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『恋の孟宗竹 』
楓・兵衛3940)&本郷・源(1108)

 その朝、兵衛が目覚めると、何故が頭の天辺が重かった。
 が、鏡を見て身だしなみを整えるなど、日本男児のする事ではないとの頑なポリシーからか、歯磨きと洗顔だけ済ませると、そのまま自宅を出て行ってしまった。

 その日の授業を終えると、兵衛はまっすぐに串焼き屋台を預けてある、あやかし荘へと向かった。
 「邪魔するでござる。嬉璃殿、いつも屋台の手入れを頼んで申し訳ないでござるな」
 そう声を掛けながらあやかし荘の門を潜ると、その言葉の通り、嬉璃が(珍しくも)熱心に屋台の木目を磨いていた。
 「おお、兵衛か。ご苦労ぢゃな。いやいや、これぐらいは当たり前の事ぢゃ。気にするでない」
 そりゃ、兵衛の売り上げの殆どを巻き上げているのだから、これぐらいの労力を提供してもバチは当たるまい。とは言え、場合に寄っては舌でさえ出すのが勿体無いと言い切る嬉璃にしては、確かに極めて稀で貴重な事だったのかもしれない。
 そんな嬉璃が、使い終わった雑巾を洗おうと額の汗を拭って立ち上がる。ふと顔を上げ、兵衛の方を向いた嬉璃だが、その次の瞬間、ピキッと音を立ててフリーズした。
 「………嬉璃殿?如何なされたでござるか?」
 「……兵衛、それ……」
 嬉璃は何かを言い掛ける。ゆっくりと持ち上がった片手も、何かを指し示そうとした。が、そのどちらも、嬉璃は果たす事はなく、開いた口は閉じられてしまったし、片手もすぐに降ろされてしまった。
 「??? 嬉璃殿?」
 「いやいや、何でも無い。気にするな、兵衛。ほれ、仕事の時間ぢゃろ?」
 ニッコリと、何処からどう見てもアヤシイ微笑みを浮かべた嬉璃が、兵衛を促す。解せない何かを感じながらも、それ以上しつこく追求するのは武士として情けない。兵衛は、何事も無かったのだと己に言い聞かせ、支度の終わった屋台を引いてあやかし荘を出て行った。

 その後を、ほっかむりをした嬉璃がこっそりと(実のところは、ほっかむりをした座敷わらしなど、目立ってしょうがなかったのだが)後を付けて行った事に、兵衛本人は全く気付いていなかった。


 兵衛の串焼き屋台は、その実直な仕事と兵衛の人柄が幸いしてか、評判が評判を呼んで、いつも大勢の客で賑わっていた。
 …が、何故か、今日に限って、串焼き屋台には客はひとりも居ない。通り掛かる人の姿はあるものの、兵衛の姿を見ると、大抵は気まずそうに目を逸らしてそそくさと立ち去って行くか、或いは、必死で笑いを噛み殺しながら、やはり足早に去って行くのだ。そんな人々の姿を、怪訝な目で見送っていた兵衛だったが、その顔が、不意にぱっと明るく輝いた。その視線の先には、一人の少女がこちらに向かって歩いてくる。
 「み、み、み、源殿……」
 高鳴る鼓動、跳ね上がる心拍数、自然と紅潮する頬。が、ここでのぼせ上がっては日本男児の恥、兵衛は必死で沸き立つ喜びを抑え込み、平然とした表情を装うが、その足許が僅かにステップを踏んでいる事には気付いていない。
 源は、今日は己のおでん屋台は休みなのか、のんびりとした歩調で歩いてくる。あっちを見たりこっちを見たり、見るからに散歩を楽しんでいるような様子だ。今日は、ほんの少しだけ春めき、太陽も暖かな日差しを降り注いでいるからかもしれない。だが、それでなくとも、兵衛には源の背後には、ピンクの後光が輝いているように見えていた。
 両手の指を腰の後ろで絡め、スキップをするが如くに軽い足取りで歩く源。その楽しげな表情に、兵衛はふと思い当たる事柄があった。

 『そう言えば…この間、屋台に串焼きを食しに来て下さったおーえる(OLの事らしい)殿が話していたでござる……三月十四日はほわいとでーなる日だと…この日は、ばれんたいんでーに女人からの告白を受けた男衆が、その想いに応えて人肌脱ぐと言う……と、と、と言う事はっ!?』

 もしや源殿は、拙者からの告白を期待し、それであんなに浮かれているでござるか!?

 再び、兵衛の鼓動は高まる。良く、喉から心臓が飛び出そう、等と言う比喩を聞くが、今の兵衛は喉からどころか、頭の天辺からポーッ!と煙突から出る煙のように心臓が飛び出て来そうな程だった。
 源は、はにかんだように笑うと口許を着物の袖で覆い、密やかな笑いで肩を小刻みに揺らす。そんな仕種も、今の兵衛には、己からの告白を待ち侘びて恥じらう乙女の仕種に見える。ついにこの日が来たのだと、兵衛は屋台の作業台の下で拳を握り締めた。

 長い日々でござった…拙者が源殿と出会ってからどれだけの月日が過ぎ去ったであろうが…あの日から、拙者の心は源殿に奪われたまま…晴れの日には眩い太陽にかの人を想い、雨の日には潤う大地に想いを馳せ…雪の日には穢れ無き白さに可憐な姿を重ね合わせ、風の日にはこのまま拙者をかの人の下まで吹き飛ばせと願い…そんな日々も、今日で終わりを告げる事になるのでござるな…今日からは、拙者と源殿は二人でひとつ…って、いやいや、拙者、何を考えているでござるか!拙者は決して、そんな邪な想いを源殿に抱いている訳では!

 「ぢゃが、満更嘘でもなかろう?好き合っていれば当然の心理だと思うがな?」

 な、な、何を言うでござるか!拙者が源殿に対して抱く想いはそのようなふしだらなものでは決してござらん!拙者はただ、春も夏も秋も冬も、四季折々の美しい風景を、源殿と味わい、語り合いたいだけでござる。それが、この美しい日本に生まれた者の務めでござろう?
 春は花見、あの美しき薄紅色の花を愛でつつ、源殿と交わす一献…旨い日本酒にほんのりと頬を染め『少し酔ってしまいましたわ…』と恥じらいながら拙者に寄り添う源殿は、どんなに可憐であろうか。桜の花にも負けずとも劣らぬ美しさでござろうな…

 「何を戯けた事を抜かしているのぢゃ。あの源が酒如きに酔う?ちゃんちゃら可笑しい」

 夏にはやはり花火でござろうか。夏の夕涼み、昼間の猛暑に疲れた人々を癒すかのよう、川辺には涼やかな風が吹き、源殿の黒髪を擽るのでござる。雲一つない夜空、今宵ばかりは星も月も花火に遠慮をして息を潜めている事でござろう。そんな中、屋台船の縁に寄り掛かる浴衣姿の源殿…片手が浴衣の袂を押さえつつ、たおやかな手を水に浸し涼むのでござろうな。そして、その濡れた手で拙者を手招きし、共に線香花火で夏を楽しみ…

 「…盛大な打ち上げ花火の最中に、ちまちま線香花火をするのは虚しいとは思わぬのか…」

 秋は赤と黄色に染まった山へ、勿論、源殿手作りのお握りを持っての紅葉狩り。吹く風に冬の気配を感じつつも、去り行く夏を惜しむかのような日差しに、源殿は片手で目許に庇を作って青い空を臨むのでござる。頂上に着く頃にはその額にも珠のような汗が、それを袖で拭う源殿の仕種の、何と優美な事か。源殿の握り飯は程良い塩加減でまさに絶品、山登りの疲れも吹き飛ぶ美味さでござる…

 「…ツッコミ処は満載ぢゃが、最早どこからどこまでをツッコんでいいか分からなくなって来たわ……」

 冬はコタツとミカンで暖かく、向かい合ってのんびりと語り合うのもまた一興でござるな。火鉢の五徳に乗せられた鉄瓶、その湯で茶を飲むも良し、熱燗を浸けるも良し。時折、源殿が雪見障子をそっと上げれば、その向こうは白銀の世界。雪の降る夜は静けさも増し、まさにこの世に拙者と源殿の二人きりのような錯覚を覚えるでござろうな…

 「…と言うか、ツッコんでも相手にされぬと言うのは、これほどまでに虚しい事ぢゃったとは…」

 そう呟くと、嬉璃はほっかむりを解いて溜め息をつく。目の前の兵衛は、まだ向こうの世界に旅立ったままなのか、視線を宙に彷徨わせたままで何やら怪しげな笑みを浮べている。如何な剣の達人とは言え、今この瞬間なら、武道の心得などまるで無い幼稚園児でも、ばっさり斬り捨てる事が出来たであろう。
 そうこうするうちに、源と兵衛の距離は随分近くなって来ていた。もうそろそろ、兵衛の屋台の存在に源が気付く頃合いである。軽く鼻歌など歌いつつ、源は、ゆっくりとした歩調ながら確実に兵衛の方へと近付いてくる。再び、兵衛の心臓は早鐘を打ち始めた。

 …よく考えれば…拙者、生まれてこの方、女人に告白どころか、こちらから声を掛けた事自体、殆ど無いのではなかろうか…一体、どう言えば、どう切り出せば良いのでござろう?ああ、こんな事なら、誰ぞより知恵を拝借して置くべきでござった…これは紛れもなく、楓・兵衛、一世一代の見せ場でもござる…無様な様は見せられぬでござる…

 そんな風に、兵衛がひとり悶々としている間にも、当然、源の歩調は止まる事が無く、結果、当たり前だが確実に兵衛と源の距離は縮まっていた。源が一歩足を踏みだす毎に、兵衛の心臓はひとつ大きく鐘を打つ。また一歩、そしてまたひとつ。ごくり、と兵衛が固唾を呑んだその瞬間、源がとうとう屋台の存在に気付き、兵衛の方を向いたのだ。

 じーざす!

 兵衛と源の視線の間には、隔てるものは何も無かった。あるとすれば柔らかく吹くまだ冷たい春の風だが、そんなものは愛の隔たりにはなる筈もなく。兵衛が、ともかく源の名を呼ぼうと、口を開き掛けたまさにその時であった。
 「ぎゃはははははは!兵衛、なんじゃ、その頭は!!」
 急に源が大声でげらげらと笑い始めた。しかも片手で兵衛を指差し、逆の手は腹の辺りを押さえながらの大爆笑である。
 「………源殿、何の事で……」
 「いや、そこまで己の身を削ってまで笑いに徹するとは!さすがのわしもその根性には恐れ入った!見事じゃ、兵衛!」
 「………はぁ」
 「やはり客商売たるもの、サービス精神と言うのは大事じゃのう。わしも改めて思い知ったぞ。おんしの真似は、常識人のわしには到底出来ぬが、その心意気はしかと受け取ったぞ」
 うんうん、と感じ入ったように何度も頷き、源は腕組みをして兵衛に笑い掛ける。ぽん。と兵衛の肩に手を置き、その顔を覗き込んだ。
 「…これからも精進するのじゃぞ。わしは期待しておるぞ」
 「…有り難き幸せ」
 そう兵衛が答えたのを聞くと、源は満足げに一つ頷く。そしてそのまま、また鼻歌を歌いながら屋台の前を通り過ぎ、通りの向こうへと消えて行った。


 「………。一体、これは如何な……」
 「兵衛。まだ気付かぬのか」
 嬉璃が溜め息を零し、懐から手鏡を出す。怪訝な表情の兵衛の目前に、それを突き出してやった。兵衛も反射的に鏡の中を覗き込む。そこに映っていたものを見た瞬間、兵衛の顔が青くなった。
 「な、な、何じゃこりゃ―――!」(某刑事ドラマの殉職シーンの声真似でお読み下さい)
 兵衛の頭の天辺から、何かが生えていた。
 「…こ、これは一体……!?」
 「竹、ぢゃな。見事な孟宗竹ぢゃ。何故に、どう言う仕組みで生えているかは判らぬがな」
 「竹…孟宗…竹………?」
 途切れ途切れの兵衛の呟きに、嬉璃がぽむ、と手を打った。
 「なるほど、だからか。兵衛が、妙な妄想に犯されておったのは」
 「妄想、でござるか…?…もうそう…孟宗…妄想……って、ああ、なるほど…ではござらん!では、告白は?四季折々は?ほわいとでーは如何したでござるか!」
 頭を抱えて唸る兵衛に、至って真面目な顔で嬉璃が言った。

 「ホワイトデーのお返し云々以前に、おんし、源からチョコレートなど貰っておらぬぢゃろう?」


 ………仰る通りで。


おわり。


☆ライターより

 いつもいつもありがとうございます!遅くなって申し訳ありません、ライターの碧川桜でございます。
 三月ですので、ホワイトデー絡みの話を…と思ったまでは良かったのですが、書いてみればホワイトデーのホワの字ぐらいまでしかないような気が…(汗) いや、書いている本人は楽しかったのですが(笑)
 PL様も、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 ではでは、またお会い出来る事を心からお祈りしています!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年03月07日

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