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『セントバレンタインの落し物 』
シオン・レ・ハイ3356

<0>

 月下荘の住人、遠見原真琴は、握りこぶしを震わせて叫んでいた。
 いつも通り気持ちの良い朝で、空気はぴりりと冷たいけれど、それが逆に意識をはっきりさせて良い目覚めだった。
 新聞を取りに行こうと玄関先まで来た時、異変に気付いた。
 妙に鼻につく、甘ったるい匂い。
 コンクリートの地面の上に、ランダムに置かれているのは紛うかたなきチョコレートであった。
 板チョコ、ホワイトチョコ、マーブルチョコ、生チョコ、中にアーモンドが入ったものや、一度湯銭で溶かして型にはめて冷やした、少々手の込んだものまで、ありとあらゆるチョコレートが無造作に地面にばら撒かれているのだ。ラッピングされているわけでもなく、そのままの状態で。この光景はもはや夢のようというか、
「悪夢やな」
 ともかく、チョコをあんな状態にしたままではいられない。何か入れ物を持ってこようと家に戻る。
 丁度ニュースを映していたテレビから、男性アナウンサーの妙に嬉しそうな声が聞こえてきた。
「バレンタインだというのに義理チョコさえもらえないあなたに朗報です! なんと、昨日未明から今朝にかけて、東京23区でチョコレートが降った模様。地域別の積雪……いや、積チョコ量は次の通りです……」
「何や積チョコ量って!」
 真琴は思わずテレビに向かって突っ込んだ。チャンネルを変えると、降ってきたチョコの種類を専門家が物知り顔で分析する映像が流れ出す。
「どこのコメディ映画や、これは……」
 ふと窓の外に目をやると、丁度屋根からチョコが滑り落ちるのが見えた。


<1>

 バレンタイン。なんて素晴らしいイベントなのだろう。今まではただの2月の14日だった日が、突然素晴らしいものに思えてきた。シオン・レ・ハイは天下の公道で踊り出したい衝動に駆られた。
 今まで聞いていたバレンタインという行事では、道にチョコレートを置いておくというイベントはなかったような気がするのだが、いつの間に方法が変わったのだろう。
「私の知らないところで、世界はいつのまにか動いてるんですねえ……」
 しみじみと呟きながら、いそいそと向かうは公園の噴水である。手には、道端で拾った板チョコがある。息を吹きかけてほこりを払い、少し振って汚れを落とす一連の動作はして見たものの、まだ口に運ぶには少しの勇気が必要だった。
 汚れていたら洗う。もしくは火に通す。これらは、人類が長い歴史をかけてひらめいた人知というものではないか。
「水で洗えばきっと食べられますよね」
 うきうきと噴水の縁に膝を乗りだし、そっと手を伸ばして水にチョコをさらす。
「……あ」
 一瞬艶やかさをましたと思われたチョコレートは、見る見る小さくなっていく。まるで石鹸が磨り減っていく様子を早送りで体感しているようだ。慌てて手を引っ込めた。
「なんてことでしょうか……」
 せっかくのチョコレートが半分の大きさになってしまった。なんでも洗う癖があるというアライグマの気持ちが少しわかった気がした。
 がっくりと肩を落としていると、その肩を誰かが叩いた。
「なんですか?」
「チョコが溶けてしまったからといって泣かないで。まだたくさんあるじゃないですか」
 涙目で振りかえると、そこにいたのは一人の優しそうな青年――東雲・飛鳥であった。


<2>

「へえ、では東雲さんはここまでずっと味見をしながら来たんですか」
 シオンは感嘆とともに飛鳥を見た。飛鳥は頷いて、
「様々なチョコが落ちていて、どれもすごくおいしいですよ。私としては、さっき出会った生チョコが舌の上でふわりと溶ける瞬間がたまりませんね」
「なるほど〜。通ですね」
「いえいえ、長く生きていればこれくらい」
「ところで、その虫取り網はなんなんでしょうか?」
 指を指され、飛鳥はずっと持っていたそれをくいっと持ち上げて見せた。ご近所に生えていた柿の木の枝に引っかかっていたチョコレートが落ちてきて、すとんと飛鳥の手のうちに納まる。
「こうやって、高いところに引っかかっているチョコが取れるように、です。それに、また降ってこないとも限りませんからね」
「なるほど〜。プロフェッショナルですね」
「いえいえ、それほどでも。――それに、」
 飛鳥はふと言葉を切り、遠くを見上げた。
「こんなに美味しそうなチョコが落ちているんです。放っておいたらとても悲惨な状態になってしまうのは目に見えてます。それならば、そうなる前に少しでも味わって食べてあげるのが、私たちに出来るチョコへの最大の礼儀じゃないでしょうか」
 ぐっと拳を握っての熱のこもった主張に、シオンは思わず手を叩く。
「食べ物を粗末にしてはいけませんよね。人として」
「そうですよ。そもそも、チョコレートというのは古くは紀元前1000年頃、マヤ文明ですでに存在していたことがわかっています。カカオの栽培ですね。それがヨーロッパにもたらされたのはかのコロンブスが……」
 どこまでも続くチョコのある風景を歩きながら、シオンは飛鳥が語るチョコ談義に耳を傾けていた。

          ■

「なんなのかしら、これは……」
 嬉しいような困ったような顔で、シュライン・エマは草間興信所の前に立ち尽くしていた。彼女の大好物であるチョコが、そこかしこに落ちているのである。道端に落ちているのを見たのが最初で、酔っ払いか誰かが昨日の夜のうちに地面にぶちまけてしまったのだろうと思っていたのだが、歩くうちにその可能性は消え去った。歩けども歩けども、チョコの甘い匂いが付きまとってくるのだ。そして、興信所の前にもチョコが積もっている。
「まさか、武彦さんへ……?」
 日ごろの感謝を込めて、とか。それにしてはラッピングもしていない。手の込んだいたずらにしては広範囲だ。
 試しに一つを手にとってみる。今すぐ口に運びたくなるあらがい難いお菓子ならではの魅力を放っている。綺麗にラッピングすれば綺麗なプレゼントが出来あがるだろうに。
 そう思って改めて辺りに落ちたチョコを見てみると、どれもラッピングを待つだけの状態が多いことに気付く。たまに板チョコがどーんと落ちていることもあるが、あらかたは某かの形に加工されている。
「……たしか、こういう怪奇現象の場合は……」
 人差し指で軽く頬を掻くと、シュラインは事務所に背を向けて歩き出した。


<3>

 誰かが来る気配がして、遠見原・真琴は玄関先まで出てきていた。外の寒さは、まさかチョコが溶けない様にという誰かの配慮なのではないかという気さえ起きてきた。そんな寒さなので、上に一枚羽織っている。ストールならば格好いいのだが、悲しいかな真琴の羽織っているのはどてらであった。色がピンクであるところに、多少の女らしさは感じないでもない。
「あ、九頭鬼さんはいらっしゃるかしら?」
 果たして、訪問者がやってきた。ハイヒールを響かせて、この家へと一直線に。「出来る女」という雑誌の特集があれば、そのトップを飾れそうな人だなあと、真琴はつい想像力を働かせていた。我に返って、質問に答える。
「……あ、九頭鬼簾ですか? なんかいま、慰安旅行とかいって伊豆の温泉に行ってるらしいんやけど。――もしかして」
 真琴はシュラインの顔を凝視した。何が何やらわけが分からず首を傾げるシュラインに、真琴はパンっと手を打った。
「あんたがシュラインさんなんやね! 九頭鬼からお話は伺ってます! なんや、実物は綺麗やんなぁ……。あンあほの言うことはあてにならへんわ」
 一体九頭鬼簾はシュラインのことをどう伝えていたのだろう。ちょっとした不安が頭をよぎる。
「それはともかく、この事態の原因はここ……じゃないわよね」
「違う……と思いますけど。元凶のアホはいてませんし」
 真琴の言葉は歯切れ悪くあいまいにくぐもっていた。どうやら彼女自身いまいち自信が持てないらしい。
「一応、うちの怪しげな書物は全部洗ってみたんやけど、今回のチョコとはあまり関係なさそうやってん……」
 シュラインは頷いた。ここに来るだけでこの怪異が解決するなどと楽観的に思っていたわけではない。可能性が一つ消えただけでもよしとしよう。
「どこに原因があるのかしら……」
「こんなたくさんのチョコ、よう降らせましたよね」
「本当にね。どれだけ暇なのかしら。それとも、やっぱり何か超常的な力が作用しているのかしら」
「超常現象、か……寒っ」
 言葉を切って、真琴は身を震わせた。
「あ、今の「寒っ」って言うのはシュラインさんの台詞に対してやないですからね」
「分かってるわ」
 シュラインは苦笑して、「中に入りましょうか?」と促してくれた。
 お言葉に甘えて歩き出し、ふいに足音が聞こえた気がして真琴は再度振りかえった。新たな来訪者がそこにいた。
「こんな所にもチョコが……」
「新種ですね。早速味見しなければ」
 妙に張りきっている男が二人だ。一人は胸にウサギを抱き、もう一人はなぜか虫取り網を持ち、共にチョコの食べ歩きをしている。
「こっちのほうは、向こうよりもチョコが少ないですね…寂しいです」
「でも、味は良いですね。さすがです……おや、ここはたしか」
 ウサギを抱いているほうが、辺りを見まわして、やがて一件の家に焦点を定めた。他でもない、九頭鬼の家だ。
「そういえば、冷えますね〜」
 虫取り網を持っているほうが、ウサギを抱いたほうに相づちを求める。
「そうですねえ……。何か温かいものが欲しいかもしれません。この辺りは前に来たことがあるんですよ。親切な人だから、きっと家に入れてくれますよ。ね?」
 ウサギを抱いた男――シオン・レ・ハイと目が合った真琴は、機械的に首を傾げると営業スマイルでこう言っていた。
「上がります?」


<4>

 濡れ縁のある6畳の和室は、あっという間に定員に達した。この場合の定員は、この部屋においてある四角いコタツを基準としている。
「あ、真琴さん、テレビのチャンネルを変えても良いですか?」
 すっかりウサギとともにくつろいでいたシオンが、言うと同時にテレビに手を伸ばした。良いともなんとも言っていないうちに、ぱちぱちとチャンネルを回している。
「やっぱり、どこもこの異常気象? 異常現象の話題でもちきりね」
 瞬きしながらも冷静にテレビの内容を把握するシュラインに、
「某チャンネルは子供向け番組を放映しているみたいですけれど」
 にっこりと目を細めながらお茶をすする飛鳥だ。
『きっと神様からの贈り物ですよね。チョコを降らすなんて』
 能天気なコメントをしているタレントばかりののんびりした番組や、
『チョコは、JR浜松町駅付近で一番多く、そこを中心に東京23区に降った模様です。一体これが何を意味しているのか……』
 よく分からないが緊張感のあるナレーションがついた番組、
『さァっ、ここに積まれた重さ3kgのチョコレートを、一体誰が一番に食べ終えるのか!』
 天からの授かり物をちゃっかり早食い競争に使う番組、
『板チョコを見てたら、いても立ってもいられなくて……。これ、僕の彼女をモデルにして作ったんです。彼女、色黒ってわけじゃないんですけれどね、ホワイトチョコがあまりなかったんで仕方なくこうなったんです。それに、実物はもっとかわいいし――』
 街の様子を中継するはずが、いつのまにか彼女自慢になってしまっている番組。テレビは無法地帯と化している。
「えぇい、いつまでもちらちらとチャンネル変えんなやうっとうしい! ここに決定!」
 いつまでもチャンネルを弄くるシオンに痺れを切らした真琴が、シオンの指とスイッチとの間に手で壁を作って強制終了させた。テレビ画面の右上には「衝撃! チョコの降ったバレンタイン! 緊急生特番」と筆で勢いよく書かれたような文字が踊る。
『要するに、これは誰かのいたずらなんですよ』
 物知り顔の男が妙に偉そうに椅子にふんぞり返ったままコメントしている。
『誰か、と言うと例えば……』
『想像つくでしょう。こんな日に義理チョコさえもらえない男がいる。モテない男のひがみですよ』
 4人は自然とそのテレビを眺めていた。
『けれど、こちらに寄せられたメールですと「逆にモテる男から嫌味なバレンタインプレゼントじゃないか」という意見も出ているんですが』
『裏を読み過ぎですね』
 司会の女性の言葉はばっさりと切り捨てられた。少々横暴とも言えるこの発言に反発したのはブラウン菅を覗いていた四人であった。
「なんやねんこのオッサンは」
「ご自分はもらえるとでも言いたいんでしょうかねえ」
「口先だけの男は最低ね」
「案外、このおじさんが真犯人なんじゃないでしょうか」
 飛鳥は思いきった仮説まで唱え出す。テレビへの興味が急激に薄れた真琴は、ふと何か企んでいる笑みを浮かべるとシュラインに囁いた。
「で、『武彦さん』にはどんなチョコあげるん?」
 不意打ちにシュラインはわけもなくむせ返る。
「い、いきなり何かしら……?」
「九頭鬼から聞いてんねんで〜。自分ら、めっちゃ良いムードやったって。そんなら、今日かてちゃ〜んと渡すもん用意してんのやろ?」
 図星であった。本当ならもうすでに渡しているはずなのだ。
「日ごろの感謝を込めて、よ」
「へぇ〜、感謝をねぇ」
 明らかに信じていない声音の真琴に、シュラインは反撃を開始した。
「そう言う真琴さんだって、ちゃんと用意してるんでしょう? もしかして、九頭鬼さんが本命だったりして」
「んなわけないやろ! 九頭鬼とお兄ちゃんには日ごろの感謝の気持ちやって。ほんと、それだけやで」
「わざわざ言うところが怪しいわねえ」
 シュラインはくすくすと笑って真琴を焦らせて少し楽しんでしまった。
 と、テレビの中がにわかにざわめいた。インカムをつけた男――ADであろう――が、司会の女性に原稿を渡す。さっとそれに目を通した女性は、表情を改めるとカメラのほうを向いた。
『番組の途中ですが、ニュースをお伝えします。先ほど、このチョコ騒動に対しての犯行声明らしき手紙が各局、各メディアへと届いた模様。それによりますと、犯人は複数? 複数……で『一人っ子兄弟』と名乗るものが計画的に行ったと記されております』
「一人っ子兄弟て」
「明らかに矛盾してるわね」
 シュラインはビシッと指摘した。アナウンサーが迷うはずである。
『あ、犯人側に動きがありました。犯人はただ今東京タワーに篭城しています。当局のヘリが現場へ急行中です』
 アナウンサーは生き生きしている。妙な中年(自称:チョコレートを使った犯罪に詳しい某大学名誉教授)と会話をしなくても済むからだろう。
『ただ今、中継が繋がりました。犯人は3名のようです。では、中継を繋ぎます』
 あわただしい声が途切れがちになり、画面は東京タワーに変わる。展望台のある階が大写しになった。そこには、3人の若い男がいた。顔を隠す小細工もせず、堂々とカメラに向かって立っている。
『我々は、一人っ子兄弟である。このバレンタインデーに、毎年一人で寂しく過ごしている兄弟である』
 寂しい兄弟もいたものだ。
『そもそもバレンタインデートは一体何なのか。聖者バレンタインが殉教した日である。それが「愛の日」となり、身近な人への感謝の意を伝える日となった』
『しかし、その行事が日本に入ってきたさい、意味は大きくゆがめられてしまった! カップルが堂々といちゃついてもいいという口実に成り下がってしまったのだ!』
 3人のうちの二人が交互に喋っていて、もう一人はニコニコと様子を見守るだけだ。どうも喋っていない一人はこの二人とは血がつながってはいないようである。髪の色も、喋っている二人は一般的な日本人の色――黒なのだが、最後の一人はほんわかとした桃色なのである。
『我々はこの悪しき風習に断固対抗し、本来のバレンタインデーを謳歌すべくここに集った!』
『頼もしい協力者の力を借り、我々は昨晩のうちにチョコレートを集めることには成功した! しかし、溶かしてかけるという2つは高度であったらしく、各所にチョコが散らばる結果となってしまった!』
 先ほどからずっと話を聞いているだけだった3人目が、肩をすくめて見せた。「失敗しちゃった」とでも言いたそうなジェスチャーだ。
『我々の目的は、東京中のチョコを集め! 溶かし! この東京タワーの上から降らせ! チョココーティングしてみんなで楽しむことである!』
「チョココーティングの東京タワー……」
 シュラインが呆然として呟いた。
 それはちょっと、見たいかもしれない。
 密かに意見が一致した。
『一度は失敗した。――しかしここに宣言する。我々にはもう一度チャンスが訪れる。その時こそ、全世界に茶色く甘く染まった東京タワーをお披露目すると約束しよう!』


<5>

 テレビの映像は突然途切れてしまい、中継はあわただしく終わった。
「今のは……何かしら?」
「奥にいたヤツ、何者なんやねんな。協力者て言われてたみたいやけど……」
「さっきの映像でちょっとだけ見えたんですけれど……」
 飛鳥が少し声を潜めたので、皆それに合わせるように身を寄せて彼の次の言葉を待った。東雲飛鳥は、落ちついた声音のままで言った。
「あの東京タワーの展望室の床に、魔方陣みたいな模様が書いてありませんでした?」
 魔方陣。
「あの床に?」
「チョコを移動させる魔法ってことですか?」
 シオンが心配そうな声音で言った。けれど表情を見るととても楽しそうだ。
「タワーに集めることには成功したといってましたし、きっと次は溶かして上からかけるための魔方陣を書くんじゃないでしょうか」
「なんていうか、魔法のむだ使いという感じね」
 ため息をつき、シュラインは立ちあがった。
「どこへ行かはるんですか?」
「決まってるわ、東京タワーよ。あの妙な計画をやめさせるよう説得にね」
 幸か不幸か、シュラインはタワーにいた一人と知りあいだった。彼の名はティース・ベルハイム。魔法使いの卵なのである。その力は底知れないが、まだ修行中の身であり人が良すぎるのが良い所であり悪い所でもあった。今回も、おそらく妙な兄弟の口車に乗って協力者となってしまったのだろう。
「そんなら、私も同行させてもらいますわ」
 よっこらしょ、と声をかけて真琴も立ちあがる。
「私たちも行かなきゃだめでしょうか……?」
 シオンと飛鳥が顔を見合わせた。外は寒い。でもここでぬくぬくしているのは男として、人としていけない気がする。二言三言目で会話を交わすと、仕方なさそうに頷きあい、のそのそとコタツから這い出てきた。コタツを見つめる瞳に哀愁が漂っている。
「でも、そういえばここにあるチョコはもとはバレンタインデーに誰かが誰かに渡そうとして用意したチョコレートってことなんですよね」
 外に出てぽつりと一言、飛鳥が漏らした。
「確かに……そうだとすると、私たちはそれを食べてしまったんだから、悪いことをしました……」
 シオンがしゅんとする。
「大丈夫ですよシオンさん! 放っておいたら誰にも食べられることなく捨てられていたかもしれないチョコたちなんですから」
 話が、二人が出会った頃に戻っている。この会話にさっと顔色を変えたのはシュラインだった。
「……真琴さん、九頭鬼さんたちに渡すチョコ、ちゃんとあるか確かめたかしら?」
「昨日の夜ラッピングしてからずっとしまったままやけど……まさか、なぁ」
 真琴は笑顔を作ろうとしたが、頬の辺りが引きつった。
 魔法で一所に集められたチョコ。東京中のチョコが犠牲になった。そして、ラッピングを待つだけの状態のチョコ。
 はじき出される結論は一つ。
 シュラインはコンマを争う早さでカバンを確かめ、真琴はキッチンの戸棚へダッシュした。
「ない……」
 戻ってきた真琴が呆然と呟く。
「箱が妙に軽いわ」
 綺麗にラッピングされた箱を持ったシュラインが、平坦な声で言った。声を荒らげるでもなく、冗談めかすでもない。人が怒りにとらわれるとこういうふうになるのか、と真琴は頭のどこかで冷静に感心していた。そんなことをしている場合ではない。
「真琴さん、シオンさん、飛鳥さん」
 彼女はことさらゆっくりと名前を呼んだ。有無を言わせぬ声だった。
「一刻も早く東京タワーに乗りこんで、馬鹿げた行為をやめさせるわよ」
「当たり前や。――なぁ?」
 ふつふつとたぎる怒りは、青白い陽炎となって二人の背後に揺らめいた。二人が相手に渡すチョコにいかに力を入れていたかをうかがわせる。
「……そうですよね」
「一刻を争いますよね」
 異を唱えるものはいなかった。

 果たして、その日の夜のニュースには四人の勇敢な男女が東京タワーに殴り込みをかける勇姿が放送されたという。



Fin.

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【2736/東雲・飛鳥/男/232才/古書肆「しののめ書店」店主】
【3356/シオン・レ・ハイ/男/42才/びんぼーにん(食住)+α】
【0086/シュライン・エマ/女/26才/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
(発注順)

【NPC/遠見原・真琴/女/21才/女優の卵】
【NPC/ティース・ベルハイム/男/14才/見習い魔法使い】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
こんにちは、月村ツバサです。
どたばた劇という感じにしてみました。
ラストがハッピーエンドとはちょっと違う所に行きついてしまいましたが……。
楽しんでいただければ幸いです。

2005/03/07
月村ツバサ
バレンタイン・恋人達の物語2005 -
月村ツバサ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年03月07日

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