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『■暖夜の欠片■ 』
守稟・ネオギルガ3645

 守稟・ネオギルガ(しゅりん・─)は、物心つく頃から「忙しい」。
 学校も決められたところへ行かされ、拾われる以前の記憶はないから、従うままに生きてきた。
 その子供の頃の記憶すら、大人となった今では怪しいものだ。
 それ程に、忙殺されている。
 いや、忙殺、といっても彼にとってはいつの頃からか慣れてしまった日常でしかなく───そう、本当に苦痛すら感じないのだ。
 疲れたな、とも感じない。
 ただ、書類を渡されればどんな束になっていようと期日までには必ず目を通しチェックをし、人と会えと言われれば相手がどんなに「嫌な人間」であろうと無表情のまま会って相手をした。
 自分の描く画を欲しいと言われれば簡単に取引にも使ったし、それを哀しいとも思わなかった。

 ネオギルガ自身が、そんな冷たい人間だったわけではない。
 心を閉ざしたわけではない。

 ただ状況が、記憶のない彼を飲み込んできてしまったのだ。
 真っ白とも言えた彼の心ごと。
 ただ、世間の色に染まらない無表情のかわりに、彼の「感じる心」を、「人間らしい心」を奪ってきていたのだ。
 ───奪われたことにも、気付かないでいた。
 その、画房に入るまでは。



 文字の如く「忙殺」される毎日が続いていたが、ようやく数時間だけ、自由な時間が取れた。
 ネオギルガは、ぽつんと取り残されたように、何をしていいか分からずに暫く路地に立っていたが、やがて少しだけ、「この前偶然通りかかりつい雰囲気に負けて入ってしまった『夜』を描く画家の画房」のことを思い出していた。
 あれからちょくちょくと行くようになってはいたが、その度にその画房の主である画家は、不思議なことを言うのだ。
 不思議なこと、とは実にネオギルガことネオが自覚していなかった「世間一般常識」の数々、そしてネオが奪われてきた感情の数々に過ぎなかったのだが。

 ネオにとっては、とても意外なことだったのだ。

 そういえば、と思い出すことが何度もあった。
 子供の頃、自分の好きな絵しか描いていなかったこと。
 いつからか、自分の絵を「無表情」と感じるようになっていたこと。
 いつからか、───自分の帰る場所を求めていた、こと。



 考えながら歩いていると、ふと、足元のほうからガリガリとものを引っかく音がした。
 時間が出来る数少ない時、いつも通るペットショップの前だった。
「こいつはまた、檻を壊そうとしやがって。ちょっと珍しい、見ない種類の犬だから捕まえてやったってのに、餌も食わずに痩せてって……これじゃあうちが迫害してるみたいでせっかくのお得意さんが来る時になっても高値で買い取ってもらえないよ」
 ぶつぶつと言いながら、ペットショップの店長が鞭で檻を叩きながら出てきて、ネオギルガと目が合った。
「ああ、すみませんねえどうも。お偉いさんにいつもご贔屓にしてもらってるのに、こんなところばっか見せちまって。どうです、まだ種類も分かりませんがハスキー犬以外、種類も見たことないしオッドアイってのが惹かれませんか。200万でお得意さんとも話がついてんですけど、あなたなら幾らつけます?」
 ネオギルガのことを、この街でも知らない者はいない。
 店主の言葉に、ネオはしゃがんで犬を見つめる。
 犬は檻を必死に噛んでいて、こちらの視線には気付いていないようだった。

 どこか、自分と重なった。

「0円だ」
 立ち上がるネオに、「え?」と店主は目を見開く。
「あ、いえこの犬、今はこんなに痩せていますがね、ちゃんと食わせて洗いさえすりゃあ」
「そういう意味ではない」
 そして彼は、ペットショップを後にした。



 盲目のはずなのに、何かの能力でか、心の目でか分からないが、ネオには周囲のものが必要以上に見える。
 それが学校で彼を独りにさせる原因でもあったし、このような無表情を創らせる原因でもあった。
 会食へ向かう車の中、ふと運転手に尋ねてみる。
「俺は珍しいか?」
 運転手は、答えない。
 ネオのような「高級な者」とは話をしてはいけない、と固く言われているのだ。
「……俺は、自由か?」
 二度目の問いは、小さかった。
 半ば自分に問うたように。
 ネオは暫し、自分の高級冬靴に視線を落とした。



 それから暫く日が経った。
 冬もますます色を増し、クリスマスが近付いてきている。
「あ」
 運転手がふと、呟くように言ってブレーキをかけた。
 酷い雨が降っていたので、渋滞をさけて遠回りし、ネオがいつも来るペットショップの前に来ていた。
 もう少しで、あの「珍しい犬」が檻の戸を開けようとしているところだったのだ。
 以前見た時よりもかなり痩せ細り、足もよろけてはいたが、瞳に宿る生気だけは変わらなかった。
「何故ここで停めた?」
 ネオの静かな問いに、運転手は咎められたと勘違いし、首を竦めて慌てて発車させようとする。
「咎めているのではない。何故停めた? 理由を聞いているだけだ」
「その、……。……あまりにも、」
 ───凛々しくて……可哀想で。
 運転手の言葉に、ネオは「自分だけではなかった」と目を閉じ、暫くじっとしていた。
 恐らくこの犬は、野生として生まれ生きてきたのだろう。
 それが何かの拍子で捕まり、檻に閉じ込められ、それからはただひたすら「自分の生きる道」へ戻るために、逃げようとしていた。
 その姿はネオの瞳にはいつも、凛々しく美しく、そして気の毒に映っていた。
 まるで、何故だか分からないけれどネオ自身を見ているようで。
「あっ……ネオギルガ様!」
 不意に車を降りたネオを、運転手が目を見開いて慌てた。
 ネオはそんな彼に顔を向け、静かに人差し指を立てて口元に手をやり、静かにしているようにと指示をジェスチャーで送ると、自分の足が引っかかって入り口がうまく開かないその犬の檻を、店主がまだ出てこないのを確かめつつ、勢いよく開けてやった。

 ザザッ、

 雨の中、犬はよろけながらも飛び出す。
 ネオは静かに歩み寄り、抱き上げると、車の中に一緒に乗った。
「出してくれ」
「ど、どちらへ?」
「───この犬が行きたい場所まで」
 犬の様子を見ていれば、どこまで行けば犬が「生きられる」のか、それは犬自身が判断するだろう。
 途中買った肉を与えてみたが、不思議とネオの手からはがつがつと食べた。
「そう……俺はお前と同じ。同類は仲間。仲間からの食べ物は施しではない、食べてもお前の『生きる道』に背くことではない」
 呟くネオを、金色と青色の不思議なオッドアイで、犬は見上げた。
 檻の中にいるよりも、数倍美しい、とネオは思った。


 やがて山が近くなる頃には、雨は雪に変わっていた。
 そして。
「びっこ引いてますけど、あれくらいならあの犬の体躯でしたら、すぐに自然治癒するでしょう」
 雪が積もり始める山を登って行く犬を見つめながら、運転手は自分のことのように喜んでいる。
 ───生き物に、値はつけられるものではない。
 ましてや、自分の生きる道をしっかりと持っている者には。
 だからネオは、「0円」と言ったのだ。
 ふとネオは、自分の責務を忘れかけている運転手に、再び尋ねてみた。
「俺は幾らだろうな」
 弾んだような声で、運転手の声が返ってきた。
「何言ってるんです、ネオギルガ様に値段なんてつけられませんよ!」
「0円か?」
「勿論ですとも!」
 少しばかり微笑んだネオのその表情に、初めて運転手は「喋ってしまっていたこと」に気付き、青褪める。
「す、すみません! わ、私は今から貝のようになりますのでどうかお許しを!」
「何を言っている、お前も人間ではないか」
 そしてネオは、静かにクリスマスのネオンを彩る街のほうを車窓越しに見やり、窓枠にひじをついた。
「俺と喋るのを赦されたことは、家族以外には内緒にしておけ。周りが煩いからな」
 運転手は満面の笑みをたたえ、
「はい!」
 と、浮き浮きとハンドルを回すのだった。



 その辺りからだ。
 あの画房の主から色々と知恵をもらい、それを使って会社の者に内緒の時間を彼なりにうまく考え作って、本当に久し振りに「人にあげるためのプレゼントの画」を描き始めたのは。
 幸い、あの運転手の助力もあり、会社の者には知られてはいない。
 あげたら喜ぶだろうか、等とは考えない。
 ただ純粋に心をこめた画を、ネオは描き続けていた。
 描いている間、時々その主に対し、改めて、「自分の言葉では言い表すことの出来ない深い友情」というものを感じる。
 たまに草間興信所にもまた、友人である草間武彦に呼ばれて行くことがあるのだが、彼にも言われるのだ。
「最近お前、時々人間らしい顔つきをするようになったな」
 ───と。


 いつか、寿命という運命で袂を分かとうと。
 自分のこの心に芽生えた気持ちは一生偽りなく育っていくだろうと。
 暖夜の欠片だけでも心に取り入れることが出来たら、と夢見ながら、彼は核心しつつ今日もまた、前とは違い始めた画を描くのだった。




《END》
**********************ライターより**********************
こんにちは、ご発注有り難うございますv 今回「暖夜の欠片」を書かせて頂きました、ライターの東圭真喜愛です。
ネオさんの「とある画房の主」に対し、そしてその主さんに出逢い接触し始めての心の変化である裏話を書かせて頂きました。因みにオッドアイの犬というのは本当に存在するようです。最初は猫だけなのかな、と思ってはいたのですが、どうやら本当にいる(もしくは居た)のだと聞き、猫よりも犬がイメージにぴったりなネオさんだと思ったわたしは、早速使わせて頂いたのでした。
これは画房の主さんへクリスマスの画をネオさんが描きプレゼントとした前後のお話、ということでお届け致します。
ともあれ、ライターとしてはとても楽しんで、書かせて頂きました。本当に有難うございます。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。これからも魂を込めて書いていこうと思いますので、宜しくお願い致します<(_ _)>
それでは☆

【執筆者:東圭真喜愛】
2005/02/15 Makito Touko
PCシチュエーションノベル(シングル) -
東圭真喜愛 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年02月15日

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