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『水上の楽園 』
桜塚・金蝉2916


☆オープニング

 水上の楽園、セイントエアリー号。
 バレンタインのその日に、地上ではなく水上で素敵な一日を過ごしませんか?
 広い船内では各種様々なイベントがあります。
 恋人と、家族と、友達と・・どうぞお好きな方とお越し下さい。
 また、お1人でご参加のお客様にも様々なイベントをご用意しております。
 船内には、映画館、プール、温泉、アトラクション施設などなど、様々な設備が御座います。
 さぁ、貴方もセイントエアリー号で素敵な一日をお過ごし下さい。

 美しい船内の映像と、水面を走る真っ白な船体。柔らかなナレーションと共に流れてくるそんな光景を、思わず凝視する。
 巨大スクリーンに映し出されるソレは、まさに夢のような客船だった。
 しかし、生憎彼はそんな事を夢見るような男ではなかった。
 彼の名前は桜塚 金蝉。
 セイントエアリー号を水上の楽園だと言って夢見るほど、お金に困っているわけでも、夢見るお年頃なわけでもなかった。
 彼の性格上、そんな可愛らしいフワフワ乙女みたいな感情はない。
 巨大スクリーンはセイントエアリー号の姿をかき消すと、今度は違う場面を映し出す。
 ・・タバコのCMだ。
 金蝉には、どちらかと言うとこちらのCMの方が見る価値があった。
 ついと、巨大スクリーンに背を向ける。
 スクリーンには最近出たばかりの初々しいアイドルが満面の笑みでバレンタインチョコレートの宣伝をしている所だった。
 「ソコの方。」
 ふいに呼ばれて振り向いた先には、小さな女の子がちょこんと立っていた。
 フワフワとした笑顔は、なんだか心落ち着くものがある。
 「これ、あげます。」
 すっと差し出された封筒を思わず受け取り、少女の顔を見つめる。
 「これは何だ?」
 「どうぞ、楽しんできてくださいね。」
 少女はそれだけ言うと、走り去って行ってしまった。
 なんだったのだろうか・・?
 金蝉は首をかしげた。
 それよりも、少女からこの封筒を受け取ってしまった自分が一番不思議だった。
 本当に、思わず受け取ってしまったのだから・・。
 とりあえず、受け取った封筒を開いてみると・・そこにはチケットが入っていた。
 『セイントエアリー号、特別ご優待券』
 金蝉は、先ほどまで巨大スクリーン上に映し出されていた水上の楽園こと、セイントエアリー号を思い出していた。
 「・・はっ・・。」
 小さく自嘲気味な笑いを漏らすと、とりあえず、上着のポケットにしまい・・人ごみの中を歩き始めた。
 金蝉自身、サラサラ行く気はなかった。
 水上の楽園だろうが地上の楽園だろうが、本物の楽園なんて何処にもない事は・・分っていたから・・。
 苦々しく唇を噛み、金蝉は懐にしまってあったタバコを取り出した。
 ゆっくりとふかし、紫煙をはいた・・。


★セレブ達の楽園

 水上の楽園と噂されるほどに美しい船内。
 様々な設備が揃ったそこは、セレブ達の夢の島だった。
 豪華な食事の並ぶ会場。煌びやかなドレスを身に纏ったマダム達。その隣で、優雅な微笑を浮かべている紳士達。
 およそ日常とはかけ離れた光景だったが、金蝉はそれに気にするそぶりは無かった。
 それよりも、金蝉には気になる事があったからだ・・。
 「・・ったく、なんで俺がっ・・。」
 絞り出すような声を出しながら、窮屈な黒のスーツを纏った金蝉が、隣に立つ白のドレスを着込んだ少女へと苦々しい表情を向ける。
 白のドレスが良く似合う、美しい少女・・蒼王 翼。
 「少しの間だから、我慢してよ。」
 翼が苦笑いをしながら金蝉の方へ顔を向けた。
 金蝉よりも淡い金色の髪は、上からのライトに照らされてキラキラと光り輝いている。
 どちらも美麗な面立ちをしており、会場内に集まったセレブ達の視線を嫌と言うほど集めていた。
 「それにしても、金蝉もチケット貰ってたなんて驚いたよ。」
 「あぁ?あれは不可抗力だ。貰ったんじゃなく、有無を言わさず押し付けられたと言うか・・。」
 金蝉が苦々しく言葉を切った。
 少女からチケットを貰ったあの日、翼が金蝉の元へとやってきてチケット片手に誘いに来たのだ。。
 聞くところによると・・今回のイベントで挨拶をする役をおおせつかったとか・・。
 少女から貰った時、最初は行く気はなかったのだが・・たまには2人でゆっくりするのも悪くないと思ったのだが・・。
 来て早々着替えさせられた服は、およそゆったりとは縁のない代物だった。
 「大体からして、俺はこんな所に来たくなかったのに、翼が・・。」
 そこまで言って金蝉は下を向いた。
 翼が悪いわけではない。もし2人のうちどちらかが悪いとすれば・・それは誘いを受けた金蝉の方だった。
 誘われた時、2人でゆっくりするのもたまには良いかと思ってついてきたのは他ならぬ金蝉の意思なのだから・・。
 「蒼王さん・・。」
 ふわりと心地良く耳に響く声が響き、そちらを振り返った。
 ピンクのドレスに身を包んだ20代半ばくらいの若い女性だった。
 胸には銀色のバッチが光り、彼女がこのパーティーの関係者だという事を証明する。
 「そろそろお話の方を・・。」
 「あ、はい。今行きます。」
 女性が柔らかく金蝉の方に頭を下げ、すっと会場の中央へと歩き去る。
 「それじゃぁ、僕、行ってくるから。ここにいてね。」
 「・・あぁ・・。」
 金蝉は頷くと、去って行く翼の背中を見つめた。
 スポットライトが四方八方から照らし出す舞台の上・・翼はそこに立つと、少しだけ舞台の下を見渡した。
 金蝉は近くを通りかかったボーイの手からグラスを貰うと、一口含んだ。
 翼と目が合い、しばらくそのままで見詰め合う。
 右手に持ったグラスを口元に持って行き、一口だけ飲んだ。
 翼が視線を逸らし、正面を見つめる。
 「初めまして、蒼王 翼と申します。この度はこのように素晴らしい場所にお呼びいただき・・」
 堂々とした態度で挨拶をする姿は、まるで普段の翼とは違っていた。
 仕事用の顔を見せる翼は大人っぽく・・こちらでお酒を飲む金蝉が、何故だか子供っぽく映っているような気がした。
 自嘲気味に口の端を上げ、定型文通りに挨拶をする翼を見つめた。


☆恋人達の楽園

 舞台上での挨拶を終えて、翼が金蝉の元へ帰って来たのはここを元を離れてから1時間も後の事だった。
 挨拶自体はものの数分で終わっていた。
 形式ばった挨拶の後に、ほんの少しここの感想を言って・・それで終わりだ。
 それなのに、何故こんなにも時間がかかってしまったのかと言うと・・セレブ達の相手をしていたからだ。
 グラス片手に話しかけてくる著名な面々を前に、翼はにこにこと微笑みながら相手をしていた。
 その間中、翼はチラチラとこちらの方を気にしていた。
 金蝉はただ、壁に寄りかかってお酒を飲みながらゆっくりと翼の事を見守っていた。
 「・・ゴメン・・。」
 翼が少々疲れたような顔で金蝉の元に帰り、開口一番謝りの言葉を発した。
 「・・いや。」
 「もしかして・・怒ってる?」
 「いや・・?・・何でだ?」
 「金蝉は、こう言う所あまり好きじゃないって・・知ってたのに連れてきて・・。」
 「別に、嫌いじゃない。ただ、俺自身がちやほやされるのが嫌なだけであって、ここでこうして飲んでる分には別に悪くない。」
 金蝉はそれだけ言うと、グラスを近くのテーブルに置いた。
 「ただ・・。」
 「ただ、なに?」
 「こう言う所は正装しなきゃならないからな。それが面倒だ。」
 金蝉は言いながら、ネクタイに指をかけた。
 しかし、その指はネクタイを緩めるまでには至らない。
 ここでネクタイを緩めるなんて事を、金蝉は絶対にしなかった。
 それくらいの常識ぐらい、わきまえている。
 翼が小さく微笑むと、金蝉の腕を引っ張った。
 「外に行こうか。」


 夜中の海を滑る客船は、星空の下を優雅に進む。
 甲板に出て、一番最初に目に入ったのは星と月だった。
 夜空にちりばめられた星々は、惜しげもなく光を地上へと注ぐ。
 届きそうで、届かない星の光・・。
 翼が空へと手を伸ばすのを、金蝉は不思議な顔つきで見つめていた。
 「・・なにやってんだ・・?」
 「別に・・。」
 翼は薄く微笑むと、手を下ろした。
 甲板には冷たい海風が吹いていた。
 真っ暗な闇から吹く風は、冷たい手で金蝉の髪をそっと撫ぜる。
 金蝉がネクタイを緩め、ポケットからタバコを取り出して・・ふかした。
 いつもならすぐにタバコを取り上げる翼だったが、何故か今日はしなかった。
 「今日は・・」
 「え?」
 「今日は、生意気な態度をとらないんだな。」
 「・・生意気って、例えば?」
 「タバコを取ったり、折ったり、捨てたり・・。」
 「タバコの事ばっかりじゃないか。」
 「それ以外に思いつかなかっただけだ。」
 金蝉が肩をすくめ、風になびく髪を押さえた。
 水平線にはいくつもの星がちりばめられ、空との境界を彩る。
 「・・綺麗・・」
 「あ?なんか言ったか?」
 「綺麗だなって思って。」
 「そうか?なんか一見するとゴミみてぇじゃねぇか。」
 「ゴミって・・金蝉、夢がない。」
 「俺が夢見がちだったと仮定してみろ。」
 「・・キモチワルイ・・」
 「ほらみろ。」
 眉根を寄せる翼の顔は、なんとも無邪気で・・あの舞台の上で見た翼の表情とはまったく違っていた。 
 あのセレブ達よりも、もっとずっと近い距離にある2人・・。
 ふと、翼がこちらを見つめているのに気が付いた金蝉は、思わず眉根を寄せた。
 「・・あ?」
 「金蝉が笑ってるのって、珍しいなって思って。」
 「・・笑ってた?誰が?」
 「金蝉が。・・自覚無かったんだ?」
 翼はクスクスと声を上げて笑う。
 笑っていたなんて・・人に指摘されるのは何年ぶりだろうか。
 そもそも、笑ったこと自体・・どれくらい前だろうか・・?
 「ねぇ、金蝉。ちょっとここで待っててくれないか?」
 「・・トイレか?」
 「また、何でそう言う・・ちょっと忘れ物だよ。ここから動いちゃダメだからね!」
 翼はビシリと金蝉を指差すと、船内へと戻って行った。
 ・・・なんなのだろうか・・?
 まぁ、あながち何かを船室に置き忘れてきたのだろう。
 「綺麗・・ねぇ。」
 独り言を呟き、空と陸との境目に視線を向ける。
 輝く星達は、確かに・・翼の言うとおり綺麗なのかも知れなかった。
 ゴミみたいに輝く星達は、確かに・・一つ一つを見つめれば美しかった。
 「・・金蝉。」
 呼ばれて、振り返る。
 短くなったタバコを、ポケットから取り出した携帯灰皿に押し付けて金蝉は翼の元へと歩んだ。
 「これ・・バレンタインだから・・。」
 翼が背後に持っていたものを、金蝉の方へと差し出す。
 真っ直ぐに手を伸ばし、金蝉の胸元へと押し付ける。
 「・・なんだこれ・・。」
 「・・今、僕・・バレンタインだからって言わなかった・・?」
 「ん・・あぁ。そっか、今日は14日か。」
 「もしかして、忘れてたの・・?」
 「あぁ。」
 金蝉は一度だけ首を縦に振ると、翼の手からプレゼントを受け取った。
 バレンタイン・・その日は金蝉の中では“翼が女の子からプレゼント貰う日”と言う印象が強く・・まさか自分がもらえるとは思ってもみなかったのだ。
 しかも・・くれる相手が翼・・。
 凄く意外な気分だった。
 「・・あけるぞ。」
 「うん。」
 金蝉は小さくそう言うと、ガサガサと包みを解いた・・・。
 ガサリと、中から顔を出したのは青い色の瓶と小さな長方形の箱だった。
 「・・酒・・?」
 チラリと見て、金蝉はその銘柄に視線を吸い寄せられた。
 “蒼桜酒”・・・?
 「そう。蒼桜酒(そうおうしゅ)って言って・・」
 言いかける翼にお酒を持たせて、自身は箱の方を開ける。
 そちらはブランドものの腕時計だった・・・。
 「こっちは腕時計か。・・んで?なんだって?」
 「・・ったく・・。だから、このお酒は“そうおう酒”って言って・・」
 「・・翼の名前と同じ・・?」
 ちなみに翼の名前は蒼“王”翼だ。
 「違うよ。蒼い桜のお酒って書くんだよ。」
 「へー。」
 生返事に近い声で相槌を打つ。
 “蒼王 翼”と“桜塚 金蝉”
 二人の名前が入っているお酒・・・。
 少しだけ・・・ほんの少しだけ心の奥が疼いたのは、きっと冷たい夜風のせいだ・・。
 金蝉はそれを悟られないように、自分の腕に貰ったばかりの時計をはめ、具合を見ているふりをする。
 「ふーん。良いじゃん、これ。」
 「・・そう?」
 「あぁ、サンキュ。」
 クシャリと翼の整った髪を撫ぜ、その手からお酒を取った。
 「あ・・・うん・・。」
 「寒みぃ・・。中、入るか。」
 「そうだね。」
 金蝉が先に歩き、その後を翼が追う。
 「これ・・ありがとな。」
 船内へと戻る扉の前で、金蝉は立ち止まると手に持ったお酒をヒラヒラとさせた。
 その時、思わず“しまった”と思った・・・。
 “ありがとう”なんて・・。
 けれど金蝉は何事も無かったかのように、船内へのドアをくぐった・・・。


★水上の楽園?

 「なぁんかなぁ。もっとこう、なんか・・ないのかねぇ?」
 「何かってなんですか?」
 「もっとこうさ、グワっと、グワァァっと!」
 「・・そんなんじゃ分りません。」
 「もぉ、詰まんないのぉ。」
 「つまらなくて結構です。」
 「だって・・。私が折角チケットあげたのに・・。」
 「そもそも、貴方があげたチケットは使ってなかったじゃないですか。」
 「知ってるわよ。お兄ちゃんってば、細かすぎ。」
 フワフワとした小さな少女が、目の前に座る金髪の少年に向かって唇を尖らせる。
 「僕達は、お客様を楽しませることが目的なんですから。」
 「でもさぁ〜。今日はバレンタインなんだし・・。」
 「バレンタインだろうと何だろうと、良いんですよ。これで。」
 少年が席から立ち上がり、そっと少女の髪を撫ぜた。
 「ここの船長は僕ですから。・・副船長?」
 「・・わぁかってるわよぉ。」
 少女はプーっと頬を膨らませると、そっと背中に隠し持っていた白い箱を差し出した。
 「これ・・」
 「あぁ、毎年ありがとうございます。」
 少年は立ち上がると、傍らにおいてあった白い手袋をはめた。
 その出で立ちは、中世ヨーロッパの船長そのものだった・・。
 「それでは、参りましょうか副船長。セイントエアリー号の乗客全ての夢を乗せて・・。」
 「楽園へ、出発ね。」
 少女が立ち上がった瞬間に、電気が消え・・2人の姿は見えなくなった。



 「金蝉、ほら、見てあれ・・。」
 煙草をふかす金蝉の服の裾を翼がツイツイとひっぱった。
 「んぁ?」
 指差す先・・水上に浮かぶ“エデン”へのゲート。
 2人の天使が歓迎の音楽を演奏し、ゲートの上には“Welcome to Eden”の文字・・。
 それは海の上に浮かぶ楽園へのゲートだった。
 「光のゲートだね・・。」
 「・・あんなもの、ここらにあったか・・?」
 こんな海の真ん中に・・?
 首をひねる金蝉を尻目に、セイントエアリー号は滑るように水面を進み・・ライトアップされたエデンへのゲートをくぐりぬけた。
 「わざわざこの為だけに作ったのかな?」
 「・・さぁな。」
 翼が窓際に走り寄り、過ぎ去っていくエデンへのゲートをじっと見つめている。
 その横顔を見ていると・・僅かに翼の表情に変化があった。
 「どうした?翼?」
 「あ、ううん。なんでもない。ライトが消えたみたい。」
 「そうか。」
 「それにしても、あんなに大きなゲート・・どうやって作ったんだろうね?そもそもここは海の真ん中なのに。」
 「・・・さぁな。」
 金蝉は肩をすくめると、タバコを灰皿に押し付けた。
 目を閉じて、先ほどから漂っている気配を感じる。
 この船全体を取り巻いている温かな気配。
 これは・・きっと・・・。

     〈END〉



 ━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

  登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
 ━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  2863/蒼王 翼/女性/16歳/F1レーサー兼闇の狩人

  2916/桜塚 金蝉/男性/21歳/陰陽師


 ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度は『水上の楽園』にご参加いただきましてありがとう御座いました。
 ライターの宮瀬です。
 翼様と金蝉様、2人の視点から別々に執筆させていただきましたが・・如何でしたでしょうか?
 柔らかく暖かな雰囲気を感じていただければと思います。

 それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
バレンタイン・恋人達の物語2005 -
雨音響希 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年03月01日

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