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『愛の伝道師 』
シュライン・エマ0086




「ハロゥ〜♪ アタシ、愛の伝道師っていうかなんていうか。百葉っていうんだけど。まぁ、恋だ愛だと悶々としちゃってるアナタの助けになりたいのよ」
 目の前に現れた小さな妖精はくるくると回りながら更に続ける。
 キラキラと光に煌めいてその羽が光った。
「んー、そうねー。告白したいのにうじうじ考えちゃってたり、日頃の感謝の気持ちをなかなか伝えられずどんよりしちゃってたり。まぁ、そんな感じになかなか思い切れない人の背中を押してあげちゃおって思って。でも努力しない子には厳しいわよー」
 うふふふーと悪戯な笑みを浮かべる百葉。
「あ、バレンタインだからって別にチョコなんてあげなくたっていいじゃない。ようは思いが伝わればいいんだからさー。百葉ちゃんは、頑張るアナタの味方です」
 バレンタインは明日よ、決戦は明日、と誰よりも気合いの入っている百葉。
「バレンタインの結果がハッピーエンドで終わるか、玉砕するかはアナタの気持ちにかかってるんだから! 気合い入れてかかりましょー」

 くるりくるり、と自分の回りを舞う自称妖精の百葉を眺めながら、シュラインは首を傾げる。
「‥‥‥えーっと。色々手伝って貰えるのかしら‥‥?」
「そーです! 百葉ちゃんは困ってる人を助けるのが生き甲斐! なんでも手伝うから言ってみて」
 びしっ、と明後日の方向を指し瞳をきらきらと輝かせている百葉。
 目指せ、夢の星!、となにやら怪しげな事も言っているがそこは聞かなかった事にし、シュラインは続ける。
「余り騒ぐ年齢でもないのかもだけど、実はとても困ってて」
 何かな何かな、と百葉はシュラインの次の言葉を待つ。
「チョコ以外の物は前から時間見つけて作って用意してたから良いとして、問題はね‥‥」
 ふぅ、と溜息を吐いてシュラインが言う。
「チョコなの。事務所の皆でのチョコフォンデュ用チョコは大丈夫なのだけど、それとは別になんだけど‥‥」
「ねェねぇ、それこそアタシの出番? 出番?」
 瞳を輝かせる百葉。
 あまりにもキラキラと輝いていてシュラインは苦笑するしかない。
「そうかもしれないわね。あのね、あげたい相手が職業柄不規則な生活が多いから疲労回復など、身体に良い物混ぜたのを今年は試みているのだけれど、味の調整に戸惑ってて」
「疲労回復に良い物‥‥?」
 首を傾げる百葉。
 百葉の頭に浮かんだのは、にんにく、山芋、卵、黒酢、高麗人参等々の匂いや味においてかなりクセのあるものばかりだった。
 それとチョコレートを混ぜ合わせたのを想像して眉を顰める。
 とてもじゃないがまともな食べれるチョコレートが出来るとは思えなかった。
 難しい顔になった百葉にシュラインは、ねぇ大丈夫?、と声をかける。

「むー‥‥‥疲労回復‥‥」
「そうなの。いっそ、別の菓子か普通のかチョコ自体諦めてしまおうかとも思ったのだけど、踏ん切りがつかなくて」
 なんでもっていうなら調合配合等でアドバイス貰えないかしら、とシュラインが告げると百葉はしっかりと頷いた。
「百葉ちゃんにまかせなさーい! 疲労回復っていったって、別に食材じゃなきゃダメって訳じゃないし!」
 うんうん、と自己完結している百葉。
 しかし小さな拳を握り、目はキラキラと輝いている。目は死んでいない。希望のある色だった。
 多少置いて行かれた感のあるシュラインだったが、なんとかなるという百葉の言葉を信じる事にする。
 譲渡時のお手伝い目的だったのかな、と心の中で思ったりもしたが本人が一番やる気になっているのだから大丈夫だろう。
 百葉はくるくると飛び回りながら、チョコレートの中に入れるものを考えていた。


「疲労回復によい物でチョコレートと相性が良いと思われる物でっす」
 そう言ってシュラインの目の前に並べられた数々の品。
 そこには野菜から果物、サプリメントやお菓子まで様々なものが並べられている。
 並べるだけ並べた百葉は、でもー、と言いながらそれを全部却下する。
「ちょっと待って。これ全部ダメなの?」
「そう。だってね、チョコレートと相性が良くって効能もないとダメなんでしょう?」
「そうね」
 ふふふん、と百葉は笑い指を鳴らす。
 するとシュラインの目の前にオレンジピールが出てきた。
「これが一番いいんじゃないかと思うけど? これにハーブティーの方のオレンジピールも付け加えて出してあげればばっちりだと」
「これ‥‥ただのオレンジピール?」
「本当は自分でこれも作った方が良いんだろうけど、一週間かかっちゃうし。だから出来合いのオレンジピールをプレゼントっ!」
 オレンジピールはねぇ、とつらつらとうんちくを語り出す百葉。
「疲労回復はもちろん、ストレスや不眠症にも良いんだよー。お疲れな彼にはピッタリ! あ、これはハーブとしてのオレンジピールの効能だけど、砂糖がけの方もほとんど変わらないし。チョコレートとの相性がよいのも、あちこちで売られてるから実証済みだし」
「あら、本当ね。それは考えつかなかったわ」
 ふむふむ、とシュラインはメモを取りながら百葉の話を聞く。
「ほろにがーいカカオにオレンジの甘酸っぱい酸味。それだけでも良いような気がしてくるでしょ?」
「そうね。良いかもしれないわね。それに美味しいし」
 自分で作るからどうかは分からないけれど、と肩をすくめるシュラインに百葉は、ちっちっち、と指を目の前で振ってみせた。
「百葉ちゃんが手伝うんだから美味しいの! まっかせなさいって!」
 ではでは材料も決まった事だし、早速作ってみようじゃないの、と、百葉は気合い十分に腕まくりをしてみせた。



 かくしてシュラインと百葉のバレンタインチョコレート作りが始まった。
 丁寧に刻まれていくチョコレート。
 ふわふわと飛びながら百葉がシュラインの作業をチェックする。
 オレンジピールも普通は皮だけだがそうではなく、シュラインの希望でオレンジの輪切りに変更された。
 そちらの方が見た目も可愛く、栄養もありそうな気がしたからだった。

「手際良いねぇ」
 うんうん、と頷きながら百葉はシュラインの作業を見つめた。
 手際よくシュラインは湯煎でチョコレートを溶かしていく。
「そうかしら。でもいつか職人レベルまでなってみたいわよね」
 向上心のあるシュラインの言葉に、百葉は拍手を送った。
「良いねぇ、その心意気。やっぱりやるなら極めないとね」
 二人は顔を見合わせて笑う。
 案外似たもの同士なのかもしれない。

 シュラインは丁寧にダマがないようにチョコレートを溶かしてかき混ぜると、そこに半分だけオレンジピールを付ける。
 半分はチョコレートが付いていない状態だ。
「全部付けないでそのまんま?」
 小首を傾げる百葉にシュラインは頷く。
「両方の味が楽しめるかと思って」
「あぁ、そっか!」
 ぽむ、と手を合わせた百葉は納得する。
「それに少しでも見栄えよくしないとね」
 それは好きな相手によく思われたいという思いからだろうか。
 シュラインは、くすり、と笑いながら作業を続ける。
 チョコレートは上手い具合に流れて、オレンジピールの半分だけを綺麗にチョコレートがコーティングしている。
 売っているもののように美しい仕上がりだ。
 あとは固まるのを待つだけ。
 シュラインと百葉は満足そうに出来上がった品を見つめる。
「上手く行くと良いねぇ」
「そうね」
 シュラインは鈍感でどうしようもない人物を脳裏に思い描く。
 毎年あげているのにシュラインの気持ちに気付いているのか、どうなのか。
 多分にして気付いていないのだろうけど、とシュラインは苦笑する。
「さぁ、固まるまで後かたづけしちゃいましょうか」
 シュラインは散らかすだけ散らかしたキッチンを片づけ始めた。
 

「でもオレンジピールとは考えたものね。ビターなチョコレートとの相性もバッチリだし。それにハーブティーのオレンジピールも良い香り」
 試食する分も作っていたシュラインは、オレンジピールを淹れ、お茶菓子にたった今出来上がったばかりのオレンジピールのチョコレートがけを皿に飾り付ける。
 そして百葉にも小さく切って食べやすいように皿に盛りつけてやった。
「ありがとう、アタシも食べちゃって良いの?」
「味見をして貰わないと」
 にっこり、と笑みを浮かべたシュライン。
 百葉は、頂きます、と元気に告げるとチョコレートのかかったオレンジピールを口に運んだ。
「美味しい!」
「本当? 良かった」
 シュラインも自分で試食してみる。
 するとほろ苦いビターチョコレートの中から、オレンジの甘酸っぱい味が染み出てきてなかなか良い感じだった。
 そこへオレンジピールのハーブティーを飲む。
 なんとなくほっと一息付けるような柔らかな雰囲気がその場に満ちる様な気がした。
「良い組み合わせかもしれないわね」
「でしょう? やっぱりオレンジピールにして良かった!」
 少し不安もあったのか、シュラインの言葉に百葉の表情がいっそう明るくなった。
「これなら武彦さんも少しは疲れが取れるかもね」
「愛情も籠もってるしね」
 くすくすと百葉は笑いながらチョコレートを口に運ぶ。
「さてと、そろそろ準備しようかしら」
 シュラインは草間用に綺麗に包装したものの他に、小分けにしてあった小さな包みを百葉に差し出した。
 首を傾げた百葉にシュラインは、感謝の気持ちよ、と告げる。
「でも今も味見したし」
「それとこれとは別」
 貰って欲しいな、とシュラインが笑うと百葉も漸く頷いてそれを受け取った。
「ありがとう。なんだかアタシの方が喜ばせて貰っちゃった」
 えへへ、と照れくさそうに笑った百葉は、応援してるからね、と言って支度をし始めたシュラインを眺めていた。


 そしてシュラインはいつもよりも念入りに身支度を調え、鏡で自分の格好を眺める。
「よし、完璧かな?」
 そう呟いて、シュラインは先ほどの包みとチョコフォンデュの材料を持って玄関へと向かう。
 日頃よりも少し気合いを入れて身支度を調えたつもりだが、きっと草間は気付かないのだろう。
 しかし自分に気合いを入れる為なのだからそれでもいいのだ。
 それに美味しいと言ってもらえればそれだけで満足だった。
 シュラインはまだチョコレートの甘い匂いの漂う部屋を後にする。

 少し甘酸っぱくて苦みのあるチョコレートに想いを込めて。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、夕凪沙久夜です。
この度は大変大変遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
疲労回復など身体によい物‥‥とのことだったのですが、チョコレートにクエン酸やプロポリス、今話題のコエンザイム等々混ぜようかどうしようかと悩んだ末(笑)、オレンジピールのチョコレートがけにしてみました。
おしゃれで美味しいものの方が、シュラインさんには合っているように思えたので。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
また機会がありましたら、よろしくお願いします。
アリガトウございました。
バレンタイン・恋人達の物語2005 -
紫月サクヤ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年03月11日

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