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『時々ある話 〜 月刊アトラス編集部にて、悪巧み(?) 』
綾和泉・匡乃1537

 綾和泉匡乃。
 職業は――大学予備校の講師をしている。
 彼は年間契約であちこちの予備校を転々としており、近頃は解り易い授業と――そしてここが肝心、受け持った教え子たちの高い合格率で人気が出てきている講師でもある。
 それでも、特定の予備校に居付きはしない。
 気が向いた時に、気が向くように様々な予備校で講師として雇われる。
 …近頃は講師陣に匡乃の名前がある事で教え子の一定数確保が成る――ようなところまであるので、匡乃側にしてみれば、動き易くなっている事この上ない。
 よりどりみどりである。
 そして、教え子の方もまた――元・教え子になっても、匡乃とはそれなりに付き合いを続けていたりもする訳で。そして匡乃の方でも、特に拒む事はない。
 結果。
 ――『面倒見の良い優しいお兄さん』。
 講師と言う以上に、そんな定評がある人物である。

 一応。
 …あくまで一応。

 …だが。
 それだけで――『彼』と言う人物を説明し切れるものでもない。



 毎度御馴染み白王社ビル内、月刊アトラス編集部。
 編集長、碇麗香と共に優雅に紅茶を啜っていたのが綾和泉匡乃。そして、編集部内の様子はと言うと――。
 …これまた毎度の如く編集員たちは大騒ぎである。
 編集長に檄を飛ばされ、慌てて仕入れて来たばかりの心霊スポットの取材に走る面々、血の涙を流しながら原稿の手直しを頑張る編集員、怪しげな情報提供の電話から真偽を確かめる為膨大な資料と体当たりで徹夜、死に掛けている面々さえもいる。また別の誰かの瀕死の震える手から編集長のデスクに差し出された原稿。編集長はひょい、とその原稿を当然の如く取り上げ、静かに一通り確認すると――没、と情け容赦もないあっさりした声と共に原稿を突っ返す。…シュレッダー直行ではないだけまだ救いがあると言えば言えるのか。
 …ともあれ、そんな状況にも関らず、そこに居る優雅なふたりは変わらない。
 場所柄状況を考えれば――碇麗香に綾和泉匡乃、ふたりとも相当のツワモノである。

「ネタになりませんかね?」
「…作り方によるわね」
 まぁ、素直に書くだけじゃどうしようもないけど。
 碇麗香が見せられていたのは、綾和泉匡乃が持ち込んだ、とある新興宗教団体の資料――資料と言ってもただの資料ではなく、あまり真っ当ではない表沙汰にしたくないだろう事柄まで細々記されている裏の資料と言えそうな代物。匡乃はこの資料を手土産に、碇麗香の元にちょっと遊びに来た――それだけだったりするのだが。
 …とは言え、他に何も思惑がない、と言っては嘘になるけれど。
「ところで…数ある新興宗教団体の中でどうして『ここ』になるのかしら?」
 碇麗香にしてみれば匡乃が気にする程の団体とは思えず。
「いえ、また…傍迷惑なちょっかいがはじまりそうなので」
 こちらの『能力』目当ての。
「…また?」
「ええ。また。…ほら、ここ見て下さい」
 匡乃は資料の一部を指差す。そこには――近頃、信者側やその家族から――少しずつながら、突付かれる事が多くなっていると言う話。彼らカモ…と言うか信者側の動揺の度合が、宗教法人として少々マズいレベルにまで上がっているらしい。そんな証言録が幾つか纏めてある。
「…そろそろわかりやすい『本物の奇跡』がパフォーマンスとして欲しくなるだろうタイミングなんですよ。しかもこちらの団体で売りにしている教祖の『奇跡』が僕の能力ともある程度合致する訳で。ついでに予備校講師の個人情報と言うと…嘆かわしいですが正直、流れ易いですからねぇ」
 …その過程で、あまり有難くない筋にも流れる可能性は高いです。
「そんな訳で、『先手』を打っておこうかな、と」
「確かにこの団体、最近になって妙に予備校関係に探りを入れてる気配もあるみたいよね?」
 特に予備校生がターゲット、って訳じゃ無さそうなのに。
 と、資料を捲りながら碇麗香。
「…お望みの『奇跡』の種類に、予備校に探りが入っている事実、まだそれ程切羽詰まってる訳じゃないけど先を考えると気に懸かるちょっとしたピンチの状況可…とくれば確かに貴方が浮かぶわね。…ところで、この資料は何処から?」
「ああ、それは――有能な教え子がいて助かってます」
 …何処の馬の骨とも知れないカミサマよりも僕の仕事の方がずーっと信用されてるみたいで。
「確り自分の頭で思考できる奴ならそう思うのが当然よ。さすがに貴方の教え子ね。…ここまで調べるなんてイイ子犬ちゃん使ってるじゃない?」
「子犬使ってるって…あのですね、僕が頼んだんじゃなくって、教え子の方からの純粋な好意ですよそれは」
「私相手にそんなに取り繕う必要ないわよ。さて…次の締切を考えると…原稿は早めに仕上げた方がいいわね。ああ、また社会部に文句付けられるかしら?」
 資料を改めて揃えつつ、思案風にぼそりと呟く碇編集長。
「…他部署からの文句と月刊アトラスの売り上げ…碇女史はどちらを気にする方でしたっけ?」
 そんな碇編集長をちらりと見、匡乃は相変わらず食えない微笑みを浮かべている。



 …次の『月刊アトラス』発売日。

 呪われた宗教団体!
 その信者を食らう穢れた霊! そしてあなたはより大きな不幸に見舞われる…!
 ――ああ、救い主は何処にも居ないのか!!!
 そんな時の拠り所に! 我らが月刊アトラスここにあり!!!

 …そんな奇天烈な煽り文句と共に、月刊アトラスは今月もまた売り出されていた。
 内容は――件の資料・証言録にあった被害者と言える方々に改めて取材し、その件についてのインタビュー、内容は少し脚色しますが決して悪いようにはしませんと約束し掲載の許可を取り付け。彼らのインタビューから起こしややオカルトちっくに脚色したその『不幸』をセンセーショナルにすぱっと載せている。
 そして、教祖の見せている『奇跡』の技の――月刊アトラスと言う『その筋の専門家』側から見た、科学的な分析結果と『本物』の使い手からのこき下ろしの記事がトップ記事として付けられた。…奇術の専門家に科学の専門家に探偵の専門家、そして占い・オカルトの専門家と総動員で教祖の『奇跡』の解析そして否定に走っている。月刊アトラスは『そのニオイ』があればすべて肯定――と言う訳ではなく本物ではない(そして楽しくもない)モノの場合はきっちり否定し、別の興味深い材料を提供する。そんな姿勢もまた、その筋からは信憑性がある情報を流す、とされ、信用にも繋がっている訳で。…ちなみに今回の場合の興味深い材料は、その『奇跡』が『本物』の場合こうなる、と言う『術』の解説――つまりは『本物』の方からの実証付きで全然別のネタが振られている。
 …ただ、ここまでならば世間的にはアトラス側が速攻で名誉毀損になる可能性が著しく高い。
 けれど。

 ………………それらの話に『説得力を持たせるおまけ』として、この記事ではその新興宗教団体の――表沙汰にはしたくないだろう金の流れが詳細に記されたデータが付いた。それも、その金の流れのデータが誰が見ても解り易いよう、経済学の専門家からの解説まできっちり付けられた上で。…あくまで、『おまけ』として、だ。

 結果。
 月刊アトラスを定期購読していた愛読者な警察関係者さん(居たらしい。…ひょっとすると碇麗香女王様にハイヒールで踏まれたいクチの人間か!?)がその記事を読むなり、ぶ、と噴いていたと言う噂がある。
 しかもその愛読者な警察関係者はその筋の担当、しかも結構お偉いさん…だったらしい。

 で。
 ほんの少し後。
 白王社含め各社のスクープ系週刊誌。
 …が載せていたどころではなく、新聞やニュースにワイドショーの類までばっちり流していた――その情報は。

 ――『宗教法人の名を借りた、悪質な詐欺集団に捜査の手が入る!』

 …と、こんな話が出てしまえば――その某新興宗教団体の方も名誉毀損で白王社・月刊アトラスを訴えるどころではなくなる訳で。



 …とは言え。
 その真相が明らかになった切っ掛けが怪奇雑誌と言うのは――各所にとって頭が痛い話でもあり。

 そう。
 …怪奇雑誌に先回りされてどうするんだ、と同社内某週刊誌編集部内で思いっきり嘆かれるのは――実は今に始まった事でもなかったりする。
 そして、ガサ入れの切っ掛けが怪奇雑誌と言う事は――警察側も色々と複雑だったりする。
 …また当然、そんな事情が暴露された時点で、途方に暮れるのは信者の皆様である。
 団体関係者の方は言わずもがな。

 で、今回、含むところ無しに全面的に得をしたのは――素直に売り上げ向上に繋がった編集長・碇麗香をはじめとする月刊アトラス編集部関係者の面々に、その記事で楽しんだ月刊アトラス読者の皆々様。
 そして。
 …資料を月刊アトラス編集部に持ち込んだ綾和泉匡乃――くらいである。

【了】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年04月05日

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