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『どっちの桜餅SHOW!? 』
本郷・源1108


 晴れた日の昼下がり、ちょっと一息の時間帯。
 場所は、あやかし荘の共同調理場。
 それではお茶でも、と持ち上げた茶筒が、あまりにも軽々としているので、薄紅の着物に臙脂の袴という、春らしい装いの少女――本郷・源(ほんごう・みなと)は目を瞬いた。
 振ってみると、サカサカ、と、中身の残り少ない音がする。
 蓋を開けてみれば、急須であと一煎できるくらいの量の茶葉が、底にぽっちりと残っているだけ。
「おぉ。雪解け茶葉も、これで終いなのぢゃな」
 源の手許を覗きこんで、菫色の着物に鮮やかな赤い帯という、こちらもある意味春らしい装いの少女――座敷童子の嬉璃(きり)が、残念そうに言った。
 静岡までわざわざ摘みに行った、甘味と旨味がたっぷりの、とっておきのお茶だったのだ。
 源が屋台で出すための分は他に取ってあったが、個人用にと茶筒に入れた分は、これで終わり。気前よく他のあやかし荘住人たちに振る舞ったり、美味しいからと言って源たちも一日に何杯も飲んでいたのだから、仕方がないことだろう。
「今年最後の一杯を楽しむとするかのぅ」
 朱塗りの盆の上にお茶の用意を整えながら、源は溜息を吐いた。
 急須と茶碗を並べたところで、もちろん一緒にお茶を楽しむつもりの嬉璃が、わくわくと瞳を輝かせながら訊ねてくる。
「のう、今日のお茶請けは何にするのぢゃ?」
「うむ?」
 源は手を止めた。自室の棚に鑼焼きを取ってあったはずだが、考えてみればそれは確か昨日、夜食に食べてしまったのではなかったか。
「忘れておった。買いに行かねばならぬ」
 さて、では何が良いかのう。言った源に、嬉璃がポンと手を打った。
「桜餅でどうぢゃ?」
 折しも、丁度その季節。
「良いのう!」
 源も、一もニもなく同意した。こうなると俄然、二人の行動は早い。
「して、どちらが買いに行くのぢゃ?」
「ここは古来より伝わる先人の知恵、ジャンケンで決めるのが公平じゃろう」
 源の提案で、どちらが買い出しに行くかはジャンケンで決めることになった――のだが。
「「じゃーん、けーん、」」
 声を合わせて気合を入れて、
「「ポン!!」」
 と、出してみれば二人とも同じ、パーの手。
「「あーい、こーで、」」
 むむむ、とにらみ合い、再勝負すれば、
「「しょっ!!」」
 出揃ったのは、チョキ二つ。
「や、やるではないか、源殿」
「そちらこそ、嬉璃殿……!」
 引きつり笑顔で見詰めあい、源と嬉璃はその後も、あいこを繰り返し。
「仕方がない、一緒に行こう」
 百回目のあいこで、やっとそういうことになった。……少々遅い決断である。

   +++

「桜餅ー!」
「さっくらっもちー!」
 仄かなピンクの、可愛らしい餅菓子に思いを馳せながら、足取りも軽く和菓子屋へと向かう、源と嬉璃。
 ほのぼのとした道程だった。とある分かれ道で、その二人の爪先が逆方向へ別れるまでは。
「どうしたのじゃ? 『菓子司・おいでやす』はこっちじゃぞ?」
 源が言えば、
「そっちこそどうしたのぢゃ? 『菓子処・拳骨堂』はこっちぢゃ」
 嬉璃も言った。
 双方の発言に、お互いが目を丸くした。
 因みに、店名はどちらも、和菓子屋だ。それなら変わらないと思われるかもしれないが、『おいでやす』は関西系、『拳骨堂』は関東系の店である。
「……わしは、桜餅は道明寺と決めておるのじゃが」
 にっこりと笑って、源が言った。
「何を言う。桜餅なら、長命寺であろう」
 負けない笑顔でにっこりと笑い返して、嬉璃が言った。
 餅米の粒の形が残る道明寺粉を用いた皮、つまり道明寺系桜餅は関西風、小麦粉主体のクレープ風の皮を用いる長命寺系桜餅は関東風である。どちらも、塩漬けの桜葉に包まれ、餡が入っているのは同じだが、食感はかなり異なる。
「おんし、この東京に住んでおるくせに、長命寺を裏切るのかえ?」
「土地柄は関係がないぞ。わしは、どちらがより美味いかという話をしておるのじゃ。絶対に道明寺じゃ」
「何を。あの滑らかな長命寺の美味さを解さぬとは」
「そっちこそ、道明寺の麗しい歯ごたえと、桜の葉とのハーモニーをわかっておらん」
 分かれ道で、二人はにらみ合った。しかし、どちらが美味いかを言い合っても、埒があかない。
 よし、と源が人差し指を立てて提案した。
「どうじゃ。……ここは古来より伝わる先人の知恵、ジャンケンで決めるのが公平じゃろう」


 この先、またもや、あいこの嵐が続くこととなる。

   +++

 さて、半時間ほど後、あやかし荘の縁側には、ほっこりとした緑茶の香りと湯気が漂っていた。
「茶は良いのぅ、嬉璃殿」
「ほんに、のぅ。源殿」
 向かい合って正座した源と嬉璃は、手に手に茶碗を包み持ち、幸せそうな顔で頷き合っている。
「天気は良くて茶は美味い。今日も良い日じゃ」
「ほんに、のぅ」
 それぞれ、膝の前には桜餅の乗った皿が置いてあった。
 源の前には道明寺が二つ、嬉璃の前には長命寺が二つ。
 結局、二人は財布の中身を分け、道を別れた。別々に道明寺と長命寺を購入するという、平和的解決法を採択したのである。
 ぱくり、と一つ口に入れて、源も嬉璃も満足そうに目を細めた。
「菓子も美味い。最高じゃ」
「ほんに、のぅ」
 そして、源と嬉璃の口の中から、桜の葉の風味と餡の甘味の余韻が消える頃。
「……ところで」
 源は、嬉璃の膝の前にある、滑らかな桜餅に視線をやった。
「何ぢゃ?」
 答える嬉璃の視線は、源の膝の前にある、粒の凹凸の艶やかな桜餅の上で止まっている。
「「そっちも、美味そうじゃのぅ……」」
 呟いたのは、同時だった。
 結局、気の合う二人なのである。
 交換した桜餅を頬張り、美味いと言い合う二人に同意するように、ほーほけきょ、と、庭のどこかで鶯が鳴いていた。
 今年の鶯も、ようやく鳴くのに慣れてきたようだ。

+++++++++++++++++++++++++++++++END. 






 お世話になっております。担当させていただきました、ライターの階です。毎回、期日ギリギリの納品で申し訳ありません。
 桜餅……お餅っぽいのと、おはぎみたいに粒粒があるのと、二種類あるみたいだけど、なんでだろう?と、以前からうっすら疑問を持っていたのですが、このお話をご依頼いただいたのを機に調べてみました。
 お餅っぽくて粒々のないほうは、長命寺と言うのですね。勉強になりました。ありがとうございました!
 どちらがどちらのを好みかは、なんとなく源さんは歯ごたえのあるほうが好きかなと思って、決めさせていただいております。オチは、結局、どっちも美味しいのには変わりがないし……ということで、二人ともに両方味わってもらいました。
 今回、お互い呼ぶ時名前に「殿」をつけているのは、友達同士でふざけて、わざわざ「さん」付けしあうようなノリのつもりなのですが、イメージにそぐわなかったら申し訳ありません。
 楽しんで頂けましたら幸いです。では、失礼します。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
階アトリ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年03月15日

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