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『Bitter Sweet 』
新久・義博2516


 ふと気が付いた時には、『その人物』は目の前に居た。
 チラチラと空から柔らかな白い雪が降り注ぐ、そんな中での出来事だった。
「…願いを、叶えましょう。どんな力を使おうとも、それは貴方の自由です。
 僕は貴方のためだけに現れた…貴方の願いを叶えるために」
 目の前の人物――20代半ば程の青年は、にこりと微笑みながらそう言った。
 これが初めての出会いであるのに、何故か懐かしささえ感じる。
「何故…? と思うでしょう。それは当たり前の感情です。でも…貴方は『僕』を呼んだ。それが、全てなんです」
 言葉を続ける青年に戸惑いを感じたが、何も言うことが出来ない。青年の瞳が、とても穏やかで、優しいものだったから。
「さぁ…貴方の願いを叶えましょう」
 ゆっくりと瞳を閉じ、手を差し出した青年は再びの言葉を繰り返す。
 
 我に返った時には、この青年の手を取っていた後だった。



「…願いを…叶える?」
 そう、眉根を寄せながら口を開いたのは、新久義博だった。
 彼の目の前に立つのは、何でも願いを叶えると簡単に言った青年がいる。微笑を崩すことなく。…それが、一瞬不快と思えるほどに。
「何か…ご不満ですか?」
 義博の言葉を受けながら、青年はゆっくりとそう返す。その問いかけさえ、気分のいいものには感じ取られない。
「他人の助けなど…必要とはしない。私は…自分が望む事を他人を踏みつけてでも実行してきた」
 青年は冷酷に取れるその義博の言葉にも、黙って微笑み続けていた。口を挟むことも無く、頷く事で彼に続きを促したりもしている。
「…貴方がどんな存在かはわからないが」
 義博はそこで、言葉をとめた。
 素性の解らぬものに、どこまで…何をぶつければいいのか。
「先ほども言いましたが…『貴方が僕を呼んだ』。それが全てであり、僕の存在理由になるんです」
 義博の言葉につなげるかのように、青年は口を開いた。ゆっくりと…それはまるで、呪文のように。
「私が、貴方が来る事を望んだというのか…?」
 さわ…と冷たい風が、立ち尽くしている二人の間を吹きぬけた。青年の前髪が揺れ、それがそのまま義博へと届く。
 義博はそれを不思議な感覚で受け止め、僅かに声を震わせながら、そんなことを言う。問いかけるようなそれに答えを待たずに、彼は口元へと手を持って行き、視線を下へとやる。
 それから僅かな時間の間、沈黙が生まれた。
 風が空を舞う雪を運び、義博の頬を掠める。瞳を伏せ気味にそれを受け止めると、彼はゆっくりと口を開いた。
「…わかった。では頼もう。
 私は望む事は全てしてきた。しかし…望む事自体を恐れている事が一つ有る」
 青年は義博の言葉を、全身で受けているように見えた。瞳を閉じて、彼の声音を吸い込むようにして聞き入れている。そこからまた、新たな風が生まれたように、思えた。
「叶えて見せます。どんなことでも…」
 それが、青年の義博への促し。信用してくれなくてもいい、僅かな時間だけを自分へと預けて欲しい。彼はそう伝えたいのだ。
「……私が恐れてどうしようもない唯一の『存在』へ、望みを持つ勇気を。ほんの少しだけでいい、素直に好意を出せる事。…業界が煽ってる下らない子供騙しの行事に乗るのは不本意ではあるが、素直に騙され馬鹿になる勇気をくれ」
 挑みかけるかのような口調でありながらも、義博の表情には自嘲が混じっていた。
 彩られた街を行きかう人々。華やいだ雰囲気。その渦の中に、義博は溶け込むことが出来ない。プライドがそれを許さない。
 だが、青年はそんな義博の前に現れた。まるで彼の心の中を見透かしたかのように。
「チョコレートを買い、想い人に渡す…。他人に物事をコントロールされるのは不愉快だから、それ以上はいい。勇気と言うより、言い訳や理由が欲しいだけかもしれないが…」
「了解しました」
 今日という日は、誰にとっても大切な日になる。分け隔て無く、差別も無く。
 青年はそれを誰よりも何よりも、強く願う存在。
 義博の『願い』を受け取った彼は、腕を差し出し、手の先に淡い光を生み出した。義博はその光に瞳を奪われ、動くことが敵わない。
「…人の想いは儚く、とても美しいものです。貴方の願いも…誰にも負けないほどの輝きを持っている。恐れることなく、前へと進みなさい。貴方の心の『薔薇』は、まだ病んではいませんよ」
 そう、静かに言葉を綴る青年の手のひらの上にから光が消え去り、花が現れた。瑠璃色の薔薇だ。
「……薔薇…」
 青は気高さを象徴する。
 それはまるで、義博の一番よく知っている人物を言葉無く言い当てたようなもの。
 青年の手からその青い薔薇を受け取った瞬間、目の前の彼はゆっくりと頭を下げ音も無く、そして静かに姿を消した。最後まで、微笑を崩すことなく。
「……………」
 一人残される形となった義博は、手にした青き薔薇を見つめたまま暫く動かずにいた。
 不思議と、青年に対する疑いが心の奥底から消えていることに気が付いた彼は、僅かに口の端上げ微笑む。その笑みを、薔薇で隠しながら。
「この世界は…まだまだ興味深いことばかり…そういう事なのだな」
 彼のそんな独り言は、空から舞い降りる雪へと溶け込み、消えていく。
 息を吐くと、ほんのりと白く形を成す、それ。
 手にしていた薔薇はいつの間にか、義博の希望したチョコレートに形を変えていた。綺麗に包装された角には小さな青薔薇の飾りがつけられている。
「…ふ…これが貴方の、『サービス』とでも言うのか…?」
 その言葉に、当然答えなどは返ってこない。だが彼を取り巻く空気がふわりと舞い、頬を掠めた事で義博は満足したように軽く頷くのだった。ゆっくりと、優しい手つきで背中を押されたようにも、思える。
 義博はそれから、ゆっくりと一歩を踏み出し、自分もその場から姿を消す。
 
 コツ、と地に足を下ろした場は、彼の住まう場所であり、自分の帰るべき場所でもある。
「…………………」
 自分の姿が滑稽だ、とも思う。
 それでも、あの青年に会う前までの苛立ちは、今の義博の心の中には巣食ってはいない。
 不思議なものだ。これが、青年の力なのだろうか。
 心の中で考えをめぐらせていると、目の前の玄関の扉がゆっくりと開いた。
「お帰りなさい。遅かったですね」
 光の中から現れたのは、義博の何よりも大事な存在。そして手の中に納まった『青薔薇』を渡す相手。
「…ただいま。そんな軽装で出てきて…中へ入りなさい、風邪をひきますよ」
「はい、兄さん」
 取っ手に手をかけたまま、彼は微笑んでいる。義博の帰りを待っていたのだろう。
 その彼に義博は優しく声をかけ、自分も玄関の中へと足を進める。

 ――――何も、恐れることは無いのですよ。それが『罪』だと言うのなら、僕はどうして存在しているのでしょうか?

「…………、…」
 義博の、耳を掠めた小さな言葉。まるで、脳裏に直接語りかけられたような。そんな響きだった。
 振り返っても、当然姿など無い。
(全て、お見通しというわけか…そして、貴方も…)
 義博は軽く笑みを作り上げながら、心の中でそう呟く。そして、最後は言葉を濁し、続けることはしなかった。
「…今日は貴方に渡すものがあるのですよ。受け取ってもらえますか?」
 ゆっくりと向き直り、自然に口を付いて出たのは、そんな言葉。
 もちろん、向き合った先にいる相手は笑顔で頷いてくれている。
 こんなにも、簡単なこと。
 義博は彼に解らないように小さく笑い、静かに瞳を閉じる。心の奥底であの青年に『有難う』と囁いたのを…彼は聞いているだろうか。届いただろうか。
「たまにはこういうのも…いいものですね」
 視線の先には、大切な者の微笑。何よりも、美しいと思えるもの。
 義博は、僅かながらに与えられた幸福に酔いしれながら、家の中へと姿を消したのだった。
 



-了-
 


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【2516 : 新久・義博 : 男性 : 25歳 : 華麗なる悪夢の拷問官】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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新久・義博さま

ライターの桐岬です。
いつも有難うございます。いかがでしたでしょうか、ご希望通りになっていますでしょうか。
本当はバレンタイン当日に仕上げたかったのですが、スケジュールの都合上、
無理がありまして…申し訳ありません(涙)。
少しでも楽しんでいただければ、幸いに思います。
よろしかったらご感想など、お聞かせください。

今回はありがとうございました。


※誤字脱字がありました場合、申し訳ありません。


桐岬 美沖
バレンタイン・恋人達の物語2005 -
朱園ハルヒ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年02月21日

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