▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『深更の護 』
アイラス・サーリアス1649


「必ず護ります」
 アイラス・サーリアスはそう言い、じっと目の前の女性を見つめた。バックコーラスがしっとりと耳の奥に流れてくる。
「だから、貴方はこの場所から動かないで下さい」
「でも」
 女性はそう言い、一歩足を踏出そうとした。柔らかなライトが、薄暗い店内を優しく灯している。
「大丈夫です。この黒山羊亭は、言わば停戦地区。貴方を狙っている者達も、ここには足を踏み入れる事は無いでしょうし……」
 アイラスはそう言いかけ、そっと青の目を冷たく光らせた。
「足を踏み入れる事が出来ないでしょうから」
 アイラスが目の前にいる女性の護衛をする事になったのは、二日前の事だった。何者かに追われていた女性に加勢し、撃退した。かけている眼鏡スレスレに避け、持ち前の釵術を用いて威嚇した時に、ばっちりと顔を覚えられてしまったのだ。
 「その女に味方するならば、次に会った時は容赦しない」と。
 それならば、とアイラスは女性に事情を聞く事にしたのだ。聞けば、肩がぶつかったと言うただそれだけで、不当な慰謝料を払わせようとしたのだと言う。それを拒否すると、自分の家に来いと無理矢理引きずられていきそうになったのだとも。
「本当に、巻き込んでしまってごめんなさい」
 女性は改めて、アイラスに謝罪する。アイラスは「いえ」といい、そっと微笑む。
「貴方に酷い事をしようとする、あの人たちが悪いんです。貴方が謝る事は何もありませんよ」
 アイラスはそう言い、ぎゅっと青の髪を高い位置で一つに結ぶ。気づけば、トレードマークともいえる眼鏡を、そっと外してもいた。着ている服はいつものとは全く異なる、真紅のロングコートのついた服であり、普段のアイラスとは全く違ったイメージを起こさせた。
「あの……その格好は一体」
 女性が不思議そうに尋ねると、アイラスは悪戯っぽく笑う。
「変装です。……無用な戦いは、避けたいですからね」
 アイラスは全身に巻きついている鎖をじゃらりと鳴らし、黒山羊亭のドアに手をかけた。そしてドアをぱたりと後ろ手で閉めた後、アイラスは小さく口元だけで笑ってから夜の闇の中へと走り抜けていくのであった。


 彼女に絡んできた相手に、アイラスは心当たりがあった。最近、黒山羊亭でもちょこちょこと噂が流れていた、性質の悪い連中だ。
(活動時刻は、深夜からだという事でしたね)
 アイラスは黒山羊亭等で仕入れた情報を頭の中で整理する。
(アジトとしているのは、外れにある元廃屋。そこに勝手に住み着いているのだとか)
 場所が分かっている為、特に迷う事なく真っ直ぐと進む。途中、仲間らしき連中を何人か見かけたが、何も言ってくる事は無かった。アイラスの行った行為や、アイラスの特徴は連中に知れ渡っているだろうに。
 変装……そう呼べるかどうかは置いておいて……のお陰なのかもしれない。
(……あれですね)
 アイラスは足を止める。趣味の悪い電飾が光る、城のような廃屋である。中から耳障りな声が聞こえてくる。
(煩いですね)
 がははは、という下品な笑い声に、アイラスは冷たく目を光らせた。
「おい、お前」
 突如声をかけられ、アイラスはそっと振り返る。後ろに立っていたのは、一人の男であった。おそらくは連中の一味であろう。にやにやと笑いながらアイラスを見ている。
(ばれましたかね?)
 アイラスが無表情ながらに思っていると、男暫くアイラスを見つめた後に溜息を一つついた。
「なんだ、男か。……こんな所に来るんじゃねーよ。痛い目に遭いたくなければ、さっさとどこかにいっちまいな」
(……ばれては、ないようですね)
 アイラスは妙に可笑しくなり、くすりと笑った。男の眉間に皺が寄る。
「何だ?お前」
「ああ、これは失礼しました。……どうです?音楽でも」
 アイラスはそう言い、胸元に手を突っ込む。
「俺はここの警備をしているんだから、音楽なんぞいらねーよ。だからさっさと……」
 いっちまいな。
 そう言いたかった男の言葉は、最後まで言う事は出来なかった。アイラスの胸元から出てきたのは笛でも弦楽器でもなく釵であり、それを男の喉元にぴったりと付けられたからだ。ごくり、と唾を飲み込む男の喉元に、つう、と汗が流れた。
「どうしました?警備が警備として成り立っていないようですね」
「な……何だ、お前……?」
 きらりと月光に照らされて光る釵を目の端で捕らえながら、男は尋ねた。アイラスは釵を一ミリも動かす事なく、そっと口元だけで笑う。
「最近、随分と派手に動いているようですね。そして、被害を被った人も増えているようです」
「そ、そうかい?」
「ええ。……先日、僕もその被害に遭いましてね……幸い、こうして元気にはしているのですが」
 男は記憶を手繰る。ここ数日の間で、自分達の組織が犯した失態を。
「……お、お前まさか……!」
 男は辿り着く。確か先日、好みの女にわざとぶつかり、慰謝料代わりに連れてこようとして失敗したと言う仲間の失態に。
「おや、分かっていただけたようですね。ならば、僕も話がし易い」
 アイラスはそっと微笑む。確か、仲間はこうも言っていた。青髪に眼鏡の男が、自分達の邪魔をしてきたのだと。男は改めて目の前のアイラスを見つめる。なるほど、青い髪はしているが、眼鏡をかけてはいない。仲間から聞いていた特長とは少しずつ違っているようでもある。
「この格好に疑問ですか?……仕方ないじゃないですか。あなた達が、余りにもぎらぎらとしているんですから」
 アイラスはくすくすと笑いながらそう言った。男は再びつう、と汗を垂らす。
「さあ、案内していただきましょう。……あなた達の要となっている方のところに」
 男は喉元にある釵に存分に気をつけながら、ゆっくりと頷いた。否、頷くしかなかった。アイラスの目には、冷たい光しか宿っていなかったのだから。


 ギイ、と重苦しい扉が開かれた。案内係となった男はその時点で、漸くアイラスから開放して貰う事が出来た。途端、大慌てで逃げていく。
「……誰だ?」
 宴会でもしていたかのような散らかった部屋の中で、その中心にいた品の悪そうな男がかすれた声で叫んだ。アイラスはそれを見、大きな溜息をついた。
「いえ、音楽でもと思ったのですが……余りにも勿体無くて」
「勿体無い?」
「ええ。……あなたには、到底僕の音楽は似つかわないようですから」
「……貴様!」
 アイラスの言葉に、ガタガタという音をさせながらその場にいた者たちが一斉に立ち上がった。アイラスは少しだけ首を竦め、それからそっと笑う。
「失言だったようですね」
 少しも悪いと思っていないかのような言い方でアイラスはそう言い、釵を構えた。そして次々と立ち向かってくる者たちを倒していく。軽やかに、踊っているかのように。
 そうして、ものの30分もしないうちに、親玉らしき男だけが残されてしまった。
「き……貴様!俺に何の恨みがあって……!」
「恨み?……おかしいですね、僕に次に会った時は容赦しないと言ったのはあなたの方で、僕はその言葉を受けて容赦などせずに受けて立っただけだというのに」
「……お前と、前に会ったとでも?」
「ええ」
 男はじっとアイラスを見つめ、記憶を辿る。釵を構えた、青髪の男。青の目に宿るのは、冷たい光……。
 暫くした後、はっと気づく。
「お前、あの時女と一緒にいた……」
「そうです。気づかなかったんですね、僕は僕だと言うのに」
 アイラスはそう言い、釵を構えなおす。男はガタと音をさせながら、一方後ろに下がった。
「ま、待て。約束しよう。お前には絶対に手出しなんぞしねぇから」
「そういう約束をして欲しくて、来た訳じゃないんですが」
「あ、あの女か!べ、別に手出しなんぞしねぇぞ!」
「それは結構ですが、せっかくここまで僕は来たんですし……」
 アイラスはそう言い、タッと地を蹴った。一瞬の内に男の喉元に釵をあてがう。
「せっかくだから、この町から出ていくというのはどうですか?」
「な、何を……?!」
 顔を青くしながら、男はアイラスを見つめる。アイラスは表情一つ変える事なく、じっと男を睨みつける。
「勿論、この世から出ていく……というのでも僕は構いませんが……?」
 アイラスはそう言い、ちらりと男を見つめて微笑んだ。心の奥底がひやりとするような、冷たい笑みだ。男はごくりと唾を飲み込み、何度も何度も頷いた。
「わわわ、分かった分かった!こ、ここから出ていけば良いんだろう!」
「ええ」
 にっこりとアイラスが笑って釵をゆっくりと男から引き離すと、男はふう、と息を吐き出した後にアイラスに飛びかかろうとした。
「……やれやれ」
 アイラスは肩をすくめた後、身体を低く落として飛びかかろうとしてきた男の足を払ってその場に倒れさせた。そして倒れうめいている男の目の前に、釵をぴたりとつける。
「残念でしたね。では、後の方の選択肢で」
「ままま、待て!ちょ、ちょっとした冗談で……」
 ざく。
 男の頬すれすれを釵が振り下ろされ、床に突き刺された。が、男は自分が刺されたと思い込み、白目をむいて気絶してしまった。アイラスは苦笑し、釵を元通り胸元に収める。
「全く……根性と言うものがありませんね」
 アイラスはそう言うと、ポケットから眼鏡を取り出してかけた。廃屋から出ると、まだ夜更けであった。アイラスは思わず笑みをこぼした。
「僕の変装も、なかなかのものですね」
 アイラスは小さく呟き、再び黒山羊亭へと足を向けた。もう大丈夫だと、女性に報告をする為に。

<深更の中に紛れつつ・了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年02月28日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.