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『『 イブのX アダムのY 』 』
オーマ・シュヴァルツ1953)&サモン・シュヴァルツ(2079)

 朝なんて大キライだ。朝は死にたくなる。カーテンから差し込む柔らかな光も、階下から香るトーストのこうばしい匂いも、自分を疎外するよそよそしい明るさに満ちている。
 サモン・シュヴァルツは、闇を求めてもう一度布団に潜った。
「・・・。」
 だが、暖の中に籠もる血の臭いにむせそうになり、慌てて上掛けを外した。生理の二日目。いわゆる『一番多い日』だ。それがサモンの憂鬱に拍車を掛ける。女の体なんて最低だと思う。
 13歳の少女の姿をしているために、生物的な機能は人間の女と同じに働いている。というより、『この体である為の約束事がある』ということかもしれない。サモンはロボットでは無いし、疲れたら眠る。生命の維持にはカロリーを消費し、空腹も感じる。

 軽いノックの音に続いて、うっとおしい男がドアを開けた。
「おう、グッドモーニング、サモン。いとしの我が娘よ、今日も外は筋肉マッスルないい天気だぞ?
 さ、そろそろ起きろや」
 カーテンレールが悲鳴を挙げたように鳴る。男が一気にカーテンを開けたのだ。
 まぶしい。サモンは眉を顰めた。
 うっとおしいのは、男がデカいからだけでは無い。『おはよう』とひとこと言えばいいものを、とにかくこの男は口数が多い。貧血気味の体では、この『朝からパワー全開野郎』と応対するのはきつい。
「もう起きてる。・・・着替えるから・・・出てって」
「ん、了解!今日はどんなラブラブぷりてぃーな服を着るんだ?お父さんは楽しみだぜぃ?
 レディの身繕いも大事だが、ま、朝メシが冷めないうちに降りて来いや。今朝も、このオーマ・シュヴァルツ様が腕によりをかけてブレクファーストを作っておいたぜ。カリカリトーストには、バジル風味のレバーペースト、ほうれん草とヒジキの和風あったかサラダ、飲み物は今朝は珈琲でなくココアでどうだ?」
「・・・。」
 鉄分強化食。昨日から、微熱やだるそうな態度で父には生理中だと知られていたわけか。だから医者の父親なんて嫌いだ。・・・いや、この男が医者で無くても、サモンは嫌いだったが。

 父が能天気に開け放したカーテンを、一度また全部きっちりと閉め、サモンはパジャマを脱ぐ。鏡には、赤毛のショートカットの、少年か少女か曖昧な子供の姿が映った。ランニングに微かな隆起を作る小さく膨らんだ胸、華奢な肩、ほっそりした腕。うっとおしい。この姿も、すべてがうざったかった。
 体は13歳の少女だが、サモンは実際はもっともっと生きている。かつては少年であった。少女になってからも、想いが暴走し、意識を取り戻したら少年に『変わっていて』、周りの人が怪我していた事もある。
 現在の器がコレだってだけだ。
 サモンはため息ついて、ブラウスの花を模ったボタンを止める。腹部に鈍い痛みを感じる。朝一番のトイレのことを考えるとげんなりした。
 だが、少年の時だってそれなりに朝はタイヘンだった。まあ、どっちもどっちってことか。

* * * * *
「ばーさん、膝はもう大丈夫だよ。庇いすぎると今度は腰に来るぜ」
「婆さん言うなよ、あたしゃあんたよりだいぶ若いんだよ」
 魔法使いは、苦笑しながら診療台からゆっくり立ち上がった。オーマが手を貸す。
「そうだな、7900歳は年下だものな。レディに失礼だったな」
 病院は今日も暇で、午前中はもう待合室で待つ患者は居ない。オーマは白衣を脱いで伸びをした。魔法使いはマントを羽織ると、杖を手に握った。
「ところで、あんたんとこのレディは・・・サモンちゃんは元気かね?」
「うん・・・まあな」と、オーマは腕を組んで、窓の外を見るでも無く眺める。庭への視界を遮る灌木の緑は、強い陽に照らされ、かえって深く黒くくすんで見えた。
「今さら言っても仕方ないが、ガキん時から暮らしてたなら、もう少し馴染んでくれたかね。やっぱ、オムツ替えてやってねえからなあ」
「思春期の女の子は、父親にオムツの話なんてされただけでヤなもんだよ」
「ははは、そうか、すまん」と、オーマは、娘がこの場に居ないので代わりに魔法使いに謝った。
「まだ、時々暴走するのかい?」
「いや・・・。少年に戻るのは、ほんの稀にだ。精神的に危うい時とか、な」
 そして、今朝の娘の眉間に寄った皺を思い出す。
「やっぱ、ばーさんも、生理中ってぇのは苛々したもんかい?」
「そんな大昔のこと、忘れちまったよ。こちとら、上がってから長いんだから。
 女体の神秘に興味がおありなら、自分が女になってみたらどうだい?ほら、うちには、『魔の地のペティ・ナイフ』・・・これで剥いた林檎を食べると、性別が反転するってやつ、あれがあるからね」
「・・・。」
「男から女に変わってみれば、サモンちゃんの気持ちも理解しやすいんじゃないかい?」
「おう、そうだな。・・・頼めるかい?
 ついでに、送ってってやるよ。そうだ、ばーさんのところに、林檎はあるか?」
「いや、無い。帰りに買って帰ろう。それから、タマネギとじゃが芋、人参に牛乳、ランプの油も切れておったのう」
「ちっ、うまいな、全部持ってやるよ。俺はレディには、世紀末的にジェントリーで桃色マッスルラブラブカインドネスだ」
 オーマは、病院の扉に『昼休憩中』の札を下げると、老婆の手を取って歩き出した。

* * * * *
 女はキライだ。力が弱くて体力も無くて、しかも妊娠する。
 サモンの前を、妊婦が歩いていた。大きな腹に片手を当て、まるで巨大な宝石を撫でるようにして、誇らしげに背を反らせている。聖母マリアとは違うその女は、『その事』の結果を恥じ入る様子も無く世間にひけらかし、大事そうにさする。
 妊婦は、ガニ股に広げた足を一歩一歩、クッキーの型でも抜くようにしっかり地面に押しつけ、嫌がらせのようにゆっくり進んでいた。道が細いせいで追い越せず、サモンも仕方なくその歩調に合わせる。
 やっとアロマ通りへと出た。妊婦は市場へ買い出しに来たらしく、出店の方へ向かう。

 男もキライだ。力が強い者は弱い者を餌食にする。
 悲鳴にサモンが振り向くと、路上にさっきの妊婦が倒れていた。チンピラ風の男が、妊婦のバッグを持ち逃げするところだった。
 追って男を捕えられないことは無いが・・・。とりあえず先に妊婦を助け起こした。マタニティドレスの裾と、膝に血が付着していた。
「大丈夫?血が・・・」
「転んだだけだと思うけど・・・」
 意外にしっかりした口調だった。ここからなら父のところが近い。立って歩けるというので、サモンは妊婦に肩を貸し、オーマの病院へ向かった。

 午後の診療時間は始まっていたが、待合室には例によって誰もいなかった。相変わらず人気の無い病院だ。サモンは妊婦をソファに座らせると、診療室のドアを開けた。
「オーマ。妊婦さんが転んで・・・」
 振り向いた、ナイスバディの女医。
『誰?』
 知的な黒髪のショートカットに、後ずさりしたくなるような極彩色のメイクだった。ピンクと蛍光黄緑を使ったアイシャドウと、紫か黒か曖昧な口紅。マスカラは水色らしい。瞬きすると、バサバサと瞼にスカイブルーが揺れる。背は170センチくらいだろうか、小振りな顔にしては長身だ。かっちりした白衣をまとっても、突き出した胸とくびれたウエストは隠せない。
「おう、急患か?早く中へ」
 ぶっきらぼうな喋りだが、滑らかな優しい声だった。化粧はケバく目付きも悪いが、だが美人だ。
「おまえ、誰だ?オーマは?」
 サモンの問いに答えず、女医は軽く咳払いをすると、「患者を早く」とだけ言った。

 妊婦は、太股の傷にガーゼを施し包帯を撒いた治療で済んだ。転んで手を付いた時、ブレスレットの金具が太股の皮膚を傷つけただけで、幸い子宮から出血したわけでも破水したわけでも無かった。
「盗まれたバッグも、市場で買物するお金くらいしか入っていませんでしたし」
 妊婦はほっとしたように腹をさすって微笑んだ。
「何を買うつもりだったんだい?じゃが芋とタマネギと林檎なら、そこにあるから持って行きな。ばーさんの買物を手伝ってやったら、お裾分けで貰ったんだ」
 女医は愛想の無い様子でそう言うと、短い髪を掻き上げた。華奢な手首、柔らかそうな掌、細い指。だが、その腕の曲げ方や、髪に手を置く滞空時間や。サモンは妙なところに既視感を感じた。狭い額と髪の生え際の乱雑さ、神経質そうな眉を上げる表情。

 女医と二人で妊婦を玄関まで送り出し、診療室へ戻ろうとする女医の背中に声をかける。
「おまえ、オーマか?」
「・・・。」
 背中が止まった。
「まあな。魔法使いのばーさんところで、アイテムを借りてな。夜明けまではこの姿さ」
 背中のままでオーマが答えた。
「僕への嫌がらせ?」
「ば・・・」
 白衣は反転し、黄緑のアイラインで縁取られた見開いた瞳がサモンを見た。
「バカ言うな。娘に嫌がらせしてなんになる」
「女に変身して化粧して・・・楽しそうだね」
 サモンはそう言い捨てると、すたすたと待合室へ戻って行く。

 オーマは、待合室のテーブルに置いてある珈琲サーバーから、入れたてを二つのマグに注ぎ、一個をソファに深く座るサモンの前に置いた。
「よく俺だとわかったな」
 オーマはブラックのまま、自分のカップに口をつける。べたりと紅がついたのに驚いたらしく、慌てて指でぬぐっていた。その指もどこで拭くのやら。白衣に付けたら落ちにくいのに。
「そんなイロモノヅラの奴、そう幾人も居やしない」
「はは、そうだな」
 オーマは軽く笑って受け流す。
 父に姉妹がいたらこんな感じかもしれない。だが、女に変わり化粧をした顔には、父の時の面影は無い。顎の線、頬、鼻筋、彫りの深さ。目や口のパーツの形は相似しているが、骨格が変わっただけでもう違う者の顔だった。
「胸がでかいってぇのは、肩が凝って厄介なモンだな。サモンは適当な大きさで止めておけよ」
 オーマが首をぐるぐる回しながら言った。
 そんなもの、自分の意志で止められるわけないだろう。
「あれだな。サモンの気持ちに近づけるんじゃねぇかと思って、女になってみたが。変わらないな。意識は俺のまま、何も変わらない」
「・・・。」
 その為に女になったのか。サモンはまた、この桃色親父、自分の面白ネタの為に変身したのかと思っていたのだが。
「中身は俺だ。男の時も、女になっても。
 もう一度聞く。なんで俺だとわかった?・・・『俺』だったからだろ?」
「オーマ・・・」
『少女の器に入っていようと、少年に変化しようと』
 サモン。おまえはおまえだ。

 ぐっと喉が鳴りそうになって、サモンは慌てて珈琲を流し込んだ。
 オーマの言いたいことが伝わって来た。珈琲は暖かくて、ミルクの風味が優しく口の中で広がった。
 オーマが静かにサモンの肩に手を置いた。触れられるのは、イヤでは無かった。

* * * * *
 マグカップを包み込むサモンの、オーラが穏やかに変わって行く。今まで、原子が暴れて跳ね回っていたようなサモンの体が、雨が止んだ水面のように静まって行く。
 オーマは、ゆっくりとサモンの肩に手を置いた。サモンの心の動揺が減れば、力は安定する。心が強くなる為には、自分が愛されているという確信が必要だ。言い換えれば、自分が愛されていることに気づいてくれれば、サモンはもっともっと強くなれるだろう。

「すみませーん。息子が腕に怪我をしたので・・・」
 扉の外で声が聞こえた。
「おう、患者が来たな」
「・・・その格好で、診療するの?」
「悪いか?俺は俺なんだ、いいだろう、別に」
「また、患者が減りそうだね」
 サモンはぼそりと言い、だが、そしてその後に下を向いてかすかに笑った。

< END >
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2005年02月17日

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