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『■ 暁の近江 』
水鏡・千剣破3446)&飛鷹・いずみ(1271)&司馬・光(4204)


 夕日が、差し込んでいる。
 琵琶湖はやや赤みを帯び、人々の写す影は長く細く、地に伸びている。時計の針は世を気にする事も無く、周囲を放って回り続ける。案外、世は、その時計を追う形で動いているのかもしれない。
 その時計を静かに見つめる眼。千剣破は、暫く時計を見つめていたが、ふいに部屋の入り口へと眼を向けた。
「三河は、ま……」
 入り口に立ついずみが、言いかけて、少し間を置いた。
「あとは彼次第……」
 ところで、と、話題を変えて切り出し、いずみは千剣破を見る。
「彼方に宿題を、一つ出します」
「宿題?」
 きょとんとした表情で聞き返す。
「えぇ、宿題です。この世界は……」
 個人の力が限りなくモノを言う世界だ。だが、数という存在の強さも、また有る。塵が積もれば何とやら、ではないが……強力な相手であれば数を動員する。これもまた、当然の事ではある。
 そうでなくとも、個人には無い強さも、有る。
 問題は、その数をどう集めるかであろう。
 普段からその数を整えておけば、確かに数の強さを使える。それもまた事実だ。
 それをどう捉えるか。そればかりはまた、人によりけりの考えがあるだろうが……。
「私が彼方に与えるのはこの意味する処のみ」
 方法は彼方に任せます。
 暗にそう言い、いずみは目を閉じる。
「でも、あたしはそういった事は、あまり詳しくは……」
「出来なければ、彼方もそれまでです」
 冷たく感じるかもしれないが、必要な事だ。
 無理であれば、無理でも良い。いずみはそう考えても居たが、まずは、実際に出来る事と出来ぬ事を見極まねばならない。そうした上で、私が手を出せば良いだろう。何、天下を盗ろうという訳ではあるまい。ならば手っ取り早さよりも、後々が硬い手段を、とるべきだ。
「……」
 表情を曇らせる千剣破。
「解った。とりあえず、やるだけやってみる」
 やや無理に笑いながら、部屋を出る。いずみが悪い人間ではない事は知って居る。少し意地悪なんじゃないかと、そう感じる事もあるが、悪人ではない。何か考えるところか、含む所があるのだと、納得する事にした。
 出来なければ、どうなのかという事まではっきりと言っている。
 蹴倒す為に言ったのではない。壁を越えろと言ったのでもない。あくまで、実力を見るのだと思えた。そう思えれば、よし、やってみようと言う気にもなるし、期待に応えて見せたいと言う願望も有る。
 ともかく、彼女の期待には応えるてみせよう。要は、そう考えたという事だった。
「しかし、交渉は私がやらないと無理でしょうね」
 溜息を付きかけて、ふと口元を引き締める。彼女からは、野心という類のものは感じられない。
 良く言えば欲が無いのだが、相手次第では漬け込まれる隙そのものとなる。それは、断言して良いだろう。基本的に、利益を得る為に人は交渉するのだと、いずみは考えている。
 千剣破の構え方は相手次第では……勿論、相手次第ではあるのだが、自ら損をしに行くような事になりかねない。
 相手が自分にとって有益か否か、其処まで見極めねば交渉とは言えぬ筈なのだが、それを千剣破は理解しているのかどうか……。
 ただ、手間も掛かり、扱いに困る子のようであるが、悪い気はしない。
 それだけは、不思議に感じていた。


 それで……と、光は口を開いた。
「本当に、やるの?」
 よした方が良いと思うんだけどな。顔は、明らかにそう言いたそうだ。
 何も、千剣破の行動によって光が不利益を蒙る訳ではない。……のだが、ただ、見ていられなかった。
「少し聞いてほしいんだけど、そんな強くなくても良いの、近くで、修験者をやってる御霊とか、そういったのと連絡を取り合って……」
 互いに情報を交換し、協力しあう。野望の為では無く、単純に、互いにとって有益になるであろう相互協力。利は、強い。義や、仁もまた強いが、重い。世の多くはそこまで強くはなれない。
 それを千剣破は理解して言っている訳ではない、もっと率直に、仲良く出来れば良いと思っている。
(良くも悪くも、裏表が無いんだな……)
 寸前で溜息を引き締めたいずみとは違い、光は、小さく吐息を漏らしていた。
 きょとんとした顔で千剣破が覗き込んでくる。
「ちゃんと聞いてる?」
「え? あ、聞いてるよ」
 難しい話はよく解らない。千剣破も、恐らくは自分なりに調べ、考えた結果でしかなく、自信は無い。だからこそ、光に相談もしている。ただ、光にしてみれば、相談を受けたところで的確なアドバイスが出来るとは思えなかった。
 自分は、千剣破よりは醒めた目で世間を見る事が出来るとは思うが、所詮は世間一般の水準を越えている訳ではない。
 この力に、負い目を感じているんだろうか。
 ふと、考えが過ぎる。
 それとも、世の為なら、自分の出来る事は何でもやろうと考えているのだろうか?
 どちらにしても、余り良い事だとは思えない。勿論、それも光個人の考えでしかなかった。御霊という存在が砂利のようにあちこちに居る訳ではない。互いにあい争って消えもする。
 力有る者が、どう考えるのか。
 それを知ろうにも、術が無い。近場に居る人々から考えを聞くだけという、極めてミクロな範囲でしかなかった。
「よく解らないよ……いずみさんとかに、聞いた方が良いんじゃないかな?」
 だから、自信が無い。
 千剣破は、もっと単純に、自分は知らないし詳しく無いから自信が無いという。勿論、光にもそう考える面はあったのだが、それ以上に、先に述べた考えの偏りに対する補正が、正しいのかどうかの自信が無い。
「……やっぱりそっか。けど、宿題だし……」
 千剣破が、ノートを持って文面を見る。自分がメモとして書き込んだ細かな文字が眼に止まる。
「そうかもしれないけど、解らない事を解らないって言って聞くのは、悪いことじゃないと思うよ」
「うーん……そうかな?」
「そうだよ」
 言って、笑う光。
 よし、なら聞いてこよう。千剣破は大きく頷いてノートを鞄にしまった。
 学校ももう直ぐに下校時刻となる。用事だけ済ましたら、真っ先に、聞きに行こう。そう考え、立ち上がる。
 より良い結果を出す為には、他の人のアドバイスを貰うのは、悪い事ではない。光は苦手だと言っているし、無理に問うても悪い。だからこそ、叱られるのを覚悟で、いずみに聞いた方が良いと思えた。
 それじゃと手を振り、千剣破は光の机から小走りに離れていった。肩以上に伸びた長髪が、空気に撫でられて宙に浮いた。
(何て言われるかな……いずみの事だし、なんだか彼方此方と欠点指摘されるかな……)
 ふと不安にもなるが、考えても仕方が無い。
 そう納得して、千剣破は再び脚を進めた。
「……」
 光が、頬杖をつきながら外を見る。
 あと一時間もすれば、日が傾き、影が長くなっていくだろう。弁当の酢豚を突付いた。パイナップルを入れてみた酢豚だ。味は、悪くは無い。味が良ければ、その分やや気を楽にして物事を考えられる。
 光は、弁当を突付きながら、景色をじっと見る。
 千剣破は、何を考えているのだろう。あれではまるで殉教者だ。己の身を捧げ、人々に対して滅私奉公でもしているのか。……解らない。解るには、解るのだ。彼女は、人の為に何かをしたいと、想っている。しかし、解らない。だからといって何故あそこまで彼女が何かをしなければならないのか……。
「あ……」
 ふと、手伝おうかという気になった。
「……宿題くらいは、手を付けられるようになるよね」
 千剣破は、別に宿題が出せなくても困らないのだが、真面目に出している。
 夜更かしまでして、宿題に取り掛かっていると言ってはいる。けれど、身体に良く無い。自分が出来る事だけでも手伝えば、少しは千剣破も楽になるかもしれない。
「いずみちゃんか……ちゃんじゃなくて、さんかな……」
 千剣破に伝える前に、彼女に言っておこう。
 色々と、含むところが有るようだから。
「……でも、やっぱりちゃんかなぁ」
 言っておいて苦笑する。
 小学生の子に、こういって相談に行くのも変な話だと、思えたから。
 我慢できなくなって、小さく噴出した。

 もしかしたら、こういった感情なのかもしれない。
 どうにかしたい……純粋にそう思える、極めて単純な、気力。





 ― 終 ―
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東京怪談
2005年03月09日

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