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『phony baloney 』
久我・高季3880

 人の感情というものは斯くも昏きものかと、久我高季は今更ながらな感想を抱く己の思考に苦笑した。
 まるで蝋燭の灯火を吹き消したかのように、昼の明るさで満ちた周囲を一瞬にして闇が覆い、身をその内に封じ込めるが、高季は動揺する事なく、悪意を元の場へと返す為の長い祭文を途絶えさせる事はない。
 あまりにも不自然な死が、ある家筋の者に続けて訪れ、五人の命が奪われた。
 それはどれも、通りすがりと言って良い他者による犯行で、現行犯で捕まった彼等は一概に事件を覚えてすらいなかったという……魔が差した、と言ってしまうには続きすぎたそれを妖しの技と見た関係者が久我に祓いを依頼し、適役と見なされた高季が今ここに在る。
 類無き他者の手を汚して為る呪詛、人から人へ、恨みのそれを応酬し合うまでは個人の自由だが、関係の無い者まで貶めるのは頂けない。
 義憤などというものではないが、呪詛を放つにも遣りようがあろう、と不快ばかりが大きく、高季は闇に混じる呪詛の、悪意の気配に眉を顰めた。
 目を凝らしてもただひたすらな闇は視線を吸い込むのみ、ならば開けていても無駄かと瞼を閉じる。
 人が闇に対して抱く、本能的な恐怖を喚起しようという目的だったなら悪かったろうかと声を発しながら口元に笑いを刻んだ。
 ふと、身を包む。
 闇が揺らいだような気がして、高季はその眼を開いた。
 青灰と朱金、色を違えた瞳が見据える闇は変わらぬ……否、一点深みを増した歪みを捉える。
 まるで空間が捻れたような其処から滲むように、姿を現わした一頭の獣の姿に高季は軽く目を見張った。
 地の毛並みは濃い赤みを帯び、それに走る横縞の黒は背景とするそれの深さで、まるで切り絵の如き闇色……猛虎の瞳は高季と左右こそ違えるが同じ蒼灰と朱金の色合いを持つ。
 それは高季と契約を交わした鵺の姿。
 常には人の、青年の姿を好んで取るのだが、高季がその本性である姿を好むと知ると、時折見せてくれるようになった形態だ。
 どうしてここに、そう問い名を呼ぼうとして、祈りの言葉が途絶えそうになるのに堪える。
 高季を見据えた孤高の獣は、ただ歩むそれだけの動きにもその体躯をしなやかに覆う筋肉を無駄のない美しさで動かして、高季の傍らへと近付いた。
「高季」
名を呼ぶ声はいつも耳に快い低さではなく、くぐもってどうにか音として認識出来る程度の発音だ……本性の声帯は人の言葉を語るには向いていない、と、いつか言っていたか。
「お前が欲しい。喰らいたい」
唸るように言って、頭を脇のあたりに擦り寄せる、甘えた動作に高季は微笑んだ。
 耳の間に手を置く……強い毛の根本に指を潜り込ませればぬくもりが暖かく、毛並みに添って滑らせた掌につややかな手触りが心地良い。
 親指の腹で耳の縁を覆って柔らかな毛を撫でる高季を、鵺はいつものようにするがままを許す。
 均一な闇は、鵺の姿を標のように浮かび上がらせて輪郭を保つ。
 けれど薄いな、と高季は思う……真の闇はこんな物ではない。呑まれれば己の姿を認識する事も出来ず、思考も感覚も境を無くして溶け流れ、全てが一つになるような、そんな狂気に似た闇に。
 比べればこの闇は、まだ薄い。
「高季。お前を喰らいたい」
鵺の再びの要請に、高季は笑みを深めた口元で最後の一音を結んでそして。
 術は完成した。
 悲鳴のような……否、明らかに人が苦痛と恐怖とに上げる声に満ち、暁に追われる夜の如く消えゆく闇と共に、傍らに立った獣の姿も掻き消える。
 一人……被害者達が住まっていた家に取り残された形で、高季はまやかしの鵺に触れていた手を、目の位置に持ち上げた。
 あの闇は、己が恐れるるモノを映すのだろう……加害者となってしまった者達は、闇に投影される幻影に追いつめられて凶行に及んだか、と今更ながらに呪いの質を見極めて息を吐く。
 返しは為され、呪詛は四散し。術師は己の恐怖に捲かれて死んだろう。
 相手の術中に、人の命が絶え行く感触をまざと感じ取りながらそれに対して何ら感慨を抱かない。
 ただ、失われた命の贖いには到底足りないが、生き残った者の気持ちを鎮める助けにはなろう、と思うのみである。
 そして、まやかしとはいえリアルな感触が残された手を見詰めた目元を緩ませて、高季は呟いた。
「あれは俺を喰らいたいとは言わない」
闇に投影された高季の恐怖……あの残酷なまでに美しい獣は、契約という名で繋ぐ鎖を、断ち切るのに許しを請いはしない。
 高季は上げた手を左眼に添えた。
 その眼窩に収まる朱金、契約の礎となる鵺の瞳を得た、痛みの熱はまざと思い出せる。
 結界で動きを奪い、その右眼を抉り取って無理から命を繋ぎ、老化もせず人としての寿命すら存在しない……存在を半ば以上妖と同化させる事でその命を削る、一方的に為した契約は、封じるも滅するも適わぬ程に旧く、強く、奔放な妖の抑止力として必要だと。
 それは建前だと、悟りながら高季はその誇りに楔を打ち込んだ。
 澱まず、鮮やかに、自由なその異形を、見た瞬間に理性も理屈もなくただ欲しいと思った。
 闇が、あの姿を投影したは、確かに理がある。
 けれど高季は支配した妖に殺される事を、当然在るべき恨みを恐れているのではない……真の恐怖は、あの鵺が己の下から去り行く事だ。
 彼がその気になれば、血も傷も恐れずに誇りに打ち込まれた楔を引き抜いて縛を破り、高季の命を牙で裂いて喰らい尽くし、野に返るだろう。
 そして高季の知らぬ場所で、高季の知らぬ時を生き、高季以外の誰かを抱くのだ。
 これではまるで、悋気ではないか。
 高季は目を閉じ、指先で瞼に触れる……自らを嘲って自然と浮かんだ笑みに、口元が歪むのを自覚した。
 人の感情は斯くも昏く、自らが見たくない、気付きたくない真実を都合良く覆い隠す。
 それすらも包み呑み込む真の闇に、抱かれて眠りたいと願う自らの心情に、高季は疲れの息を吐き出した。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
北斗玻璃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年03月25日

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