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『風花の舞う中で 』
アイラス・サーリアス1649




 今日の天使の広場での情報収集はこんなところだろう。
 さてと、とアイラス・サーリアスは天使の広場を後にし黒山羊亭へと向かう。
 日課になっている黒山羊亭に出ている依頼を探しに行く為だった。
 酒場でもある黒山羊亭には情報も溢れているが、冒険者向けの多数の依頼も集まっている。
 それらの中から自分の能力に見合った依頼を探しこなしていく。
 それがアイラスの毎日だった。

 地下へと続く階段を下り、黒山羊亭の中に入ると独特の雰囲気に包まれる。
 ステージではエスメラルダが艶やかに微笑みながら踊りを踊っている所だった。
 アイラスはそのまま情報が貼られている掲示板へと足を向ける。
 いつもなら重なるほどに貼られている依頼も今日はまっさらで。
「珍しいですね‥‥いつもなら選り好み出来るほどに貼られてる依頼が一つもないなんて」
 こういうこともあるんですね、とアイラスが掲示板を見つめていると、踊り終えたエスメラルダが声をかけてきた。
「あら、アイラスじゃない。いらっしゃい。今日も依頼? でも残念ね。今日はなんだか珍しく依頼が全部埋まっちゃったのよ」
「そうみたいですね」
 こんばんは、とにこやかに挨拶をしながらアイラスが告げると、エスメラルダが含みのある笑顔を浮かべる。
「でもね、さっき面白い依頼が入ったわよ」
「あるんですか? それも面白い依頼?」
「えぇ、ちょっと待っててね」
 ふふっ、と笑うとエスメラルダが奥へと入っていく。
 そして何か一枚の紙とグラスを持ってくるとアイラスの目の前に置いた。
「これはサービス。あとそれが依頼書ね」
 依頼書だと言われた紙を手にしたアイラスはそれに目を通し、首を傾げた。
「薄青色の髪の毛で髪型はポニーテール。深紅の衣装で来るべし‥‥とは?」
「そのまんま。その格好で来て欲しいって事でしょうね」
「依頼内容が書かれてませんけど」
「書いてあるじゃない。その格好で行くのが依頼。その後の事は聞いてないわ。ただ、その格好で来て欲しいって依頼だったの。でもちょっと訳ありっぽかったのよね‥‥持ってきたのは綺麗な子だったわ」
 場所はね、とエスメラルダは更に紙をアイラスに手渡す。
「まぁ、何もしないでいるよりは動いた方が良いですし。それに水色の髪の毛だなんてぴったりですしね」
「そうでしょう? この依頼受けた時、真っ先にあんたの顔が浮かんだから取っておいたの。まだ今日は来てなかったみたいだから。それとね、なんだかその子追われてるみたいに何度も自分の背後を確認していたようだから、一応用心はしておいた方が良いと思うわ」
 分かりました、と頷くとアイラスは目の前に置かれたグラスに手をかける。
「それじゃ、遠慮無くいただきます」
「どうぞ。‥‥あ」
 微笑んでアイラスに背を向けたエスメラルダだったが、何かを思い出したようにアイラスを振り返った。
「‥‥‥?」
 視線を感じ顔を上げたアイラスにエスメラルダは告げる。
「その眼鏡取っちゃうのよね。あたし、アイラスの素顔ってそういえば見たこと無かったわ。出かける前に顔出してくれない?」
 その言葉にアイラスは笑顔で首を振った。
「変装はバレないようにするものですし。やはり身近な方にも隠しておかないと」
「あら、残念。でも確かにそうよね。無理言ってごめんなさい。それじゃ、気をつけてね」
「ありがとうございます」
 互いににこやかな笑みを浮かべ、会話を終える。
 エスメラルダは今度こそ人混みの中に消えていった。

「変装‥‥ですか。久々ですね」
 アイラスは飾りは派手だが深紅の服が一式あったのを思い出し、それにしようと考える。
 あちこちにベルトやチェーンが付いているが、他に赤い服は思い出せない。
「赤ければいいんでしょうし‥‥‥駄目でもこれで我慢して貰うしかありませんね」
 その服を着て髪をポニーテールにし眼鏡を外せば、普段のアイラスと気付く者は少ないに違いない。
 グラスを空けたアイラスは立ち上がり、人の賑わう黒山羊亭を後にする。
 階段を上りながら見上げた夜空には、美しい月が出ていた。
 依頼者が指定しているのは明日の夜。
 明日は満月だ。
「どんな方なのでしょうね」
 追われているのは、とアイラスは小さく付け足すと夜の闇に融けていった。




 翌日。
 アイラスは夕方から依頼人に会う為に指定された服を着る。
 久々に袖を通したその服を着るとなんだか不思議な気分になる。
 服一つでこうも気持ちが変わるものなのだろうか、とアイラスは思いながら、いつもは首の後ろで結んでいる髪を高く結い上げた。
 鏡の向こうから見ているのは自分なはずなのに、何処か不自然さを感じる。
 自分なのに本当の自分ではないように思える、そう考えてアイラスは小さく笑い首を振った。
「自分ではない‥‥なんて。変装していてもしていなくても、いつだって僕は僕ですし」
 変わるはずがないのだ。
 変装というものは見た目が変わっても中身が変わることはない。
 ただ、自分ではない何者かを演じるということはあるかもしれないがそれは意識して行っていることだ。
「時間ですね」
 行きましょう、と長い上着に武器を隠し持ち、アイラスは依頼者の元へと向かう。
 町中を通ってはずれまで歩くが、その間誰にも声をかけられることはなかった。

 綺麗な満月だった。
 しかし雲は見えないのに、細かな雪がちらちらと舞っている。
 風花か、とアイラスはそれを見つめ、淡い光が世界を照らし出しているのを眺めた。
 依頼者に指定された場所は街はずれにある大木の下。
 そこにはアイラスと同じように空を見つめる一人の女性の姿があった。
 呆けたようにただ空を見つめるその女性はアイラスが近づいたのに気付いた様子はない。
 追われているとエスメラルダが言っていたが、そのような人物がこうして呆けていて良いものだろうか。
 アイラスは回りを確認してみるが特に誰かが潜んでいるような気配は感じられなかった。
 そこで女性に声をかける。
「こんばんは」
 その声に、びくり、と身体を震わせた女性は慌ててアイラスを振り返った。
「あ‥‥あなた‥‥」
「黒山羊亭で依頼を見ました」
「そう‥‥依頼通りね」
 合格、と女性は笑った。
「私ね‥‥話を聞いて貰いたかったの」
「話? それなら黒山羊亭には沢山人が‥‥‥」
「そうね、沢山居たわ‥‥でも、あそこは落ち着けないの。大勢の中に一人だけよそ者が混じってるみたいに思えて」
 大勢の中にいた方が孤独って感じない?、と女性は淋しそうに空を見上げた。
「‥‥そうかもしれませんね」
「でしょう? なんだかびくびくしちゃって。それと‥‥私を追いかけてこれる訳がないのに、ずっと追いかけられてるような気分になっちゃって人混みって怖いの」
 それを聞いてアイラスはエスメラルダが言っていた、何度も背後を確認していた、という女性の仕草を思い出す。
 年齢不詳のその女性は一枚の写真をアイラスに見せた。
「これは‥‥あなたですか?」
 アイラスは写真と似ても似つかない女性に向かってそう尋ねる。
 半信半疑だったが今までの話の流れを考えるとそう思って自然だろう。
 女性は瞳を伏せ頷いた。
「私、ずっと追われてたんだけど疲れちゃって‥‥姿も言葉使いも過去も全部捨てたの。変装なんて生易しいものじゃなくって大がかりにね」
「そうですか」
「変装ってなんだかいつもの自分と変われてドキドキするじゃない? でも変装ではなく、自分自身を全て新しく着せ替えること‥‥全てを捨てて新しい自分になるのって本当に大変だった。それはもちろん必要に迫られての事だから楽しい事なんて無いし」
 女性は空を仰ぎ見て、淋しそうに笑う。
「見上げた空は何時だって変わりなくて‥‥こんなに変わってしまった自分が嫌になった。もう昔には戻る事なんて出来ないのに。それにね、本当に追ってきて欲しい人にも分からない姿になってしまったじゃない。いくら身を守る為だったとはいえ、それが残念だわ」
 その言葉にアイラスは、ピン、ときて呟く。
「それはもしかして‥‥水色の髪で赤い服の‥‥」
 合格、と女性は少女のような笑みを見せた。
「そうよ。私がずっと会いたかった、追ってきて欲しかった人がそんな姿をしていたの。私は思ったわ。私がこんなに変わってしまったんだもの。あの人だって変わっているかもしれない‥‥‥って。でも服装だけは同じだったらいいなって。同じ様な格好をした人に話したら吹っ切れるんじゃないかって思ったの。‥‥あなたを代わりにしてしまってごめんなさい‥‥でも、聞いて貰えてよかった」
 心の中にそれをため込んでおくことに疲れちゃったから、と女性はアイラスの濃青色の瞳を見つめる。
 静かな色を湛えたアイラスの瞳は、女性を馬鹿にするようなものを映してはいなかった。
 ただ目の前のものを受け止め、それを返す鏡のように静かだ。
「お役に立てたのなら光栄です」
 アイラスを見つめていた瞳が優しく細められる。
「だからあなたは合格点よ。私、馬鹿にされるかと思ってたわ」
「真剣な話をしている方を馬鹿になんてしませんよ」
「ありがとう。‥‥なんだか変装してない本当のあなたを見てみたくなったけど‥‥やめておくわ。それじゃ意味がないものね」
 くすり、と笑い女性はアイラスに背を向けた。
「今日はありがとう。また何処かで会えると良いわね。きっとその時には私気付かないと思うけど」
「えぇ。知っているのは僕だけですね」

 今日の自分のようにたまに変装することは新鮮で良いかもしれない。
 しかし、この女性のように全てを偽りで彩ってしまい毎日暮らしていくのは似ているようで違う。
 自分自身を変えること。
 自分自身を変えてしまうこと。
 それは似ているようでやはり違うことなのだ。
 そこに楽しみはないし、やはり不安の続く毎日なのだろう。
 女性の哀しげな瞳に現れていた。
 アイラスがそんなことを考えていると、風に乗って女性の声が届く。

「それもなんか良いかもしれない。」
 小さく口元に笑みを浮かべて女性はそのままアイラスの元から去っていく。
 女性の長い髪が風に揺れる。
 風花が緩やかに舞い、まるでそれは舞い落ちる花びらのようだった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
紫月サクヤ クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年02月21日

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