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『Gemini 』
光月・羽澄1282)&守崎・北斗(0568)


 約束の時間は九日の夜10時。
 待ち合わせの場所に一人向かった北斗は、教えられた場所で足を止める。
 路地の奥まった場所にあるその店は知らない人間からすれば、ジャズバーである事すら気付かなかった事だろう。
 地図を見直し、住所も店の名前もここであっている事を確かめる。
 ドアを見ながら思い返したのはここに来るに至った経緯。
 最初は今日、この日に兄弟揃って来る予定だったのである。
 だが兄は急な用事が入ったらしく、結果として北斗一人で行く事になった。
 もちろんそれは連絡済み。
 小さな看板を見つめ、何かや納得したように頷いてみる。
 特に意味はなかったがバイトや何かの事件や興信所からの依頼とは関係なしに、一人でバーに来た事がなかったからだ。
 そもそも北斗は未成年なのだから、客として来る切っ掛けがなかったのも当然の話だったし、それ以前に兄が許さないだろう。
 誘われなかったら来る事は出来なかったであろう店は、少しばかりの緊張と同時に楽しくもあった。
「……よし」
 間違っていない事を確認してから、しっかりとした木製のの扉を開く。
 明かりの落とされた店内はほとんど所か全くと言っていい程に人が居ない。
「………?」
 ここであっているはずだと何度目かの確認をしかけた北斗にかけられた声。
「いらっしゃい、北斗」
 まるで鈴のような羽澄の声は、それだけでほっとしたような気分になる。
「良かった、間違ってたらどうしようかと思って」
「平気よ、さあ入って」
 柔らかく微笑みながら招き入れられた店内は適度に明かりが落とされていて、落ち着いた大人の雰囲気を漂わせていた。
 静かな店内に居たのは、羽澄ともう一人。
「いらっしゃい」
 カウンターの端の方にいる老婦人が、静かに北斗へと微笑みかけている。
 彼女がこの店のオーナーのようだ。
「どうも、おじゃまします」
「緊張しないで北斗、優しい人だから」
 ポンと肩を叩かれ、奥の席へと案内される。
 緊張は、この後すぐに無くなる事になった。


 席に案内してから、羽澄は料理を取りにキッチンの方へと向かう。
「お腹すいたでしょ、ちょっと待ってて」
「やったっ、腹減ってたんだ!」
「沢山作ってあるから、どんどん食べてね」
「もちろんっ!」
 店のホールに羽澄と北斗とオーナーの三人しか居なかったのにはちゃんと理由がある。
 今日……もとい、後数時間後のために特別にお願いをして店を締めて貰っていたのだ。
 特別な日だから、貸し切り状態の店に呼んであげたかったのである。
 料理は喜んで貰えそうな物を沢山作ったが、相手が北斗であるからにはこれでもたりるかどうか?
 普通なら食べきれない程の量を前にしてはいる物の、ほんの少しだけ首を傾げる。
「……まだあるし、大丈夫よね」
 多分と心の中でこっそりと付け加えてから、料理をトレイにのせて羽澄はテーブルへと戻っていった。


 近づいてくる羽澄にパッと北斗が表情を輝かせる。
「うまそーーー!!」
「まずはハンバーグとシチューからね」
 出来たてのハンバーグとデミグラスソースの良い香りが食欲を引き立てる。
「ラッキー、普段は和食が多かったしな。いただきますっ」
 さっそくとばかりにパンと両手を合わせてから、ハンバーグを大きく切り分けて口へと運び始めた。
 食べるペースのその速い事。
「あんまり急いで食べると喉に詰まるわよ」
「んん、んっん」
 口一杯に頬張っていた物を飲み込んでから言い直す。
「平気だって」
「そう? ならいいんだけど」
 ニカッと嬉しそうに笑う北斗に微笑みかけ、早くもなくなりそうになっている料理に気付く。
「いま飲み物持ってくるから待っててね」
「おう!」
 景気のいい食べっぷりは見ていて気持ちがいい。
 飲み物を取りに行った羽澄にオーナーが。
「座ってて良いんだよ」
「え、でも」
「大丈夫だから」
 そう言われては断れない。
「ありがとう」
 有難くその申し出を受ける事にして、羽澄も飲み物だけ持って席につく事にした。
 次々に料理が運ばれてくる中、時が経つに連れて次第に羽澄が時計を気にする回数が増えていっている。
「羽澄?」
 それに気付いた北斗が首を傾げると、何事もなかったかのように羽澄がオムライスの皿を差し出す。
「もうすぐ解るわ、これも食べたら?」
「おうっ!」
 ふわりとした卵の乗ったオムライスを受け取り、これまた美味しそうに食べ始める。
「美味しい?」
「すっげー旨いっ!」
 満足そうに頷く北斗。
「ね、話した通りでしょ」
「本当に良い食べっぷりだね」
 どんな説明を羽澄がオーナーにしていたかは、テーブルに沢山載っている料理の皿を見て納得したあたり想像するのは容易い。
「どうぞ」
 ことりと北斗のそばに置かれたグラスにそそがれているのは琥珀色の液体。
 大きく割られた氷がカラリとグラスの中で音を立てる、まるでそれはウイスキーのような……。
「えっ?」
「いいの、やったっ!」
 確かに他で飲んでいる所は目にしているとはいっても、良いのだろうかと言う思いが羽澄の脳裏をかすめる。
 もっと、心配する事は何もなかった。
「残念ながらウイスキーじゃないのだけど、雰囲気だけでも味わって頂戴」
 中はノンアルコールの別物と言う事である。
「本物は大人になったら飲みにいらっしゃい」
「うーん、そうだよな。そうする」
 まだ先の話だが、それでも予約を取り付けた事が嬉しかったようで、ウイスキーに似せたそれに口を付けた。
「デザートも食べるでしょ?」
「もちろんっ」
 フルーツやアイスの載られた皿を前に、北斗は大きくはっきりと頷いた。
 その後もたっぷりと食べて、ようやく北斗が満足しただろう頃。
「………」
 そろそろ日付が変わろうかという時間になったあたりで羽澄が席を立つ。
「………?」
 不思議そうな視線に羽澄はわずかに振り返り微笑みかけてから、真っ直ぐにステージの方に歩きピアノと向き合うときれいな姿勢で椅子に腰掛ける。
 流石に北斗も食べる手を止め、事の成り行きを見守る事にした。
「………」
 静かな部屋の中、カチリと時計の針が音を刻む。
 もう一度時計を確認するなり、楽譜に視線を落としピアノを弾き始めた。
 鍵盤の上で指が踊るたびに奏でられる優しい音色。
 透き通る声が心を暖かいもので満たし、すべてに染み渡るように柔らかく広がっていく歌声はとても優しい。
 それは、切なさと優しさを秘めたlirvaの歌声ではなくて……。
 本当に親しい人間にしか聞く言葉出来ない、優しさで満たされた羽澄の歌声。
 歌詞を耳にし、不思議な気分に浸る事になった。


 離れているのに、確かに感じるのだ。
 ここには居ない半身の存在を。
 どんな事が起きようとも、確かに絆はそこに存在している。
 遠くとも近い距離。
 繋がり続ける因果の糸。
 どうか幸せであるように、笑顔である事が何よりの幸せなのだから。
 暗闇を歩くのなら、何時だって足下をてらす明かりになろう。
 共にある事が願いなのだから。
 信じて欲しい、一人ではない事を。
 孤独になんてさせないから。
 感じて欲しい、半身の存在を。
 関係するすべてが幸せで、関わるすべてが優しくあるように。
 心から、そう願う。


 歌い終えた羽澄が、北斗の方に振り向き微笑みかける。
「………ああ」
 ここまで来れば説明する必要もないと言うことだ。
 食べるのにばかり気をとられていた所為で、すっかり時間を忘れていたが……時計の針は真上を少しばかり超えている。
 今日の日付は、2月10日。
 北斗達、守崎兄弟二人の誕生日。
 ここに呼んだ事も、沢山の料理も。
 日付が変わる瞬間ちょうどに唄い聴かせた歌も、すべてがバースデイプレゼントだったのだ。
「ハッピーバースデー」
 一曲弾き終えた後の心地よい浸りながら微笑みかけた羽澄に、北斗も一緒に照れたように笑い返した。



 今までこうしてジャズバーに来た事もなければ、誕生日にオリジナルの歌を送られると言う事もなかったのである。
 まさに特別な日なだ。
「ありがとな、すっげー嬉しい」
「喜んで貰えて良かったわ」
「でも兄貴はどうすっかな?」
 ここにいないのに聞かせる事は出来ない。
 とてもいい歌なのに、聞く事が出来ないなんて寂しすぎる。
「大丈夫、それならちゃんと用意してあるから」
 一人で来ると聞いた時に既に準備していたのだと取りだしたのは、小型のMP3プレイヤー。
「これも貰って、ちゃんと用意してあるわ」
「これも! 欲しかったんだこれ」
 受け取ったプレーヤーにさっそくスイッチを入れて聞いてみる、メモリーに入っていたのは……たった今聞いたばかりの曲。
 染み込むように優しい歌声。
「二人のための歌だから」
「……兄貴も絶対喜ぶ、絶対に」
 イヤホンから流れる音色に耳を澄ませながら、確信めいた口調で繰り返す。
 タイトルはGemini。
 たった一つの曲と優しい時間は、二人へのバースデイプレゼント。



PCシチュエーションノベル(ツイン) -
九十九 一 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年02月21日

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