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『 鼻輪物語〜王の悪寒〜 』
楓・兵衛3940


『――この商品に、こちらとこちら、さらにこちらもお付けして、何と三千九百九十八円でご提供です!』
『うわぁ!凄いですね〜!お買い得〜♪』
「ほぅ、中々興味をそそられるのぅ……ぢゃが、同じモノを幾つも貰っても仕方がないのぢゃ。売るのは一個にして、値段を安くすればよいのに」
 巨大なアパート、『あやかし荘』の一室で、嬉璃はテレビショッピングを見ながら、ひとりでぶつぶつと呟いていた。
 その背後に、迫る小さな影。
「――兵衛、バレバレぢゃぞ」
 嬉璃が振り返りもせずに放った言葉に、楓兵衛は憮然とした表情で答えた。
「バレて当たり前でござる。拙者、気配は消しておらぬゆえ」
「ほぅ、そうか……それで、今日は何の用ぢゃ?」
 こちらを振り向き、口の端を上げてニヤリと笑う嬉璃を目の前にし、兵衛の身体が、小刻みに震えた。
 決意はして来たものの、己のプライドが、まだ邪魔をする。
「嬉璃殿……」
 そう言いながら、兵衛は畳にゆっくりと膝をつき、両手をつく。そして、屈辱に唇をわななかせながら、頭を下げた。
「……本日は男、楓兵衛、一世一代のお願いに参ったでござる。どうか……どうか、あの鼻輪を拙者に譲って下され!」
 自分の姿を透明にするという不思議な魔力を持った『鼻輪』――しかし、それは今、嬉璃の手中にある。
 一度は取り返すことに成功したものの、兵衛が串焼き屋台の営業で忙しくしている合間に、またいつの間にか奪われてしまったのだ。
 このままでは、無益な争いが延々と続く――そう考えた兵衛は、最終手段として、嬉璃との和解案に踏み切ることにした。
 『和解案』といっても、鼻輪さえ手に入ればこちらのもの。嬉璃には散々いいように遊ばれてきたのだから、その仕返しをしたところで、バチの当たるものではないだろう。
 負けを認めたように見せかけて、攻撃へと転じる――これも、兵法のひとつ。
「兵衛、お主が自らわしに頭を下げてくるとはのぅ。いい気味ぢゃ。しかし――」
 そこで、嬉璃は一旦言葉を切った。そして、心底残念そうに続ける。
「残念ながら、あの鼻輪はわしの元にはない。本当に残念ぢゃ。お主をいいように弄ぶ絶好の機会ぢゃったというのに」
 鼻輪などなくても、嬉璃は兵衛を普段から散々弄んでいるのだが、それはともかくとして、その言葉に、兵衛が勢いよく頭を上げた。
「何!?嬉璃殿、嘘をつくのはよくないでござる!拙者がこうしてわざわざ頭を下げに来たというのに――」
「嘘ではない。ある朝目覚めたら、手元からなくなっておったのぢゃ」
「そ、そんな……」
 嬉璃の態度を見るに、彼女が嘘をついている様子はない。兵衛の身体から、一気に力が抜けた。
 あの鼻輪がないのなら、こうしてプライドを捨ててまで土下座をしたのは何だったのか。
「まぁ、兵衛もあのような代物などに頼らず、素直に串焼き屋台を引いておれば……」
「納得行かん!納得行かんでござる!嬉璃殿、鼻輪をいつ、どこでなくしたのか、さっさと思い出すのでござる!」
「そんなことを言われてものぅ……」
 二人がそうして言い争っているその時――
「鼻輪をお探しなのですか?」
 唐突に、声がした。
 そちらを見遣れば、そこには金色の短髪に碧眼の、爽やかな笑顔を浮かべた男が、いつの間にか立っていた。身体には中世の騎士のような鎧を纏っている。
「――何奴!?」
 兵衛は、持っていた刀を慌てて引き抜いた。嬉璃と口論していたとはいえ、今の今まで男の気配にすら気がつかなかったのだ。背筋に冷たい汗が伝う。
 しかし、当の男は笑顔を浮かべたままで、戦闘態勢に入る様子はない。
「これは失礼致しました。中々声をお掛けするタイミングが掴めなかったもので……私は、決して怪しい者ではございません」
 どこからどう見ても、怪しいことこの上ないのだが、男はそう言葉を口にする。だが、兵衛は男に敵意がないことを察すると、とりあえず、刀をしまった。
「それで、貴殿は何者でござるか?何ゆえ、突然ここに現れた?」
 兵衛の問いに、男の顔が真剣なものになった。暫し考え込む素振りを見せてから、再び口を開く。
「私は、こことは異なる世界から参りました……そして、お願いがあるのです」
「願いとは?」
「はい……実は、我が国は雪に閉ざされた小さな場所なのですが、我らの王が、ある日突然、奇妙な病に罹られてしまったのです……困り果てた私たちは、預言者の元へ相談に行きました。彼の元には異世界から流れ着いたという金色に光る鼻輪があり、そして、彼はこう言うのです。『この鼻輪を探している勇者が、我らが王を救う』、と……私はその『勇者』を探す任務を命じられ、異世界同士を行き来できる力を持った指輪を与えられて、あちらこちらの世界を巡りました。それでも、中々その『勇者』には出会えず……しかし、今ようやく、あの鼻輪を求める勇者さまにお会いすることが出来ました。どうか、どうか、我らが王をお救い下さい!」
 そう言って、騎士はこちらへ深々と頭を下げる。
「成る程な……急に消えたと思ったらあの鼻輪、異世界に行っておったのか」
 嬉璃が顎に指を当てながら呟く。
「それでは早速ですが勇者さま、私と一緒に来て頂けませんでしょうか?」
 騎士の碧く真摯な瞳に見つめられ、兵衛は力強く頷いた。
 あの鼻輪を、再びこの手にするために。


 騎士がしている銀色の指輪には、翠色の大きな石がついていた。その奥には、魔方陣とでもいうのだろうか、複雑な文様が彫ってあるのが透けて見える。
「……では、参りますよ」
 騎士が指輪をかざすと、淡い光が石に点り、一筋の線となって部屋の壁を照らした。
 すると、光の当たった部分の空間がぼやけ始め、幽かに揺らいだ翠色のトンネルのようなものが出来る。ちょうど人間の大人一人が通れるほどの大きさだ。
「勇者さま、私に続いてお入り下さい。この『ゲート』の入り口は、すぐに閉まってしまいますので」
 騎士はそう言うと、『ゲート』と呼ばれた翠の空間に身を滑らせた。その間にも、『ゲート』は少しずつ狭まっている。
「ささ、お早く!」
 その言葉に、兵衛も慌てて『ゲート』の中へと入る。
 その瞬間、彼の脳裏をよぎるものがあった。
 実行しない手はない。自然と笑みが零れる。
「兵衛、邪魔ぢゃ!さっさと行かぬか!わしが入れぬではないか!」
 嬉璃が背後で文句を言っているが、知ったことではない。もう既に、『ゲート』は子供がやっと入れる程の大きさまで縮んでいる。
 そこで、兵衛は嬉璃を肘で軽く突き飛ばす。彼女は、よろけて床に尻餅をついた。
 この時、『ゲート』のサイズは、人間の頭程度。
 兵衛は振り向きざま、高笑いを上げる。
「はっはっはっはっ!嬉璃殿、油断したでござるな!鼻輪は、拙者のものでござるよ!」
「何ぢゃと!?兵衛、覚えておれぇ〜!」
 悔しげに顔を歪める嬉璃の姿は、すぐに翠の壁に遮られ、見えなくなった。
 ひとしきり笑ったあと、兵衛は騎士に向き直る。
「さぁ、行くでござるよ!」
「は……はぁ、でも、宜しいのですか?」
 戸惑うような表情をしている騎士に、兵衛は胸を張ってみせる。
「『勇者』とやらは、一人いれば十分でござろう?」
 その言葉に、騎士はやや考え込むようにしていたが、すぐに笑顔を作った。
「それもそうですね……お二人いらっしゃるとは聞いていないですし」
 爽やかではあるが、根は単純らしい騎士に導かれ、兵衛は『ゲート』の中を進んでいく。



 たどり着いた先は、聳え立つ白亜の城の門前だった。
 騎士の話どおり、柔らかな雪が、世界を閉ざしている。
「立派な城でござるな……」
 寒さに身震いし、白い息を吐きながら言った兵衛に、騎士は「光栄です」と答えながら、門番に合図をし、木製の巨大な門を開けさせる。
 城の中に入ってすぐの場所は、大広間のようになっていた。真紅の絨毯が敷き詰められ、高い天井には、金で縁取られた豪華なシャンデリア。その間を、兵士のような者や、美しいドレスを身に纏った貴婦人、その従者らしき者、使用人と思われる者たちが行き来しており、まるでおとぎの国にでも迷い込んだかのようだった。
「勇者さま、こちらです」
 その間を、騎士と兵衛は歩いていく。
 周囲の視線がこちらへと集まっているのは、騎士が『勇者』を連れて来たことを知っているのか、もしくは、兵衛の和服が珍しいのかもしれない。
「そういえば騎士殿。貴殿らの王は、奇妙な病に罹られたそうでござるが、それは一体どのようなものなのでござるか?」
 兵衛の問いに、騎士は前を向いたままで答える。
「それが……とにかく『寒い、寒い』と仰られ、床に伏せっておいでです。医者にも診せたのですが、どこにも異常はなく……このままでは、政が滞ってしまいますので、困っておるのです」
「成る程……それは大変でござるな」
 そう言いながら、兵衛の胸に不安がよぎる。自分は鼻輪を求めているのだから、恐らく騎士の言う『勇者』とやらに間違いはないのだろう。道すがら、鼻輪の特徴を聞いたところ、探しているものとピタリと一致した。
 だが、自分は医者でも異能力者でもない。果たして、王の病気などを治せるのだろうか。
 そんなことを考えている間にも、二人は大きな階段を上り、幾つもの角を曲がって、城の深部へと進んでいく。


 やがて。
 一際豪奢な彫刻が施された扉の前にたどり着いた。騎士は「こちらが陛下の寝室です」と兵衛に告げてから、大声で中へと呼びかけた。
「陛下!異世界より、陛下のご病気を治して下さる勇者さまをお連れ致しました!」
「おお……入れ」
 中から野太い男の声がし、脇に控えていた兵士により、扉が開かれる。
 豪華な調度品がずらりと並び、天井には、やはり煌びやかなシャンデリア。今まで来たどの通路よりも上等と思われる毛足の長い真紅の絨毯。その中央に――
 下着一枚を身に着けただけの姿の、恰幅のいい男が寝そべっていた。


「……は?」
 ようやく兵衛が上げられたのは、間の抜けた声だけだった。
「……勇者殿、さあ早く、儂の病を治して下され。寒くて敵わないのじゃ」
 恐らく国王なのであろう、裸の男が手招きをする。
「勇者さま、宜しくお願い致します」
 付き添ってきた騎士も、こちらに向かって頭を下げた。
「あの……」
 頭が混乱していて、どうにも言葉が出ない。
「その……何ゆえ、国王殿は裸なのでござるか?」
 ようやくそれだけを言うことが出来て、兵衛は一息つく。
 だが、その場の空気は、一瞬にして固まった。
「ゆ、勇者さま!?もしかして、お見えにならないのですか?この最高級の服に、最高級の寝具が!……そ、そのようなことはございませんよね?大変申し上げにくいことなのですが……これらは、愚か者には見えないものでして……」
 大げさにうろたえる騎士の言葉は、後半に行くにつれ、段々と小さくなる。
(こ、この展開はもしや……)
 兵衛の身体に悪寒が走る。
「騎士殿、少々確認したいのでござるが、貴殿には、この最高級の服と、最高級の寝具が見えるのでござるか?」
「当たり前です!私は愚か者ではありませんから!」
 兵衛の問いに、胸を張って爽やかに答える騎士。
 嫌な予感はさらに強くなる。
「もしかして、国王殿にも、医者にも、預言者にも、兵士にも――とにかく、みんなに見えるのでござるか?」
「何を仰るんですか?勇者さま。陛下を始め、我らが国民は、全員見ることが出来ます!愚か者ではありませんから!」
 騎士の目は、どう見ても本気である。
「……で、この最高級の服と、最高級の寝具を用意したのは?誰でござるか?」
「異世界から来た、行商人です――って、どうなさったんですか、勇者さま!?」
 思わず頭を抱えた兵衛に、騎士が心配そうな声を掛けてくる。
(ず、頭痛がするでござる……つまり……つまりここは、揃いも揃って、うつけ者ばかりの国でござるか!?)
「と、とにかく……服と寝具を今すぐ変えるでござる!!」
「ええ!?せっかくの最高級じゃぞ!?」
 兵衛の言葉に、子供のように口を尖らせて駄々をこねる国王。
「もう、拙者の言うとおりにするでござる!異世界のではなく、この国の最高級にすればいいでござる!それで病は完治でござるよ!!」
 兵衛の悲痛な叫びが、辺りにこだました。



 かくして、事件は解決した。
 事件と呼べるのかどうかも甚だ疑問だが、とにかく解決したことはしたのだから仕方がない。
 国王の『病』は治り、国中総出で快気祝いと、『勇者』を称える感謝祭が開かれようとしたが、兵衛は丁重にそれを断り、王から授かった鼻輪を手に、元の世界へと戻ってきた。
(つ、疲れたでござる……)
 達成感とは程遠い、何ともいえない脱力感と倦怠感が兵衛を襲う。
(そ、そうでござる!せっかく鼻輪を取り戻したのだから、今のうちに使うでござる!)
 今現在、部屋に嬉璃の姿はない。
 微かに震える手で、鼻輪を装着する。
 その瞬間、朧げな光が、兵衛の身体を包み込んだ。
(さて、何からするでござるかな……)
 ニヤリ、と彼がほくそ笑んだその時、嬉璃が部屋へと戻ってくる。
 一瞬どきりとしたが、こちらの姿が見えることはない。声さえ出さなければ、気づかれはしない。
 だが。
「ぷっ……ははははははっ!兵衛、何ぢゃ、その無様な格好は!」
 嬉璃がこちらを見て、いきなり笑い転げた。
(な……?拙者の姿は見えないはずでござるのに!?)
 慌てて、兵衛は自分の姿を確認する。
 手も足も――見える。
 訳が分からないまま、呆然と前方を見遣る。
 そこに偶然あった姿見に映っていたのは――
 褌一丁に、金色の鼻輪をつけた、己の姿だった。



「納得行かん!納得行かんでござる〜!」
 今日も今日とて、兵衛は串焼き屋台を引く。
 どうやら、あの鼻輪は、異世界に飛ばされた時点で、その効力を弱めてしまったらしい。
 あの後、嬉璃には散々からかわれるやら、恥ずかしいやらで、兵衛の心は甚く傷ついた。背伸びをしていても、まだまだ六歳の少年であるのだから致し方ない。
「これはきっと試練でござる!いつの日か、必ず!」
 彼が宿敵である嬉璃に実力で勝てる日が――
 果たして、来るのかどうか。


 〜鼻輪物語・終幕〜
PCシチュエーションノベル(シングル) -
森山たすく クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年03月18日

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