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『【再会、再戦】 』
ジュドー・リュヴァイン1149)&ジュドー・リュヴァイン(1149)
 彼女はここのところ、かつて経験してきた幾度もの戦闘を回想する。
 目を閉じ、覚えている限りの剣戟を記憶の海から引き上げる。楽勝、辛勝、相打ち、僅差の敗北。細胞のひとつひとつが甲高い金属音、焼けるような刃風を覚えている。
 いつも最後に考える。誰が一番強かったか?
 いつも決まった結論が出る。その相手が己の首を跳ね飛ばすイメージ。
 ジュドー・リュヴァインにとっての最強は、他ならぬジュドー・リュヴァイン自身だ。
 かつて夢の中で自分自身と戦った時から、ジュドーは恋人に焦がれるような思いで自分を幻想した。
 ――今一度。今一度闘いたい。
 そうして今夜も体を横たえ、深い眠りに埋没する。願いが届くようにと、柄にもなく神に祈ったりする。

 乾いた風を感じた。
 ジュドーは草木一本とて生えない土色の荒野に立っている。頭上には暗雲が一面に広がっている。
 ああ、何と懐かしい光景だろう。噛み締めるように、心底そう思った。
 期待通りに、背後から足音が聞こえる。
「再会したな、ジュドー」
 振り向けば、自分がいた。
 赤い隻眼が見つめてくる。射抜くような気が襲ってくる。ジュドーは感謝を感じつつ唇の端を上げた。
「どうやら、神は私の我が侭を聞いてくれたらしいな。――勝負願おう、ジュドー・リュヴァイン」
 御託はいらない。互いに、無言で愛刀を抜く。
 鏡のごとく相対するふたり。ゆらりと刀の切っ先を向け合う。
 熾烈極まるだろうこの戦場に恐れをなしたか、風さえもどこかに消えた。動きのない張り詰めた大気が皮膚に心地いい。
「――いざ」
「来い」
 同時に地を蹴った。全身の筋肉に熱が走る。
 瞬きは許されない超速の振り下ろし。同じ速さと同じ力で激突する。二本の刃は快音と火花を散らしてピタリと動きを止めた。
 そのまま鍔迫り合いへ。接吻ができそうなほど、相手の顔が近づいている。力づくで突き放すか、空いている足を使うか。それとも闘気を放出するか。
 膠着状態は続く。目と目、刃と刃、足と足がかくも間近で向き合ったまま。剣士は刀を存分に振るってこそ剣士なのだ。このような展開は好ましいものではない。
 押し通すことに決めた。ジュドーは、はちきれんほどに腕に力を込める。
 思いの外、ミラーはあっけなく後退した。一足一刀、最善の間合いになった。すかさずジュドーは逆胴を仕掛けに行く。
 だが。ミラーの斬撃が一瞬速い。同じ逆胴。
「――っ!」
 鈍い感覚が押し寄せる。相手の刀は自分の脇腹を切り裂いた。……何とか浅手に留まったが、もう一歩踏み込んでいれば確実に体はふたつに分かれていた。
「全力で突き飛ばしたせいで腕が一瞬硬直し、追撃がにわかに遅れたのだ」
 冷徹な無表情で目の前の自分が言う。
「呼吸と押しのタイミングで、お前が突き飛ばしに来るのはわかっていた。私は力を調節して備えるだけでよかった」
 ジュドーは腹を押さえながら驚愕する。それだけの仕草で、先の行動が読めるのか。
「私はお前の鏡に過ぎない。だが歪な鏡だ。完全な鏡像ではない」
 ミラーの言葉に殺気が宿る。
「オリジナルのお前よりも、私は力の使い方を知っている――!」
 いくつもの白刃が出現する。力、技、速度、すべてを兼ね備えた烈風じみた乱撃が襲いかかってくる。
 そう、ふたりの能力はすべてにおいて等しい。差をつけるものはそれらの使い方。そして心の乱れをいかに抑えるか。
 返せないはずはない。ジュドーは同じ乱撃を繰り出して迎える。
 空気がひび割れるかと錯覚を覚えるほどのけたたましい金属音。瞬く間に数十合、百合を数えた。今度はこんなにも激しい膠着。常人ならとうに戦闘不能になっている。
 ――今度はこちらが先手を打つ!
「おああああぁ!」
 ジュドーはほとんど溜めもなく、一気に闘気を放出する。白い爆風に吹き飛ばされるミラー。表情がわずか翳る。
「ずいぶんと思い切りのいいことだ」
「はっ――!」
 ジュドーはまたすぐに肉薄して袈裟に斬る。ミラーの腕をかすめた。返す刀で切り上げる。さらに首を狙う。
 上手の敵には、受けに回っていては勝機はない。もとよりこれは超短期決戦だ。全力以上をもって攻撃を繰り返すのみ。防御の暇などない。肉を切られたら骨を断つ。
 限界まで目を開くジュドー。ミラーが防御に徹している。自分の刀を受け続けている。
 行けるのか。このまま押し切れるのか。
「セィ!」
「――」
 ミラーの姿が陽炎のように失せる。ここに来て防御ではなく回避。
 全力の刀は止まらない。その先には、巨大な岩があった。まさか。そんなものが今までどこに。
「言っただろう。私のほうが力の使い方が上だと」
 岩に切っ先が食い込んだ。次いで真横から死の一撃が降ってくる。
「攻撃だけに盲目になれば、こんな初歩的な誘いにもかかる」
 刀を抜いた瞬間、ジュドーは背中を断たれた。鮮血がほとばしり、地を濡らした。
「く、は……!」
 飛びのいて距離を保つ。だがそれまでだ。
 視界が霞む。そもそも体に力が入らない。致命傷だ。もはや数十秒と持つまい。
 死の予感。だがそれは恐れではない。
「そう、私はお前には及ばない。あらゆる面で未熟だ」
「ならば?」
「――未熟なら越える。それだけだ。やはりお前がいて嬉しい。想いは強くなる」
 そのギリギリに武士としての魂が昂ぶる。心は無になる。
「また、目が変わったな」
 ミラーはどこか恍惚とした目でジュドーを見た。
 ジュドーの体に残っているのは、理性も計算も越えた、まだ空かない闘争心だけ。体のすべてが鋭利な刃に変化する。
 ミラーがとどめに走る。ジュドーは蒼破を納め、居合い抜きの形をとった。
 両断せんと敵の刀が振り下ろされる。
 ジュドーは蒼破を夢中で抜き放ち、それを迎え入れる。高い衝撃音。
 
 無我の境地。それは剣士の最終地点。
 自分ではない。つまり――
 最善策、奇策を思考ではなく本能で行う。ゆえに誰にも予想などつかない。

 鈍い音。ミラーの右肘に、それは吸い込まれていた。
「鞘――?」
 呼吸が止まり、ミラーは動きを硬直させた。ジュドーは左手で鞘を繰り出していた。
 ミラーの右肘は完膚なきまでに破壊され、砕けていた。痛みで感覚がまるでない。
 もう刀は振るえないな、とミラーは思った。左腕は生きてはいるが、満足に闘うことはできない。
「――力尽きたか、ジュドー」
 ジュドーはすでに倒れている。流血が限界を過ぎたのだ。ミラーへの一撃が当たったことも、おそらく確認しないまま。
 今回は引き分けか、そう呟く。
「またいつか、会おう」
 そうして、霧が晴れるように、ミラーは姿を掻き消した。
 風が再び吹きはじめた。

 白い光が瞼の裏に届く。目を開け、見慣れた部屋の光景が映る。
 夢は終わりを告げたのだと悟った。
 清々しい空気を深く吸う。肺が洗われる。
 また届かなかったか。ジュドーは悔しさを感じ、だが満足げに微笑を浮かべた。
 立ち上がると、夢の中で自分に斬りつけられた背中が疼いた。
 もちろん傷などないが、錯覚でもない。彼女の想いは現実に侵食するほど形を帯びている。
「私は弱い。――だけど」
 いつかは越えてみせる。乾いた喉と舌を動かして自分を叱咤した。

【了】
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聖獣界ソーン
2005年04月06日

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