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『雇われ代理人 〜ただいま変装中〜 』
アイラス・サーリアス1649

「必要なのは、服と、髪型、――それに眼鏡ですかね」
 普通は逆ですけれど、そう呟いた青い髪の青年が、目の前に並べられた品を確認しつつ小首を傾げる。
 その柔らかな物腰と表情に違わず、動きやすさと目立たなさを配慮した常の服装の前に並べられているものは――真赤な衣装。
 いや、赤だけではない。その半分は黒で出来ている。
 大きな留め金や、無意味とも思える拘束具めいた黒皮のベルトは腕、足を問わずこれでもかと思う程付けられており、そのベルトのいくつかをを繋いでいるのはこれまた黒い鎖だった。
 少なくとも目の前の穏やかに微笑んでいる青年には似つかわしくないと、普段彼を知る者たちなら残らずそう思うだろう。が、本人は至って上機嫌で着衣の上下、それにかかる同じく真赤な色のコートを眺めている。
 してみると、これらの衣装は自分で望んで誂えたものらしい。
 青年――アイラス・サーリアスは、ちらと窓の外を眺め、すっかり辺りが闇に覆われてしまったのを見ると、
「変装の鉄則は『目立たない事』。それが出来なければ、それは変装じゃなく只の仮装です」
 静かに、何かを暗誦するかのように呟くと、その見た目通りずしりと重い衣装をゆっくりと身に付け始めた。
 目立たない…それはこの赤と黒のコントラストを配した服には全く似合わない言葉だっただろうが、
「そろそろ、ですかね」
 青白い、街灯の輝きが窓の外から木々を透けて室内に流れ込むのをちらと見、ふぅと息を吐いて眼鏡を外した。
 常に視界をクリアに保つ、そう言った仕掛けの付いた愛用の品だが、今夜は持ち込むわけにいかない。
 それが、アイラスに科せられた条件だった。

 ――決して、彼と気付かせる事が無いようにと。


 身体にきちきちと食い込むベルトや、鋲で固定された肩当てが自然気を引き締め、普段は穏やかな表情を浮かべているその顔にはひとかけらの笑みも見当たらない。寧ろ、眼鏡を外して表情が鋭角になった分、その視線の鋭さが浮き彫りになった形だった。
 赤いコート、そして中も赤の上下。
 長めの髪をポニーテール様に括り、無駄や隙の無い動きは格闘家のそれを思わせる。
 ――が、この場にあってはアイラスが目立つ事などまず無かった。
 腕に自信のある者、裏の仕事を行っていると気配が告げている者、口には出せないような不相応な稼ぎを持って自分を飾り立てている者…。
 エルザードの街で、夜間収入の大部分を占めていると言われる歓楽街、その中央にあって一晩中灯りの絶える事が無い大きな異国の宮殿を模した建物。
 賭けと名の付くモノは必ずあると言う噂の、とある大金持ちが所有しているカジノがそこにあった。
「――暇そうね」
 片手にグラスを持った妖艶な雰囲気の女が、赤い唇にほんの少し笑みを滲ませて近寄ってくる。
「…そうでもないよ。見ているだけでも、楽しいものだ」
 派手な衣装もこの場にあっては何の問題も無く溶け込んでいる。寧ろ、普段の格好をしていた方が確実に人目を引いていただろう。
 時折紛れ込む、カジノ慣れしていない一般客のように。
「あら、誰かのお供?見たところ、上客には見えないけれど」
「そんなところだ」
 ひとたび揉め事が起これば、それを解決するために武力を行使する事など日常茶飯事のこの世界。それを阻止するためにも、また、普段から身を守るためにも、ボディーガード代わりにアイラスのような格好をした者を連れ歩く金持ちも居ないではない。
 そうなの、と納得したように呟いた女は、こくんと手に持つグラスを唇に寄せて一口飲み、それからもほとんど会話らしい会話を続けようとしないアイラスが気に入ったのか他愛ない話をぽつぽつと口に含ませる酒のように舌の上に乗せていく。
 ――やがて、ひとつの方向にひたりと視線を合わせたアイラスが唐突に立ち上がる。
「雇い主が帰るらしい。では失礼」
「…また、来る?プライベートでも」
「――想像にお任せするよ」
 さらりとかわしながらその横顔に笑みは無く。勝った負けたと喜び嘆きながら出口へ向かう人々の中にするりと紛れ込んで行った。
「…あら?」
 アイラスが付き従うように付いていく1人の男を見て、女が小さく声を上げる。それは、あの青年が雇われるには意外過ぎる人物だったからで。
「…でも、そうね。あれだけ借金があれば、用心棒も雇いたくなるかもね」
 毎夜来ては散財し、ここのボスに散々借金を繰り返して来た身の程知らずな男がようやく命の危険に気付いたらしい。そう想像を膨らませた女が、アイラスの冷ややかな視線にあの男が耐えているのだろうかと思い浮かべながら、くすり、と小さく笑った。


「――さっきから何の用だ」
 くるりと。
 どの辺りから気付いたのか、アイラスにくるりと振り返った男が声を荒げる。
 アイラスを撒こうとしての事か、路地裏や暗い道をいくつも通り過ぎた後のこと。
「それはあなたが良く分かっている筈だ」
 この暗い中では、無言でずっと自分の後を付けて来た青年がどんな表情をしているのか分かる筈が無い。
「…しゃ、借金の事か?それならもう少し待ってくれ、きっと取り返すから…」
「あなたも判らない人だ。――その言葉は聞き飽きたと伝言されている」
「ま、まま、待ってくれ!い、今はこれだけしかないが、きっと返す、返すから!」
 ちゃりんちゃりんと小銭が地面へ投げ出されるが、その場に立っているアイラスはまるで動こうともしない。
「好都合かもしれないな。あなたが暗い道を何度も選んでくれたお陰で、連れ込む手間が省けた。…あなたは間違っていた。逃げるなら、人ごみの多い方を選ぶべきだった」
 そこから静かに流れ出した言葉に、男は震え上がり、その場にへたりと尻餅を付く。
 ちゃり、と、アイラスが一歩進み出た時に鳴った鎖の音に、男がびくんっと竦み上がった。
「こ、ここここ、殺すのかっ!?」
「そうして欲しいのか?」
「い、いやいやいやいや、そ、それは無いが」
 じゃらんとまた鎖の音が鳴る。
「ひとつだけ警告しておこう。あの方は大層ご立腹で、これ以上無様に賭け事にしがみ付くようなら、今後あなたの身の保障は一切しないそうだ」
「ええっっ!?」
「――1ヶ月だ」
「…え?」
「1ヶ月だけ猶予を与える。その間に働くなり親に泣きつくなりして、返せるだけの金を掻き集めて来る事だ。その間にまたあの場に現れようものなら、その場で猶予を取り消させてもらう」
 えええ、と情けない声を上げる男が、次の瞬間冷たいものを首筋にひたりと当てられて硬直する。
「嫌ならこの場で静かにしてもらう事になるが」
「わ、わわわわかったわかったから助けてくれ…」
 いい年をして半泣き状態になる男の声を聞いて、アイラスがすっと立ち上がり、
「1ヶ月後の今夜。ここに来るんだ。言っておくがあなたの居場所は全て把握している。逃げようなどとは思わない事だ」
 殺気を多分に含んだ声で囁くと、相手がかくかく頷くのを背中で確認しつつ、アイラスは足音高くその場から立ち去って行った。――腰が抜けて暫く立てそうも無い男を残したまま。


「武器の手入れ、終わりましたか?」
 今日も馴染みの武器屋で手入れを終えた武器がそろそろ仕上がる頃だと訪れた先で、ごつい顔をした親父が「おうおう」と大きな声を上げつつ綺麗に整った武器を手に奥から現れた。
「こんな感じでどうだろうか」
「いいですね。やっぱりいい腕しています」
「よせやい、煽ててもサービスはしねえぜ」
 武器の製造、仕入れから販売、修理まで幅広く行っている店の店主がにぃと大きな口を開けて笑う。
「おや?あの姿は…」
「ああ、うちのどら息子だ。何日か前急に真面目な人生に目覚めたとかで仕入れに走り回ってるよ。まあ、まだ大事な荷は任せられねえがな」
「いらっしゃい。親父、じゃあ行って来るよ」
「数量と金の計算間違えんなよ!」
 野太い声で男が息子へ声を掛けるのを、汗だくになりながら背を向けたまま後ろへ手を上げる男。
 その背中に、アイラスがそっと微笑する。
「で、だ。依頼料の方、今回の修理代を差っ引いてこれだけだ。済まなかったな」
「いいえ。僕も楽しい経験をさせてもらいましたよ」
 ずっしりと重い布袋を受け取って、アイラスが微笑む。
『借金まみれの馬鹿息子の性根を、どうにかして叩き直したいんだが』
 そう、相談を受けたのは、少し前の事だった。
 途中まで素直に育った彼が、ギャンブルの味を覚えて以来ずっと巨大なカジノに入り浸っているのだと言う。おまけに最初に少々勝って小銭を掴まされたのに味を占めたようで、今はその勝ち分などとうに使い果たし、借金に借金を重ねているらしい。
『それでも目が覚めねえんだから、馬鹿としか言いようがねえんだが』
 幸い、店主の腕がいい事もあり、得意先や多少なら資金援助をしてくれる金持ちの知り合いも多く、今の段階でなら息子の借金を叩き返す事は楽に出来た。だが、このまま単に借金の肩代わりをしただけでは息子のためにもならないと言い、
『脅しても構わないから、とにかく1ヶ月はあいつを賭け事にやらねえ事は出来ねえだろうか』
 その間に、一から商売の事、働く事を教え込むと宣言し、息子のためにと頭を下げる店主にアイラスが快く請け負ったのだった。
 だが、アイラスはこの店の常連であり、息子とも何度か顔を合わせた事がある。この依頼は決して店主から出たものだと気付かれては困ると言われ、考えた末に出した結論が、先だっての変装と相成ったわけだった。
 ちなみに、息子は最初から勘違いしていたようだが、アイラスは嘘は一切言っていない。ここまでの手段を講じても尚借金返済と自分を偽ってまでもカジノへ通うようなら、今後の生活費や、ひいては親子の関係までも一切断ち切ると店主は言い切ったのだから。
 ――無論、金を貸す方は息子ではなく、その親の金を当てにして貸しているだけ。
 もし無一文で息子が放り出されたとしたら、それは文字通り彼に取って全ての終わりを意味しただろう。借金を返せる当ての無い相手に、誰も金を貸す事も、返済に甘い顔をする事も無いのだから。
「頑張って鍛え上げて、親父さんと同じくらいの鍛冶の腕を持つ武器屋さんに仕上げてくださいね。そうすれば、僕も安心してこのお店にまた修理を頼む事が出来ますから」
「おう、そのつもりさ。まあ任しときな」
 大声で、店を出るアイラスを見送る店主に小さく苦笑を浮かべて、アイラスが自分の家へと戻っていく。
 1ヶ月後、再びあの格好で息子に会う。その頃にちゃんと店主の言うように変っていれば良し、そうでなければ…。
「どうなってしまおうと、僕の知った事ではありませんけどね」
 それでも、自分が関わってしまった人には変りないのだから、出来れば良い方向へ進んで行って貰いたいものですね、とクロゼットの奥に仕舞いこんだあの衣装を思い浮かべながら、アイラスの足取りは軽かった。


-END-
PCシチュエーションノベル(シングル) -
間垣久実 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年03月08日

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