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『生首 』
魏・幇禍3342)&鬼丸・鵺(2414)




「のぞがいちゃいよぉ…。 あらまも、いちゃいし…うう、う〜、暇らし…、もぉ、最悪ぅぅぅ…」
「だから、言ったんですよ…。 夜に雪遊びなんて、無茶だって…。 ほら、大丈夫ですか? タオルそろそろ取り替えますね?」
 呆れた風ながらも、心配な気持ちを隠しきれていない声で、鵺を気付かう幇禍。
 額に乗せてある濡れたタオルを取り、また濡らし直す為に部屋を辞す。
 その、背筋のピンと伸びた美しい背中を見送った後、「あ“〜〜、辛いよぉぉ…」と、鵺は苦しげな声で呟き、ごろんと大儀そうに寝返りを打つ。
 昨日降った、東京には珍しい大雪にはしゃぎ、夜中に幇禍としこたま遊んだのがいけなかったし、 幇禍がその日の昼間、武彦とかまくらで餅を食った等という、とっても楽しそうな話を聞いて悔しくなったのもいけなかったのだ。
 絶対に、自分も雪を満喫してやると、気温の低い夜に駆けずり回り、その後、軽くシャワーを浴びただけで眠りについたら、翌日の今日は完全に風邪をひいてしまっていた。
 熱は38・3度と高熱で、幸いインフルエンザとは違うようだが、それでも重症には違いない。
 朝起こしに来てくれた幇禍が「どうしたんです、お嬢さん!」と大騒ぎする程度には、顔が赤く、そしてぐったりと弱りきった姿になっていた鵺だが、それでもこうやってベッドに中でじっとしているというのは、好奇心旺盛、毎日楽しい事して過ごしたい!意欲満々な彼女にとっては辛い事この上ない。
 大体、こうなると食欲が落ちるというか、完全になくなってしまうのも悲しかった。
 昨日、折角駅前でドーナッツを買ってきたのに…なんて、遠い目をしてしまう鵺。
 あのドーナッツは、きっと、甘いものに目のない養父のおなかの中に、今日中に納まってしまうに違いない。
 さようなら、鵺の、フレンチドーナッツ…。
 そう、そっと心の中で手を振り、それから、ふと、ベッドの傍にあるサイドテーブルに手を伸ばした。
 そこに、コロリと置いてある、燃えるようなザクロの色をした指輪を手に取り、左手の薬指に嵌める。
 今は光を当ててないので分からないのだが、この指輪にスポットを当てると、それは、それは見事な六条の星の光が浮び上がり、その姿を見た鵺は昨夜賑やかに歓声を上げたのだった。
 とにかく、綺麗なものが好きだから、素直に嬉しい。
 だけど、それ以上にこの指輪に込められているだろう幇禍の気持ちも、くすぐったくも、嬉しかった事は、まだ、彼には伝えていない。
 何だか、ガラじゃないような気がしたし、言わずとも、きっと幇禍は察していてくれるような気がしたからだ。
「くふふふ…。 無理しちゃって…」
 この石がどれ程価値のあるものかなんて事は、綺麗な物好きの宝石好きである鵺はようく知っている。
 故に、希少価値が高く、滅多に手に入らない代物である事も、理解していた。
 きっと、鵺の家庭教師の仕事や、いけないアルバイトの仕事で貯めた金で買ってくれたのだろう。
 くれた宝石が、そういう高価なものだった事より、そういうものを無理をしてでも自分にプレゼントしたいと思ってくれる気持ちが嬉しい。 
スタールビーの、明るい目を射るような輝きを見つめていると、しんどい気分が少し癒されるような気がして、鵺はじっとじっと、窓からの光に透かして指輪を眺め続けた。
 
 
「お嬢さん?」


そっと声が掛けられる。
不安げな顔で、此方を見ている幇禍が側に立っていて、「ん?」と問い返せば「いや…、何か…」…と、目をキョロつかせながら、「何か、お嬢さんが…」と、小さな声で言う。
「うん…」と、優しい声で続きを促す鵺。
唇からは、苦しげな吐息が漏れているが、表情は穏やかそのものといった感じである。
「えっらい、ラリった目で、ニヤケながら指輪を眺めていたので、最早、熱が脳にまで回ってしまったのかと、不安になってしまいました」
 物凄く正直な調子でそう言ってくる幇禍。


 わぁ、台無し。


思わず、話の流れから「何だか、遠くに行ってしまいそうな気がして…」とか「まるで、宝石に吸い込まれてしまいそうで、怖くなりました…」とか、ロマンティックが止まらない☆な台詞を期待してしまったのだが、幇禍相手だと「熱のせいで、ラリりかけている、危ない女」にしか見えなかったのかと、密かに落ち込む鵺。
「そろそろさ、幇禍君も、空気読むって事、覚えようよ」と、日本一空気を読まない人間の分際で、思わず鵺はそう突っ込んでしまう。
「へ? 空気? えと、空気って、…ああ。 そうですね。 乾燥は喉に良くないですし、加湿器後でお持ちしますね?」
 そう、「どうしよう? その空気じゃないよ!って突っ込み待ちなのかな?」みたいな台詞を吐くと、幇禍は鵺の額に冷たいタオルを乗せ、「今日ばっかりは、大人しく寝てて下さいね? もし、このベッドから一歩でも外に出たら、課題2倍の刑に処します」とさらりと酷い事を言った。
「課題2倍って…、た、ただれさえ、頭痛のする位の量なのに…、鬼ら…あくまら…幇禍君の、アホー、魔王ー、出ベショーー!」
 喉が痛いのと、熱のせいで舌が腫れているせいで、巧く喋れなくなってしまっている口を、それでも必死に動かしてそう訴える。
「出べそって…、それ、流行ってんですか?」と意味の分からない事を言いながら、「お嬢さんが、ここで良い子にしてたら良いだけの話で、あと、俺は出べそじゃありませーん」とムカツク口調で言い返し、それから、「お粥作ってきますね?」と言って部屋を出た。


 幇禍特製の中華粥を食べさせて貰い、漫画などを読みつつうとうととしていた時だった、「頼もーーー! ってか、頼ませて下されーーー!」という、聞き覚えのある声が玄関の方から響いてきた。
「うよ? おやびんの声?」
 そう思いながらよっこらしょと、半身を起こす。
「なぁんか、楽しいお話れもしにきてくれらのかなぁ?」
ズビズビと鼻を啜りつつも、あんまり暇すぎて、飽いていた鵺は、武彦でちょっと遊んでやろうと、ベッドから降り立ちかけて、「課題2倍の刑に処しますからね」という、幇禍の冗談じゃない声を思い出し思わず硬直する。
「うー、うう、うぅぅ…」
こっから出れば本気で課題は倍になるだろうが、さりとてこのまま、放置すれば、筋金入りの武彦嫌いの幇禍が、にべもなく彼を追い出すのは目に見えている
 とりあえず、何の用事で此処に来たかだけでも知りたい。
 どうせ、下らない用事なんだろぉなぁ…なんて思いつつ、鵺は何処からともなく、一枚の面を取り出した。
 いつも付けてる面より格段に小さい。
 そっとベッドから出て、扉を細く開けると、小さな面を額に当てる。
 すると、見る見る内に鵺は小さくなり、額に当てていた面がちょうど、顔を覆えるようになる大きさにまで縮むと、予め開けてあった扉の隙間から、スルリと忍び出る。
 妖怪一寸法師の面である。
 面の能力によって身体を豆粒大に縮められた鵺は、チョコチョコと廊下に出て、玄関に向って走り始めた。
 いつもだったら、何でも無い距離が、身体が小さいせいで途方も無く遠く感じられる。
 その上、風邪のせいで、バテバテになっているせいか、どうしてもスピードが出ず「フゥフゥ」言いながら、漸く玄関を見下ろせる階段上の回廊へと辿り着いた。
 鵺の屋敷の玄関は、ホール状の吹き抜けになっており、上から下の様子が見通せるようになっている。
 柵によろりと寄りかかりながら、何が起こっているのか目を凝らす鵺。
 武彦が、玄関先で、もう、生まれた時からそのポーズしてたんちゃうの?と思える位、自然な土下座を幇禍に決め込んでいる。
「だから、興信所のヒーターがな、とうとうぶっ壊れちまったんだって! 温度計みたら、おっまえ、二度だぞ? 二度! 人が生きていられる空間じゃないぞあそこは。 死ねるっていうか、ほんと、軽く目が虚ろになってた。 体温とかも、死人並にまで落ち込んでいたし、ほら見ろよ! 唇が、真っ青! これはヤバヒ、このままでは東京暮らしで、しかも室内にいるのに凍死しちまうって事で、暖房器具の一切無い現代の秘境草間興信所からわざわざこうやってだなぁ避難しに来たんだぞ? お前、アレだ、ココアの一杯でも出してだなぁ、極寒地帯からの生還をねぎらってくれてもだなぁ…」
 土下座という屈辱的な姿をしている割に何処か偉そう且つ、ふてぶてしい口調でそう言い募っている武彦を、「憎しみで人が殺せたら!」という視線で見下ろしている幇禍(この元ネタ分かる人います?)
「アンタねぇ、どうしてこーいう時に限って来ちゃうんですか?」
そう冷たい声で言われ「ん? 何だよ? 何か起こってんのか?」と怪訝そうな声で武彦が問いかける。
「お嬢さんが昨日の雪のせいで風邪をひいてしまって、今寝こんじゃってるだよ。 って事で、病原菌そのものというか、もう、名前とかも草間とか勿体無いからバイキンにしちゃえば?ってくらい、不健康且つ不潔なアンタみたいな人を、この屋敷内に一歩たりとも侵入させるわけにはいかないので、即刻帰れ!」
 そう身も蓋もない事を言う幇禍に、恐ろしい事に、そういう罵詈雑言に慣れ始めてしまっている武彦が「冷てぇ事言うなよ〜〜」と、動じた様子も無く言いながら、「とりあえず、アレだ、看病の手伝いとかしてやるよ。 昔から伝わる民間療法によると、ネギを鼻の穴に突っ込むと良いらしいってか、鵺が病気でダウンとはなぁ。 このまま、ずっと寝ててくれたら、世の中の平和になるんだがなぁ」と感慨深い口調で言う。
 いやいや、ネギを鼻の穴に突っ込むって、そんな事したら、もう、エライ事になっちゃうだわさ!と、あわあわするような気持ちになりながらも、うっかり後半失礼極まりない事を言ってくれちゃっている武彦に「おやびんってば、しっつれいしちゃう!」と、鵺はムッとさせられる。
 然し鵺以上にムッとしたのだろう。
「その場合、俺は魔王となってこの世を破壊し尽くす勢いで、お嬢さんの病を治すために奔走する事になるので、もし、秘薬の材料とかに生き血が必要になったら、提供宜しくな」と、幇禍が武彦に真顔で告げた。
「この度の失言どうぞお許し下さいませ」
同じく真顔で即効そうやって詫びる武彦に、一つ深いため息を吐き「とにかく、アンタに大事なお嬢さんの看病とか恐ろしくて、任せられないし、部屋戻ってネギを鼻に突っ込まれてる婚約者がいたら、マジでサスペンス&ショッキング映像だし、俺的にどうして良いのか分かんない事この上ないし、そういう訳で、ほんとに帰れ。 帰って、恋人に謝って、ちゃんと許して貰え。 そんで、避難させて貰って、此処を頼るな、訪れるな、俺の視界に入るな、この疫病神が」と、吐き捨てんばかりの言い方をするが、プクゥと頬を膨らませ「俺、悪くないもん。 アイツがイケナイんだもン」と、武彦はむくれた口調で言う、わぁ、殺してぇ。
鵺は、(ありゃ? 今、彼女と喧嘩中?)なんて思いつつも、何て人の殺意を掻き立てる表情なんだとむしろ感心し、幇禍も頭痛を覚えたというような仕草で一瞬フラめき、「アンタ、その時々顔を見せる、人の殺意を掻き立てて病まない口調を止めろっていうか、止めて下さい。 お願いしますから」と告げた。
そして、ふと、玄関に掛かっている時計を見上げ「わ、もう、こんな時間だ…。 そろそろ、お嬢さんのタオル取り替えてあげないと…」と、少し慌てる。 それから「てな訳で、俺は色々と忙しいし、精神的に今日は余裕がないので、アンタにかまってる暇はないんです」と、言って踵を返しかけた。
「あ、おい! おい、幇禍ってばよぉ!」
 そう名を呼ばれ「良いか? 俺が、お嬢さんのタオルを今から取りに行って、こっち戻って来るまでに消えてなかったら…」そこまで言って、何故か切なげな目になる幇禍。
「東京怪談コンテンツの主要NPCが一人消えて、草間興信所の主も変わらざる得ない事態になっちゃうよ?」
そう静かな声で、幇禍が言う。
 

うん、それって、かなり重大な事態だよね!


思わず、そう突っ込みかけ、それよりも、早く部屋に戻らなきゃ大変な事になると気付いた鵺は、立ち上がりかけて視線がぐらりと揺らぐのを感じた。
 

あ、まずい。
 
 そう思うか思わないかの瞬間だった。
 小さくなった身体が、回廊の柵の間から滑り落ちた。
 風圧に負け、つけていた面が外れる。
 瞬く間に、元のサイズに戻る鵺。
 武彦が、真っ先にその姿を目にし「鵺!」と叫び声をあげる。
 その刹那、何の躊躇も、計算も無く幇禍が鵺落下地点に走りこみ、そして、間一髪滑り込むようにして、その軽い身体を受け止めた。
「おいっ! 大丈夫か?!」
武彦の怒鳴り声が聞こえる。
 幇禍は、ぎゅうっと鵺の体を抱きしめ「な、ななな、何やってんですかぁぁ!」と大声で叫んだ。
「お、お、お嬢さんねぇ…、もう、ほんとに、お願いですから、風邪引いてる時くらいはじっとしてて下さいよ〜〜」
泣きそうな声で鵺への文句を言いつつ、ふと腕の中の少女を見下ろせばグルグルと目を廻し「あにょねぇ〜、幇禍君〜にゃあんか、お星様がクルクルしててね、その内の一ちゅが、ピンク色なのぉ〜〜。 で、小人のステイシーが、倒立前転に挑戦中れねぇ…」と、もう、明らかにイっちゃいけない世界に行ってる台詞をのたまっている。
 顔が真っ赤になっており、息も荒く、視線が合っていない鵺の姿に青ざめた幇禍は、不覚にも助けを求めるような視線を武彦に送ってしまった。
「っ! とにかく、お前、鵺をベットに運べ! 俺は、往診してくれる医者に連絡してこっち来て貰うから! あと、こういう時は、汗沢山かかせて熱下げた方が良いから、ポカリかなんかあるか? 飲ませてやれ!」
 そう言いながら、勝手に玄関ロビーに設置してあった電話に走り寄っていく。
 幇禍は、鵺の身体を抱えあげると、彼女の部屋へと駆け戻った。



 一時間後。



「こういう容態の時は、あんまり歩き回らせずに、安静第一でね。 あと、水分を多めに取らせてあげて下さい。 熱を下げる薬と、鎮痛剤置いてきますから、食後に飲ませてあげてね。 今晩はお風呂、控える事。 あと、汗かいたら、こまめに着替えさせて、シーツも取り替えてあげて下さい」
 医者の言葉を神妙な表情で聞き、頷く幇禍。
 鵺は、先程飲ませて貰ったスポーツ飲料と、額に乗せてあるタオルのお陰で少し気分が楽になっている。
 風邪引きの身体で、結構な距離を走り(何てたって、一寸サイズになっていたのだから、そりゃ、結構な距離を移動した事になるのだろう)、そのまま恐竜パジャマ姿で、じっと吹き抜けのホールの上から幇禍と武彦を眺めていたのだ。
 そりゃ、熱も上がるだろう。
(うー。 失敗、失敗)
 そう思いポリポリと頬を掻けば、医者を見送る為に一旦部屋を辞す幇禍が此方を振り返り、キッときつい視線で鵺を射る。
「こりゃ、大説教決定だな」
 何だか嬉しげにそう言われて、むぅと唇を尖らせ「で…も、おか…げれ…おやびんはぁ…凍死を免れら訳らし…感謝、してよねぇ…」と鵺は息も絶え絶えに言ってやった。
その様子に、「や、うん、そんなになってまで、憎まれ口を叩きたいお前を心底尊敬してやっから、今は黙って寝とけ」と呆れたように諭される。
 まぁ、確かに、今は喉が痛すぎて、喋るのが辛い。
 ぼんやりと霞む目で天井を見上げる。
「…お嬢さん? まだ、着替えとかは大丈夫ですか? とりあえず、枕元に新しいポカリ置いておくんで、喉渇いたら飲んでくださいね?」
 静かに戻ってきた幇禍に優しい声でそう言われ、潤んだ目で視線を送り「怒ってらいの?」と問いかければ、苦笑しながら「病人を叱ってもしょうがないですから。 でもね、課題ニ倍の刑は、執行させて貰うので、そのつもりで」と、厳しい家庭教師としての顔も覗かせた。
 正直、このままずっと病気でいた方が良いかもしんないなんていう、世迷い事まで脳内に浮かぶ鵺。
「何か欲しいものありますか?」
 なんて、甘やかしてくれるものだから、益々その欲求は強くなる。
 しかし、そうなったらそれこそ、幇禍が大暴走するのは目に見えていたので、これは今だけの『特別』なのだと理解しつつ「桃缶が食べたいよぉ…」と強請ってみた。
 この前見ていたドラマの中のワンシーンに、風邪をひいた子供に母親が桃缶を食べさせているシーンがあったのだ。
 そのシーンでの、子供の口に運ばれる桃が、やけに瑞々しくて美味しそうで、風邪っぴきの身になった今、思い浮かべると、キュウの喉の奥が収縮する位、あの真っ白な身を頬張りたくなる。
「…桃缶ですか…。 分かりました。 とりあえず、旦那様が置いていった、『お見舞い品』の中に無いか調べてみますね?」
 そう言い、幇禍は「アンタも付き合ってください」と武彦を部屋から連れ出す。
「お見舞い品って何だよ?」
 不思議そうに聞かれ、ある部屋の前まで彼を案内した幇禍は「腰抜かすなよ?」と何故だか、得意げに言いながら、その扉を開いた。
 何だか、不安な気持ちを掻き立てられつつ、武彦はそっと部屋の中を覗きこむ。
そして、「なんじゃこりゃ…」と彼は、随分古風な、驚きの言葉を呟いた。
武彦が驚くのも無理はない。
 


 部屋の中にはお歳暮の山、山、山が、築き上げられていた。



「うあ、お前、この量尋常じゃねぇぞ?」
呻くようにそう言いながら、部屋の中に入る武彦。
「ああ。 まぁ、見ての通り、全部旦那様当てに送られてきたお歳暮なんだけどな…。 あの人、ほんとに交友範囲が広すぎって位、広いもんだから、まぁ、こういう季節の贈り物の量も半端じゃなくて、お返しするのだけでも一苦労なんだよ…」
 そう言いながら、とりあえず手近なところにある箱から開けていく。
「この山を、旦那様ってば、お嬢さんへのお見舞いだとか何とかいって、全部置いて実家の方に今行ってしまわれていて…。 なにやら、抜け出せない大事な用事だとかで、あの人も、大分お嬢さんの様子は気に掛けてたんですけどね…」
「でも、それにしたって、この品数や置き方は大雑把過ぎんだろ…」
呆れた声の武彦に「血は繋がってないらしいんですけど、こーいうとこ、旦那様とお嬢さんよく似てらっしゃって、俺としては、苦労させられっぱなしだよ」とげんなりした口調で言いながら「オラ。 サボってないで、桃缶、探せ、桃缶」と、叱る。
「へーへー」
そう気のない返事をし、「ま、こんだけのお歳暮の山の中なら、桃缶もあるだろ」と呟き、どっかりと胡坐を掻くと、それっぽい箱を手当たり次第に開封し始めた。

 数分後。

「なぁ…、なぁ、幇禍」
「何だよ? 見つかったのか?」
「や、見つかったっちゅうか…何ちゅうか…」
「あ? 桃缶じゃないなら、放ってお…け…」
 そこまで言って、武彦が震える手でつまみさしだしている物を見て硬直する幇禍。
真っ白な粉の入った重たげな袋をじっと見つめ、冷静な声で、「あー、こりゃヘロイ…」とそこまで言いかけた幇禍に、武彦がいきなりチョップを食らわす。
 武彦の手刀を額に喰らったまま暫し沈黙する幇禍。
「知りたくないから。 全然知りたくないから。 聞かなきゃ、小麦粉がお歳暮で届いてんだなと思って日常に帰れるから」
そう軋む声で言われ、「了解」と短く返答し、再びお互いが桃缶の探索作業に入る。
 ハムや、コーヒー、ビールなどの定番はザクザク掘り出されるのだが、中々お目当ての桃缶が見つからない。


再び数分後。


「みぎゃああああ!」
武彦の叫び声に、今度はなんだと目を向ければ、真空パックに収められた血液セット箱を開封してしまったらしく、「あぅあぅ」と言葉にならない事を言いながら此方に視線を向けてくる。
「うん。 血液セットな。 それ、多分O型のだ」
平気な声の幇禍に、涙目で首を振り「知りたいのは、そんな事じゃない」と言ってくる。
「な・ん・で、お歳暮に血液を送ってくる奴がいるんだ!」
そう問われ「知らないよ。 旦那様に聞いてくれ」とすげなく返答し、「大体、俺、先々月の給料が現物支給ネとか言われて人体臓器一杯渡されたんだぞ? そういう病院に送られてくるお歳暮が、常識的な品物ばっかりな筈ないだろ? まぁ、精神病院なのになんで臓器があるんだろうって疑問だったんだけどな…(でも、ちゃっかり然るべきルートで換金済) 因みにボーナスは現金+ツナ缶四十年分だったんですよね…。 ツナ缶四十年分って、わぁ、サンドイッチやらサラダやら、スープやら使い出があって良いやとか思ったんだけど、俺って、そういや作るのは中華料理専門だし、どうやってツナを使えば良いか、悩んじゃって悩んじゃって…。 良かったら、半分持ってく?」と、人差し指を立てて武彦に言う。
「おう、貰える物は何でも頂こうってか、鵺や、この屋敷の主も相当だが、お前も、相当アレだよな…」
 遠い目で言われて「ほへ? や、お嬢さん達に比べちゃあ、俺はすっごい常識的っていうか、真人間だと思うんだが」と返す幇禍。
 武彦は「どっちも、どっちだよ…。 大体、臓器渡されて動じずに換金しちまう度胸は、真人間にはねぇよ…」と呟き、それから「ま、変人ほど、己のことを変人だなんて理解してないもんだからな」と己の事を棚に上げて、感慨深く頷いてみたりした。
 そんな武彦を放置して、「桃缶〜、桃缶や〜」と呼びかけながら、また、桃缶探しに戻る幇禍。
もう、是以上おかしなものは見つけたくありませんなんて、心の中で祈りを捧げつつ、また、同じように探索に武彦は戻る。


さらに、数分後。


「あ、あった! あった、ありました!」
そう歓声を上げながら、フルーツの缶詰の詰め合わせが入った箱を掲げて見せた。
「でも、これだと冷えてないから、余り美味しくないかも知れませんね…」
そう悩みつつ、武彦を見れば、複雑な表情で、小さな白い箱を見下ろしている。
「…今度は何見つけたんだ?」
幇禍は思わずげんなりしたような声を出してしまう。
だが、武彦は怯まない。
「なぁ…これって…」
 そう言いながら、指差すその箱の表面に張ってある配達伝票を見て、流石の幇禍も形の良い眉を跳ね上げた。
「…発狂…運輸?」
 そう言い、そして送り主の名を見て、更に驚く。
「…おい、…この人」
「ああ…。 この明らかに日本人じゃないっちゅうか、ふざけてるとしか思えない名前は…間違いない」
 

 小人の赤ん坊。 千年王宮の主。
 
 
「あの、灰色男だよ」
 武彦の言葉に「確かに、灰色な男ではあったけど…」と妙な納得を覚えつつ、「うー。 底知れない、底知れないとは思っていたが、此処まで訳の分からない交友関係の持ち主だとは…。 俺、旦那様をまだ甘く見てたよ」と、何だか打ちのめされる。
「中身何だろうな?」
そんな事を言いながら、興味深そうに抱えた箱を眺めまわす武彦。 
だが、幇禍は「さぁな」とかなり、素っ気無い答えを反す。
大体「発狂運輸」で送られる品物には、ロクなものがありゃしないのだ。
 この中身だって、知れたもんじゃない。
 触らぬ神に祟りなし。
 鵺じゃあるまいし、そんな、子供のように喜び勇んでビリビリと…。
 ビリビリと…。
 
 
 
 「って、何で、開けてんだよ、アンタはよぉぉぉぉぉ!!!!!」
 
 
 
 思わず絶叫の幇禍。
 「へ?」
 そう、ポカンとした声で問い返しながら、包装をむしりとっている武彦の肩を掴み、ガクガクと揺さぶる。
 「え? 何で、開けるの? 何で開けちゃうの? 何が楽しい? おい、何が楽しいんだ。 何だ、その無邪気さは! 何処の南の島の少年なんだよアンタは! 大体な、ほんと、頼むから、一回、何か行動を起こす前に、『こういう事やっちゃって良いのかな?』って考えるという人間らしい行動を行ってみろ? この場面で、そういう如何にも怪しいものを開けたら、絶対後悔するだろうな…って、悟れ? 悟ってみれ?」
 そう言い募る幇禍を無視し、箱の蓋を開ける武彦。
 「や、だって、気になんじゃん。 普通に」
 そう、まさに普通に言われて、「ああ…」とガクリと、脱力する。
 そして、箱の中を覗きこんだ武彦が「ぎゃあぁぁっああぁぃあああ!!」と、怪鳥のような声をあげて、引っくり返る姿を眺め、「やっぱりな…」と呟くしかないのだった。
 
 
 

「おっそぉぉい!」
寂しさもあってか、鵺がそう口を尖らせながら言ってくる。
先程までの、意識が朦朧とするような時は過ぎ、医者に与えられた薬も効き始めて、喉の痛みも大分楽になった。
 それが故に、少し元気を取り戻した声で、二人を責める事も出来るのだが、鵺の言葉を聞いているのか、いないのか、何故だか盛大に項垂れつつ男二人はゆっくりと部屋に入ってくる。
「桃缶は?」
そう言われ、おずおずと、ガラスの器に盛った白桃を差し出し、幇禍が「あの、でも、冷えてないんですけど…」と、済まなそうに言う。
「えー、やだぁ。 冷たいのがイイのに…。 ま、いいや。 こーなったら、雪女の面でもつけて急速冷却しちゃおっと。 後で、夢の中で、文句言われるだろうけど…」
 そう、いいながら、ごそごそと鵺は面を取り出しかける。
 それから、何でか、お互いを肘で突き合いつつモジモジと立っている二人に目を留め、「ん、どったの? 何かあったの?」と問いかけた。
すると、幇禍は忌々しい事この上ないという表情で「この馬鹿がね、、まぁた、やってくれちゃったんですよ」と、鵺に言う。
「やぁってくれちゃった? 何を? え? どうしたの?」
あからさまな迄に、好奇心を掻き立てられた様子でそう問いかければ、渋い顔を一つ見せ「これです」と言い、真っ白な箱を鵺に差し出す。
 中を覗きこんでみるが、そこは空っぽ。
「んぁ? 何、コレ?」
 そう問いかければ「パンドラの箱ですよ」と、幇禍が答えた。


自分で歩けると言ったのだが、頑として譲らず、俗に言うお姫様だっこをされて、お歳暮の山が積んである部屋へと案内される鵺。
「箱の中に、生首ねぇ…」
 そう、通常人が聞けば、何かの猟奇事件としか思えないような事を言いつつ、ニコリと鵺は笑う。
「面白そうじゃない。 で、どんな生首なの?」
「それがね、唯の生首じゃないっていうか、実は、俺も初対面じゃない生首で…」
 生首に初対面じゃないなんていう会話は極めて異常だなぁと思いながらも、二人の会話にぼんやり耳を澄ませている武彦は、唐突に幇禍に頭をハタかれ「ま、何もかもコイツが、あの箱を開けたのが悪いっちゅうかね、そういう感じなんですけどね」と、睨まれる。
「ま、とにかく、一度見て下さい」
 幇禍に顎で促され、その態度にムッときつつも、確かに鵺を抱えている状態では無理だしなぁと思いつつ、部屋の扉を開ける武彦。



 そこには、唐突に一人の少女の生首が転がっていた。




 頭にたくさんの花飾りをつけ、目元に朱色の化粧をして、髪をお団子結びにしている、日本人というよりは、むしろ大陸の方の血が混じっているように見える少女だ。
 だが、何より異様なのは、その少女の目が何度も瞬きを繰り返し、そして、キッと強いまなざしで、部屋の中をぐるぐると見回している事だった。


 生きている生首。


 下手なB級ホラーのような光景に、思わず笑い出したような気持ちになるが、そんな事をしていられない。
「あの子、実は、かなり前に一度会ってんですよね。 その時は、『超特急殺人サービス』なんて物騒な仕事ををやってるらしいって事は分かったんですが、ちゃんと胴体くっついてましたし…、で、箱の中に戻そうとしても、噛み付いてきて中々、収めさせてくれないんです…。 このままって訳にもいきませんしね…」
と、そこまで言って鵺を見下ろす。
 すると鵺は、アチャーと言う顔をして、「うあ。 忘れてた。 そうだ、そうだ、そうだった。 ごっめぇんね? アレね鵺がやったの」と悪びれない調子で幇禍に告げた。
 思わず硬直する、二人。
「「はい?!」」
 同時にそう問われ、「えーと…」と言いながら、ポンと床に降り立つ。
「その、超特急殺人サービスとやらに、鵺の事を殺すよう誰かが依頼してくれたりしちゃったようなのよねぇ。  うん、恨みを買うのには慣れてるし、心当たりも在り過ぎだから、アレなんだけどさ、で、先月あの箱が届けられて、どんなプレゼントだろう?って喜んで、開けてみたら、まぁ、あの子がポンっと箱の中から出て、鵺の命を狙ってきたもんだから、とりあえずって事で、幾つかの面で対抗したんだけど、何だかしんないけど変に手強くって…」
 鵺はそう言いながら、少しふらつく足取りで、生首の正面に立つ。
「で、しょうがないから、黒面であの子呼び出して、首を刈って貰ったら、アラ不思議! 余りに綺麗に刈れたからか、それとも中国三千年の秘儀なのか、この生首ちゃんってば、胴体無いのに生き永らえちゃってて、面白いから、鵺の部屋のインテリアにしようかと思ったんだけど、この生首凶暴で、持ち上げようとすると噛み付いてきてさ、何かムカついたから、この子が最初に入ってた箱に詰めて、包装し直して、適当に倉庫に転がしといちゃったのよ」
 そう、怖いことをサラリと言い、「そっか、お歳暮たちと一緒に、外に出てきちゃったのね」と小さく笑う。
 そして、生首の前にしゃがみ込むと、「さ、どうしよっか? もう、一ヶ月近く、貴方そのままの姿で、狭い箱の中で、ね? 辛かったでしょ? 貴方さえ良ければ、鵺の部屋で飾ってあげても良いのよ? 結構可愛い顔してるし」と、言うl
だが、当然のようにとんでもないとばかりに睨み上げてくる生首。
 武彦が、「ま、命狙われたっちゅうんだから、判断お前に任せっけど、それはかなり趣味が良くないぞ?」と言いながら、同じように、生首の前でしゃがむ。
「なぁ、コイツの胴体はどうしたんだよ?」
 そう問われて「んーと、確かね、使ってない部屋の棚の中に押し込んどいてある」と答え、それから「もしかして、だけど、助けてやれってんじゃないでしょぉね? 首と胴、こんな風に泣き別れちゃってんだから、胴体があったって、くっ付いて、ハイ元通りなんて訳には、いかないと思うよ〜〜?」と言った。
 然し、その言葉に生首の目が激しく瞬き、表情が何処か哀願するようなものに変化する。
「ん? 嘘? 出来るの、胴体があったら。 くっ付いちゃうわけ? 首と、胴が。 出来るなら瞬き一回、出来ないなら瞬きニ回してみて」
 鵺の言葉に、はっきりと瞬きを一回してみせる生首。
「へぇええ。 ソレって、かなり凄くない?」
「ま、滅多に見れない見世物ではあるな」
 武彦の唆す口調に「アンタも、お嬢さんのノせ方大分理解しちゃったな」と、幇禍は呆れた声で言う。
幇禍は別にどちらでも良かった。
例え、鵺の命を狙う者だったこの生首が、身体を取り戻して、鵺を再び狙おうとも、守りきれる自信があったので、事態を静観する事に決めていた。
「じゃ、見せてもらおうじゃぁん」
 鵺はそう生首に告げ、ウキウキした声で「おやびん。 幇禍手伝って」と言って、生首の胴体が収めてある部屋に向かう。
 程なく、生首の身体を肩に担ぎ上げた幇禍が、生首の前にその身体を投げ出した。
 切り口は、見事なまでの断面を見せていて、血は一滴も零れていない。
 首の目での訴えに従い、ぴったりと切り口を重ね合わせると、突然生首が「アッタシの、唾を切り口に塗りつけて欲しいアルよ」と高めの声で喋った。
「うあ! 凄い、喋った!」と、驚きつつ、真っ赤な舌をつるりと出す生首の、その舌に指をあて塗らすと、鵺は慎重な手付きで、その切り口に塗りつけていく。
 するとどういう事だろう、塗った端から、その切れている部分の皮膚が結合していき、そして、全て塗り終わる頃には、生首は、完全に胴体を取り戻していた。
「アイヤー! ホントに、ホントにエライ事なメに合ったあるよ。 貴方、つよい。 アッタシ化け物かと思た」
 そう言われ「いや。 首を落とされた癖に生きてる君には言われたくないよ」と鵺は冷静に突っ込む。
 すると、元・生首は首を振り「違うアルね。 こうやって生きてるのは、綺麗に首を切ってもらたから。 アレ、ねじ切られたり、もっと下手な奴に切られてたら、多分、蘇り無理だた。 サンキュ、サンキュ」と言って、ポンと立ち上がった。
 咄嗟に、警戒して、鵺の前に走りこむ幇禍。
 然し、元・生首は、首を振り「も、ヤめたアル。 この仕事、金は良いケド危険一杯。 アッタシ、どうせ一ヶ月も行方不明。 雇い主も、死んだ思てる筈だよ。 だから、このままドロンする事にする。 従って、辞める仕事遂行する事も無し」と告げ、部屋の窓を開ける。
「ね! 普通はさ、首を切られちゃ死んじゃうのに、貴方生きてるよね。 しかも、唾つけただけで、首くっ付いちゃった。 貴方って人間じゃないの?」
 鵺の、好奇心一杯の問いかけにニコッと笑った元・生首は「アッタシは、普通の人間にちょっと、不思議が混ざってるだけ。 その不思議が、今回はアッタシの命を救っただけアル。 ではでは、皆様、再見!」と言うとポンと窓枠の外に飛び出した。
 目を見開き窓へと走り寄る三人。
 そんな鵺の目の前を、余り大きくない金色の竜が天へと駆け上って行く。
「龍…」
 そう呆気に取られて呟く武彦。
「そっか、向こうじゃ、龍の血は不老不死、何でも治せる秘薬だもんね。 その龍の唾だっていうんだから、首をくっつける位は出来るかもしんない」  
 そう、納得したような、夢を見ているような声で呟いた鵺に「そもそも、俺は龍が実在してるって事のが驚きだよ」と武彦は呻き「アンタ、あんなトンチキな事件ばっかり扱ってる興信所の主の癖して、今更何言ってんだよ」と幇禍に呆れられた。


 その後、首尾よく面の能力によって冷やした桃缶に舌鼓を打つ事の出来た鵺。
 何だかんだと、暇つぶしも出来たし、やっぱ、おやびんが来てくれて良かったかもしんない…なんて喜んではいたのだが、幇禍はそうは思えないらしく「やっぱり、面倒を起こしやがって。 絶対、もう此処に足を踏み入れさせない!」と鼻息荒く断言する。
 然し、武彦にしてみても、こんな物騒なお歳暮やらなんやらが届く屋敷にいては、命が幾つあっても足りないと、早々に屋敷を辞し、恋人に、もう、し慣れてしまった見事な土下座をすべく、道を急ぐのであった。





end

 






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東京怪談
2005年03月14日

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