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『 冬色の夢 』
月夢・優名2803

「あら?」
 足元に落ちた小さな実を見つけた月夢・優名はそれを拾い上げた。
 冬枯れの柘榴が一つ。
 育ちきらず、木に残っていた実が落ちたのだろう。
 手のひらに乗るほど小さな果実の硬い皮の下には熟しきらず、育ちきらず、皮を割ることも無かった赤い種子が数粒見えた。
「可哀想‥‥」
 優名はそれをどうしても捨てる気になれずハンカチで包んでカバンの隅に入れる。
 ひらり、実の上にハンカチの色と同じ、小さな音の無い花が咲いていた。

 翌日、久しぶりの纏まった雪に子供達は歓声をあげた。それはこの神聖都学園でも例外ではない。
 高校2年生を子供と言って良いのか悩む所ではあるが。
 昼休み、早々に昼食を平らげた男子は外で雪合戦を始めている。
「まったく、男達ってホント、子供なんだから。ね? ゆ〜な」
「そうね」
 くすっ、小さく笑って優名は友達と一緒に窓の外を見てみた。
 さっきまで雪合戦をしていた男子達。今度はどうやら雪だるまを作っているようだ。
 雪にまみれて戯れる男子は本当に子供のようで、少女達の頬にはまるで母のような優しい笑みが浮かんでいた。
 予鈴が鳴り響き、雪だるまになった少年達が戻ってくるまで、楽しそうに‥‥。

 その雪だるまは、昇降口と校庭の丁度境にあった。
 男子謹製。壊すなよ。と彼らは女子に言っていった。
「雪だるまを作るっていうのは日本人のDNAに深く刻み込まれているんだ!」
 とかなんとか。そのせいかどうかは解らないが、まだ夕方まで壊れずにそこにあった。
 丈は優名の胸ほど。男子が作ったにしては小振りでなかなか可愛い。
 黒い丸い石が二つ目に嵌り、口元も微笑むような木の小枝が差し込まれていた。
 毛糸の帽子にマフラー、手袋。どこから持ってきたのか長靴まで足に挿してあってなかなか芸が細かい。
「♪ うん、可愛い。いい子ね♪」
 ぽんぽん、優名はまるで子供にするように頭を優しくなでた。
「さて、そろそろ帰らなくっちゃ」
 図書館で本を読んでいてすっかり遅くなってしまった。
 とうにビルの向こうに隠れてしまった太陽の、残光も空から消えかけ空気もオレンジから紫へと変わっていく。
 逢魔ヶ時、そんな言葉が頭に過ぎり、足を踏み出した時
「しくしくしく‥‥」
「えっ?」
 突然の声、しかもどうやら子供らしい泣き声に優名は振り返った。
 そこには想像通り子供が、いる。
 しゃがみ込み、泣きベソをかいて‥‥。
(「どうして高等部の校庭に、子供が?」)
 疑問よりも早く、優名は踵を返していた。子供の前に立ち目線を合わせるように膝をつく。
「どうしたの? なんで、泣いているの?」
 なるべく優しく、子供を怯えさせないように‥‥。
 優名がかけた言葉に、一時、子供は泣き止むとまるで黒曜石のような、丸くつやつやした目で見つめた。
 男の子か、女の子かも解らない。ただ、服よりも真っ白な肌が印象的な子だ。
「迷子なの? おうちに送ってあげようか?」
「ううん」
 その子は首を振ると舌足らずな声で、一生懸命に告げる。
「寂しいの。ここにいなさい。って言われたんだけど、一人で、一人でさびしいよぉ!!」
 しくしくしく、めそめそめそ、ぐじぐじぐじ‥‥
 自分でも止められない涙をなんとか止めてあげたくて、優名は一生懸命考える。
(「私が、ずっといてあげてもいいけど‥‥、そうだ!」)
 校舎の裏に走り、また戻ってくると優名は手早く周囲の雪をかき集めた。
「何してるの? お姉ちゃん?」
「ないしょよ、ちょっと待ってね‥‥」
 話している間に陽はすっかりと暮れてしまった。でも、街路灯の灯りを頼りに優名は雪をこねる。
 そして仕上げにカバンの中のハンカチを広げ‥‥
「できた!」
 やがて、声をあげた。
「うわ〜、かわいい!」
 子供の純真な賛美に優名はうれしそうに微笑む。そこにいたのは小さなうさぎだった。
 寒椿の葉の耳、雪の体。そして目は、誰にも食べられず、朽ちかけていた柘榴の小さな粒。
 今にも動き出しそうな雪のうさぎが赤く、可愛い目をして子供と優名を見つめていた。
「はい、貴方のお友達よ」
 壊れないようにそっと、持ち上げると優名は雪うさぎを子供の手に抱かせた。
「貰っていいの?」
「ええ、お迎えが来るまで一緒にいたら良いわ」
「うれしいよ。ありがとう! 仲よくしようね」
 優しく抱き上げ頬ずりする子供の頬を、うさぎがぺろり、小さな舌で舐める。
 雪のうさぎがだ。
(「えっ?」)
「うわあ、くすぐったいよ!」
 目を瞬かせる目線の先で、子供とうさぎは優名に向かって笑いかけ、小さくお辞儀をしてみせる。
『お姉ちゃん、ありがとう‥‥。僕、もう寂しくないよ』
「な、何?」
 優名は不思議な声を聞いた。頭を巡らせ声の主を捜そうとするが、いつの間にか降り始めた雪が一瞬空気のカーテンを広げた。
『お姉ちゃんにも、素敵なお友達、たくさんできるといいね』
「貴方は誰? 一体何を?」
 真っ直ぐに伸びた手は声には届かない。答えも戻っては来ない。
 でも、雪の向こうに見えた少年とうさぎが静かに、うれしそうに笑ったのを優名は遠ざかっていく意識の向こうで確かに見たような気がしていた‥‥。

「‥‥な。ねえ、ゆ〜なってば! こら、寝るなあ!」
 揺さぶるられる肩に、かけられる声に優名は目を開けた。
「‥‥! あっ、何?」
「何? ってこっちが聞きたいわよ。とっくに帰ったと思ってたのに何してるのよ」
 声の主たる同じ寮の友人は、こらっ! と怒る仕草で優名に傘を差し掛ける。
「こんなところで、いつまでもボーっとしてたら、ゆ〜なまで雪だるまになっちゃうから!」
 寝ていたわけでも無いだろうが、優名は首と頭を巡らせて確認する。
 ここは学校の昇降口。日は暮れているが‥‥見慣れた場所だ。
 子供など、居ようはずが‥‥無い。
(「あれは‥‥夢?」)
 大きくなってきた牡丹雪を見つめながら考える優名の横で、友人が声を上げる。
 わあっ、という、それは歓声に近い声だ。
「ねえ、見てみて、ゆ〜な。あれ、すっごい可愛いよ!」
 指差したその先にあるものをさっき、優名は半分見て、知っていた。
 クラスメイト達が作った雪だるまだ。
 残り半分も、知っていた。初めて見るものではあったのだけれども。
「子供の雪だるまと、雪うさぎ。何だか絵本の中の1ページみたい」
「そうね‥‥」
彼女の指先にはまるで雪だるまと雪うさぎがあった。
 まるで、今にも一緒に遊び出しそうに生き生きとして。
 黒曜石と、柘榴の瞳が優名達を見つめている。
(「あれは夢じゃ、無かった‥‥わよね。貴方達はもう、寂しくない?」)
 声にならない問いに、返事は返らない。誰も答えない。
 でも、返事はもう、少なくとも優名には必要なかった。
 優名はほんの少し考えて、自分のカバンの中の折り畳み傘を取り出す。
「ちょっと、ゆ〜な。自分の傘、どうすんのよ?」
「いいの。行きましょう」
 
 雪だるまの手に持たせた傘は、風で足元の雪うさぎにもそっとかかる。 

 あれは、雪が見せた、それは一時の夢だったのかもしれない。
 でも‥‥素敵なものを貰ったような気がしたのだ。
 傘は、そのお礼だから。

 空から落ちる不香の花は、それを見つめる優しき者達に、一人ではないよ。と告げるように、静かに静かに降り積もっていった。
 



PCシチュエーションノベル(シングル) -
夢村まどか クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年02月21日

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