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『<<イエロー!マジック!!オーケストラ!!!>> 』
ジュジュ・ミュージー0585



■イントロダクション

「第2封鎖壁、突破されました!」
「まもなくドアが破られます!!室長!!!」
もうもちません!
若い研究員が、絶叫した。
エマージェンシーコール鳴りっぱなし、シグナルタワーレッド表示。
不味い。
草間武彦は、じっとりと背に冷や汗をかいていた。
・・・見るからにやくざな商売の連中に囲まれても、これほど恐ろしいとは思えない。そんな連中相手でも、それなりに渡り合って行けるという自負は有るし、事実切り抜けて来たと思っている。
が。
「愛してる〜〜!!」
「結婚して!!!」
「で〜て〜きて〜!!」
嬌声、なんて可愛いものじゃない、叫び声だ。
・・・畜生、どうしてこんな事に。
草間武彦は、己の運命を呪うより他無かった。それ意外、何が出来ると言うのだ。



・・・久々にまともな仕事が舞い込んだと思ったのだ。
ある製薬会社が奇妙な薬を開発しているようだから、調査して貰えないかとの依頼が来た。前金もかなりのもの、報酬のすこぶる良い契約内容に、・・・少々手荒な事もあるのかと、幾分不審に思いながらも、武彦は契約を交わした。
それが。
件の試薬会社周辺でそれとなく聞き込みを行っていたところ、白衣姿の連中に声をかけられた。ようこそ被験者の方でしょう、にこやかな笑みに一瞬身構えたが、・・・中を知るいい機会だとばかり、そうだと返事をしてしまった。
頑丈な金庫のような扉が、幾つか続く。
馬鹿に警備が頑丈だ。それが気味悪かった。
連れ歩かされる場所を、いちいち確認する。物騒な警備員はいないか、逃げ道は。
ポイントを押さえては、ちらちらと周囲を盗み見ながら進む。
そうこうするうちに、3つ目の金属製ドアを抜けて。
「さあ、ついたよ。」
そうして。
辿り着いた部屋には、・・・思いも及ばないものが、鎮座していた。
「・・・チョコ、レート?」
何なんだ。
頑丈な扉の先が、このチョコレート一つきりか。
呆気にとられたものの、顔には出さない。一応、『被験者』としてここにいるのだ。ぼろを出すわけにも行かない。
「さあさあ、食べてみてくれ。」
にこにこと男が笑う。周囲を見回す。いるのは線の細い、いかにも研究員タイプの男ばかりだ。・・・殴り合いをしても、まず自分が負ける要素は無いような。
全員、ぶん殴って部屋を出るのも良いが・・・。しばし、武彦はチョコレートと見詰め合って。
ええい。ままよ。
死ぬ事は無いだろうと・・・顰め面で、そのトリュフを口に、放り込んだ。
ごくん、と、無息飲み込んでみる。・・・おかしな味はしなかった。味に限って言えば、甘さの抑えられた、普通のトリュフチョコ、だ。・・・だったが。
「・・・食べましたね?」
にんまりと、白衣の男が笑った。
「・・・・・」
何か、・・・いやな予感がした。
貴方もご存知の通り、・・・被験者なのだから、知っている筈だ・・・と、男は満面の笑みで話し出した。
「ここでは、不特定多数にもてるための、惚れ薬、の研究をしていまして。」
「・・・・・」
妙な薬って、それなのか。
脱力した武彦の鼻面で、男は誇らしげに笑って見せた。
「惚れ薬は、ハゲの特効薬と並んで男のロマンですからね。」
男性の需要は多く、また後援者も多い。男は胸を張った。
「特別なフェロモンが大気に乗ってばらまかれる事で、女性を惹きつける効果が現れる、という仕組みになっています。」
・・・まあ、女好きのしそうな香水みたいなものか。そういえば、バレンタインが近いから・・・その為の開発商品かも知れない。
げんなりしながら、とりあえず二の腕あたりの匂いをかいでみる。別に、何の匂いもしなかった。どっちにしたって、こんなもの効く訳が無い。馬鹿馬鹿しいと、武彦は席を立とうとした。無論、帰る積もりだった。礼金が貰えなくても、もうどうでも良い。



・・・が。
異変は、起きた。
「室長!!」
若い研究員が、不意に顔色を変え声を荒げる。
「変です、・・・研究室の入り口に、次々と女性が集まってきます!」
白衣の男が、慌ててモニターに走り寄った。研究室の入り口、何重にも区切られた扉の警備モニターには、製薬会社に勤める女性達が何故か続々と集まってくる。
「何だ、ここは隔離されている筈だろう!」
いくらフェロモンが出ているからって、外に漏れる事は無い。
「・・・どうやって漏れているんだ!?」
「異変は、何故か地下1階の、購買裏あたりから起こっています。」
地下1階・・・男は呟いた。そうして、何を思ったのか葵顔でパソコンの端末前に立つ。
「すぐに調べろ!排気ダクトが何処につながっているか!」
・・・この部屋は、完全に隔離されている。それは確かな事だ。
故に、外部から内部に向かって、人だろうと大気だろうと許可無く進入する事は出来ない。が。
内から外に向かって、・・・出ないとは限らない。よって。
内側の大気を逃がす、排気ダクトが無いとは、・・・決まっていない。
「しまった!!」
しまった、じゃない。
「しかも・・・少々効きすぎだ。」
・・・いまさらだ。・・・もう少し考えて、一服盛ってほしい。
男の言葉にいちいち突っ込みを入れながら、武彦は大きな溜息をついた。
女の数はますます増えている。そうして声も。
黄色い(イエロー)、ありえない(マジック)大合唱(オーケストラ)が、扉の外から響いてくる。いや、響くというよりは。
「まずいぞ・・・核シェルター並みの強度を持つ扉が・・・」
声は衝撃波となって繰り返し壁を打ち鳴らす。
・・・この惚れ薬、どう考えても惚れさせる以外の効果が出ているとしか、考えられない。あの女性達、明らかに常軌を逸しているでは無いか。
どおん、どおんと繰り返し叩きつける音。この扉が破られるのも、時間の問題だ。
「向こうに裏口がある。そこから逃げろ。」
効き目はそのうち覚めるから。とは、なんて無責任な。
だがここにいたら、程なくあの声の集団に囲まれるに違いない。・・・それで、生きていられるだろうか。
だからといって、女に手をあげるのも、・・・大体あんな大勢の女を相手に立ち回るのも、出来ればごめん蒙りたい。
「とにかく、今日一日、逃げ延びてくれ。」
とにかく誰かに助けを頼みたまえ。不特定多数に効くよう作られた薬だ、・・・君を知る人間なら、多分大丈夫と思うから。
男の台詞に、思わず頭を押さえ。
「誰か・・・助けてくれ・・・」
天井を仰いで、思わず呟くしか無かった。




■Like A ボニー&クライド

 草間武彦が入った、そのビルの裏側に。
 「………」
 悪目立ちとしか言いようのないスポーツカーが、停車していた。
 真っ赤な車体に同色のシート。それもちょっとそこらでは見かけないシートのスタイルだった。真ん中には、イタリア有名自動車メーカーのシンボル、『跳ね馬』のエンブレム。それだけでも、目立ちすぎるくらいに目立つ。なのに。
 そこに足を投げ出して乗っている『彼女』は、ある意味車よりももっと、目立っていた。
 「タケヒコ、出てこないネー。」
 足を投げ出しているものだから、もともと短いミニスカートが、更に太股の付け根近くまでまくれあがっている。豊満な印象のボディラインが、レザーシートに収まるといよいよ蠱惑的に見え、印象的な赤い髪は、スポーツカーの赤とそろえたようで、妙に車体に映えた。
 道行く人が、振り返る。
 それを意に介さず、ジュジュ・ミュージー (ジュジュ・ミュージー)はあふ、と一つ欠伸をした。
 「せっかく待ち伏せしてるノニ、出てこないんじゃツマラナイよ。」
 手元では携帯をもてあそんでいる。あんまり出てこないようだったら、こっちから電話してやろうかとジュジュは思った。
 その時だった。
 不意に鳴った携帯を、ちらりとジュジュは見遣る。途端、ぱあと顔が輝いて、すぐさま電話に出る。
 「ハロー、ダーリン。」
 「………」
 電話の主は、草間武彦。向こう側で小さく息をついて、武彦はこう続けた。
 「…手を貸して貰いたい。」
 武彦が、簡単に状況を説明する。ふんふん、と相づちを打ちながら、ジュジュは切ってあったスポーツカーのエンジンキーを回す。どうん、と地鳴りに似た音がビル街に響く。
 「…タケヒコの頼みだから、聞いてイイけど、」
 「…報酬か。…何が欲しい。」
 溜息混じりの言葉に、飛びつくようにジュジュは言った。
 「タケヒコ、愛してるって言って。」
 即座に、武彦は無言で携帯の電源を切ろうとした。
 慌てて、ジュジュはこう付け足す。
 「ノーノー、出血大サービスで助けるネ。」
 タケヒコの愛はこの次で良いヨ、添えられた言葉に更に溜息をつくと、タケヒコはジュジュにこう聞いた。
 「…迎えにこれるか?」
 その言葉に。
 いたずらっぽく笑いながら、ジュジュが答える。
 「もう来てるヨ。」
 「…何…?」
 電話口で、ジュジュはにっこりと微笑んだ。
 「タケヒコがまた妙な仕事を受けたみたいだったから、胸騒ぎネ。」
 これも愛のなせる技ネ。上機嫌でそう告げるジュジュ。少々憮然としながらも、武彦はジュジュにこう要請した。
 「だったら話は早い。…まずはここから出て、合流しなきゃならん。何とかなるか?」
 「OK,お安い御用ネ。出血大サービスだからお安いネ。」
 そう言う意味じゃない、というのは置いておいて。
 「車で建物の裏手にいるから。見ればすぐ分かるよ。」
 そう言うと、ジュジュは携帯を切った。武彦には既にデーモンを憑依させてある。デーモンが脳内エンドルフィンを操作し、武彦を一時的に超人へと変えている筈だ。少々の事では、襲われ倒される事は無い筈。
 そう
 「タケヒコとドライブ。楽しそうネ。」
 のんきともとれる物言いで、ジュジュはそう言って一頻り笑った。




 研究所通用口を抜け、建物の裏手へ。
 おおよそ常人とは思えぬスピードで疾駆して、草間武彦はジュジュに指定された待ち合わせ場所へと、向かった。
 とにかくまずは合流することだった。ジュジュは車で来ているようだから、車で逃げればここからは離れられる筈だ。
 それにしても、…すぐ分かると言ったが。
 思いながら、武彦は建物の角を曲がり。…曲がって。
 「…ふざけるな……」
 ぐう、と武彦は唸り声をあげた。
 ありえない。あれは。
「Super…America…。」
 それは。
 イタリア屈指のスポーツカーメーカー『フェラーリ』が限定モデルとして発表した、…まさにモンスターマシンだった。
 大体、ベースとなったFerrari 575M Maranello(マラネロ)にしても、並のスポーツカーではない。たかだか1,800kgのボディにV型12気筒DOHCを搭載し、最高速325 kmをたたき出すフェラーリのフラグシップモデルの一つである。更にSuperAmericaに至っては、そのマラネロをオープンカーにした、とんでもなく馬鹿げた代物だった。
 いや、それ以上に驚愕なのは。
 根本的に、日本に有るはずのない車、いや、世界の何処にもある筈のない車なのだ。何故なら。
 SuperAmericaは、…今年の初旬に、デトロイトモーターショーで正式発表されたばかりの、つまり未だ正式に販売されていないマシンだからだ。世界中の何処の公道も走っていない。有るとしたら、フェラーリ社にだけ存在する車体の筈、なのだ。
 武彦がこの車の事を知っているのも、その自動車ショーの内容が、ニュースで放映されたからで。
 それが。
 「あ、タケヒコー!待ってたネ!」
 それが、ここに。
 しかも。 
 そのあり得ないマシンの上で、喜々として手を振るジュジュ。いかがわしいを通り越し、何かのショーのようだ。
 「こんな化け物…どうやって手に入れた。いや、…どうやってぶんどった。」
 「電話したらくれたネ。」
 別段感慨も無く、ジュジュはそう答えた。デーモン『テレフォンセックス』にかかれば、大した事では無い。 「良いから、さっさと乗って。」
 良いながら、車の前に立ちつくす武彦の手を、ジュジュはぐいと引いた。満面の笑みだった。何故なら。
 さて、これから。
 二人っきりで、楽しい逃亡劇(とかいて、ドライブと読む)の、スタートだ。
 「レッツ、ボニー&クライドね!」



■欲望という名のスポーツカー

 「…止め…、止めてくれ……。」
 シートに、張り付いたまま。
 草間武彦は、人生で何度も訪れた生命の危機の一つに、直面していた。
 ジェットコースターのベルトのようながっちりしたシートベルトで体を固定しても、普通では考えられない程、体が左右に振り回される。胃がシェイクされて、気分も悪くなってきた。
 「イヤッホー!」
 それなのに。
 ジュジュはと言えば、楽しそうに叫び声をあげた。
 ジュジュの気まぐれなハンドリングさばきにも、『跳ね馬』は難なく着いてきた。何より、この車で突っ切ると他の車は大抵よけてくれる。タクシーだろうが黒塗りベンツだろうが敵ではなかった。
 ぶん、とリアを振って方向転換。
 どうせならと、思いついて道を逆走してみる。正面で向かい合った十数台の車が、一斉に左右に割れた。まるでモーゼの十戒だ。おもしろい。
 「気持ちイイネー!!」
 爆音の赤いスポーツカーは。
 嬌声をまき散らし、めちゃめちゃに街を疾走している。
 真っ赤なボディと同じくらい赤い髪をなびかせながら、ジュジュは上機嫌だった。デイトナ仕様のシートにすがりついて身動きしない武彦を尻目に、更にアクセルを踏み込む。タコメーターは250Kmを越えた。むろん、一般道の街中でだ。
 「楽しいドライブネ、武彦!」
 「…楽しいものかー!」
 都内の一般道の何処が、時速250kmで走るのに適していると思う。武彦は渇いたのどで呟いた。握りしめた掌がじんわりと汗を掻いている。女性達に捕まらなくても、これは命が無いのでは無かろうか?
 武彦のそんな思いも何処吹く風、ジュジュは思い切りドリフトターンを決める。いや、無理矢理ハンドルを切ったらドリフトしただけなのかも知れない。そうとは思いたくないけれど。
 「お前、ジュジュ、お前ー!」
 「声が聞こえないよ、武彦!モト大声で話して欲しいネ!!…モット顔を近づけるでもOKネ!」
 イイながら、薄目を閉じて、ジュジュは顔を近づける。途端、武彦の両手がジュジュの頬を包んで、…ぐい、と前に向けた。
 「馬鹿、前向いてろ!」
 ぶつかったら、いくら何でも即死だ。
 たとえ車体が耐えられたとしても、自分とジュジュの骨が耐えれるという保証は皆無だし。
 だから、前を向いていて欲しい。
 と、…思うのが、ちょっとばかり遅かった。
 正面に、数百を超える女性の一団。ホラー映画のゾンビよろしく、暴走するスポーツカーに向かって突進してくる。
 「ジュジュ、止まれ!!」
 「無理、止マレないよ!!」
 止まれないよ、ではない。
 ジュジュは、…ブレーキを踏まなかった。ブレーキを踏んで車体から吹っ飛ばされたら、自分と武彦が危ない。自分達と向こうとどちらかが危険なのなら、その役は向こうにやって頂きたい。簡単にそう決断して、アクセル全開で、こちらに走ってくる獣の群れ…もとい、女性達の集団に、思いっきり突っ込んだ。
 「ぶっ殺すネ!」
 バン、ドンバンドン。
 ボーリングのピンが吹っ飛ぶように。
 特殊ガラスのフロントグラスに、一人二人六人七人一瞬数え損ねる程の、ピンクのスカートやらチェックのマフラーやらエルメスのスカーフやらおばさんのもんぺに見えなくもないズボンやらが乗り上がり、途轍もない音ともに跳ね上がった。フェラーリの跳ね馬マークも真っ青な見事な跳ねっぷりだった。
 「お前………。」
 とうとう、ひき逃げ殺人犯に。武彦は頭を抱えながら、…恐る恐る後ろを振り返った。
 「………。」
 押し黙った武彦に、ジュジュは怪訝そうな顔を向けた。向けた瞬間言葉を失った。武彦の顔があんなに崩れたのを見たのは、初めてだ。世の中には見てはならないものがある。ジュジュが神を信じるタイプだったら、おそらく即座に十字を切ったろう。
 喉に何かが詰まったような物言いで、武彦が呻いた。
 「……立ち上がって、来やがった……。」
 人間と、認知して良いのか?
 時速300km近い速度でひき逃げされて、それでもなお立ち上がって来るあの女性達を、人間と認めて良いものだろうか?
 ヒュウ、とジュジュが賞賛の口笛を鳴らす。
 「恋のパワー、ミラクルね!アメージング!」
 「あれを、恋の所為にされてたまるか!」
 彼女達と同じにあつかったら、全国の恋する乙女に申し訳が立たない。
 腐っても怪奇探偵と言われる草間武彦、少々どころではない怪異にも、今更驚いたりはしない。だが。
 彼女達が、基本的にごく一般の普通のただの女性であるとなると、話は別だ。
 …もし人類の半分があんなだとしたら…、少なくとも、ああなる要素を保っているとしたら…考えただけで気が遠くなる。
 押し黙った武彦を乗せたまま、ジュジュは以前アクセル踏みっぱなしで大通りを激走していた。
 途中で、襲いかかってきた女子高生数人を吹っ飛ばしたが、彼女達もまた当たり前のように立ち上がってくる。怪我をした様子もないところを見ると、ひょいと首をすくめて見せる。らちがあかない。
 「…これじゃー、何人引いても同じ。」
 しょうがなく、ジュジュは戦法を変えた。このまま武彦とドライブも楽しいが、走り回っている間はキスもまともにできやしない。
 ジュジュは、愛用の携帯電話を手に取った。かける先は最初から決まっている。
 「…XX首相官邸、第二秘書のXXです、」
 最後まで聞く必要は無かった。
 「いいから、さっさと本人につなぎナサイ。」
 「…承りました。」
 番号を何故知っているか、などと問うのは野暮というものだ。
 いつだったかの選挙の時に、乗っ取った選挙カーで国会議事堂付近をうろついてみただけだ。拡声器にデーモンを乗せれば、首相官邸だろうとアメリカ領事館だろうと好きに操れる。その時に、操ってしまえば、直通電話の番号を聞くぐらい造作もない。そうやって集めた『使えそう』なリストが、ジュジュの携帯には収められている。
 程なくして電話に出た時の内閣総理大臣にジュジュは少し間延びした声で、こう命じた。
 「警察も自衛隊も何でも良いカラ、全員集合。ただし、男ばっかりで。」
 ちらりと交差点を見上げる。それから場所を告げて。
 「三十分以内に寄越して。アンダスタン?」

 
■プリティー?!ウーマンパワー

三十分後。
真っ赤なフェラーリを中心に、交差点はものものしい雰囲気に包まれていた。
一見フェラーリが包囲されているように見えなくもないが、実はその逆だった。停車したスポーツカーに乗る二人を護るように、警察や機動隊が幾重にも防護壁を作成している。数百メートル先から、配備されたパトカーで道路は完全封鎖してあった。住民…男性の…については、とっくに避難勧告が出されていた。
 後は、迎え撃つのみ。
 「ヘリから連絡です!あと五分で、右前方小道から十数人、左後方から数十人の集団と衝突します。」
 「各部隊配置につけ!」
 パララ…と上空をを飛ぶヘリの音、その間を飛び交う怒号、それを耳にして、得意げにジュジュは武彦に告げる。
 「これで安心ネ!」
 「…………。」
 よくもまあ、これだけのものを動かしたものだ。呆れてものがいえない。
 呟いた瞬間、ざわ、と背後からざわめきが聞こえた。ジュジュと武彦は振り返る。
 「来ました!」
 キャー、とも、ぎゃー、とも、ふぎゃー、とも。
 聞きようによってはどれにも聞こえる(つまり聞き取れない)嬌声が、交差点いっぱいに広がった。まるで戦いの狼煙のように、その叫びと同時に数十人の集団が、こっちに向かって突進してくる。ハイヒールで百メートル十二秒。武彦は我が目を疑った。ジュジュは気にも留めず、事の成り行きを見守った。
 腰を低くして疾走する姿は、とても常人とは思えなかった。特殊部隊か何かの動きに近い。
 「わあ!!」
 最前列に配備された警官隊…一応、言葉で説得試みる部隊…が、ハイヒールに轢き逃げされる。瞬殺である。 「次!」
 指示とともに登場したのは、あろうことか、巨大な網だった。
 むろん地引き網なんてものじゃない。県警が暴走族を捕縛する為に開発した、特殊な網だ。
 「XX県警交通課、少年課行きます!」
 「タケヒコとミーの愛のために、がんばるネー!」
 ジュジュがげきを飛ばす。
 「…愛は関係ないと思うけがな…。」
 が。
 相手の力は、そんなものではびくともしなかった。
 「と、と、止まりません!!」
 警官の絶叫が、数十メートル引きずられて行く。
 網にかかった女性達は、かかった網ごとそこに捕まる警官もろとも、前進を続けた。悪いことに、背後から別の団体…今度は数百人単位の集団…が、波状攻撃のように警官をなぎ倒しこちらに向かって進んでくる。
 「すごい馬鹿力ネー!」
 拍手喝采しながら、ジュジュは目を丸くした。
 それから、携帯を手に取る。
 「機動隊、いるネ?放水用意。三十メートル手前まで来たら、一斉放水。」
 指示を出すと、ジュジュは武彦に声をかけた。
 「ミーに連絡して正解ヨ、タケヒコ。他の連中ならぶっ殺されるネ。」
 「…かも、しれんな…。」
 あながち、冗談になってないのが辛い。
 げんなりと正面を見遣る。前に出た機動隊が、放水用のホースを手にずらりと並んでいる。かなりの数だ。…集められるだけ、集めて来たと思われる。
 「放水、はじめ!」
 声がした。暴走する女性達に向かって、一斉に水が浴びせかけられる。直撃したOLが吹っ飛ばされた。
 うう、と唸り声をあげて、すっ飛んだOLが立ち上がる。もはや本当に獣だ。
 その、獣が。
 「バッグ!!」
 OLの投げた、ヴィトンのバッグ。
 普通ならただのバッグである筈のそれも、今のこの状態で渾身のパワーで投げつけられたら、果てしない凶器になる。
 大砲の弾のように、バッグは機動隊員の一人を直撃した。放水用のホースを握っていた手がはずれ、反動で跳ねたホースは こちらに向かって走行中のパトカーに激突した。ハンドルを切り損ねたパトカーが、側にあった歩道橋と信号機の橋桁に激突し。
 ずん、と、嫌な振動。
 「歩道橋が!」
 ぐら、と。
 薄グリーンの橋桁が、傾いだ。
 「逃げるネ、タケヒコ!!」
 「言われなくても、そうする!!」
 歩道橋は。
 ぐらりと傾いで、そのまま真っ正面になぎ倒された。地響きと共に。
 キャハハハ、とジュジュがヒステリックに笑う。
 「もう、馬鹿げてるネ。」
 「…馬鹿げてる、で、すませられるのか…?」
 笑いが収まらずにしゃくりあげながら、ジュジュはもう一度携帯を手に取った。
 これはもう、普通一般の人間では収まりがつかない話だ。あの女達は、明らかに超常現象としか言えない。あんなのが、普通の人間の訳がない。
 選んだ番号は、再び首相官邸。
 日本政府なら、つながりがある筈だ。
 「…IO2、さっさとこの場に送って。…こんな見せ物、きっと参加させないと後ですねられるヨ。」
 ひっくひっくと、泣いているように笑いながら、ジュジュは電話口で、こう言うのがやっとだった。



■日本沈没は、きっとこんな感じで。

 首都壊滅か?。
 と、テロップが流れるテレビ中継を、武彦は呆然と眺めやっていた。
 テレビのモニターには、事情徴収される女性達や警官隊、自衛隊が映し出されていた。皆一様に、『何がどうなってこんな事になったか分からない。』と答えていると言う事実。それを、テレビのアナウンサーがなんともいえない表情で告げていた。通行不能になった幹線道路三、崩壊した歩道橋が一、半倒壊したビル二、それが白昼堂々と繰り広げられた非常識もここまでくると清々しく思える。
 事務所のソファでは、ジュジュがだらしなく寝転がっている。テレビ画面を見ながら、ごろんとひっくり返るとジュジュは言った。
 「結構凄いことになったネ。」
 お気楽なもの良いに、武彦は頭を押さえた。
 あの後。
 ジュジュがIO2まで呼びつけたものだから、それでなくても玩具箱をひっくり返したような状況は、更に悪化の一途をたどった。IO2の連中としても、巻き込まれ事故みたいなものだ。相手が悪霊や悪魔っていうならともかく、生身の一般女性となれば、撃ち殺すわけにもたたっ切る訳にもいかなかったらしい。しかも数が違いすぎた。無効は、それこそ無数にわいて出る敵だったのだ。
 結果。
 被害は、見ての通り、拡大してしまったわけで。
 「新手のテロ行為という噂もありますが、…以前、原因は不明です。」
 それがおかしなチョコレートの所為だなんて、ほとんどの人間が気付くまい。
 「………」
 武彦は、もう一度溜息をついた。
 その顔を見遣ってジュジュはぽんとソファから飛び起きた。
 武彦の側に寄ると、心配そうにその顔をのぞき込む。
 「失敗だったか?」
 「…いや…、」
 助けてくれと頼んだのは、自分だ。ジュジュは、ジュジュのやり方で依頼をきちんと果たした訳で。
 「依頼通り、だ。助かった、ジュジュ。」
 武彦は、そう礼を言った。それを聞いてジュジュはにっこりと笑う。
 「それは、良かった。」
 そう言いながら、そろそろ帰るとばかり、手を振って。
 「じゃあ、『愛してる』は、またくる時までツケておくヨ。」
 ジュジュは、いたずらっぽく笑った。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0585/ジュジュ・ミュージー (ジュジュ・ミュージー)/女性/21歳/デーモン使いの何でも屋(特に暗殺)
NPC/草間・武彦 (くさま・たけひこ)/男性/30歳/草間興信所所長、探偵

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

初めまして。新人ライターのKCOと申します。
このたびは、発注をありがとうございました。
最初から、納品がぎりぎりで申し訳ありません・・・。
二月中には納品したかったのですが、結果締め切り日に
かかってしまって、ちょっと情けない感じです。

今回「恋人達の…サンプル1」で、
一番プレイングが破天荒だったのが、ジュジュ様のものでした。
キャラクターが個性的なのと、
やることがいちいち派手でしたので、
私の方もかなり遊ばせていただいた感があり、
大変楽しかったです。ありがとうございます。
プレイングの中で、ガスマスクをつけていらっしゃる予定に
なってたのですが、それだと草間氏にせまれないため(笑)
つけずにいていただいてます
(イントロで、知り合いだと、正気を失わないことになってますので・・)
ご了承くださいませ。
あと、サブタイトル、は、
映画のタイトルをちょっとだけひねって使わせていただいてます。
少々長くなってしまったのですが(苦笑)楽しんでいただけましたら幸いです。
バレンタイン・恋人達の物語2005 -
KCO クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年03月02日

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