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『〜星約(せいやく)〜 』
蘇芳・焔4540)&蘇芳・立夏(4319)
 
 近づいては、遠くなる。手を伸ばせば、するりと逃げていく。
 雪解けの後、冬が終わり春が訪れるまでの間は、まさにそんな感じだった。寒暖の差が激しかったせいだろう、桜の開花も例年よりも遅い。
 3月の終わり、気がつけばもうすぐ4月も半ばに差しかかろうとしていた。
「温泉?」
 暖かな陽気が窓から注いで、睡眠を十分取っても眠気を確実に引き起こさせる。
 穏やかな時間が漂う、何時もは依頼人からの声が絶えない探偵事務所の中で眠気に引っ張られていた蘇芳 立夏は相棒であり守護者であり。
 そして、恋人でもある蘇芳 焔の提案に夢見心地で声を返した。
「そう。立夏も春休みだし。俺も休み貰えたから、一緒にどうか?って思ってさ」
「温泉か……」
 まだ夢現状態の立夏に焔は優しい笑顔を浮かべながら、座っていた椅子から立ち上がると手に持っていた薄いリーフ型のパンフレットを差し出す。
 ソファの上でうとうとしていた立夏は、顔の前に差し出されたパンフレットを手に取ると徐々に目を大きくさせた。
 見事な桜の競演、というものだろうか。パンフレットに載っている温泉は宿の庭近くに設置されているらしく、湯に浸かりゆったりとした気分で桜の花が堪能できるというのだ。
「綺麗………」
「だろう。行くよな?」
 疑問ではなく、断定。そんな強引さも、立夏が好きな焔の1つだ。
 立夏は笑って1つ頷いた。
「もちろん」
 その笑顔に焔も嬉しそうに1つ笑った。

****

 車で行くのも1つの手。だが立夏は焔に鈍行を乗り継いでゆっくり行く事を提案した。
 2人とも全く同じ生活をしているわけではない。立夏は普段は大学、焔は探偵事務所。いくら立夏が探偵事務所のバイトだからといって、そうそう毎時間・毎分と一緒にいられるわけではないのだ。それが寂しくない、と言ったら嘘になるけれど。それを何時も思い相手に押し付けるのはただの我がままだと知っているから立夏は笑って何でもないふりをしていた。もちろん、そんなふりは焔には筒抜けだったりするけれど、何も言わないのは立夏の意志を尊重しているからだ。
 時間の贅沢な使い方をしながら、2人は久々にゆっくりと話をしながら目的地へと行く。
(やっぱり、嬉しいなぁ)
 立夏は笑顔をかみ締めながら、心の中でそっと思う。
 鈍行を乗り継いでいくのは疲れるし、時間もかかるけれど。その分、2人でゆっくりできるという最大のメリットがある。何も気にせず一緒にいられる、そんな時間を楽しみながら郊外へと入っていく。
 3回乗り継ぎを経て、駅からまた十数分歩く事になる。
「疲れた?」
「あはは、こんな事で疲れたなんて言ってられないでしょ?」
「まあ、それもそうか」
「んー、それにしても、今日は露天風呂ダメかな?」
 空を見上げる立夏の表情は少し残念そうだ。出る時は来る時から天気が崩れていて、雨が降るまでにはならなかったが降っても可笑しくなさそうな空模様だ。
「雨が降ったら、な」
「降らないといいな〜」
「そうだな」
 自然と空いている手を繋いで、お互いに顔を見合わせると笑顔を浮かべる。
「雪なら雪見風呂ができるんだけれどね」
「時期は過ぎたしな。次は雪の季節に来るか?」
「うん、行きたい」
「じゃあ、冬だな」
「夏は海ね。秋は紅葉狩り」
「分かった。じゃあ、大学は補修受けないように頑張れよ?」
「あ、あははは。頑張る」
 遠い目をする立夏に焔は「頑張れ」と笑いながら言葉をかけた。

 宿について、しばらくは2人でゆっくりしていたが夕方近くになると行きがけの天気の悪さが嘘のように晴れて来た。
「温泉行く?」
「そうだな、それ目的だしな」
 そう決まると後は早かった。着替えを持って、宿から少し離れている露天風呂へと向かう。
 露天風呂は事前予約で貸切になる。という事だったので、予約は済ませてある。雨が降ったら予約する意味すら流される所だった。2人だけの露天風呂は都会の喧騒が嘘のように静まり返り、まるで世界から隔離され閉鎖されているようにすら思えた。
 石造りの露天風呂は桜に囲まれていて、風が吹くたびに花びらの雨が降りえもしれぬ風情を醸し出していた。
「うーん、来て良かったなー」
 お盆に浮かべた徳利と杯がゆらゆらとお湯につられて動く。
 焔は日本酒が入った杯を手に取り、ゆっくりと上にあげるとその中に桜の花が落ちてきた。
「本当だな」
 空は満点の星空。明かりが少ない山奥だからこその、星明りは満遍なく辺りを照らしている。
 真ん丸い月を酒に入れるように焔は手を動かす。桜の花びらと月が一緒になった杯の中を混ぜ合わせながら、空を見上げている立夏にぽつりと呟いた。
「ごめんな」
「え?」
 その言葉の意味が分からなくて、焔の方を見ると立夏は息を呑んだ。
 初めて見るような、傷ついた表情。
 いや、2度目だ。焔のこんな表情を見るのは。
 立夏の両親を殺された日。あの日も、こんな表情を浮かべていた。
『お父さん、お母さん…』
『立夏っ!!!』
 何時も守ってくれた腕、人間よりも暖かい温もり。
 あの日も、そんな腕の中で守ってくれた。ただ、掌から滑り落ちた砂のように守れなかったものもあったけれど。
「何で謝るの?」
「さあ、どうしてだろうな」
 焔は苦笑すると杯の中身を一気に飲み干した。喉を焼くような刺激が早い速度で体中に回る。
「何よ、それ」
「何だろうな」
「…もう、変よ焔」
 移動しにくいお湯の中を歩き、立夏は焔の顔を両手で包み込んだ。
 お湯と酒に酔ったのだろうか。頬は何時もより赤く、熱かった。
「好きだよ、立夏」
「え?」
 頬を包んでいる立夏の両手を自分の手で重ね合わせると、焔は目を閉じる。
「俺は『朱雀』で。蘇芳の守護しなければならない。それなのに、俺は立夏の両親を守れなかった」
 瞼の裏に浮かぶ光景は、いつもあの日の事だけだ。
 夜中に両親が殺される夢を見て立夏がうなされている事も知っている。
 守られなければならない、全てから。
「俺が、殺したも同じだ」
「そっ」
 違う、と否定しようとした立夏の唇に焔は自分の人差し指をあてて首を横に振った。
「真実だ。守るべきものを守れなかった。それは、俺の力の無さであり、力があれば守れたんだ」
 だから、力がない俺が殺した。と続ける焔に立夏は目を背ける。
 両親が死んだ日。あの日も焔はこうやって自分を責めたのだろうか。だから、こんな風に傷ついた表情を浮かべて泣くのを我慢して……。それでも、立夏を守るために腕に抱きしめていてくれたのだろうか。こんなに傷ついた心を隠して。
 ただ、優しく。ずっと。
「でも、もう守れないなんて事はしない。立夏だけは…俺が守る。たとえ、何を無くそうとも、何を失おうとも立夏だけは守る」
「ほむら…」
「守護者じゃない、立夏が好きな男として」
「…え?」
「謝った理由だ。ごめんな、好きになって」
 立夏を腕の中に強引に抱き寄せると、もう一度謝る。
「俺は蘇芳の焔術士を守護する者で。こんな気持ちを持つ事は、許されない事かもしれない。でも、止められないんだ。何時から好きかなんて知らない。でも、好きなんだ」
 好きなんだ、と続けて焔は腕の力を緩めて立夏の頬を今度は自分の手で包み込む。
 小さい、華奢な身体を。腕に抱きしめるのは、何度目になるか。
 守りたいと常に思う大事な存在。
「守りたい、ずっと傍で。誰にも傷つけさせないから、もう二度と。笑顔を、幸せをずっと守る。俺が守るから」
「…ねぇ、謝るなんてなしにして」
「立夏?」
 上手く笑えたかどうか分からない。間近で見る焔の瞳の中にいる立夏の顔は、少し泣きだしそうな頼りない表情を浮かべていた。
「好きで、いてくれるの嬉しい」
「だが、俺は…」
「だって、私も好きなの」
 剣であり、人とは違う時間で生きている事も知っているし。
 焔が謝っているのは、そういう事でだろう。
「私も好きだよ。だから謝らないで」
「立夏」
「ただ好きでいて。私も守るから」
 好き。その言葉が、強くしてくれそうな気がした。
 抱きしめられる腕の中で幸せを感じながら、立夏は笑った。泣きそうになる、弱弱しい笑顔だったけれど、星明りにも似た可愛さが浮かび上がる。今まで見た中で、最高に可愛い笑顔だ。
「嬉しい、好きでいてくれて。だから、私も守るから。焔が私を好きだと言ってくれる気持ちごと、守ってみせる。誰にも奪わせない、壊させない。守る」
「ああ、俺も守るよ。立夏の笑顔も幸せも、何もかも。誰にも傷1つつけさせはしない、もう2度と」
「うん。2人で、ずっと一緒にいよう。幸せに、なろうね」
「幸せにしてみせる」
 まるで永遠の誓いのような言葉を、互いにかけあうと呼ばれたように夜空を見上げた。
 そこにはカーテンのような星空が2人を見下ろしていた。
 風が吹いて桜の花が宙に舞い散る。
「また、来よう」
「そうだな、また来年」
 来年も、ずっと、一緒に。
 この日を2人一緒に迎えられるように、約束を作る。
「約束」
 立夏が小指を立てると、焔も笑ってそれに指を絡ませた。
 星空の下、それは優しい約束として二人の胸に灯る明かりだった。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
朝井智樹 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年04月07日

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