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『 タイセツな人へ 』
シオン・レ・ハイ3356
   〜NATの中心で愛を叫ぶ〜


【Opening】
 朝露も凍らせそうな風が吹き抜けていく。
 肌を切り裂くような凍てついたそれに外套の前をしめた。
 吐き出される息は白い。
 けれど存外こんな朝は嫌いじゃない。
 霜柱を踏みしめる感触が心地よくて、アスファルトを避けるように歩いた。それだけで世界が少しだけ変わったような気がした。
 昨日までとは違う道を歩いているだけで、自分も昨日までとは違うような気がした。
 単純だ。
 心躍る。
 どんなに寒くても、この胸はあったかだったから。
 それはぬくもりをくれる誰かが、いてくれるから。


 便宜上、そのタイセツな誰かの事を「彼女」と呼び事にしよう。



 彼女と初めて会ったのは、シオンが記憶を失くした直後の事だった。
 割りとポジティブな性格だったらしい彼は、記憶を失ったからといって取り乱す事もなく、天性の環境適応能力をフル稼働して、その世界に溶け込んだのだった。
 そんな時、彼女に出会った。
 彼女は獰猛な触手をうねらせ、静かに彼に近寄ってきた。
 いや、彼女が分類されるべきは大地に根を下ろした植物である。
 であるが故に彼女が動く事はなく、近づいてくるような事もない。彼女はシオンの体をその触手で絡めとり自分の元へ引き寄せたのだ。
 ラフレシアよりもずっと大きな花弁は、グロテスクなほど赤い。その中央に鋭い牙のようなものを光らせて大きな口が今にもシオンを一口で飲み込もうとしていた。
 しかし大きな口は結局シオンを飲み込まなかった。
 代わりにゲップを一つした。
 どうやらたった今、食事を終えたところだったらしい。
 彼女はシオンを非常食にでもしようと考えたのか、その触手でシオンをからめとったまま、眠りについてしまった。
 シオンはサボテンが人の言葉を理解するというのを思い出して、彼女に声をかけてみた。
 最初は、こんにちは、とか、そういう言葉だったように思う。
 それから彼はいろんな話を彼女にした。もしかしたらシャハラザードも真っ青になるくらいたくさんの話をしたかもしれない。
 次第に打ち解けていく様子の彼女。
 言葉は一方通行だったけれど、確かに心は通じているような気がした。
 NATの冬は厳しい。
 天候をシステム管理されたCITY育ちとはいえ、公園や廃屋が寝床のシオンは野宿に慣れていたが、そんなNATの寒さとは比較にならないほどのものだった。
 寒風吹きすさぶ時、彼女は大きな長い触手をとぐろに巻いて風除けになってくれた。
 木の実や食べられる草を取ってきてくれたりもした。食料だけでなく、飲み物も用意してくれたりしたのだ。
 決して、非常食として飼われていたわけではない、と彼は今でも信じている。

 別れは突然に訪れた。

 仲間と再会し、記憶を取り戻したシオンはCITYへそのまま帰ってしまったのだ。
 別れの言葉も言えないままで。
 せっかく仲良くなれたのに。



 だから、シオンは再びタイセツな友達に会う為に、TOKYO−CITYの西の端にあるウェストゲートをくぐったのだった。
 今日、2月14日は聖ヴァレンタインデー。
 タイセツな人へ、その思いを伝える日である。
 手作りのチョコを手に、シオンは冷たい風の吹くNATへと足を踏み入れた。
 CITYと違い自然が猛威をふるうNATは、それでも雪が降っていないだけマシだったかもしれない。
 さくさくと霜柱を踏んで森の傍まで歩く。
 ここから先は蔦を使っての移動だ。
 これも彼女に教えてもらった。この森がいかに危険極まりないかという事と、そんな場所で暮らす為の方法を。
 チョコをポケットに仕舞いシオンは蔦を取ると、「ア〜アァ〜」という謎の雄たけびを残して彼は森の奥へと入って行ったのだった。

 ――きっと、美味しいチョコの味を知れば、人間など食べたくなくなるに違いない。

 彼女の元へ、殆ど一直線で彼は向かった。
 彼女が出す甘い香りに誘われれば、道に迷うような事もなかったのである。
 しかしシオンがたどり着いて目にしたものは、3ヶ月前の毒々しいまでに赤色をした花弁ではなかった。色褪せ、すっかり痩せこけた分厚い花びらは、確かに一回り小さくなっている。
 シオンは慌てて彼女に駆け寄った。
「マンイーターさん!?」
 声をかけると彼女はシオンに気付いたのか、その触手をのっそり持ち上げシオンの頭を2回撫でた。
 そして触手を下ろす。
 あまりにも緩慢としたその動きにシオンは更に顔を曇らせた。
 明らかに元気がない。
 顔色も悪い。
 もしかしたら枯れかかっているのかもしれない。この寒さだ。
 シオンは彼女を温めようとでもいうように抱きしめた。
 それから、ポケットに入っているチョコを思い出して取り出した。
 元気を取り戻してもらおうと、その大きな口へ運んでやる。
「これを食べて、早く元気になってください」
 そうしてシオンは彼女の口の中へチョコを放り込んだ。その大きな口にはあまりに不釣合いなほど小さなチョコだ。
 ゆっくりとした咀嚼音が聞こえた。
 彼女の触手が、まるで「ありがとう」とでもいうかのようにシオンの頭を撫でた。
 それが、ふと、止まった。
 まるでスローモーションのように、ゆっくりとゆっくりと、彼女の触手は地面に落ちた。
 色褪せた花びらが力なくしおれ、それきりピクリとも動かなくなった。
 シオンはそれを呆けたみたいにあんぐり大口を開けて見ていた。それから我に返ったように彼女の触手を手に取り揺すってみた。
 応答はない。
 大きな花びらをぐいぐい引っ張ったら、取れた。
 慌てて戻したがくっつく筈もない。
 ごめんなさい、ごめんなさい、と繰り返しながら、腕を彼女の口の中へ突っ込んだ。
 食べられる事も、噛まれる事さえない。
 体ごと口の中に入って、私を食べてください、と願ってみる。元気になってくれるならそれでもいい、とさえ思った。
 けれど彼女は何の反応も返してはくれなかった。
 ただ、力なくしおれているだけだ。
 勿論シオンとて、その理由にはとうの昔に気付いている。
 だがどうしても、その事実を受け止めることが出来なくて。
「見てください!」
 と、おどけてみせる。
 下手な手品を披露しても、まずい歌声を披露しても、やっぱり彼女は静かなままだった。
 両の目から溢れるものを堪えもせずに、シオンはただ1人で喋り続けた。鼻声になって、段々言葉にならなくなって、顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、それでもなけなしの笑顔で、気を引くような道化を演じてみた。

 ――見てください!

 だけど、その言葉は届かなかった。
 その思いは届かなかった。
 シオンはがっくりと地面に膝を付いた。
 彼女の触手を両手で握る。自分を寒さから守ってくれた、暖かくて優しい彼女の触手だ。
「もっと早く、チョコを届けにくるんでした……」
 そうしたら、もっとたくさんいろんな話が出来ただろうに。彼女の看病もしてやれただろうに。そうしたら彼女のいる未来をもっと見れたかもしれないのに。
 後悔が胸を焼く。
 走馬灯のように彼女と過ごした時間が脳裏を流れていった。
 それは、あまりにも鮮明で、鮮明すぎて涙が止まらず、そもそもこんな時の涙の止め方もわからずに、シオンは地面に突っ伏すようにして大いに泣いた。
 体中の水分が、全部なくなってしまうぐらい泣いて顔をあげる。
 目の前に、新しい蕾が芽吹いているのを見つけた。
 春がもうすぐやってくる。
 花の命は短いものだ。
 たまたまシオンの方が彼女より寿命が長い種族だったに過ぎないという事か、彼女は寿命だったのかもしれない。
 ともすれば、もしかしたら、と思う。

 ――さよならも言わずに去ってしまった自分を、彼女は今まで待っていてくれたのだろうか?

 シオンは蕾に手を伸ばした。

 もうずっと前に、その寿命は尽きていたのかもしれない。
 ならば今は泣いて彼女を困らせている場合ではない。彼女が天に昇るのをちゃんと見送ってあげなくては、彼女も安心して逝けない。

 シオンは涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を腕でごしごしとこすって拭いた。
 見上げた空はCITYの作りものの空とは違って、どこまでも青く、遠く、澄んでいた。



【end】




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3356/シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい)/男性/42/びんぼーにん +α】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 遅くなって申し訳ありません。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
バレンタイン・恋人達の物語2005 -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年03月09日

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