『<<イエロー！マジック！！オーケストラ！！！>> 』

蒼王・翼（2863）

■イントロダクション

「第２封鎖壁、突破されました！」
「まもなくドアが破られます！！室長！！！」
もうもちません！
若い研究員が、絶叫した。
エマージェンシーコール鳴りっぱなし、シグナルタワーレッド表示。
不味い。
草間武彦は、じっとりと背に冷や汗をかいていた。
・・・見るからにやくざな商売の連中に囲まれても、これほど恐ろしいとは思えない。そんな連中相手でも、それなりに渡り合って行けるという自負は有るし、事実切り抜けて来たと思っている。
が。
「愛してる〜〜！！」
「結婚して！！！」
「で〜て〜きて〜！！」
嬌声、なんて可愛いものじゃない、叫び声だ。
・・・畜生、どうしてこんな事に。
草間武彦は、己の運命を呪うより他無かった。それ意外、何が出来ると言うのだ。



・・・久々にまともな仕事が舞い込んだと思ったのだ。
ある製薬会社が奇妙な薬を開発しているようだから、調査して貰えないかとの依頼が来た。前金もかなりのもの、報酬のすこぶる良い契約内容に、・・・少々手荒な事もあるのかと、幾分不審に思いながらも、武彦は契約を交わした。
それが。
件の試薬会社周辺でそれとなく聞き込みを行っていたところ、白衣姿の連中に声をかけられた。ようこそ被験者の方でしょう、にこやかな笑みに一瞬身構えたが、・・・中を知るいい機会だとばかり、そうだと返事をしてしまった。
頑丈な金庫のような扉が、幾つか続く。
馬鹿に警備が頑丈だ。それが気味悪かった。
連れ歩かされる場所を、いちいち確認する。物騒な警備員はいないか、逃げ道は。
ポイントを押さえては、ちらちらと周囲を盗み見ながら進む。
そうこうするうちに、３つ目の金属製ドアを抜けて。
「さあ、ついたよ。」
そうして。
辿り着いた部屋には、・・・思いも及ばないものが、鎮座していた。
「・・・チョコ、レート？」
何なんだ。
頑丈な扉の先が、このチョコレート一つきりか。
呆気にとられたものの、顔には出さない。一応、『被験者』としてここにいるのだ。ぼろを出すわけにも行かない。
「さあさあ、食べてみてくれ。」
にこにこと男が笑う。周囲を見回す。いるのは線の細い、いかにも研究員タイプの男ばかりだ。・・・殴り合いをしても、まず自分が負ける要素は無いような。
全員、ぶん殴って部屋を出るのも良いが・・・。しばし、武彦はチョコレートと見詰め合って。
ええい。ままよ。
死ぬ事は無いだろうと・・・顰め面で、そのトリュフを口に、放り込んだ。
ごくん、と、無息飲み込んでみる。・・・おかしな味はしなかった。味に限って言えば、甘さの抑えられた、普通のトリュフチョコ、だ。・・・だったが。
「・・・食べましたね？」
にんまりと、白衣の男が笑った。
「・・・・・」
何か、・・・いやな予感がした。
貴方もご存知の通り、・・・被験者なのだから、知っている筈だ・・・と、男は満面の笑みで話し出した。
「ここでは、不特定多数にもてるための、惚れ薬、の研究をしていまして。」
「・・・・・」
妙な薬って、それなのか。
脱力した武彦の鼻面で、男は誇らしげに笑って見せた。
「惚れ薬は、ハゲの特効薬と並んで男のロマンですからね。」
男性の需要は多く、また後援者も多い。男は胸を張った。
「特別なフェロモンが大気に乗ってばらまかれる事で、女性を惹きつける効果が現れる、という仕組みになっています。」
・・・まあ、女好きのしそうな香水みたいなものか。そういえば、バレンタインが近いから・・・その為の開発商品かも知れない。
げんなりしながら、とりあえず二の腕あたりの匂いをかいでみる。別に、何の匂いもしなかった。どっちにしたって、こんなもの効く訳が無い。馬鹿馬鹿しいと、武彦は席を立とうとした。無論、帰る積もりだった。礼金が貰えなくても、もうどうでも良い。



・・・が。
異変は、起きた。
「室長！！」
若い研究員が、不意に顔色を変え声を荒げる。
「変です、・・・研究室の入り口に、次々と女性が集まってきます！」
白衣の男が、慌ててモニターに走り寄った。研究室の入り口、何重にも区切られた扉の警備モニターには、製薬会社に勤める女性達が何故か続々と集まってくる。
「何だ、ここは隔離されている筈だろう！」
いくらフェロモンが出ているからって、外に漏れる事は無い。
「・・・どうやって漏れているんだ！？」
「異変は、何故か地下１階の、購買裏あたりから起こっています。」
地下１階・・・男は呟いた。そうして、何を思ったのか葵顔でパソコンの端末前に立つ。
「すぐに調べろ！排気ダクトが何処につながっているか！」
・・・この部屋は、完全に隔離されている。それは確かな事だ。
故に、外部から内部に向かって、人だろうと大気だろうと許可無く進入する事は出来ない。が。
内から外に向かって、・・・出ないとは限らない。よって。
内側の大気を逃がす、排気ダクトが無いとは、・・・決まっていない。
「しまった！！」
しまった、じゃない。
「しかも・・・少々効きすぎだ。」
・・・いまさらだ。・・・もう少し考えて、一服盛ってほしい。
男の言葉にいちいち突っ込みを入れながら、武彦は大きな溜息をついた。
女の数はますます増えている。そうして声も。
黄色い（イエロー）、ありえない（マジック）大合唱（オーケストラ）が、扉の外から響いてくる。いや、響くというよりは。
「まずいぞ・・・核シェルター並みの強度を持つ扉が・・・」
声は衝撃波となって繰り返し壁を打ち鳴らす。
・・・この惚れ薬、どう考えても惚れさせる以外の効果が出ているとしか、考えられない。あの女性達、明らかに常軌を逸しているでは無いか。
どおん、どおんと繰り返し叩きつける音。この扉が破られるのも、時間の問題だ。
「向こうに裏口がある。そこから逃げろ。」
効き目はそのうち覚めるから。とは、なんて無責任な。
だがここにいたら、程なくあの声の集団に囲まれるに違いない。・・・それで、生きていられるだろうか。
だからといって、女に手をあげるのも、・・・大体あんな大勢の女を相手に立ち回るのも、出来ればごめん蒙りたい。
「とにかく、今日一日、逃げ延びてくれ。」
とにかく誰かに助けを頼みたまえ。不特定多数に効くよう作られた薬だ、・・・君を知る人間なら、多分大丈夫と思うから。
男の台詞に、思わず頭を押さえ。
「誰か・・・助けてくれ・・・」
天井を仰いで、思わず呟くしか無かった。



■Prince　of　Wind

　とにかく、誰かに連絡を。
　掴んだ携帯で手当たり次第にかける。出来れば頼りになりそうなやつが、捕まれば良いのだが。
　そうして。
　「…どうして、キミはそういつも突然なんだい？」
　開口一番。
　蒼王・翼　（そうおう・つばさ）のその言葉に、武彦はほっと息をついた。


　「…スペイン。走行テスト終わって、スタッフと一息ってところかな。」
　ということは、この電話、国際電話に繋がった事になる。しまった、と思わず舌打ちすると、翼が少し不愉快そうに呟いた。
　「急に電話してきておいて、『しまった』はないだろう。」
　「…そう言うな。年間100億稼ぐって言われてる、F1業界のお前とは動く金が違うんだ。」
　良いわけがましくそう告げてから、武彦は慌てて、話を切り替える。そう今重要なのはそれじゃない。
　「頼みがある。ここから、俺を逃がして欲しい。」
　そういうと、武彦は事の次第を翼に話して聞かせた。
　「ふうん…、」
　適当に相槌を打ちながら、翼は手近にいた女性スタッフに、ちらりと目で合図を送る。
　気付いた彼女…金髪の巻き毛が、まるで綿アメみたいだ…が、スパークリングミネラルウォーターをレモンで割って翼の手元に差し出す。にこりと微笑みで礼を言うと、翼はそれを一口喉に流し込んだ。真夏ではないとはいえ、アスファルトの側は喉が渇いていけない。
　「…可哀想に。とんだ災難だったな、彼女達も。」
　一頻り話を聞いて、翼が口にしたのは、そんな言葉だった。
　「…災難は、俺の方だと思うが。」
　憮然と、武彦が告げる。不思議そうに、翼は首を傾げた。金色の質の良さそうな髪が、動きに合わせてさらりと肩口に流れた。
　「…武彦は何を困ってるんだ？」
　「何を、って…」
　今の話で分からなかったのか。武彦は、少々呆気にとられる。何故。
　そんな武彦の思いなど一向に理解できず、翼はこう言葉を重ねる。
　「女の子の応対ぐらいきちんとするもんだぜ？」
　対応、って。小さくつっこみを入れつつ、武彦は言葉を続ける。
　「…向こうは、俺を殺さんばかりの勢いで、俺のことを好きになっちゃってるんだが。」
　「…そういうものだろう？何が、そんなに不思議なんだ？」
　おかしな奴だな。
　面白そうに、翼は電話口で笑った。
　翼にとって、女性に囲まれるのは日常茶飯事だった。囲まれていてこそ自然、と言って良い。当然その中には、翼に対して狂信的な者もいる。少々理解不能なメッセージを寄越す者だっていたし、それこそ待ち伏せされたことだって一度や二度じゃなかった。食事に行こうがホテルに泊まろうが出歩けば人目を引いたし、人目を引けばきゃあと黄色い声があがる。翼自身、多少不自由を感じる事はあったとしても、それを不思議に思う事など無かった。
　何より、翼にとっては、女性達は一様に『かわいらしいもの』に分類付けされていた。少なくとも、男よりは。
　「…勉強しとくよ。」
　言い返す言葉が見つからず、武彦はそう答えた。住んでいる世界が違いすぎる。このまま会話を続ければ、女性達が扉を突き破ってここに来てしまうだろう。それは、困る。
　「とにかく、俺は、ここから逃げ出したいんだ。頼むよ。」
　「…分かったよ。」
　焦った声色にくすくすと笑いながら、翼はサーキットの方に顔を向けた。照り返すアスファルトの上を、少し熱っぽい風が東から西へと渡っている。風の意識を掴むと、翼は彼らとの会話を始める。
　「…どうも、武彦の言ってる事は意味が分からないんだけど。」
　どういう状況なのか、…教えてくれるかい？
　翼にそう問われて、風達は我先にと話し始めた。
　武彦が妙なチョコレートを口にしたこと、それによって女の子達がおかしくなったこと…ある風は神妙に、ある風はおもしろおかしく、少しでも翼の気を引こうと意識を飛ばす。それを丁寧に拾い集めると、翼は武彦の置かれている状況を把握した。どうやら、彼が騒がれるのは彼の所為ではなく、チョコレートの所為らしい。
　「そうか、それで困ってるんだ。」
　翼は納得した。…少々間違った形で。
　武彦が困っているのは『女の子に追われているから』ではなく『追いかけるのは、武彦が原因でなくチョコレートが原因だから』だと認識したのだ。つまりは、他人と間違われて騒がれているようなもんなんだろう、そりゃ武彦がいやがるのも無理無いな…、くらいの、結論に至ったのだ。
　根本的に間違っている。
　が、ともあれ、翼は武彦の危機を救うことにした。
　「…キミ、」
　翼は、風の一つに向かって微笑みかける。光をまぶしたような笑顔に、側にいたスタッフ達から溜息が漏れた。
　「悪いけど、頼みがあるんだ。」
　さあ、と風が吹く。翼の声に応じるように、からんからんと風に飛んだ空き缶の音がする。
　「『彼』を、キミ達のいる空へ、逃してあげてほしいんだ。」
　頼まれてくれるね？
　翼の念押しに、小さな旋風が立った。
　その風は少しずつ威力を増し、大気から大気へ伝播して通常の風を越えるスピードでヨーロッパを離れた。
　それを見て取って、翼は電話越しに武彦に話しかける。
　「…武彦、今から迎えが行く。外で待っていて。」
　「…迎えだって？」
　「ああ。僕の代理だよ。」
　怪訝な顔つきのまま、武彦は裏口から戸外に出た。
　「あそこ！！」
　瞬く間に、こちらに走り寄ってくる女性達を見て、武彦は小さく悲鳴をあげる。
　「おい！来てないぞ迎えなんか！」
　「ちゃんと到着しているよ。せっかちだな武彦は。」
　何処に？
　目をこらす。だが、血走った目の女性達以外、そこには誰もいない。
　突進してくる女性達。思わず後じさって、武彦は翼に向かって叫んだ。
　「何とかしてくれ！」
　…その、瞬間。
　その足が、地面の感触を失った。
　ふわりと両足は地上を離れ、その体は突っ込んできた女性達の上を飛び越えた。今出てきたビルの高さを遙かに越え、空へと向かう。旋風にくるくると追い立てられるように、武彦の体は宙を舞った。
　「…ほら、迎えが来ていただろう？」
　楽しそうに、電話の先で翼が笑う。
　総計八回目の前転を空中で行って…もとい、風にあおられるから回ってるだけだ…憮然とした顔つきで、武彦は答えた。
　「…空から来てるとは思いもよらなかったが。…しかし、空中に逃げたってチョコレートの効果は同じだろう。」
　体から、匂いが消えない限りは。
　それ以上に、風に乗って匂いをまきちらしたらまずいのではなかろうか。
　武彦は、翼に問うて見た。
　「…それくらいのこと、僕が思い及ばないと思ってるの？」
　翼が返した答えは、こんなだった。
　やれやれと呟きながら、傍らにあったパイプ椅子を引き出し、翼はそこに座って足を組んだ。普通のパイプ椅子が、王様の椅子のように人目には映った。
　「手を伸ばしてごらん、武彦。」
　「…手？」
　「ああ。横でも上でもいいから。」
　言われるままに、武彦は手を伸ばす。
　そうして気付いた。ある部分で、風が逆向きに流れている。と、いうことは、風の流れを操作して、翼は真空を作り出しているらしい。チョコレートの効果も、この真空で遮られて外に漏れない仕掛けになっているのだろう。
　「…大したもんだ。」
　万能ともいえる、類い希なる能力を、もつ翼。
　しかし翼が本当に非凡なのは、その能力を適材適所で使用できる、頭脳をもっていることなのでは無かろうか。
　空中でくるくる回転しながら、武彦は思った。
　とりあえず、このまま夕方まで過ごせば、効果も薄れてゆくだろう。
　「…助かったよ、翼。」
　武彦は素直に礼を述べた。
　電話の向こうで、翼は笑ったようだった。
　「どういたしまして。これに懲りたら、武彦も少しは女心を勉強した方が良いよ。」
　その言葉に。
　くつくつと笑みをこぼしながら、武彦はこう言葉を消した。
　「…それじゃ、今度講釈してくれよ、女心の先生。」
　



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号　／　ＰＣ名　／　性別　／　年齢　／　職業】

2863/蒼王・翼　（そうおう・つばさ）/女性/16歳/Ｆ１レーサー　闇の皇女
NPC/草間・武彦　（くさま・たけひこ）／男性／30歳／草間興信所所長、探偵


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして　新人ライターのKCOです。
この度は、発注ありがとうございました。
納品がぎりぎりになってしまい、申し訳ありません。

翼さんは、キャラクターの性質上
（美麗で万能）
ギャグにするにはちょっと難易度が高すぎました。
ですから、草間氏との会話の中に
ほのぼのしたコメディ具合を表現させていただけてば良いかなと
思っています。
それと、電話の場所が自宅、ということでしたが、
レーサーの肩ということで、サーキットでお願いいたしました。
ご了承下さいませ。
それでは、またお会いできれば幸いです。

バレンタイン・恋人達の物語２００５

KCO

東京怪談

2005年03月02日