、本当に嬉しいです」
 内心笑いがこみ上げているセレスティだが、あくまでも表面上は穏やかに微笑んでいる。
 「私は幸せですね。互いを認め合い、そして仲睦まじく仕事をしてくれる人達囲まれているのですから」
 満足げなセレスティを前に、既にぐうの音も出なくなっている二人であった。

Ende

PCシチュエーションノベル(グループ3) -
斎木涼 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年04月08日

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