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『『桃色アイラスと青いオーマ君』 』
オーマ・シュヴァルツ1953)&アイラス・サーリアス(1649)


< 1 >
 その魔法使いの家を訪れたのは、病院の昼休憩のついでだった。老女に膝の痛み止めを届けて、そのあと白山羊亭にでもランチを食べに行くつもりで。
「ありがとよ、オーマ。茶でも入れるよ」
 薬を受け取った魔女は、オーマ・シュヴァルツ医師を居間に招き入れた。2メートルを越える長身のオーマは、頭を屈めてドアをくぐる。ソファには先客がいた。
「お薬をわざわざ届けに来たのですか?オーマさんは、本当に女性に親切ですよね」
 大きなメガネフレームの奥で、青い瞳が屈託なく微笑んでいる。アイラス・サーリアスのソツのない『いいひと』ぶりは、オーマから見れば眉唾なのだが、そんな部分も含めて興味の尽きない青年だ。
「なんだ、アイラス、年上の美女と昼間から逢い引きかぁ?」
「すぐ、そういうことを言う!貴重な呪術の本を見せていただきに来ただけですよ!」
 アイラスは頬を紅潮させて言い返す。からかうとすぐムキになるのも、オーマがアイラスを気に入っている理由の一つだ。
「おまえさんの用事は済んだんだろ?一緒にメシ食いに行こうや。
 ばあさん、茶はいいぞ、俺たちはもう行くから」
 老女の耳は遠く、しかも客人に背を向けてポットに湯を注ぐことに集中していたので、オーマ達が席を立ったのに気づかなかった。
「ええと、どっちのドアだっけ?」
 居間の壁には、一つの面に2つずつ、計8個の扉があった。入って来た方向はわかるので、適当な記憶で左のドアに入る。アイラスも「ありがとうございました」と振り向きつつ、オーマに続いた。扉を閉めた時に、「あ、そのドアは!」という老女の慌てた声が聞こえた気がしたのだが・・・。

 結果的に、それは玄関へ続くドアでは無かった。二人の足は、フローリングでなく荒れた芝生を踏んだ。振り返ると、その扉は、見知らぬ屋敷のものに変わっている。ここはどこかの庭らしい。
「別の屋敷に繋がったドアだったのでしょうか」
 オーマの目の前で、『オーマ』の姿をした者が、アイラスの口調で肩をすくめていた。2メートルを越える巨体、胸をはだけて羽織った錦の着物。そして彼も、自分の太い声に驚いて口を抑える。そしてオーマを『見下ろして』目を見開いた。
 つまり、今、この俺は・・・。
 いやな予感をわざわざ確信に変える為、重い足を引きずって庭の池に自分の姿を映しに行った。大きな眼鏡、華奢な体付き。オーマはアイラスになっていた。

 屋敷の扉には鍵がかかっていた。ノッカーの返事は期待しなかった。屋敷の窓ガラスは何カ所も割れ、カーテンが裂けているのが見えた。庭の木々ももう数年手入れされた様子は無い。
 庭木の隙間からコロシアムの建物が覗くので、ここがどのあたりかははかることができた。
「とにかく、ばあさんところに戻ろうぜ。彼女なら、精神が入れ代わった事の説明をしてくれるだろう」
 滑らかなテノールにオーマは違和感を感じる。
「そうですね。元に戻る方法もご存じかもしれません」
 オーマ姿のアイラスは、バリトンでそう言って頬に手をやる。アイラスは言葉が丁寧で物腰も柔らかい。だが、オーマの容姿で物腰を柔らかくすると不気味でさえあった。

 庭の鉄柵には鎖が絡めてあった。オーマは、解く手間を省いて、柵を攀じ登って越えた。長身だった時とは手足の長さが違うので勘が狂い、最後の鉄棒を掴み損ねて、外の道へ尻餅で落ちた。
「いててて・・・」
「僕の体の時に、あまりブザマな真似をしないでくださいね」
 柵の内側で、オーマ姿のアイラスが笑顔で辛辣なことを言った。アイラスの穏やかな笑顔と一緒に聞けばさらりと聞き流してしまいそうなセリフだが、オーマの顔に言われるとむかっ腹が立つオーマ本人だった。だいたい自分のにっこり笑顔というのは見るに耐えない。
 アイラスは律儀にきちんと鎖を解いて、門を開けた。「指が太いと、作業しにくいですね」と文句を言いながら。

『ただいま午睡中。起こさないでね★』
 辿り着いた魔法使いの家の玄関には、こんな札がかかっていた。
「ばばあのくせに、語尾に星なんか付けやがって〜。
 ばあさん!起きろ!起きろってば起きやがれーっ!昼寝なんかすると、年寄りは夜眠れなくなるぞーっ!」
 オーマはドンドンと拳でドアを叩いた。5回に1回は蹴りを入れた。通行人がひそひそとこっちを見て囁くが、オーマは気にする性格ではない。
 と、指にたくさんのリングが嵌まった手が、がしっと腕を掴んだ。
「僕の姿でそんなことしないでもらえますか?
 二、三時間、暇を潰せばいいことじゃないですか」
『評判が落ちる』か、よ。オーマは片方の眉を上げ、唇を歪めてみせた。だが、アイラスの顔でその表情はキマらない。
 それを見て、アイラスは、オーマの顔を使い、またにっこりと笑った。
「僕は、ここの世界ではうまくやっていきたいんでね。そりゃあ気をつけてますよ」
 そう善人でも無いことを、アイラスは隠しもしない。かえって自分では反対だと思っているようだ。
「おまえさんは、二、三時間潰すと簡単に言うがな。病院を休診にせにゃならん。
 それともおまえさんが診療してくれるか?『はい、お嬢さん、ブラウスの前を開けてくださ〜い』って」
「バカなこと言わないでください!」
 オーマの顔が真っ赤になっている。アイラスは潔癖なのか、こういう話題にはすぐムキになる。
「それに、ウォズはいつ襲って来るかわからん。奴らは、おまえさんをオーマと思うだろうな」
 オーマは、アイラスのものである掌を上に向け、精神を集中させてみる。
「雨ですか?」
 アイラスにきょとんとした調子で尋ねられて、オーマは諦めて拳を握り、ポケットに突っ込んだ。
「アイラスの体では、やはり具現化は無理か」
 もっとも、ヴァレルをまとわないで具現していたら、アイラスの服も消滅していた。彼の体でストリーキングをやらかしたら、一生口をきいてくれないだろう。
「ああ、そういうことでしたか」と、オーマがやろうとした裏を知らぬアイラスは、軽く笑った。そしてオーマに「釵を」と、手を差し出す。彼に馴染みのはずの武器は、大きなオーマの手が握ると持ち手から指がはみ出した。
 逆手に握って構えても、先端部は肘より短い。これでは肘打ちした方がいい。
「僕の方もダメそうです」
 苦笑して、釵を返して来た。
 アイラスは武闘家である。オーマの体格を駆使すれば、丸腰でもそれなりに闘うことはできるのだろうが。だが、ウォズはヴァンサーしか退治できない。
 たった二、三時間でも、友人を危機にさらすのは忍びなかった。
「具現、できないか?精神を集中して、掌に武器を想像してみてくれ」
「・・・こうですか?」
 アイラスは、オーマの掌を上に向け、眉間に皺を寄せた。掌に、ケーキ用フォークが現れた。
「おおお、やったじゃねえか!」
「僕は釵を想像したんですけど・・・。これじゃ役に立たないんじゃ?」
「形が複雑すぎたのかもしれないな。シンプルな剣か何かを想像してみちゃどうか?」
 次にアイラスが具現化させたのは、食事の時に使うナイフだった。
「・・・単に、ハラ減ってんじゃないか?」
 具現に必要な要素の一つは精神の集中だ。雑念が入るとうまく具現できない。
「もうペコペコです」
 そういえば、昼食を取りに行くところだったのだ。
「行くか、白山羊亭」
「そうしましょう。ゆっくりお昼ご飯を食べて戻れば、きっとこの札も外れていますよ」
 アイラスも、星マークの付いた札をちょんと指でつついて賛同した。麻紐で括られた板切れは、ゆらゆらと揺れた。

< 2 >
「痛っ!」
 白山羊亭のドアをくぐったオーマ姿のアイラスが叫んだ。額をドア枠にぶつけたらしい。
「おいおい〜。俺の体を傷もんにしないでくれよ」
「オーマさんこそ、店では桃色語を喋らないでくださいよ」
 赤くなった額を擦りながら、アイラスが憮然として言い返す。
「おまえさんこそ、俺の姿でナンパなんぞするなよ。夫婦争議に発展しかねん」
「僕はナンパなんかしませんってば!」

「イラッシャイマセ!」と元気よく叫んだ馴染みのウエイトレスは、メニューを抱えて戸惑っていた。いつもは仲良く一緒に飲み食いする二人の客なのだが、眼鏡の青年はカウンターへ、長身の医師はテーブル席へ向かったのだ。
「喧嘩でもなさったんですか?」
 カウンターのオーマは「ラブリーなウエイトレス嬢ちゃんは心配ナッシング。気分転換桃色気分をグレイト満喫・・・」と言いかけて、彼女に目を丸くされた。ああ、面倒だ、アイラスの口調で喋らなくちゃならんのだ。
「いいえ。たまには一人でのんびり食事しようと思いまして」
 丁寧語なんて、ケツが痒くなりそうだった。
 自分のツラを見ながら食事をするとストレスが溜まりそうなので、別々に座っただけだ。
「ランチはもう終わっちまっ・・・終わりましたか?」
「まだ大丈夫ですよ。お飲み物は?」
 ビールと言いたかったが、アイラスが昼間から酒を飲むと驚かれるだろう。
「アイスティーで」
 アイラスの方は、不快そうな声で「ビール」を頼んでいる。
 向こうでも、別のウエイトレスに「喧嘩したんですか?」と聞かれていた。
「いえ。えーと。たまには一人で、筋肉マッスルらぶりーランチ・・・?」
「ビールは先にお持ちしてよろしいですか?」
「はい、お願いしま・・・筋肉マッスルらぶりービール」
「デザートはどうなさいますか?」
「ええと、筋肉マッスルらぶりーヨーグルトで」
 一つ覚えであった。
 ウエイトレスはこの画一的マッスル言語を妙に感じないらしく、笑顔で応対していた。いつものオーマのセリフとそう変わらないと思われているのか。それも心外だ。

 昼時の客が引けた時間帯で、店にはオーマとアイラスの他には、単独客が数人いるだけだった。そのうちの一人はこのあたりでは見慣れぬ男だ。コートのフードを深く被り、もそもそとあまり美味そうでもなく飯を食っている。だがオーマには見覚えがあった。割れた顎と分厚い唇が覗く。右頬に古い刀傷も見える。先週この店に届いた人相描きと共通点が多すぎる。
 故郷の村で強盗傷害事件をやらかし、逃げまわっている男だ。その後の余罪は聞かないが、資金が尽きればまた同じ罪を犯しかねない。
 アイラスのテーブルへ近づこうと席を立ちかけ、背後に巨大な影を感じた。
「オーマさん・・・じゃなかった、おう、アイラスよ」
 ビールグラスを握った影が小声で言った。
「ヒソヒソ話まで俺のフリするこたぁないだろ」
「あ、そうですね。ええと、あの男なのですが」
「俺も気づいた。左右から近づいて、はがい締めにでもするか。
 ・・・オーマさん!今日はどんな冒険依頼があるでしょうね!?」
 最後の一言は店の客達に聞こえるよう腹から声を出した。歌い手としても一流のアイラスの腹筋は上等のようだ。オーマは席を離れ、冒険依頼のメモを止めたボードへと近づく振りで、男の横を通る。アイラスも少し離れて後に続いた。
 と、男が反応した。テーブルの皿を投げつけると、素早く席を立った。
 アイラスは軽く皿をかわし・・・たつもりだったようだが。
「うわっ!」
 頭に直撃したらしい。側頭部を抑えてしゃがみこんだ。皿は床で派手な音を立てて破片を飛ばす。ウエイトレス達が悲鳴を上げた。
「体が大きいと、小回りが利きません」
 男は短刀を抜いた。腰は引け、手も震え、ナイフ使いのプロで無いのは見て取れる。普段の二人なら敵では無いのだが・・・。
『この釵ってのは、どう使やぁいいんだ?』
 オーマは腰の武器を引き抜いてみたものの。アイラスが振り回すのは何度も見たことがあるが、具体的にどう使用するかは知らない。顔の前に先端部を上げて見つめる。右手に握った釵の先は少し丸く、左用は鋭利になっていた。だが両方尖ってると言やあ尖っている。尖ってるんだから、とりあえず突き刺せばいいか。
 男の手からナイフを叩き落とそうと、踏み込んで手首を狙って右手を伸ばしたが。一歩の歩幅と腕の長さの感覚が自分のものと違う。釵の先端は届かず、空振った。
 腕を伸ばした状態だと隙が出来る。男はその脇をくぐり抜け背後にまわった。
『しまった、背中を取られた!』
「逆手に握って!」
 頭を抑えながらアイラスが指示を出す。彼自身は、もう片方の掌を天井に向けていた。武器を具現化しようとしているらしい。
『逆手って言われても・・・』
 だが、アイラスの体は自然に反応した。本手持ちの右親指が無意識に翼(両脇の短い突起)を挟み、手首が返った。握り部分に人差し指を添え、他の指が翼を握る。これで肘側に先端が突き出す形になる。アイラスの釵はそのまま背後の男の腹部を打った。
 呻きを上げた男は、腹に手を当て膝を付いたが、ナイフを巨体の男へと投げつけた。と、それは鉄のシールドによって跳ね返された。アイラスが手に持つのは、中華鍋だった。
「なんだ、それ?」
「楯を出そうとしたんですけど。僕って、調理用具しか出せないのかなあ?」
 その隙に、男は店の出口に向かう。彼はオーマ達を倒す必要は無い。ここから逃げればいいだけだ。
 だが・・・。男は、苦痛の声で床に倒れた。
「無銭飲食はダメよっ!」
 入口に立ちふさがったのは、この店のウエイトレスだった。彼女はトレイで男の顔を殴り、一撃で撃沈させた。
「お皿も弁償してもらうわよ!
 オーマさん達もオーマさん達よ。喧嘩してるからって、闘いの時にまで影響するなんて、らしくないわ!」
 いや、別にそういうわけじゃないのだが・・・。

 男を警察兵に引き渡し、オーマ達も事情聴取に協力し、白山羊亭を出た時には夕方近かった。
「もう、ばあさんは昼寝から起きてるだろう」
「早く自分の体に戻りたいですよ」
「ほんとだよ。便所へ行く度におまえさんの・・・」
 ここまで言ってオーマは襟首を掴まれた。憤慨で赤面した見慣れた三白眼が、本気で睨んでいる。
「あまり下品なことを言うと、友達をやめますよ」
「俺の顔って、怒ると怖いんだな」
 今度、家族に怒ってみ・・・いや、無駄か。

 魔法使いの家の前に付くと、今度は違う札が下がっていた。
『夕食を食べに行って来るわ♪』
 おいおい〜と、眉を寄せて顔を見合わせる二人だった。エルザードの街は茜に包まれ、そろそろ往来は仕事帰りの通行人が増え始める時刻だ。
 道には途方に暮れた二つの長い影が並んでいた。

< END >
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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2005年04月01日

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