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『『嘆きの霊に捧げる言葉』 』
桜塚・金蝉2916)&蒼王・翼(2863)


「ごめんね。本当にごめんなさいね。こんな事になって」
 彼女は眠っている娘の頭を撫でながらぼろぼろと涙を零した。
 家族で最後の旅行。
 めいっぱいに昼間遊んで、そして高級旅館に泊まって美味しい料理を食べて、それで旦那と子どもに睡眠薬を大量に飲ませて、今に至る。
 彼女は何度も何度も子どもに謝った後に自分も大量に薬を飲んで、自殺した。
 しんしんと雪が降るある冬の日の出来事だった。



 ――――――――――――――――――
【?T】


 桜塚金蝉のもとにやってきたのはとある旅館の亭主であった。
 その男が言うには彼の旅館は昔は有名な老舗旅館として名を馳せていたらしいが、昨今は客室のひとつで起こる心霊現象のせいで客足が遠のいているらしかった。
「なるほど、それはまた難儀な事だな」
 金蝉は顎に手をやりながらふむと頷いた。
「その心霊現象を俺は解決すればいい訳だ。よかろう。俺がその依頼を受けよう」
「ありがとうございます。でもただ」
「ただ?」
「その心霊現象はどうやら限定されるらしいんです。起こる切欠が」
「なに?」
 片眉の端をわずかにあげた金蝉に彼はこくりと頷いた。
「その客室に出る幽霊は1年前に自殺した夫婦なんです。その夫婦が自殺した以降、その客室に夫婦が泊ると自殺した夫婦が出てくるんです」
 金蝉は口許に手をやりながら小さく溜息を吐いた。



 +++


 蒼王翼が空港のロビーに到着するとそこにはとてもよく見知った顔があった。しかしその顔を見て彼女が眉根を寄せたのは別に彼の事が嫌いであったからではない(寧ろ彼は彼女にとって大切な人である)。
 ではどういうつもりで彼女が眉根を寄せたかと言えば……。
 ―――また自分の仕事を闇の皇女たる僕に手伝わせるつもりか。
「はぁー」
 翼は大きく溜息を吐くと、金蝉の方へと歩いていった。
「なんだい、自己中心的で性格破綻者たるキミが出迎えに来てくれるなんて随分と珍しい事だね?」
 溜息混じりに金蝉は大きく肩を竦めた。
「散々な言われようだな。せっかく人がこうして日本に帰ってきた翼を出迎えに来てやったのに」
「だから言うだろう? 慣れない事をするモノではない、ってさ」
「ふん」
「で? キミが空港まで僕を迎えに来た魂胆は何なんだい?」
 金蝉は呆れたように半眼で真っ直ぐに自分の顔を見る翼を見つめ、そしてもう一度吐いた溜息で前髪を浮かせた。
「だからどうしてそう翼は疑り深いかな? 俺はただ翼と一緒に山深い渓谷の傍にある老舗の旅館に泊まりたいだけ…って、だから何だ翼、その目は?」
「いや、気にしなくっていいよ、金蝉。で、その旅館ではどんな怪奇現象が起こるんだい? どうせ陰陽師の仕事なんだろう?」
 滅多に笑わない金蝉が苦笑を浮かべた。



 ――――――――――――――――――
【?U】


 空港の近くにある喫茶店で金蝉と翼は向かい合って座っていた。
「お待たせしました、お客様。ご注文のアメリカン二つとミックスサンドです。注文は以上でよろしかったですか?」
 金蝉はこくりと頷き、ウェイトレスはテーブルにアメリカンコーヒーとミックスサンドを置くと、後ろ髪を引かれているような顔で金蝉と翼とをちらちら見ながら席からカウンターの方へと戻っていった。
 男装の麗人たる翼はカウンターの方で自分たちの方を見ながら騒いでいるウェイトレスたちに極上の笑みを浮かべてやった。
 きゃー、と赤い顔で騒ぐウェイトレスに翼はくすりと笑いながら小さく肩を竦めると、カップを手に取って口に持っていた。
 喉元から胸へと落ちた温かみに翼は満足げに頷く。
「うん。美味いね、やはり日本のコーヒーは」
「コーヒーぐらいはどこでも飲めるだろう? ここの味も然したる事はないと想うがね?」
 温かそうな湯気を上らせるカップを手に持ったままもう片方の手で頬杖つきながら金蝉は鼻を鳴らした。
 翼は肩を竦める。
「そうでもない。確かにコーヒーはどこにでもあるけど、味はまた別の話だよ。昨日まで居た国のコーヒーは泥水のようだった」
「それは、ご愁傷様」
「だからここのコーヒーは本当に美味しく感じるよ」
「だったらもう一杯飲むか? 奢るぜ」
 金蝉が口の片端をあげながらそう言うと、翼はふっと苦笑した。
「安い恩の売り方だね、金蝉」
「ほっとけ。俺はおまえのためを想って言ってるんだよ」
「まあ、哀れみには感謝しておくよ。それじゃあ、お言葉に甘えてお代わりをさせてもらおうかな」
 それから翼はコーヒーをもう一杯注文して、それが運ばれてくるまでにツナサンド、エッグサンド、トマト・レタス・キュウリ・アスパラの野菜サンドが一段ずつあるミックスサンドを頬張って幸せそうな顔をした。
 そしてそれをぺろりとたいらげると丁度運ばれてきたアメリカンコーヒーを飲んで、ようやく満足そうな顔をした。
「で、今回はどんなキミの仕事に僕を巻き込むんだい?」
「そうつっかかるような言い方するなよ、翼。なに、今回の仕事はそうは悪くはない。なんせさっきも言ったように行く場所は山深い渓谷の傍にある老舗旅館なんだからな」
「場所はそうでも怪奇現象が起こるのなら差し引きゼロさ」
 翼は肩を竦める。
 そしてグラスを傾けて中の水をあおるのだが、
「まあ、怪奇現象が起こるかどうかは今のところはわからない。まずは向こうが俺と翼を夫婦と認めてくれないと、あちらさんは出てきてくれはしねーからな」
 ………!?「ぷぅはぁ」
「うわぁ、汚ね。なに吹いてんだ、翼ぁ!」
「ごめん。ってか、キミがバカな事を言うから悪い。ふ、夫婦って何だ?」
 おしぼりで口許を拭いながら翼は真っ赤な顔でそう金蝉に文句を言った。冷静な表情をしようとするが、顔の筋肉は想うとおりに動いてはくれないらしい。
 金蝉の方はうぅ、っと言葉に困ると、わずかに翼の方に乗り出させていた上半身を椅子の背もたれにあずけて腕組みする。
「しょうがないだろう。おまえの他に適任の人材がいねーんだから」
「とにかく、もう一度最初からちゃんと説明してくれないかい?」
 そう言うと翼は金蝉には何も聞かずにもう一杯コーヒーを注文して、それを飲んで落ちついてから、金蝉に頷いた。
 金蝉は肩を竦めながら軽く溜息を吐くと、腕を組み直してから口を開いた。
「俺の元に依頼を持ち込んできたのは*県*市にある山深い渓谷の傍にある老舗の旅館だ。そこは一年前までぐらいはとても有名な旅館だったらしい。しかしそこである夫婦が自殺をし、それからはその客室に夫婦が泊ると、その自殺した夫婦が出てくるそうだ。それで旅館の主が俺にその夫婦の幽霊の退治を依頼してきた」
 翼はまた顔を赤くしながら口を半開きにしていた。
「僕と金蝉とじゃ無理がある。夫婦には見えない」
 真っ赤な顔はそのままにきっぱりと翼は言った。
 金蝉も肩を竦めながら組んでいた腕を解いて片手を横に振った。
「俺だってそう想うさ。だけど他には頼める人物がいないんだからしょうがないだろう」
 そう言うと、翼の表情がほんの一瞬険しくなった。
 その表情の意味がわからずに金蝉は両目を細めたが、翼は何も言わなかったので敢えて何も言わなかった。
 そして翼は大きく溜息を吐くと、金蝉をじろりと見た。
「それで僕が断ったらどうするつもりだったんだい?」
「それは…まあ、他の人間を何とか探すさ」
 そう言う金蝉に今度は妙に翼はいい笑みを浮かべて、それから大きな溜息を吐いた。
「しょうがない。じゃあ、貴重な僕のオフをキミのために使ってあげるよ。僕と金蝉とじゃ絶対に夫婦としては無理があるから、しっかりと老舗の旅館でのオフを楽しめるだろうさ」
「温泉もあるそうだよ」
 金蝉は口の片端を浮べ、翼は大きく頷いた。
「それはまた充分に楽しめそうだね。日本でのオフを」



 ――――――――――――――――――
【?V】


 件の旅館は降り積もった雪の中でひっそりと息を押し殺すようにしてそこにあった。
 築数十年の木造のその建物は本来ならば味わい深い和を見る者に感じさせるのであろうがしかし、今のその建物は陰気めいた雰囲気しか感じさせなかった。
 旅館の中はとても清潔にされていたが中には従業員以外の人間の姿は見えなかった。
 出迎えた旅館の主は金蝉と翼に地獄に仏と会ったような表情を浮かべて両手で二人に握手してきた。
「ありがとうございます。桜塚さん。本当にありがとうございます」
「いや、そう恐縮しなくともいい。こちらも仕事で来ただけだ」
 ぞんざいに片手を振る金蝉の横で翼も肩を竦める。
「そう。それにお礼を言うのはまだ早いしね。まずはあちらさんが僕らを夫婦と認めてくれないといけない訳だし」
「あ、はあ」
「まあ、そこら辺は賭けだな」
 金蝉はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
 二人は例の客室へと案内される。
 なるほど、客室は暖房で充分に温められているはずなのにそれでもその温かい客室には肌寒い冷気を感じた。
 窓は結露で濡れていて、壁にはアオカビが生えていた。
「アオカビは心霊現象が見られる部屋などでは必ずしも見られるモノだ。なるほど、これは本物だな」
 金蝉は鼻を鳴らした。
 翼の方は部屋の壁にかかっている掛け軸を裏返していた。そこにはもちろん魔除けの札なんかもあって自然と翼の眼は半眼となった。
「翼、幽霊が出るのは丑三つ時と相場が決まっている。それまではせいぜい夫婦ごっこを楽しむか?」
 翼はテーブルの上の饅頭を投げつけた。
「冗談だ」
 金蝉はその饅頭を片手でキャッチして溜息を吐くと、翼が居るのにもかまわずに用意されていた浴衣に着替え始めた。
 翼はむぅ、っと眉根を寄せてちょっと怒ったような顔で金蝉を睨んでから金蝉に背を向けた。



 +++


 脱衣所で浴衣を脱いで下着を外すと、バスタオルを体に巻いて翼は露天風呂のドアを開けて脱衣所から露天風呂に出た。
 雪がまたしんしんと降り出してきて翼の素肌を鋭い冷気が突き刺す。
 雪で滑らぬように細心の注意を払いながら露天風呂に寄ると、桶で湯をすくい、肩からかけた。
 熱い湯が肩から胸、腹、腰、足を撫でるように流れて指の先から石畳に広がる。
 湯気を上らせる翼の体に落ちた雪はほんの一瞬、形をとどめて、その後はじんわりと溶けた。
 翼は露天風呂に入り、紅潮した顔でほぉーっと小さな溜息を吐いて、両手ですくった湯を顔にかけた。
 そして何気なく男風呂とを隔てている壁に視線をやって、金蝉に話し掛ける。
「金蝉、感謝するよ。とてもいい湯だ。体の芯から温まって、疲れが落ちる」
「それは翼をここまで連れて来た甲斐があったよ。あとはこれで件の夫婦が出てきてくれたら言う事無しなんだがね」
「それを言うのなら出てこない方が言う事無しなんじゃないかい?」
「それは違う。もしも出てこなかったら俺は宿泊料を払わなくっちゃならなくなるし、依頼料も入ってこない」
「それはまあ問題かもね。僕には関係ないけど。ここへはキミの奢りで来てるのだから」
「ふん」
 鼻を鳴らした金蝉に翼はくすくすと笑った。



 +++


 船盛の刺身や鍋、天ぷらに酒、最高級の食材を使った最高の料理を堪能した金蝉を襲ったのは件の夫婦の霊ではなく、睡魔であった。
「クソォ。いつになったら夫婦の幽霊が出てくるんだ」
 苛立たしげに金糸のようなサラサラの髪をくしゃっと掻きあげながら金蝉は舌打ちした。
 そんな彼に本を読んでいた翼は視線はそのままに溜息を吐いた。
「幽霊が出る時間は丑三つ時だって言ったのはキミだよ、金蝉」
「そんな時間まで待っていられるか。こっちは眠くってしょうがないんだ。クソォ」
「はぁー。ったく、キミは朝が遅いくせに夜も早いんだからね。今時22時なんて小学生でも起きてる時間だと想うけどね」
「ほっとけ」
「僕に八つ当たりしないで、金蝉」
「ふん。もういい。俺は寝る」
 そう言って金蝉は用意されていた布団に入ると、3秒で寝てしまった。
 頬杖ついて本を読んでいた翼は視線を本から金蝉に向けると、大きく溜息を吐いた。
「自分の仕事を放棄するなよ、金蝉」
 そして寝ている金蝉の布団のすぐ隣に敷かれている布団にほんのりと顔を赤くして、翼はぎこちなく視線を本に戻した。
 それから時間は進み、丑三つ時を迎える。
 もともとどこか肌寒かった部屋の空気がさらに温度を下げていき、空気に含まれる緊張の密度がその濃度を増していった。
 部屋の光が届かない場所にある影がざわざわと落ち着きがなくなり、よそよそしかった。
「どうやらようやくお出ましのようだな」
「おや、金蝉、起きたんだ。せっかく今から叩き起こそうと想っていたのに」
「ふん。それは悪かったな。せっかくのご好意を無駄にして」
 肩を竦めた金蝉と翼の視線の先でいつの間にか幽霊が現れ出ている。
「それでおまえらは何なんだ。好きで死んだんだろう? だったら生きてる人間に迷惑をかけるんじゃねー」
 小銃の銃口を何の躊躇いも無しに金蝉は夫婦に向けた。
 その銃を構える手に翼は手をかける。
「一応話は聞こうと想う。キミたちにだって言い分はあるんだろう。何も僕らは力づくでキミらを除霊しようと想ってる訳でもない。浄霊ならそちらの方がいいに決まっている」
「翼」
 横目で睨んでくる金蝉に翼は優雅に微笑んだ。
 その表情に金蝉は舌打ちをして、小銃を引っ込めた。
 翼は柔らかに両目を細めて金蝉にありがとう、と言うと、夫婦に視線を向けた。
 その視線に応えるように妻が口を開く。
『娘が。娘が生き残ってしまったのです。私達はただその娘が心配で、だから私達は…』
「私達は?」
『私達が乗り移れる体を探していたんです。それで娘に会いたくって』
「なるほど」
「ふん、くだらん。親が居なくとも子は育つさ。特に自分たちの都合で身勝手に子どもを殺そうとする親ならば特にな」
「金蝉」
 翼は責めるように金蝉を見るが金蝉は鼻を鳴らすだけだった。
 軽い溜息を吐きながら翼は肩を竦めると、夫婦に言った。
「良いでしょう。ならば僕の体を一晩だけ貸して上げます」
「翼ぁ!」
 金蝉は大声を出すが翼は構わなかった。
「良いですよ」
 そしてその翼の言葉を聞いて満面の笑みを浮かべた妻が肉食獣が草食獣に襲いかかるように翼に踊りかかり、翼に取り憑いた。
 その光景を睨みながら金蝉は舌打ちをし、そして自分も金蝉の体を、と窺っている男の方にがしゃりと肉食獣が牙を剥くような無機質な音を奏でて銃口を向けた。
「俺は翼のように甘くは無い。少しでも変な真似をしてみろ。この銃で消滅させるぞ」
 そして男を脅した後に不機嫌丸出しの眼で翼を…正確には翼の体に憑依した女を睨んだ。
「おまえもさっさと好きにしろ。娘に会うんじゃねーのか」
「あ、はい」
 こくりと頷いた彼女に金蝉は鼻を鳴らすと、部屋の電話の受話器を手に取って、フロントに電話をかけた。フロントには依頼主である主が居る。
『桜塚さん、解決したんですか?』
「いや、まだだ。それよりもあんたが養女にした娘をこの部屋に連れてきてくれるか?」
 そう頼むと彼は受話器を下ろして、夫婦を睨んだ。
「あんたらが置いていった娘は病院を退院した後、この旅館の主夫婦が養女にしてくれた。充分に愛されているよ。ここの夫婦には結婚して20年経っても子どもができなくってな。だからあんたら夫婦に迷惑をかけられているにも関わらずに大事に愛情を持って育てられている。心配する必要は無い」
 金蝉がそう言うと、彼女はぼろぼろと泣き出した。泣き崩れる彼女に旦那が寄り添う。
 そして眠っている娘が主に抱っこされて部屋にやってきた。
 主は娘を布団の上に寝かせて、優しい父親の表情で娘の顔にかかる髪を掻きあげてやる。
 枕元から翼は娘の顔を覗き込んで、それからぼろぼろと泣き出した。何度も何度も娘の名前を呼びながら。
 その彼女の姿を見つめながら金蝉はうざったそうに言った。
「悪いが最近のこの娘の事を話してやってもらえるか?」
「え、あ、はあ」
 主は戸惑いながらも養女の事を話し出した。
 最初の頃は毎晩両親を探し回りながら泣いていた事。
 妻と二人で何とかこの娘を笑わせようと努力した事。
 この娘が昔家族で見たというアニメ映画を探し回ってようやく見つけて、妻とこの娘と三人で見て、娘が大声で泣いて、妻がぎゅっと抱きしめた事。
 その晩は三人で川の字になって寝た事。
 小学校の入学式の事。
 お父さん、お母さんではなく、パパ、ママと呼んでくれるようになった事。
 たくさんの想い出。
 ようやく本当の笑みを見せてくれるようになった、と主は本当に幸せそうに言った。
 夫婦は娘の顔を泣きながらじっと見つめ、それらを聞いていたが、特に何かに反応を示すという事は無かった。
「これで安心しただろう」
 金蝉はそう言い、主は娘を連れて部屋を出て行った。



 +++


 そして朝が来た。
「さあ、約束の時間だ。翼から出て行ってもらおうか」
「嫌だ。私はこの娘の体を使って人生をやり直すの。娘と一緒に。あなたの体も主人に渡してぇ!」
『それが一番なんだぁー』
「ちぃ。こうなると想っていたぜ。おまえら最初からそのつもりだったんだろうが」
 金蝉は畳を強く蹴って彼女の懐に飛び込むと同時に神力を込めた拳を彼女の腹部に叩き込んだ。
 転瞬、くの字に曲がった翼の体から後方に霊体である妻の魂が強制的に飛び出た。
 そしてその彼女に向けて金蝉は小銃の銃口を向ける。
「もう心残りも無かろう。往生しやがれ」
「待って、金蝉」
 荒い息を吐きながらその金蝉を止めた翼。
 しかしもう金蝉はその翼の声を聞かなかった。撃鉄をあげてトリガーに指をかける。
 だが……
「どけ、翼」
 銃口の先に居た夫婦を庇うように翼が金蝉の前に立ったのだ。
 そして彼女は金蝉に微笑んだ。
 その笑みに、
「ちぃ。好きにしろ」
 金蝉は舌打ちをした。
 そして翼は夫婦に視線を向ける。とても優しい笑みを。
「あなた方は娘さんが心配でここに残っていたのでしょう? でも娘さんが今はここの旅館の経営者夫婦によって幸せに育てられているのがわかったはずです。大丈夫。あの人たちはとても優しい人です。あなた方は安心していい。だから次はあなた方が救われる事を、次を考える番です」
 翼はそう言い、夫婦たちは抱き合いながらそこに座り込んだ。
 そして図ったようにそこに主と娘が現れる。
 娘は部屋に飛び込んできて、泣きながら部屋を見回し、そして主に抱きついて、また泣いて、主はぎゅっと娘を抱きしめた。
「お父さん、お母さん、どこぉ。どこに居ちゃったのぉ? うわぁーん」
「この子が夢を見たと、この部屋に両親が居る。すみません。お邪魔をしてしまって」
「いや、構わんさ」
 金蝉は素っ気無い声でそう言い、翼は静かに微笑んだ。
 夫婦の幽霊は泣きながら部屋を見ている娘に『『さようなら。幸せにおなり』』と呟き、そして主に頭を下げると、成仏した。



 ――――――――――――――――――
【ラスト】


「ああなる事はわかっていたはずだ。どうしてあんな軽率な真似をした?」
 金蝉は怒りも顕に言った。
 しかし言われた翼は肩を竦め、そして、
「キミが何とかしてくれると思っていた」
 と、とても純粋な笑みを浮かべて言った。
 その表情に金蝉は口を何かを言わんと2、3回開閉するが、結局は何も言えずに口を閉じてしまった。
 そして翼は乾してあったバスタオルと手ぬぐいを掴むと、それを金蝉に投げつけた。
 受けとめた金蝉は翼を睨む。
 翼は笑いながら肩を竦めた。
「って事で、事件は解決。後は温泉を楽しむだけだね」
「ふん。朝風呂の後は俺は寝かせてもらう。翼のせいで寝られなかったからな」
「はいはい。この後に一緒にサル山にでも行こうか?」
「おい」
 不機嫌丸出しの金蝉の声にもバスタオルと手ぬぐい、着替えを持った翼は聞こえていないフリをして、にぃっと微笑んで、眠そうな顔をした金蝉は疲れたように頭を掻いた。
 こうして事件を解決した二人はオフをこの旅館で存分に楽しむのだった。


 ― fin ―



 ― ライターより ―

 こんにちは、桜塚金蝉さま。
 こんにちは、蒼王翼さま。
 はじめまして。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


 今回はご依頼ありがとうございました。^^
 プレイングでの翼さんの抵抗の言葉が面白く、書いていて楽しかったです。
 金蝉さんはとても好きなタイプのPCさんで書いていてとても楽しかったですし、それに翼さんの方は男装の麗人でクールな感じかな、とも想ったのですが翼さんと金蝉さんの関係がお互いに大切な人でしたので、ちょっと乙女チックな感じも書いてみました。^^
 いかがでしたでしょうか? お気に召していただけてましたら幸いです。


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 ご依頼、本当にありがとうございました。
 失礼します。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
草摩一護 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年02月21日

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