▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『tender nightmare 』
ティアリス・ガイラスト1962)&スラッシュ(1805)


 いつものように恋人におやすみなさいと告げてティアリス・ガイラスト(てぃありす・がいらすと)は自室に入った。
 パタンとゆっくりとドアを閉める。

 いつもと同じ穏やかな日常。

 ティアリスは知っていた。
 穏やかな日常は必ずしも永遠に続くものとは限らないと。
 だからこそ、毎日こうやって恋人と穏やかな日々を過ごせた事を感謝し、暖かな気持ちを抱きながらティアリスは眠りにつくのだ。
 心の奥底にある一縷の痛みにしっかりと蓋をして。


■■■■■


 ガタン……と、隣の部屋から聞こえてきた音はまだ眠りの浅かったスラッシュの目を覚ますには充分な音だった。
 ティアリスの部屋からしたその音が気になってスラッシュは静かに寝台を離れてそっと彼女の部屋の扉の前に立った。
 少し耳を澄ましたが争うような物音が聞こえる様子もない。

―――杞憂だったか……

 スラッシュが少し安堵したように息を吐き自室へと引き返そうとしたその時だった。

「っ……っく……」

 ティアリスの押し殺した嗚咽が聞こえて、スラッシュはゆっくりと2度扉をノックした。
「ティア?」
「こ……来ない、で」
 声を詰まらせながら小さな声でティアリスは扉の向こうからそう答えたが、いくらティアリスの望みであっても、彼女が泣いていると気付いているのにそのまま、はいそうですかと引き下がれるはずもない。
「入るよ」
 一応もう一度声だけは掛けてスラッシュはティアリスの部屋に入った。
 寝台の上で立てた両膝に顔をうずめる様にしてティアリスは座っている。
 床には寝台の横にある棚から落ちたらしい写真立てや彼女の日記が転がっていた。スラッシュはそっとティアリスのベッドの横端に座って俯く彼女の髪をそっと撫ぜる。
 ティアリスの身体はまだ微かに震えていて、嗚咽を無理やりシーツに押し付けて声を殺している。
「ティア……ティアリス――」
 辛抱強く彼女の名前を呼んで、スラッシュは震える肩を抱き何度も何度も優しく慰撫する。
 そうやってどれくらい時間がたった頃だろうか、ようやく少し落ち着いたらしいティアリスが顔を上げた。
 その頬は涙に濡れ、瞳もまだ赤く潤んでいる。
「ティア……どうした、と聞いても?」
 気遣わしげにスラッシュはティアリスにそう問いかけた。
 直感的にティアリスの涙の理由が彼女の過去に――更に言うならば彼女の昔の恋人に係わっているのだろうとそう思ったからだ。
 ティアリスに昔恋人がいたことは知っている。だが、彼女はそのことについて触れようとしない。
 最初は自分に気を遣っているのかと思ったのだが、その頑ななまでの様子をみているとそうではないと判った。
 スラッシュとて気にならないわけではなかったが、誰にでも触れられたくない過去や傷はある。例え、相手がこの世で1番愛しい人だとしても。
 だからこそスラッシュは涙の理由を聞いてもいいかと確認したのだ。
 それでもまだ、ティアリスは躊躇うような様子を見せる。
「怖いの」
「怖い?」
「全てを話してしまうのが怖い……」
 真実を知ってしまった時にスラッシュがどんな反応を示すのか、もしかしたら自分を見る目が変わってしまうのではないかそう考えると怖くて怖くて。
 スラッシュはそれでも――と言うとこう続けた。
「ティアが苦しんで1人で泣いている姿を見たくない――1人で泣かせたくない。だから、信じて欲しい」
 真摯な瞳で見つめられ、ティアリスは小さく頷く。
「夢を、見たの」
 ティアリスはゆっくりとその涙の理由を語り始めた。
「夢?」

「えぇ、昔――わたしが彼を殺した時の、夢」

 まだかすかに震えるティアリスのその言葉は夜の闇に落ちて、じわじわと広がる水面の漣のように部屋の中に広がって、消えた。


■■■■■


「彼はダークエルフの青年でね」
 バーサーカーと化した自分の恋人を自らの手で殺したのだと、ティアリスはスラッシュに告げた。

『もしもバーサーカーになってしまったら、その時は君の手で殺してくれ』

 それが、彼との約束だった。
 ふとした瞬間にそう告げた彼の眼差しはとても冗談を言っているようには見えなかった。だから、本当はそんな約束なんてしたくなかった。
 でも、彼がそう望んだからティアリスは頷いた。
 本当にそんな時が来るなんて思ってもいなかったから。
 自分と彼の将来はずっとずっと続いていると、彼と過ごすその時はこれからも毎日訪れると信じていたから。

 今でもティアリスは克明に覚えている。
 自身の振るったレイピアが彼の心臓を貫いた時の感触、彼女に降りかかった彼の血の温もり。
 そして、自分の腕の中でだんだん冷たく硬くなっていった彼の身体。
「自分はもう大人なんだと、そう思っていたけれど本当はまだまだ
幼かったのね、きっと。今だったら、そんな約束絶対にしないわ。
そんな約束なんて出来ない」
 その代わり今だったらきっとこう言うだろう。
『貴方を殺してあげる。その代わりその時は貴方もわたしを殺してちょうだい』
と。

 ずっと黙って話しを聞いていたスラッシュは、
「辛かったな……」
とただ一言だけ告げて、ティアリスをぎゅっと静かに力強く抱きしめてくれた。
 その横から回されている力強い腕をティアリスもそっと抱きしめ返す。
「ティア。彼は……どんな表情をしていたんだ?」
「ありがとう……って微笑んでいたわ。最後まで、ね」
「そう、か……」
 そう言ってスラッシュはしばらく何かを考え込むように黙り込み、そして、
「――俺には彼の想いが判る訳じゃないが……彼は救われたんじゃないか? そうでなければ、死の間際にそんな風に微笑なんて浮かべることなんて出来ないと思う」
と言った。
「……スラッシュ」
 ティアリスは身体の力を抜いて、自分を抱きしめてくれているスラッシュの肩にゆっくりと凭れ掛かった。


―――誰かにそう言って欲しかったのかもしれない。


 そう思いながら、ティアリスはゆっくりと涙で腫れた重い瞼をゆっくりと伏せていった。


■■■■■


 凭れ掛かってきたティアリスを慰撫していたスラッシュは再び眠りについた彼女をそっと寝台に横たえた。
 彼女の額にかかる前髪をそっと撫でる。
 普段は明るいティアリスだが、ずっと心の奥で愛している人を自分の手で殺めたという罪悪感にとらわれ続けてきたのだろう。
 夢を見るたびにそれを思い出して何度枕を涙で濡らしたのか。
 それを思うとスラッシュは胸を締め付けられるような気持ちになる。
 先に逝ってしまう方はいい。
 だが、残された方は、ずっとその消す事の出来ない傷を胸に刻んだまま生きていかなければならない。その愛情が深ければ深いほど。
 彼に対して憐憫の情が浮かぶと同時に、死してなお、ティアリスの心の一部を占めている彼に嫉妬に似た気持ちも沸いた。
 しかし、その傷もティアの一部であるのだ。

 今のそのままのティアを、自分は愛したのだから。

 ティアリスの髪を撫でながら、スラッシュは窓から見える月を静かに見上げる。
 優しく淡い光はまるで見守るように2人の居る部屋に差し込んでいた。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
遠野藍子 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年04月05日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.