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『【桜の季節に強さを想うということ】 』
ジュドー・リュヴァイン1149)&エヴァーリーン(2087)
「む」
「あ」
 申し合わせたように、とはまさにこのことを言うのだろう。事前に約束もしていないのに、ジュドー・リュヴァインをエヴァーリーンは顔を合わせた。
 ここはエルザード城下から少しばかり離れた場所にある草原。桜の名所として結構な人気を集めている。数十年前、どこかの誰かが戯れに苗木を数本ばかり植えたらしい。土が合ったのかあれよあれよと成長を続け、今では立派な一人前の桜。ジュドーもエヴァーリーンもそれを聞きつけて、何となく花見にやってきたのだった。
 まあ仕方がない、腐れ縁だし。声に出さず、互いにそう呟く。
 いい具合に周りには人影がなく、彼女たちは暖かい地面に腰を下ろした。特に言葉は交わさない。
 風が吹いて、八方に伸びた枝から花びらが散っていく。
 ――雄々しく美しい。洗われるようだとふたりは思った。桃色の花は戦いにささくれ立った戦士たちの心にも、分け隔てなく優しい。
 ジュドーは足元に落ちてきた花びらを摘もうとした。エヴァーリーンも同じことを考えて手を伸ばす。指同士が触れた。何となく気まずくなった。しばらく見つめあうと、またぼんやりと桜の木を眺めた。
 ずっと黙っているのも妙だ。そう思い至ったエヴァーリーンが口を開いた。
「ジュドーは今年も戦いだけに生きるわけね」
「うん?」
「戦っては傷つき、傷が癒えたらまた戦地への繰り返し。そうするんでしょう?」
 何を言うのかと思った。ジュドーにとっては今さらである。
「――今のところ、強さを求める以外のことに心を砕こうとは考えていない」
「でもそれには終わりがない」
 エヴァーリーンの言葉に、ジュドーは横目で見るだけで応える。エヴァーリーンは継いで言った。
「上限のない強さを求めるっていうのが、あなたの口癖よね。いい、それは永遠に満たされない矛盾。そんなものを求めるのは辛いんじゃないかなって、ふと思ったのだけど」
「そうか」
 ジュドーはふっと笑った。この腐れ縁とはいつも軽口を叩きあってばかりだが、何だかんだで気にかけてくれるのは嬉しくなる。当然おくびにも出さないが。
「たとえば、あの桜だって」
「ん?」
「毎年毎年咲いては散り咲いては散ってゆく。だけど終わりがないのが辛いから咲くのは止めた、なんて言わないだろう」
「ゴメン、よくわからない」
「説明下手なのは少し我慢してくれ。桜の木は、いつもいつも同じってわけじゃないだろう。咲き方、散り方にも色々あって……。日々、年々、姿が違う。一定でないっていうことは素晴らしいと思う」
 赤い隻眼が細まる。
 ジュドーは桜に見惚れていた。――そして、そのジュドーにエヴァーリーンは見惚れていた。悲壮な決意をした戦士、といった趣があった。そういうものに何事かを感じ取るのは、自らも戦士だからだろうか。
「私は咲いて終わり、にはしたくないんだ。あの桜のように、咲いて、散って、緑の葉をつけて、落葉して、また咲いて……そんな風に、いつも違う日々に身を置いていたい」
 願うような声。ジュドーはエヴァーリーンを見て、物憂げな表情になる。
「満たされるって言えば聞こえはいいけど――満たされたら、その次はないじゃないか。止まってしまう」
「……ああ」
 エヴァーリーンは理解した。
 ジュドーは止まっていたくない。常に追いかけるものがほしいのだ。ゴールを見つけることが叶わなくても。
 追いかけ続けることのできる目標はあるけれど、決して満たされない。
 今満たされているけれど、これから追いかけるものがない。
 それは、どっちが幸せだろう?
 もちろん普遍的な答えなんか出ない。ただ、この金髪の戦士は満たされないことを選んでいる。
 その在り方は、悲しいと思った。
 しかしジュドーの本質は悲しみにある、そうも思う。
「……言いたいことは言ったぞ。何かあるか」
「いえ、何もない」
 無言の間が流れていった。言いたいことを言ったジュドーは何も口にしないし、エヴァーリーンも同じ。
 しかし黙っているのはやはり疲れる。しばらくして、エヴァーリーンはこんなことを言った。
「魚の中には、泳ぎ続けないと死んでしまうというのがいるらしいけれど、あなたはそれにそっくり」
「何だそのたとえは」
 ジュドーは吹き出した。
「せっかくさっきまで真面目な話だったのに、台無しじゃないか」
「別にふざけたわけじゃないけれど。ジュドーから戦いを奪ったら、それこそ何も残らないなって。死ぬわけじゃないから、生ける屍というところかしら」
 言いえて妙だな。ジュドーはそう応えた。
「そうさ。誰が何と言おうと、戦い続ける。刀を振り続ける。……それだけだ」
 その時、遠くから人の声が届いた。どうやら親子連れらしい。そういえばここは花見の場なのだ。自分たちがこんな楽しくない顔つきをしていたら、彼らは逃げてしまうかもしれない。せっかくの客を離してしまっては桜にも申し訳ないというものだ。
「ちょうどいいわ。こんな堅苦しい話題はもう終わりにしましょう」
「そうだな。いい加減風情がないと思っていた」
 ふたりは寝転んで、桜の木を見上げた。
 ひときわ強い風が吹いた。次々と花びらは散り、辺りは花霞に包まれていった。

【了】
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聖獣界ソーン
2005年04月07日

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