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『道 』
リラ・サファト1879)&榊 遠夜(0277)

「えっと……パンは持ったし、飲み物は持ったし……」
 バスケットの中身を少女は確認しながら傍らの猫、茶虎の声に微笑みを浮かべた。
「今日も教会に行くの……一緒についていく?」
 にゃん♪
 同意の言葉に、益々リラは微笑を強めて、教会へと向かうべく歩き出した。

(差し入れするの、これで何度目になるのかなあ……)

 ほぼ毎日の日課とも言える、大好きな親友への差し入れ。
 神父なのに、どうしてか彼はトマトが嫌いでリラは何度と無く彼のトマト嫌いを改善させようとしたのだが、一向に治る気配も無く。
 今日も今日とてバスケットの中にはトマトのサラダを入れてきたが、果たして食べてくれるだろうか?

 ううん、とリラは首を振る。
 食べない、等と言う事があっては、良くないのだ。栄養のバランスだって偏るし、身体にも良くないし。

(トマトは絶対絶対美味しいんだから……好き嫌いはダメよね)

 森の中をとことこ歩くたび、茶虎の楽しそうな声とバスケットがカタカタ音を立て揺れる。
 いいお天気だから、もしかしたら教会には子供たちが遊びに来ているかも知れない。
 賑やかな声を聞くのがリラは好きだ。
 昔、リラが居たところでは絶対にありえなかった音だから、尚更に。

 あと、もう少し。
 もう少しで辿り着く。

 今日も親友は、ひたすら聖書を読みふけっているだろうか……?
 それとも祈りを捧げている所だろうか?

 重い、木の扉。
 どっしりとした構えの扉に手をかけると、其処にいたのは神父服姿の親友ではなく、また、修道女姿のシスターでもなく。
 黒い、騎士服が目に付いた。
 少しマントが汚れているように見えるのは、依頼か何かからの帰りなのか……リラが声を掛けるより先に、茶虎がぴょこん!と尻尾を立て、振りながら、其処に居る少年へと駆け寄っていく。

「あ……と、とらちゃん……っ」
 なー♪
 何時の間に抱き上げられていたのか、茶虎は少年の手の中にすっぽりと包まり、そうして。
「久しぶり、リラさん。あれ? 今日は、奴が一緒じゃないのか?」
 と、声がかけられた。
 不思議と、この声を聞くとリラ自身、笑みが零れてどうしようもなくなってしまうのだが……どうしてだろう?
 だが、今は、目の前に居る少年、遠夜の問いに答えるのが先だ。
「ええ、今日は一緒じゃないんです。ほら、此処……教会でしょう?」
「ん? ああ……そう言えばそうだった。神様嫌いだったんだから来るわけも無いか」
「良くご存知で。本当に仲が良いんですね♪」
「仲が良いって言われると微妙な気分だけど……そういや、リラさんには兄弟とか居ないのか?」
「兄弟ですか? ええと、姉が一人居ますけど……」
「お姉さんか……きっとリラさんに似て可愛い人なんだろうなあ……」
「さあ、どうでしょう……どちらかと言うと可愛いより、美人と言う言葉が似合う人かもしれません」
 聡明で、綺麗で。
 まるで硝子で出来た華みたいに、何処か近寄りがたくて――大好きだった、姉。
 ただ、リラの想いを姉自身が汲んでくれた事は無く、また気にも留めてくれなかったけれど。
(そう言う所はお姉さんはお父さんに似たのかな……お父さんの事は大好きだったものね)
 お父さんの後ろ姿を憧れて追い続けて。
 だから、姉はリラの事など気に掛けると言う事が無かっただけなのかもしれない。
 自分の事で手一杯で、リラの存在が見えなかっただけかも知れないのだ。
 喩え、背に見えるのが拒絶であったとしても。
「…どうかした?」
 リラが少し考え込んでしまったのを覗き込むように遠夜が身を屈める。
 真っ黒の瞳は、いつも知る人物と違う色なのに、何処か似ていて。
 ぶんぶんとリラは首を振った。
「な、何でもないんです……!!」
「なら良いんだけれど……ほら、茶虎も心配してる」
 じっと、こちらを見る瞳に「ごめんね」と呟くとリラは、ふと思い出したように話を切り替えた。
「心配と言うと……遠夜さんが見つからない間、凄く凄く、心配してたんです、あの人……」
「らしいね。僕は僕で、何処に居るか解らない、と言う風に動いているつもりは無かったんだけれど」
「あはは。でも本当に特別なんだなあと思って……話を聞く度、賑やかで、楽しそうで」
 どう言う風に話しているのかが、凄く気になって。
 目の前に居る少年と恋人はどう言う風に言葉を交わしていたのだろう。
 それを考えるだけで、楽しくて、笑顔を浮かべてしまったリラに彼は頬を良く突付いてくれたものだ。
 が、遠夜は頬を突付かず、ただ笑い、
「奴は奴で、どうにも不器用さんだから……」
 と、リラの掌へと茶虎を手渡した。
 小さなぬくもりが、リラの手に、移る。
「でも、そう言うの遠夜さんも知ってる訳ですし……やっぱり、良いなあと思います」
「うん。賑やかなのは……まあ、確かに賑やかかな。僕の母親は父親の分までかわりを務めてくれたし、親戚も、どう言う訳か口達者なのが多かったから退屈はしなくて」
「口達者、ですか?」
「ああ。奴には姉が居るんだけどな…これがまた、一を言うと十返してくるような奴で……扉はノックしないわ、いきなり何か言い出して皆を混乱に導くわで……良く従姉が、その度に怒っては口論になってたんだけど」
 どちらも譲らなかったし、負けてなかった。
 ぽつりと落とした言葉にリラは瞳を丸くし――、その風景を想像した。
 生憎と、どう言う姿か想像できなかったので、知り合いの姿を借りての想像だったけれど……確かにこれは凄まじい光景かも知れない。

 普通の兄弟なら。
 普通の親戚なら。

 話に聞くような光景は日常的にあったのだろうか?

 互いに何かを言い合ったり、楽しく会話をしたりする、と言う日々は。

(…少しだけ……)

 その繋がりが羨ましい、な……と、リラは思う。
 リラにとって許されなかった光景は、まるで海を想うように遠く、切ないものであるような気がした。

 ある筈の無いものを想うのは、少し、辛い。

 すると。
 下を向いていたリラの気を違う方向へと向けるようにピアノの音が響きだした。

「え……?」
「この曲、知ってる?」

 旋律は拙く、何処かたどたどしい。
 が、確かに聞いた様な覚えのある旋律に「音だけは」とリラは答える。その言葉に遠夜は笑い、「良かった、僕もこれだけしか弾けないんだけれど」と言い。
 遠く、近く、音が何かを追いかけては消えて行く。

「グリーンスリーブス……って言うんだけどね、賛美歌では"古いものはみな"と言うタイトルに変わっていて……その歌詞がこう言うんだ。"古いものはみな 後ろに過ぎ去り、よろこびの歌が 聞こえてくる"……って」
「はい……」
「リラさんも、誰かの家族にはなれるんだよ」
「え?」
 リラの戸惑いを遮るように「だからさ」と遠夜は言葉を続けた。
 ピアノの方を向いている遠夜の表情はリラには良く見て取れない。
 けれど、きっと。
 笑顔を浮かべて居るのだと思えた。
「結婚式には呼んでよね――僕の妹になるんだから。……お兄ちゃんに連絡が無いのは、辛い」
「は、はいっ……必ず!!」
 抱きつこうかどうしようか悩みながらもリラは大きく頷いた。
 家族の話は恋人にもした事があるものの、やはり、同じような言葉を言って貰った事があり、
「リラさんだとて、家族になれるだろう? 私の家は賑やかだが…呆れないでくれると嬉しい」
 と言う言葉はリラにとって大切な言葉に変わりつつあった。
 目の前の黒騎士姿の少年と、藍染の和服を着た恋人は姿形は似ては居ないようなのに、やはり。
(兄弟なんだなあ……)
 本当に、不思議。
 でも、見れる面影があるのが嬉しくてリラは、
「ね、遠夜さん」
「うん?」
「良かったら、この歌の続きを歌ってくださいませんか? きっと遠夜さんも歌がお上手だと思うので♪」
 そう、お願いすると考え込むような表情にぶつかる。否定する、と言うわけでもない、戸惑いの表情。
 この表情もふたりとも、そっくりだ。
「………"も"と言うのが引っかかるなあ……ま、良いか…じゃあ、取りあえず三番の歌詞だけでも」
「はい♪」

 ピアノの音と一緒に、声が響いていく。
 恋人の歌声とはまた違う声に、リラは、その歌詞をただ、心へと刻み込んで行った。

 "殻を脱ぐように わたしらもいまは
 思いわずらいを ぬぎすてよう
 愛が宿り 胸は爽やかに
 めぐみ、あふれよ 新しい年"



+End+


+ライター通信+

こんにちは、いつもお世話になっております。
ライターの秋月 奏です。
今回は、こちらのシチュエーションのベルを書かせていただき、本当に有難うございました!!
今回書いていて思いましたのは、リラさんの道は着実に、ご本人によって作られているのだなあ、と
言う事です。
真っ直ぐ、という訳でもないけれど自分で作った、馴らして来た道と言いましょうか……
何かに向かって歩いている姿がとてもとても印象的で(^^)

また、お相手のPCである榊さんとの関係も印象的と言いますか……書いていて楽しかったです。

それと今回使いました賛美歌は、賛美歌第二編152番です(笑)
グリーンスリーブスは賛美歌以外でも小学生か中学生くらいに習う曲ですが
こう言う歌詞もあるのだと気づいた時は正に目から鱗と言いますか…新鮮でした(^^)

僅かながらでも、お二方に楽しんでいただける部分がありましたら幸いです。
それでは、今回は本当に有難うございましたv
また、何処かでお逢い出来る事を祈りつつ……
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
秋月 奏 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年03月15日

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