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『 雪日。その一日だけ。 』
蒼王・翼2863


 公園に降る雪の量は、例年並と言った所か。
 先程まで人が行き交っていた公園は、夜が更け、雪も降り、徐々に人影も少なくなっていった。
 二月十四日。
 人が見られなくなった公園の一角、彼女は粉雪を肩に積もらせながら、手元を見つめる。手元には、本来有る筈のチョコレートが無かった。
 家には二つ、置いてある。父と、親が決めた許婚へ送る二つ。
 けれどその二つしか、買ってはいない。それも仕方ないか、そう思って溜息を付く。その許婚とは食事の約束が有る。けれどそれが理由で買わなかったのではない。
 あと一つ、買いはしなかった大切な一つは、自分が買えば途端に価値が下がると思えてしまえた。
 だから、買わない。買わないからこそ、私は満足出来る。本当に満足するからではない、消去法として考えての結果でもある。それが良いのか悪いのかまでは判断が付かない。
「そんな顔をしていると、そのまま攫ってしまいたくなる」
 突然、掛けられた声。彼女は驚いたように、声の方向へ振り向く。
 信じられない思いがした。今、目の前に立つ相手は、その雪景色の中に金色の髪を輝かせて、蒼く透き通った眼を向けていた。
「攫って下さって?」
 彼女は、驚きの表情を消す事無く、静かに、問い掛けた。
「それ、愛の告白?」
 相手が笑う。偶然を喜ぶような笑顔を見せて、手を差し出す。
 彼女は拒む事無く、その手に自らの手を重ねて立ち上がった。
「チョコレートの代わりに、そういう事にしておいてあげるわ」
 驚きの表情は内に仕舞い込んで、彼女は微笑んだ。
 誰もが細かな冗談の遣り取りとして感じたかもしれない。だが、その遣り取りの意味を、相手は、蒼王翼は知っている。微笑む表情を見て、表情を暗くする事は無い。けれども、心が晴れ渡るかと問われれば、答えはこれもノーだった。
 これがキミの本音だって、解ってはいるけど……ふと思い、口を開く。食事に行こう、近所でも遠くでも良い、何か美味しいものを食べに行こう。
「食事に、付き合ってもらえないかな、茉夕良」
「えぇ、よくってよ。けど、それなら……」
 条件反射のような、素早い返事。
「今日一日、私を独占して欲しい」
 互いに相手を嫌っては居ない。いや、好意を抱いていると言っても差し支えは無いだろう。だがそればかりで、感情をストレートに出す事は決して無かった。
 あくまで落ち着いて、冷静に、今日一日だけ、食事をと……あくまで熱に浮かれる事も無く。
「行こうか」
 翼は、茉夕良の手を取って先を歩く。
 明確に答えはしなかった。だが、言わずともその行動そのものが答えとして機能している。
 それなら、食事をして、それから、キミの好きな花を贈ろう。
 思いを描いて、先へと進んでいく翼。茉夕良はその背中を見ながら、誰に笑いかけるでもなく微笑んだ。ふと振り向いた翼はその微笑を見た。少しして、再び眼を前へと向ける。

 僕が恋をしているのは、別の男性だから……だから……。

 翼の想いは、茉夕良も知っていた。知らない訳ではない。それでもあえて、後を歩いていた。
 今日、一日だけ。今日一日だけは、独占して欲しかった。もしかすると、だからこそチョコを買わなかったのかもしれない。
 そんな事は関係も無く、本来は偶然の筈だった。
 でも、偶然が行動を裏付けるかのように感じられる。

 翼は受け取ってくれる。他の人と同じように……。

 だからこそ送りたくは無かった。相手の想いは知っている。けれど、特別になりたかった。他の女性と同じには、なりたくなかった。



 白い薔薇だ。今、目の前に広がっているのは、翼の持つ白く済んだ薔薇。その白さが背景の雪に溶け込むかのように透き通っていて、彼女は、思わず言葉を失った。
 綺麗だと感じる以上に、翼がその白い薔薇を出した事が嬉しかった。
 何故白い薔薇を送ろうと思ったのだろうか。翼は、少し突飛かとも思っていた。しかしその思いも、目の前で喜ぶ彼女を見て、直ぐに消え去った。
「夜景を、見に行こう」
 ふいに出たその言葉。それは、嬉しさを見せる茉夕良の表情を見ていて、自然と出た言葉だったのかもしれない。
「夜景を……何処まで?」
「丘の上に、キミに似合う夜景が有る」
 小さく頷いた茉夕良は、翼に引かれて後に続いた。
 本当に好きな人を差し置いて、私の手を引いてくれる。夜景を見ようと、誘ってくれる。柵も全てを抜きにして、それは純粋に嬉しく感じられた。食事をし、薔薇を貰い、夜景を見る。自分だけを、本当に独占してくれるなんて、思っても見なかった。
「今日この日に、キミに会えるなんて思いもしなかった」
 翼が、茉夕良の前に立つ。会釈するように、その場を退いた。
 夜景が広がる。燦々と降る白雪の中に、街の街灯が明々と広がっている。風の無い、静かな丘の上からは、そうした夜景が見渡せた。誰が邪魔する訳でも無く、視界に雪だけがちらついている。
 せめて、今日くらいは。今日くらいは、キミの為に存在しよう。長い長い一生を約束されたこの身だろうと、今日一日は、キミの為の一日だ。
「偶然を軽く考ると、しっぺ返しを受けましてよ」
 翼は、一瞬きょとんとしたような表情をし、直ぐに笑いを見せた。
 髪をかきあげながら、街を見渡す。それを追うように、同じく街を見下ろす茉夕良。
 キミの為に夜景まで用意したんだから、今夜は、絶対に返さないぜ。たとえ今日がバレンタインだとしても、チョコが無かろうと、関係無い。
 それ以上に大切な存在が、必要なのだから。

 雪は止まない。
 だが、不思議と寒くはなかった。





 ― 終 ―



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 PC4788 / 皇・茉夕良 / 女性 / 16歳 / ヴィルトゥオーソ・ヴァイオリニスト 】
【 PC2863 / 蒼王・翼  / 女性 / 16歳 / F1レーサー 闇の皇女 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 じっくり、時間を掛けて書かせて頂きました。
 この度は発注有難う御座います、納品を一日勘違いしていた斑鳩です。

 少し、難しい感覚の間柄でしたので、これはと思い、じっくりと時間を掛けました。
 それだけしっかり書ければ良かったと思うのですが……如何だったでしょうか?
 具体的行動が少ない分、心理描写を中心としてみたのですが、若干自信の無い箇所もあります。
 それでも気に入って頂ければ幸いです。(汗)


 それでは、有難う御座いました〜 ノシ
バレンタイン・恋人達の物語2005 -
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東京怪談
2005年02月28日

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