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『『僕の十倍返しホワイトデー』 』
葛弥・世都4010


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『悩める男の子に朗報!
 間近に迫ったホワイトデー、意中のヒトにどうやってお返ししよう?
 でもどうすればいいんだ?そんなあなたに簡単レクチャー、ホワイトデーのキャンディ手作り教室!
 放課後待ってます。 ふかみきょう』
 
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 私立神聖都学園高等部の下駄箱に、こんな紙切れが入っていた。ひと昔前に流行ったような黒い紙に色とりどりのパールペンで書かれたもので、二つ折りにされて靴の中につっこまれていた。
 葛弥世都(くずみ・せつ)は下駄箱の扉を開けた後しばらく固まっていたが、やがて慎重に人さし指と中指でそれをつまみだし、ためつすがめつする。ふと気がついて上下左右の下駄箱も開けてみた。まだ登校していない証拠に上履きが入っていた。紙切れは、入っていない。
 明らかに彼個人を狙ったものである。
 世都はしばらく形のよい顎に手を当ててじっとしていたが、とりあえず今日の授業に向かう事にした。
「待ってます、か……どこでだ?」
 そう考えながら。

 思い当たる事はないこともない。世間知らずの代名詞扱いされやすい最近人里に降りて来た「雪人」である彼は短くとも沢山のバイト経験で多くのことを学びかけている。ホワイトデーのこともバイト先の一つであるコンビニで特集コーナーをつくったりしたから大体分かる。そう、一月近く前にあったバレンタインの事も。

 あの日は雪が積もっていた。知り合いの女性に呼び出されてやって来た校舎裏は新雪がめちゃめちゃに踏み荒らされて、いかにも怪しい雪の落とし穴がど真ん中に掘られていた。中にはカードつきのラッピングされたチョコがひとつ。
 カードにはこう書かれていた――『ホワイトデーは十倍返し』。
 こころの奥に打ち込まれた楔。この一月、ひそかに気になり続けていた、いわゆる懸案事項には間違いない。あの紙切れが切っ掛けで一気に再燃してしまった。十倍返しは要求しすぎだ――。

 などと結論付けたところで放課後になった。
 待ち合わせ場所がわからないのなら仕方ないな――そう判断して帰り支度をする。今日はバイトは一つもいれていないが、早く帰ったほうが身のためな予感がするのだ。足早に校門へ向かう。と、世都の足が止まった。
 青い目の見つめる先にあるのは門柱のところから頭だけだしてこちらを伺っている髪の長い女の子。世都はそのまま女の子の目の前まで来る。
「……バレンタインの日に落とし穴の近くで見かけたな」
 女の子はにっこりと笑った。
「はい、深見杏といいます。葛弥さんのことはとある方からかねがねお聞きしています」
 世都はふ、と息を吐く。
「あいつか。見ず知らずの子供にあらぬことを吹き込んでいるのか。仕方のない奴だな」
 言いながら口元はわずかに笑みの形に開いている。
「で、例のことですが」
「例の十倍返しのことか」
「微力ながらもお手伝いをさせていただこうと思いましてー」
「そのようなことは必要無いと言ったらどうす」
 世都が言い終える前に、くるんと女の子は体を半回転させて首だけ振り向いた。
「じゃ、いきましょうか」
 有無をいわさずとはこのことである。
「……」



 どうも見覚えがある道を辿ると、そこは世都が居候として世話になっている一軒家の前だった。世都はどういうことかと少女を見つめた。
「お借りしました」
 杏はしれっとした顔で合鍵を振る。
「学校で会えなくても……」
「はい、ここでお会いできるかと」
 杏は言う間にカギを開けて家の中へ入っていき、まっすぐキッチンへ向かう。勝手知ったるなんとやらだ。
「材料は揃えてあるんですー」
 姿は見えないが、スーパーのものらしいビニール袋をがさがさいわせる音がする。
「ああ、材料なら俺も買ってある」
 世都はすっと廊下をはさんだ隣にある和室に入り、上着を脱いだ後押入れに入れておいたやはりスーパーのビニール袋を取り出す。キッチンに行くと、杏はたくさんの製氷皿(星やら花やらいろいろな型をしている)を抱えてテーブルに並べているところだった。世都は首をかしげる。
「それでキャンディーの型をとるのか?」
「はい、そうです。十倍返しですけど、十個といわずたくさんつくりたいですし」
「それは俺も考えていた」
 百個もつくってやったら、世にも珍しいあいつの驚く姿が見られるかも知れない。
「が、そのプラスチックの皿では、熱い飴を入れたら溶けてしまうのではないか」
 どさり、と世都がテーブルの上に置いたスーパーの袋には、白砂糖が数袋。
「え?葛弥さんは雪人(ゆきにん)とお聞きしていましたので、アイスキャンディーをつくるのだと心に決めてきましたんですが」
 そういう杏の足元には、御中元の100パーセントジュース詰め合わせの箱。

「……そうきたか」

「それで、世都さんはどうやってキャンディーをお渡しする予定なのですか?」
 大ナベに砂糖をすべて投入し、水を入れてぐるぐるかきまぜながら杏が訪ねる。
「そうだな、かまくらでもこしらえて転がしておくか……」
 製氷皿にジュースを流し込みながらひとりごとのように答えた後、世都は冷凍庫に入り切らないこれをどこで保存しておくか、思い悩んでいた。できた飴をどこに流し込もうか思案するフリをしながらひとつきりの小さなバットを横目に漫然と作業していた杏ははっと手を止めた。
 顔を見合わせる。
「つくりましょう、かまくら!」
「つくるのか、今」
 
 その日東京に局地的な大雪が降った。

「つくっておかないとキャンディーを保存しておく場所がありませんです」
 そう杏は言った。
「しかし、庭の駐車場は夜になれば親父殿の車が帰ってくるのだが……」
 世都もちょっとした反論を試みたのだが、
「二、三日くらいだいじょーぶです」
 いかにも儚かった。
「かまくら、だけで、よかったと、思うんだが」
 もう三月も半ば近く、陽気は春めいているのに大雪は無理がある。世都は息も切れ切れだ。
「じゃあ、かまくら部分もお願いしますです」
 杏はにっこり笑った。本人は邪気がないと思っているらしい。
「…………」
 世都は思った。この笑顔、誰かに似ている。

「キャンディー、キャンディー、楽しみホワイトデー」
 妙な抑揚まわしで杏が歌いながらアイスキャンディー(当然、世都が凍らせたものである)をかまくらの天井や壁にぶすぶすと埋め込んでいく。そこへ世都が飴の煮立ったナベを両手に抱えてやってきた。熱気に顔が赤くゆだっている。
「これはどうするんだ」
「これはですね、雪の床にこぼせば」
「ああ、固まるな……成る程」
 こうなると百個の縛りも忘れて綺麗にならしてあるかまくらの床に飴細工を造型する世都。



「できた、な」
「おかしのかまくらですー」



「今日は世話になったな。……茶をいれた」
 かまくらをライトアップするために、夕闇の中ロウソクを並べまくっていた杏に世都が声を掛ける。キッチンに戻ると、客用の湯飲みに日本茶が湯気を立てていた。
「あ、いいかおりです」
 目を閉じて匂いを嗅ぐ杏の後ろで、冷凍庫がばこんと開き、奥のほうを探るようながさがさという音がした。振り向いた杏はしばし絶句する。見た事あるようなラッピング。
「お茶請けはこれだ。とっておきだが、ヒトカケ分けてやらないでもない」
「これは……バレンタインの時の手作りチョコレート」
 思わず一歩後ずさる。
 世都は杏の反応にはおかまいなしに、その漆黒のカケラをひとつ、杏のぶんの皿に置く。
「葛弥さん、これ食べてみたことあります?」
「いいや。一ヶ月一度も手をつけていない」
 世都はこころなしかうきうきした表情をしている。
「なんだか焦げ臭いんだが、チョコはこういうものなのか?」
 呟いて顔をあげるとそこに少女はもういなかった。
「……?」
 ぱたん、と玄関のドアが閉まる音、ついでざくざくと雪を踏んで走り去る音が続いた。世都はきょとんと首をかしげる。
「急用でもできたのか」
 ぱりんと、チョコを一口かじる。とたんに渋面。
「……苦いけど、悪くはないな」
 文字どおりの苦笑いを浮かべる。

 庭では無数のろうそくに照らされた百倍返しの象徴、彼女の為のかまくらが、幻想的な明かりを放ちながらまだ見ぬ主の帰りを待っている。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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PC【4010/葛弥 世都 (くずみ せつ)/男性/319歳/バイト中高校生】

NPC【2416/深見 杏(ふかみ きょう)/女/12歳/謎の中学生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、ありかなこです。
いつもありがとうございます。今回のホワイトデーはいかがでしたでしょうか?
それでは。
 
ホワイトデー・恋人達の物語2005 -
ありかなこ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年04月04日

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