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『テッペン 』
山崎・健二3519)&ベルティア・シェフィールド(4843)&水上・操(3461)

 それはある日の午後の事。春まだ浅く、頬を撫でる風も、冷気と暖気が五対二ぐらいのひんやりとした感触で、春の訪れなどまだまだ遠い先のように感じる日の事。
 健二と操は二人して神社内の清掃に勤しんでいた。
 長い黒髪を首の付け根でひとつに縛り巫女姿の操は、竹箒で木屑や木の葉を掃き集めている。その傍らで健二が草むらにしゃがみ込み、どこぞの不心得者が捨てていったゴミを拾っている。そんな、黙々と己の作業に没頭する二人に、ほんのり暖かい陽光が降り注ぎ、操の竹箒が地面を掃く音だけが響き渡る、のどかで平和な午後だった。
 操はふと顔をあげ、青く澄み渡った空を眺める。聞こえてくるのは鳥のさえずり、そして近くにある小学校からだろうか、子供達の歌声が微かに響いてくる。平和で穏やかな日々、そんな日がこれからもずっと続く筈は無いと、操は良く分かってはいるが、それでもこんな日には、この平和が恒久的なものであると、信じたくもなるものだ。

 が。

 俯いた健二の手元が、不意に暗くなる。最初は、操が立ったままで脇から覗き込んでいるのかと思った。が、当の操は自分から数メートル離れたところで相変わらず竹箒を動かしているではないか。はっ、と健二が背後を振り向くとそこには、思ったとおり、黒い翼をその背に携えたひとりの乙女が宙に浮いていた。
 「…またあんたか」
 溜息交じりの健二の呆れた声にも、ベルティアは表情ひとつ変えはしない。ふわりと音もなく玉砂利の上に降り立ち、健二がゆっくりと立ち上がるまで、何も言わずにただ見詰めていた。
 「私は与えられた任務を果たすのみ。自分の感情で行動する事などあり得ません」
 ベルティアの漆黒の羽根が細かく震える。それは健二と言う強い相手と対峙した恐怖の所為ではなく、ようやく己の任を果たせる感激に打ち震えているように健二には見えた。ベルティアが一度は閉じた黒い翼を左右に大きく開く。その瞬間、その場の空気がベルティアの気迫と緊張感で、数℃下がったような気がした。
 「今度こそ、魂を回収させて頂きます」
 「やれるものならな」
 片頬を歪めて健二が口元だけで笑う。そんな、緊迫感溢れる状況の中、操だけは先程と変わらぬ調子で掃除を続けていた。
 「やるなら他所でやって貰えます?掃除の邪魔ですから」
 視線を健二達に向ける事もなく、操が淡々と告げる。だが、既に一対一の世界に入り込んでしまったベルティアと健二の耳には、操の言葉は届く訳もなく。
 不意にベルティアが右腕を振り上げ、斜め下へと振り下ろす。本来なら見る事の出来ない、手刀が空気を切る様子が青い筋となって一瞬煌く。その光の筋が無数の槍となり、扇状に発射して健二を狙った。
 「ッ!」
 息を詰めて力を込め、健二が膝のバネを使って上空へと飛びすさる。宙で後方一回転すると、垂れた前髪の一筋を、槍の穂先が掠めていった。
 戦乙女の槍は健二を狙ったものだったが、扇状に広がった槍は操をも襲う。竹箒を持ったままそれを身軽に避けた操だったが、それた槍が飛んでいく先を見て、思わず声にならない悲鳴を上げた。真っ直ぐに跳んでいく槍が行き着いた先は、なんと社務所の白塗りの壁だったのだ。ドガドガドガ!と数本の槍が壁に突き刺さり、崩れた土壁がぱらぱらと粉になって落ちた。
 「ああッ!?」
 操が両手で自分の両頬を覆い、息を飲む。操の手を離れた竹箒が倒れ、玉砂利に弾かれて軽くバウンドしてから、乾いた音を立てて横たわった。
 「…………」
 ショックの余り言葉を失う操の頭上を、水平に空を飛ぶベルティアが凄い勢いで飛んでいく。ワンテンポ遅れて、操の黒髪がふわりと舞い上がった。
 数回バック転でベルティアの攻撃を避けた健二が、膝を折って沈み込んだ隙に、袖からナイフを落とし、取り出す。目にも留まらぬ速さで投げられたナイフは、的確にベルティアの喉元を狙っていた。それをベルティアは目も逸らさずに視線で捉え続ける。あと数十センチで突き刺さると言うタイミングで、ベルティアはルーンソードで宙を薙ぎ、健二のナイフを弾いた。避けられたナイフはくるくると円を描き、ベルティアの頭上を通って背後へと飛んでいく。その先を目で追って、操がまた息を飲んだ。
 ザクッ!
 「…………」
 良く手入れされ、切れ味抜群の健二のナイフが、賽銭箱の上にある大きな鈴の根元の綱を、まるで狙い澄ましたかのようにものの見事に切り落とした。金色の鈴は、がらんがらんと耳障りな音を立て、賽銭箱の上に落下してからごろごろごろりと砂利の上を転がった。

 ぶちっ。

 「…ん?」
 一瞬だけ、健二の注意がベルティアから逸れた。何か、聞き慣れない不穏な音を聞いたような気がしたからだ。音としては、さっき自分のナイフが切り落とした、鈴を繋いでいた綱が切れた音に良く似ていたが、それよりももっとヤバいものが切れたような音だ、と健二は思った。
 「最中に他に気を向けるとは、私も舐められたものですね」
 「…別にあんたの事を馬鹿にしている訳じゃない」
 ただ気になる事が…と言う健二の呟きは、風を斬るベルティアの戦乙女の槍によって、どこかに紛れてしまった。フィギュアスケートのスピンのよう、捻った身体のバネを開放する事で独楽の様に回転する健二の腋下を掠めながら、数え切れない程の槍が飛んでいく。ソナーが付いている訳ではないベルティアの槍は、そのまま健二の後方に飛び、また神社の社務所の壁に突き刺さる。…筈だった。
 槍は途中までは真っ直ぐに勢い良く空を斬っていたのだがある一点で、それらは全てばたばたと垂直に地面へと落ちた。まるで、目には見えない強固な壁に、行く手を阻まれたかのように。
 その現象に、健二もベルティアも、何かの違和感を感じて動きが鈍るものの、それもほんの一瞬。すぐに二人は再び激しい攻防戦へと返り咲く。そんな二人の反応に、更に何かのテンションが上がっ…いや、寧ろこの場合は下がった、いや冷え込んだと言うべきか。
 「………!」
 健二の身体が硬直する。その顕著な反応に、さすがのベルティアもその隙を突こうとはせず、不可思議な表情で健二を見遣った。ぞぞぞ……、と健二の背筋を悪寒が走った。
 『こ、これは………』
 恐る恐る、まさに恐る恐る、健二が振り返る。そこはさっきから操が立ち、掃除に勤しんでいた場所だ。操がその場から移動した気配はなかった。だから、今もそこに立つのは操以外にはあり得ないのだが。
 足元に転がる、何本もの折れた槍、それを踏み拉いて前へと歩き出すその人物。健二でさえ、思わず身震いするような殺気を全身から放っているその細身の体躯には見覚えが…。
 健二は、まさに脱兎の如く逃げ出した。
 「逃げるとは卑怯ではありませんか!ご自分が正しいとお思いなら、正々堂々と戦いなさい!」
 そんなベルティアの声が聞こえたような気がしたが、今はそれどころではなかった。


 殺し屋としてその界隈では名を馳せ、感情が麻痺している所為かもしれないが、恐怖などを感じた覚えはついぞ無く。人の殺気など、相手の存在と立ち位置を知る為に有効な気配、としか認知してこなかった健二だったが、何故か操の殺気は恐ろしい。これはもう、本能的な何か、遺伝子レベルの何かがあるに違いない。
 その身体能力でもって、凄い勢いで神社の裏山に逃亡した健二。ハイキングに丁度良さげな、然程険しい山ではないとは言え、少なくとも全速力で頂上まで登り続けられる訳が無い。それなのに健二はと言うと、普通に平面を走っているか如く勢いで駆け続けている。元よりの体力的なものは勿論あるだろうが、それよりも今は、操から逃れたい一心の、言わば火事場の馬鹿力なのだろう。そんな健二を、ベルティアは低空飛行で追い掛けている。木々の間を抜け、時折、錐揉み状の旋回を織り交ぜながら健二の後を追う。飛びながらベルティアが、このロケーションに合わせて多少長さを短くした戦乙女の槍を健二に向けて投げ付ける。健二は、背中の後ろにも目がついているのか、振り向きもしないでそれらを全て避け、尚も走り続ける。くっと悔しげにベルティアが下唇を噛んだその時だった。
 「きゃあッ!?」
 悲鳴を上げ、ベルティアが空中でもんどり打ち、そのまま地面に叩き付けられる。意識が健二に集中するが余り、翼の先が木の枝に引っ掛かった事に咄嗟に対処出来なかったらしい。頭から地面に突っ込み、木の葉だらけになりながらベルティアが叫ぶ。
 「卑怯ですよっ、ちゃんと私と戦いなさーい!!」
 だが既に健二の姿は、豆粒程度の大きさにしか見えない程、遠くに行ってしまっていた。
 「…ち、地の利を利用するとは…やはり侮れませんね……」
 拳を握り締めて悔しがるベルティアの真横を、何かが凄い勢いで駆け抜けていく。その、余りの素早さにベルティアでさえ、その姿をはっきりと捉える事ができなかった。拳を握り締めたまま呆然とそれを見送り、乱れた銀髪を指先で整えながらベルティアが呟く。
 「……。私の他にも、戦乙女が送り込まれていたのでしょうか…?」
 現実は、それよりももっと恐ろしい相手だったが。健二としては。


 息を切らせ、肩を揺らしながら健二はとうとう山の頂上に辿り着いた。頂上には、申し訳なさ程度の展望台があるが、さすがに、そんな日の当たる場に出ていく事は憚られ、健二はその傍らの繁みの中に居た。深呼吸をして新鮮な空気を取り入れ、(いろんな意味で)疲弊した身体に活力を漲らせる。息を潜めると周囲は静かで、鳥の声と風が流れる音しかしない。ほっと息を吐き、健二が一歩前へと踏み出そうとしたその時だった。
 ぞぞぞぞ。
 またも背筋を、冷たい悪寒が走った。本当は殺気だったのだが、最早そんな生易しいものではない。振り向いて、その所在を確かめたい、だがそれを確認するのがたまらなく怖い。認識しなければ殺られるのは自分、だが認識したらしたで、自ら命を絶ちたくなる程の恐怖に見舞われる事もまた事実…そんなジレンマに、健二がぐるぐる思考を巡らせていると、突然、殺気が消えた。
 「……消えた………?」
 健二は微かに首を傾げる。殺気が消えるなどあり得ない。気配を消そうと、己の殺気を押し殺す事の出来るものは居る。が、それさえも、その類いの気については異常な程の感受性を持つ健二の前では何の意味も成さない。それを踏まえ、このようにぷつっと糸が切れてしまったかのように殺気が消える事、それは相手が痛みも感じぬ瞬間的に絶命した時、それしか考えられなかったのだが。
 また首を傾げながら、健二が何気なく後ろを振り向く。その次の瞬間、ズザザザと激しい音を立てて健二が後ろにすっ飛んだ。バン!と木の幹にしたたかに背中を打ち付けるも、その痛みに呻く余裕もないぐらいに、健二は顔面蒼白になっていた。
 もし過去の健二を知る者がこの場に居れば、目の前で真っ青になっている男があのASSASSINATION DOLLだとは夢にも思わなかっただろう。たらーりコメカミを冷たい汗が流れ落ちる。そんな健二を見詰めているのは、操だ。全速力の健二を追い掛けてきた割には、息一つ切らしてないうえ、口許にはいつもの穏やかな笑みを湛えている。
 「何故逃げるんです?」
 「そ、それはだな…」
 一歩前へと踏み出す操。それに連れて健二も一歩後退したかったが、残念ながら背中を木の幹に密着させている状態ではそれは不可能と言うもので。
 「私、怒ってなんかいませんよ?」
 いや、目が笑ってないから。全然。そうツッコもうとしたが、操の踵が小枝をパキリと踏み折った、その音に反射的に身体が竦み、声にならなかった。
 「……多少の事では…私、怒ったりはしません…よねぇ……?」
 「じゃあ、その両手に持っているものはなんだ!」
 思わず健二が叫ぶ。うん?と操が笑顔で両手を少し持ち上げると、そこには前鬼と後鬼がしかと握られていた。
 【しゃあないわ、兄ちゃん。諦めとき】
 【そや、操がこうなったら誰にも止められへんで】
 前鬼と後鬼が口々にそう言うが、操の完璧な笑顔で睨みつけられ、二振りの刀はあっさり沈黙した。
 「…他所でやってくださいって…頼みましたよね、私……?」
 どこからともなく聞こえてくる地響きをバックに、操が低い声で呟く。健二が片手の平を操の方に向けて待ったを掛ける。
 「俺は他所でやろうとしたぞ?それを、あの女が…」
 「……私は…あなたに、お願いしたんですよ……?」
 「待て、話せば分かる」
 操を説得しようと、健二が一歩前へと踏み出す。カッと操の眼が光り、さっきまで口許に張り付いていた笑みも、一瞬だけ消えた。
 「問答無用ッ!」
 静かな昼下がりの裏山に、断末魔の絶叫が木霊した。

 ……………。
 ふ、とベルティアが顎を持ち上げる。見失った健二を上空から探索しようと、裏山の頂上辺りで浮遊していたところであった。
 「? 今、…何か声が……ッきゃ―――!!」
 戦乙女とは思えないような可憐な悲鳴を上げ、ベルティアは再び空中でもんどり打った。何か聞こえてきた方へと顔を振り向かせた途端、音速並みの速度ですっ飛んできた何かが、ベルティアの腰をへし折る勢いで強打したのだ。目が回って体勢を立て直す事ができず、そのままベルティアは、ぶつかってきた何かともつれ合ったまま、一緒にまっ逆さまに落下していった。
 どがーん!!
 【神社の社務所に隕石落下か!?】
 などと言う見出しが、明朝の新聞の一面を飾…る事はなかったが。
 濛々たる埃の中、けほけほと噎せ返りながらベルティアが上体を起こす。これだけ激しい衝突でも、大きな怪我は取り敢えず無かったようだ。己の身体の丈夫さに感謝しようと思ったその時、ベルティアの尻の下で何かが蠢いた。
 「な、……!」
 「…ッつ……」
 舞い上がった埃が治まり、視界がクリアになると、ようやく状況が掴めた。さっき、裏山の頂上からすっ飛んできたのは、操の攻撃に吹き飛ばされた健二。そして、ベルティアが掠り傷程度で済んだ訳は、健二の身体をクッションにしたから。…つまり、いずれにせよ被害を被ったのは健二だけ、と言う訳だ。
 「……痛ッ…」
 「………」
 自分の尻の下で呻く健二を、ベルティアはその姿勢のままじっと見下ろす。健二本人は、まだその状況に気付いていないようだ。埃で霞む目を瞬き、健二が自分の身体を押さえつけている誰かの顔を見上げる。その視界に映ったのは、かためた拳をまさに振り下ろさんと頭上高くに擡げたベルティアだった。
 「ッ、…待……」
 「こんなやり方はスマートじゃありませんけど……致し方ありませんッ!」
 ごんっ!
 ベルティアのゲンコツに、とうとう健二が昏倒した。健二が気絶した事を確認してからベルティアは立ちあがる。衣服の埃をぱたぱたと手で払うと、感慨深げに倒れ伏した盟友(違)を見下ろした。
 「…ようやく……この時が来ました……」
 長かった。神々より指令を戴き、この男を追う事、幾星霜(そんなに経ってません)雨の日も風の日も追い続け、辛く苦しい日々もこれで最後…。
 「では」
 ベルティアが、ルーンソードを構える。逆手に持ち、その柄に逆の手を添える。切っ先を真下に、健二の喉元に狙いをつけ、そのまま一気に突き刺…
 「…………」
 びく!とベルティアの身体が竦んで硬直する。不意に背後から、絶対零度の風が吹き荒び、ベルティアの翼に霜を降りさせたのだ。恐る恐る、さっきの健二と同じような調子でベルティアが振り返る。そこには、完璧な笑顔の操が立っていた。
 勿論、目は一ミクロンも笑っていない。ひく、とベルティアの片頬が痙攣した。
 「い………、…」
 甲高い悲鳴が、神社の隅々にまで響き渡った。


 次の日も、同じく麗かな日だった。差し込む日差しは暖かく、すぐ近くに来ている春の気配を存分に思わせる。野外で掃除をするには、絶好の陽気だった。
 「………」
 「………」
 「………」
 いつものように、巫女姿で竹箒を操る操。その傍らでしゃがみ込み、ゴミを拾う健二の姿もいつもどおり。ただ今日は、そんな二人の向こう側で、熊手で枯葉を掻き集めるベルティアの姿があった。
 健二は、こうなる事を充分理解していた所為か、文句一つ言わず、いつも以上に黙々と作業をこなす。が、ベルティアは不満だらけのようだ。
 「…何故、私まで、こんな事を……」
 「……何か言いました?」
 にっこり。操が笑顔でベルティアの方を見る。その笑顔の意味を、十二分に(身をもって)知ったベルティアは、聞こえなかった振りをして作業に戻った。

 ・崩れ剥がれた社務所の土塀の修繕費
 ・半壊した社務所の屋根の修繕費
 ・切り落とした鈴の綱の弁償代
 ・地面に転がって歪んだ鈴の弁償代

 それら全てを返済するまで、ベルティアは住み込みのバイトをする羽目になったらしい…。

 あ、健二は言わずもがなで。


おわり。


☆ライターより

 いつもありがとうございます!へっぽこライター(本当にな)の碧川桜でございます。
 コミカルバトルホラー…と言う事でしたが、コミカルの方面もバトルの方面も不完全燃焼気味…ましてやホラーに関しては……(汗)
 でも個人的には、今までの健二氏とはまた違った面が書けて、とっても楽しかったのですが(笑)
 少しでも楽しんで頂ければ幸いです。ではでは、またお会いできる事を心からお祈りしています〜。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年03月28日

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