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『水上の楽園 』
蒼王・翼2863


☆オープニング

 「・・・なんだよ。了解してもらえるかね?」
 目の前に座る男はそう言うと、白い封筒を差し出した。
 蒼王 翼は、困惑気味に頷くと・・その封筒を受け取った。
 中に入っている2枚のチケットにすっと視線を落とし、それを傍らにおいてあったバッグの中にしまう。
 「分りました。それでは、2月14日に・・。」
 「あぁ、よろしく頼んだよ。」
 翼は男に向かってぺこりと頭を下げると、部屋を出た。
 後手で扉をしめ、きつくしめてあったネクタイを緩めた。
 そして・・先ほど受け取ったチケットを出して見つめた。
 『セイントエアリー号、特別ご優待券』
 そう書かれている2枚のチケットを手に、翼は大きなため息をついた。
 セイントエアリー号内で行われる、セレブのためのパーティーでの挨拶。
 翼が先ほどの男に頼まれたのはそれだった。
 仕事上、付き合いのある彼の頼みを・・無下には断れなかった。
 「どうしよう・・。」
 思わず小さく漏れる呟きが、少しだけ困ったように震える。
 チケットは2枚。
 誰か親しい人でも連れてきなさいと言われていたのだが・・こう言う場面に相応しい人物は・・。
 次々と現れてくる面々に、次々と駄目だしをする。
 2月14日でなければ、きっと一番最初に浮かんできた人を呼んでいただろう。
 しかし・・。
 「流石に、14日に邪魔したくはないしな。」
 バレンタインデー。
 恋人達のための、数あるイベントの内の一つだ。
 そんな日に邪魔をしたくは無かった。
 「・・他は・・。」
 ふっと、翼はある人の顔を思い浮かべた。
 彼ならば・・14日でも躊躇せずに誘える・・しかし・・彼はこういう場には向いていなかった。
 正確に言えば、向き不向きの問題ではなく、彼の性格の問題だった。
 「仕方ない・・誘ってみるか。」
 翼はそう言うと、長く続く廊下を後にした。
 “頼んでみるか”ではなく“誘ってみるか”と言ったのは、無意識の事だった・・。


★セレブ達の楽園

 水上の楽園と噂されるほどに美しい船内。
 様々な設備が揃ったそこは、セレブ達の夢の島だった。
 豪華な食事の並ぶ会場。煌びやかなドレスを身に纏ったマダム達。その隣で、優雅な微笑を浮かべている紳士達。
 およそ日常とはかけ離れた光景だったが、翼はそれに気にするそぶりは無かった。
 F1レーサーでもある翼は、このような場には慣れていた。
 ピシっと着込んだ白のドレスが何ら違和感なく映えるのは、そうした経験があるからだろう。
 「・・ったく、なんで俺がっ・・。」
 絞り出すような声を出しながら、翼の隣で窮屈そうに黒のスーツを纏った桜塚 金蝉が、苦々しく顔を歪めた。
 綺麗に撫で付けられた金色の髪が、黒のスーツに映え、その美麗な面立ちは周囲の視線を集める。
 「少しの間だから、我慢してよ。」
 翼が苦笑いをしながら金蝉をなだめる。
 金蝉よりも淡い金色の髪は、上からのライトに照らされてキラキラと光り輝く。
 どちらも美麗な面立ちをしており、会場内に集まったセレブ達の視線を嫌と言うほど集めていた。
 「それにしても、金蝉もチケット貰ってたなんて驚いたよ。」
 「あぁ?あれは不可抗力だ。貰ったんじゃなく、有無を言わさず押し付けられたと言うか・・。」
 金蝉が苦々しく言葉を切った。
 翼がチケットを持って金蝉の元を訪れた時、金蝉も翼とまったく同じチケットを持っていたのだ。
 聞くところによると・・街中で少女に手渡されたのだそうだが・・。
 普段ならそんなものを貰わない金蝉なのに、思わず貰ってしまったのだと言う。
 イライラしているのは、そんな不可解な自分の行動にだろう。
 「大体からして、俺はこんな所に来たくなかったのに、翼が・・。」
 そこまで言って金蝉は下を向いた。
 文句を言われるのは重々承知だったため、翼はそれを受け流した。
 金蝉がこういう所を好きでない事は知っていた。多分・・性格に合わないのだと思う。
 それでも無理言って付き合ってもらったのは翼の方だ。
 そんな些細な金蝉のボヤキを気にしていては、やっていけない。
 そもそも金蝉がこういう性格なのは知っていたし・・。
 未だに何かを考え込むように俯く横顔をじっと見つめる。
 「蒼王さん・・。」
 ふわりと心地良く耳に響く声に呼ばれ、翼はそちらを振り返った。
 ピンクのドレスに身を包んだ20代半ばくらいの若い女性だった。
 胸には銀色のバッチが光り、彼女がこのパーティーの関係者だという事を証明する。
 「そろそろお話の方を・・。」
 「あ、はい。今行きます。」
 女性が柔らかく金蝉の方に頭を下げ、すっと会場の中央へと歩き去る。
 「それじゃぁ、僕、行ってくるから。ここにいてね。」
 「・・あぁ・・。」
 翼はそう言うと、彼女の後へと続いた。
 熱く照らし出されるスポットライトの下、銀色に輝くスタンドマイクと向かい合い・・そっと、壁際に寄りかかる金蝉へと視線を向けた。
 暗く落ち込んで見えるのは・・自分がライトに照らされているからだ。
 金蝉が右手に持ったグラスを口元に持って行き、一口だけ飲んだ。
 「初めまして、蒼王 翼と申します。この度はこのように素晴らしい場所にお呼びいただき・・」
 それから先は、決まりきった挨拶文を口にする。
 何度もこういう場面を経験してきた翼にとっては造作も無い事だった。


☆恋人達の楽園

 舞台上での挨拶を終えて、金蝉の元へ帰って来られたのは金蝉の元を離れてから1時間も後の事だった。
 挨拶自体はものの数分で終わっていた。
 形式ばった挨拶の後に、ほんの少しここの感想を言って・・それで終わりだ。
 それなのに、何故こんなにも時間がかかってしまったのかと言うと・・セレブ達の相手をしていたからだ。
 グラス片手に話しかけてくる著名な面々を前に、振り切ることは出来ない。
 ある程度の相手をしなければ・・これも仕事のうちだ。
 翼はチラチラと金蝉の方を気にしていた。
 しかし金蝉は置いていかれた事をさして気にする風でもなく、壁際に寄りかかりながらグラスを傾けていた。
 「・・ゴメン・・。」
 翼が少々疲れたような顔で金蝉の元に帰り、開口一番謝りの言葉を発した。
 「・・いや。」
 「もしかして・・怒ってる?」
 「いや・・?・・何でだ?」
 「金蝉は、こう言う所あまり好きじゃないって・・知ってたのに連れてきて・・。」
 「別に、嫌いじゃない。ただ、俺自身がちやほやされるのが嫌なだけであって、ここでこうして飲んでる分には別に悪くない。」
 金蝉はそれだけ言うと、グラスを近くのテーブルに置いた。
 「ただ・・。」
 「ただ、なに?」
 「こう言う所は正装しなきゃならないからな。それが面倒だ。」
 金蝉は言いながら、ネクタイに指をかけた。
 しかし、その指はネクタイを緩めるまでには至らない。
 そう言う根底の部分はしっかりとわきまえている・・。
 翼は小さく微笑むと、金蝉の腕を引っ張った。
 「外に行こうか。」


 夜中の海を滑る客船は、星空の下を優雅に進む。
 甲板に出て、一番最初に目に入ったのは星と月だった。
 夜空にちりばめられた星々は、惜しげもなく光を地上へと注ぐ。
 届きそうで、届かない星の光・・。
 翼は思わず空へと手を伸ばしていた。
 「・・なにやってんだ・・?」
 金蝉が怪訝な顔つきで翼を見やる。
 「別に・・。」
 翼は薄く微笑むと、手を下ろした。
 甲板には冷たい海風が吹いていた。
 真っ暗な闇から吹く風は、冷たい手で翼の髪をそっと撫ぜる。
 金蝉がネクタイを緩め、ポケットからタバコを取り出して・・ふかした。
 いつもならすぐにタバコを取り上げる翼だったが、何故か今日はそんな気にはなれなかった。
 目の前で紫煙を吐き出す金蝉をじっと見つめる。
 「今日は・・」
 「え?」
 「今日は、生意気な態度をとらないんだな。」
 「・・生意気って、例えば?」
 「タバコを取ったり、折ったり、捨てたり・・。」
 「タバコの事ばっかりじゃないか。」
 「それ以外に思いつかなかっただけだ。」
 金蝉が肩をすくめ、風になびく髪を押さえた。
 水平線にはいくつもの星がちりばめられ、空との境界を彩る。
 「・・綺麗・・」
 「あ?なんか言ったか?」
 「綺麗だなって思って。」
 「そうか?なんか一見するとゴミみてぇじゃねぇか。」
 「ゴミって・・金蝉、夢がない。」
 「俺が夢見がちだったと仮定してみろ。」
 「・・キモチワルイ・・」
 「ほらみろ。」
 金蝉は言うと、ほんの少しだけ口の端を上げた。
 ・・珍しい・・。
 翼はしげしげとその表情を眺めた。
 「・・あ?」
 「金蝉が笑ってるのって、珍しいなって思って。」
 「・・笑ってた?誰が?」
 「金蝉が。・・自覚無かったんだ?」
 翼はクスクスと声を上げて笑うと、ふと“あの事”を思い出した。
 「ねぇ、金蝉。ちょっとここで待っててくれないか?」
 「・・トイレか?」
 「また、何でそう言う・・ちょっと忘れ物だよ。ここから動いちゃダメだからね!」
 翼はビシリと金蝉を指差すと、船室へと向かった。
 他の船室よりも豪華な木の扉を押し開け、中へと入る。
 クローゼットの中にしまってあった四角い包みを取ると、翼は船室を後にした。
 再び船の甲板へと舞い戻り、手すりに身体を預けて所在なさげに紫煙を吐き出す金蝉を見つめる。
 こちらにまだ気付いていない金蝉は、ただ何の気なしに暗く落ち込む海へと視線を向けている。
 金色の髪が星と月、そして何よりも船内からの豪奢な灯りに照らされてキラキラと光り輝く。
 「・・金蝉。」
 呼びかけて、振り返る金蝉。
 短くなったタバコをポケットから取り出した携帯灰皿に押し付けて、翼の元へと歩んでくる。
 「これ・・バレンタインだから・・。」
 直ぐ目の前まで金蝉が来た時に、翼は後ろに隠し持っていた先ほどの箱を取り出した。
 真っ直ぐに手を伸ばし、金蝉の胸元へと押し付ける。
 「・・なんだこれ・・。」
 「・・今、僕・・バレンタインだからって言わなかった・・?」
 「ん・・あぁ。そっか、今日は14日か。」
 「もしかして、忘れてたの・・?」
 「あぁ。」
 金蝉は一度だけ首を縦に振ると、翼の手からプレゼントを受け取った。
 「・・あけるぞ。」
 「うん。」
 そこは普通『開けても良い?』って聞くところだと思うんだけどなぁ。
 翼は一瞬だけそう思ったが、すぐにその考えを打ち消した。
 無論、相手が金蝉だからである。
 ガサガサと包みを解いてゆく手を見つめる・・。
 バレンタインに、人に何かを上げるのは初めてだった。
 翼自身はその容姿とF1レーサーという職業のためか、この時期になるとどこぞのアイドル顔負けの量を貰うのだが・・。
 ガサリと、中から顔を出したのは青い色の瓶と小さな長方形の箱だった。
 「・・酒・・?」
 「そう。蒼桜酒(そうおうしゅ)って言って・・」
 言いかける翼にお酒を持たせて、自身は箱の方を開ける。
 そちらはブランドの腕時計だった・・・。
 「こっちは腕時計か。・・んで?なんだって?」
 「・・ったく・・。だから、このお酒は“そうおう酒”って言って・・」
 「・・翼の名前と同じ・・?」
 「違うよ。蒼い桜のお酒って書くんだよ。」
 「へー。」
 金蝉が生返事に近い声で相槌を打つ。
 蒼桜酒・・。
 見つけたときに思わず手に取ってしまったのは、言うまでも無い。
 “蒼王 翼”と“桜塚 金蝉”
 二人の名前が入っているお酒・・・。
 金蝉は自分の腕に貰ったばかりの時計をはめ、具合を見ているようだった。
 「ふーん。良いじゃん、これ。」
 「・・そう?」
 「あぁ、サンキュ。」
 金蝉がクシャリと翼の整った髪を撫ぜ、お酒を取った。
 「あ・・・うん・・。」
 「寒みぃ・・。中、入るか。」
 「そうだね。」
 金蝉が先に歩き、その後を翼が追う。
 「これ・・ありがとな。」
 船内へと戻る扉の前で、金蝉は立ち止まると手に持ったお酒をヒラヒラとさせた。
 翼は思わず声を上げて笑いそうになるのを、必死で堪えていた。
 “ありがとう”なんて・・・。
 『どういたしまして。』
 翼は心の中でそう呟くと、船内へのドアをくぐった・・・。


★水上の楽園?

 「なぁんかなぁ。もっとこう、なんか・・ないのかねぇ?」
 「何かってなんですか?」
 「もっとこうさ、グワっと、グワァァっと!」
 「・・そんなんじゃ分りません。」
 「もぉ、つまんないのぉ。」
 「つまらなくて結構です。」
 「だって・・。私が折角チケットあげたのに・・。」
 「そもそも、貴方があげたチケットは使ってなかったじゃないですか。」
 「知ってるわよ。お兄ちゃんってば、細かすぎ。」
 フワフワとした小さな少女が、目の前に座る金髪の少年に向かって唇を尖らせる。
 「僕達は、お客様を楽しませることが目的なんですから。」
 「でもさぁ〜。今日はバレンタインなんだし・・。」
 「バレンタインだろうと何だろうと、良いんですよ。これで。」
 少年が席から立ち上がり、そっと少女の髪を撫ぜた。
 「ここの船長は僕ですから。・・副船長?」
 「・・わぁかってるわよぉ。」
 少女はプーっと頬を膨らませると、そっと背中に隠し持っていた白い箱を差し出した。
 「これ・・」
 「あぁ、毎年ありがとうございます。」
 少年は立ち上がると、傍らにおいてあった白い手袋をはめた。
 その出で立ちは、中世ヨーロッパの船長そのものだった・・。
 「それでは、参りましょうか副船長。セイントエアリー号の乗客全ての夢を乗せて・・。」
 「楽園へ、出発ね。」
 少女が立ち上がった瞬間に、電気が消え・・2人の姿は見えなくなった。



 「金蝉、ほら、見てあれ・・。」
 翼は隣で煙草をふかす金蝉の服の裾をツイツイとひっぱった。
 「んぁ?」
 指差す先・・水上に浮かぶ“エデン”へのゲート。
 2人の天使が歓迎の音楽を演奏し、ゲートの上には“Welcome to Eden”の文字・・。
 それは海の上に浮かぶ楽園へのゲートだった。
 「光のゲートだね・・。」
 「・・あんなもの、ここらにあったか・・?」
 首をひねる金蝉を尻目に、セイントエアリー号は滑るように水面を進み・・ライトアップされたエデンへのゲートをくぐりぬけた。
 「わざわざこの為だけに作ったのかな?」
 「・・さぁな。」
 翼は窓際に走り寄ると、過ぎ去っていくエデンへのゲートを見つめた。
 それはある程度船から離れると、忽然と姿を消した。
 ライトが消えたと言うよりは・・ゲートが閉まったというような印象を受ける。
 ・・まさか・・ね。
 「どうした?翼?」
 「あ、ううん。なんでもない。ライトが消えたみたい。」
 「そうか。」
 「それにしても、あんなに大きなゲート・・どうやって作ったんだろうね?そもそもここは海の真ん中なのに。」
 「・・・さぁな。」
 金蝉は肩をすくめると、タバコを灰皿に押し付けた。
 翼は、金蝉の腕にはめられている腕時計をじっと見つめた・・・。

     〈END〉




 ━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  2863/蒼王 翼/女性/16歳/F1レーサー兼闇の狩人

  2916/桜塚 金蝉/男性/21歳/陰陽師


 ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度は『水上の楽園』にご参加いただきましてありがとう御座いました。
 ライターの宮瀬です。
 翼様と金蝉様、2人の視点から別々に執筆させていただきましたが・・如何でしたでしょうか?
 柔らかく暖かな雰囲気を感じていただければと思います。

 それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
バレンタイン・恋人達の物語2005 -
雨音響希 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年03月01日

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