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『情けは ほんのり 茶の薫り 』
本郷・源1108


 日曜日の早朝のことだ。あやかし荘『薔薇の間』の中から、何やらガサゴソと、物音がする。
「何ぢゃ、朝っぱらから騒々しいのぅ」
 たまたま前を通りかかった、あやかし荘在住の座敷わらし、嬉璃(きり)は、中を覗いて目を丸くした。
「ど、どうしたのぢゃ?? 衣替えにはちと早いぞ??」
 呟いたのは無理もない。室内は大変なことになっていた。押入れから出された数々の行李から、様々な衣装が飛び出して、畳の上に色の洪水を作っているのだ。
 押入れの戸の前には、今まさに、行李をもう一つ、新たに引っ張り出している童女が一人。
「どっこい、しょ、と。なのじゃ……」
 薔薇の間の主である本郷・源(ほんごう・みなと)であった。因みに、祖父からうつった年寄りじみた喋り口調が、彼女の悩みの種である。
 自分の立てる物音で嬉璃の登場に気付いていないのだろう。源は行李を開け、中身を探って、そして歓声を上げた。
「あったのじゃー!」
 源が手に取って広げたのは、紺地に水色の飛白(かすり)が入った着物だった。
「ふむ。丈はまだ大丈夫そうじゃ。何でも買っておくものじゃな!」
 胸の前に合わせて、まだ裾丈が合うのを確認して、源は満足げに頷いた。
 続いて、次々に行李から出てくるのは、水色の手甲(てっこう)、同色の脚絆(きゃはん)、赤いたすき、赤い腰巻……。何やら見覚えがある組み合わせだと思って見ていた嬉璃だが、最後に『茶』と大きく書かれた手ぬぐいが出てきたところで、ポンと手を打った。
「おお。それは、茶摘娘の衣装ではないか」
「うむ? なんじゃ、おったのか」
 振り向いて、源はニカリと笑った。
「良いタイミングじゃな。丁度、そろそろ呼びに行こうかと思っておったところじゃ」
 押入れの奥から小さなトランクを取り出すと、その腹をポンと叩いて、源は言った。
「どうじゃ。天気も良くなりそうじゃし、一つ、日帰り旅行に行かぬか?」
「旅行? どこへぢゃ?」
「茶摘娘、といえば、決まっておろう。静岡じゃ!」
 衣装一式をトランクに詰めながら言った源に、嬉璃は訝しげな顔をした。
 確かに、茶摘といえば茶所、茶所といえば静岡。
 しかし、夏も近づく八十八夜、と、歌にもあるように、春の終わりからが新茶の、つまり茶摘の季節だ。
「察するに、茶を摘みに行くつもりかえ? まだ、三月に入ったところぢゃぞ?」
 カレンダーに視線をやる嬉璃に、ちっちっち、と、源は指を振った。
「甘い。甘いのぅ。今の時期、【雪解け茶葉】というものがあるらしいのじゃ。甘く、美味い茶だと聞く。是非、うちの店で出したいのじゃ」
 ほほう、と言ってみたものの、嬉璃はそう言われてもまだ納得いかない。
 店、というのは、源があやかし荘前で営んでいる屋台のことだ。それが茶房だというのなら理解できる。その場合、ウリは茶であるのだから。
 しかし、実際に商っているのはおでんで、そこで出される茶なのだから、当然、客には無料で供される。
「何も、サービスで出すものに、そのような手間をかけずとも良いのではないか?」
 嬉璃が言うと、源の表情が変わった。
「そらぁ、わしはアホじゃ、せやけどなぁそれもこれもみな屋台のためじゃ」
 眉尻を上げ、凛々しい眼差しで嬉璃を見ている。源のその表情に、何か確固たる信念あってのことかと、嬉璃が思ったのは束の間だった。
「今に見てみい、わしは世界一の、世界一のお茶摘み娘になってやるのじゃ」
「はぇ?」
 それは、あきらかにおかしい。嬉璃は頭を振った。
「ち、ちょっと待つのぢゃ。おんしが世界一のお茶摘み娘になれば、屋台のために何か良いことがあるのか??」
「人間死ぬ気になったら何でもできるのじゃ!」
 嬉璃のツッコミも空しく、源は着々と、嬉璃のぶんまでもう一組の茶摘娘衣装をトランクに詰め、新幹線の時刻表をチェックし、出発の準備を進めて行く。
「だ、だから、待たぬかと言うておろうに……!」
 戸惑う嬉璃の腕を、源の手が、しっかと掴んだ。
「情けはほんのり茶の薫り、うぉんちゅ」
 わけのわからないことをぬかして、源は嬉璃と共に、静岡へと旅立ったのであった。


   +++


 新幹線の駅を降り、さらにローカル線に揺られることしばし。【雪解け茶葉】の畑を所持する農家は、少々鄙びた場所にあった。
 こんな季節に新茶を提供できるのは、その農家の企業秘密だとか……。
 山肌に階段を刻んだような段々畑で、お茶摘み娘二人はがんばった。
「まさか、本当に雪解け茶葉なんぞというものがあったとは、驚きぢゃ」
「わしの言うことに間違いはないのじゃ!」
 結果、籠いっぱいに茶葉を摘ませてもらい、源も嬉璃も大満足。
 生の葉を蒸して細く縒れば、緑茶の完成である。親切にも、農家の小父さんはそれをできる施設まで使わせてくれた。源の情報と人脈、恐るべし。
 三時のおやつ時には作業が終わって、今、二人は帰りの新幹線の中だった。
 広げているのは、静岡銘菓の蒸しケーキ。紙コップに注がれたのは、魔法瓶に煎れてもらった雪解け茶葉。
 源と二人、同時に一口啜って、ほう、と嬉璃は吐息した。源がこだわった甲斐あって、噂通りの品であった。とろりと甘く、名の通り、口の中でとろけるような味わい。
 感想は源も同じのようだった。
「雪解け……じゃのぅ」
 遠い窓の外に視線を投げかけながら、源が呟く。窓際でカップを口に当て、熱い茶を吹けば、湯気でガラスが白く曇った。
「茶が一杯あれば、ほほえみ一杯じゃ」
 満足そうに、源は笑みを浮かべている。
「何ぢゃ。おんし、結局、屋台に来てくれる客を喜ばせたいだけなのぢゃな?」
 ニンマリ笑う嬉璃に、源は目を見開いた。
「な……っ。何を言うておるのじゃ!? わしは別に……」
「うぉんちゅ、だの、わけのわからぬことをぬかしておったのは、さては照れ隠しぢゃろう?」
 うりうり、と脇をつつかれて、源の頬が微かに赤くなる。
「じゃから、別に……」
 源が頭を振っている間に、嬉璃がお茶請けをポンポンと口の中に放り込んだ。
「うむ。さすが、茶葉を育む静岡の地で作られた菓子ぢゃ。日本茶によく合うのぅ」
 箱の中に並んでいた可愛らしい蒸しケーキが、あっという間に減ってゆくのに気付いて、源も慌てて手を伸ばす。
「卑怯じゃぞ! 半分ずつの約束じゃろう!」
 そんな二人を乗せた新幹線は、一路東京へと戻って行くのでありました。

 もちろん、後日、あやかし荘前のおでん屋台では、茶まで美味いと評判になったとか――。


+++++++++++++++++++++++++++++++END. 


 お世話になっております。
 季節はずれのお茶摘み……サービスで出されるお茶が美味しいお店なんて、素敵だと思います。
 ここらで一杯茶を一杯。源さんの挙動が不審だったのは、もしかして照れ隠し?と思いまして、プレイングになかったシーンを付け足しさせて頂いてしまいました。
 「雪解け……」というセリフは、ぼんやりと【雪解け茶葉】ってあれかな……と思って入れさせていただいたんですが、間違っていたら申し訳ありません。
 イメージにそぐわない部分があるなど、何かありましたら、お手数ですが、リテイク、ファンメールでの指摘など、よろしくおねがいします。では。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
階アトリ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年03月14日

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