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『 殺! 』
楓・兵衛3940)&丹下・虎蔵(2393)


 いろいろあって、楓兵衛は串焼き屋の店主をやっている。彼は若くして、屋台ながら、一軒の店を持っていた。若いが彼は(同年代の人間よりは多少)頭の回転が速く、そのキャラクターもあってか、串焼き屋はなかなか繁盛しているのだった。屋台ゆえ神出鬼没だが、張り込みかはたまたストーキングの賜物か、固定客も多い。まだ商売が軌道に乗る前、金に余裕がないばかりに材料さえ買えなかった頃に、やむなく出したカエル焼きが今でもなぜか評判だ。
 その夜の商いを終えて、ぎしぎしと彼が屋台を引いてやってきたのは、現代の魔窟・あやかし荘。
 彼は雇われ店長だった。というより、言いなりになっているだけだ。彼を顎でこき使うのは、齢1000を超えるといわれる永遠の子、瑠璃だった。彼女は座敷わらしであるはずなのに、あやかし荘に災禍を呼び、あまつさえ部外者をも(その筆頭として兵衛が挙げられるのだ)その渦に巻き込むのであった。
 しかし兵衛は、自分のその境遇を嘆いてはいない。望んでやっていることなのだ。串焼き屋台で稼いだ金のおよそ9割を、献上金として瑠璃に巻き上げられているのだとしても。
 実は兵衛は、こうして売り上げの報告に上がるひとときほ楽しみにしていた。瑠璃に会うのもさほど苦痛ではなかったし、それに……彼がひそかに思いを寄せる少女が、瑠璃と仲が良く、よく一緒に遊んでいるのだ。瑠璃に会えば彼女にも会える、そんな法則のようなものが、兵衛の中で出来上がっていた。
 その夜は、面倒くさげに瑠璃がひとりで出てきた。
「今夜の売り上げは7万とんで680円に御座る」
「うむ、ごくろう」
 金を渡すと、瑠璃の機嫌はいくらかよくなった。
「し、して、瑠璃殿……」
「なんぢゃ、もう下がってよいぞ」
「いや、今夜は、あの御方は……」
「……あの御方? だれぢゃ?」
「……」
「ああ、わかった、あやつぢゃな。今夜はわしの部屋に泊まるようぢゃ。もう寝る支度をしておる」
「左様で御座るか」
 兵衛は、ふっと溜息をついてから、唐突に赤くなった。寝る支度、という瑠璃の言葉をよくよく反芻してみると、赤面せざるを得なかったのだ。
 ――あの御方が、寝支度を。どのような寝巻きをお持ちなのだろう。あの帯を解いて……髪飾りを外し……ぬぅおー!
「!」
 叫びだしそうになってから、は、と兵衛は顔を上げた。視界には呆れ顔の瑠璃と、あやかし荘の古い天井が入るばかり。
 しかし、そのとき確かに、
 ――殺気。
 兵衛は何ものかのするどい視線に射抜かれていた。
「兵衛……おんし、アタマのほうはどんな具合ぢゃ」
「う? あ、ああ、大事御座らぬ。では、今宵はこれにて」
「うむ。明日もこの調子で商いに励むのぢゃぞ」
「承知!」
 兵衛がひざまずくのを見届け、かっかっか、と高笑いをしつつ、瑠璃は大股で廊下を歩き去っていく。兵衛はその背が見えなくなるまでその場に留まっていた。
 ――殺気。
 それは、今日初めて感じ取ったわけではない。このあやかし荘に来ると、きまって視線は兵衛を貫いていた。その名の通り、ここは妖をも受け入れるアパートだ――姿なきものからの視線なぞ、珍しくもないだろうが。
 兵衛は愛刀 「斬甲剣」を引き寄せ、無言で出入り口を目指した――。

 !

 カカカカカッ、
 鋭く物騒な音に、兵衛は素早く数歩分の距離を飛び退いた。
 苦無だ、
 木造の廊下に突き立ったのは、数本の苦無だった。
 今や兵衛は刀の柄に手をかけ、身構える。
「何奴!」
 答えはなく、代わりに、ひょうと空を切る音があった。
 裂帛の気合とともに、兵衛は愛刀を抜き、風を叩き斬っていた。
 刃が何かをかすめた。
 風は、兵衛の居合いをかわしたのだ。
 兵衛の背後に、それはすとりと着地した。兵衛は振り向きざまの一閃を、その存在に浴びせかけた。斬甲剣の刃は、ずばりと確かに人間をひとり切り裂いた。
 しかし、
「……むう!」
 手応えは、ヒトのものではなくなっていた。床に転がったのは真っ二つにされた丸太である。
「見事! さすが、音に聞こえし斬甲剣!」
 びょおう、屋内だというのに風が吹く。兵衛の前に今こそ姿を現したのは、隻眼の忍だった。
「我こそは丹下虎蔵! 影に生き、影に消えるもの!」
「さても愚かな。影が自ら名乗って何とする!」
「あ」
 …………………………。
 気を取り直して、
「楓兵衛! ここで会ったが100年目。御方様への不埒な欲情、今こそこの手で絶ってくれる!」
「御方様?」
 ぴくり、と兵衛は眉を跳ね上げた。
「貴殿はあの御方の影に御座るか」
「いかにも」
「待たれよ。拙者は、あの可憐な姫君に――」
 可憐な、という一言に、虎蔵はすさまじい反応を示してみせた。隻眼には殺気と怒りが宿り、周囲の気温はぐうと下がった。空気は張りつめ、凍りついた。
「ほざけ! だまれ! 問答無用ッ!」
 一体全体、何処から取り出だしたるか!
 幾十もの苦無が、兵衛めがけて飛んできた。兵衛は斬甲剣をもって、その弾丸じみた苦無を次々に叩き落していく。
「キぇあーッ!!」
 気合とともに薙いだ一閃は、またしても虎蔵にかわされた。虎蔵は跳んだのだ。宙でとんぼを切った虎蔵は、すと、と天井に降り立った。
「斬甲剣、敗れたり!!」
 虎蔵は天井からくるりと身を返しつつ、再び兵衛めがけて何かを投げつけた。
「猪口才な!」
 兵衛は愛刀を振るい、飛んできたものを叩き斬ろうと――
 どよん。
「うぬ!」
 どよんどよんどよん。
「斬れまい!」
 斬甲剣が、むなしく跳ね返る。鉄さえ切り裂く刀に、斬れぬものなどないはずだった。
 しかし、虎蔵は影。誰も、兵衛でさえも知らぬ間に、斬甲剣の弱点を探り出していた。
「蒟蒻! おのれッ!」
 残甲剣は、何故かは知らぬが、コンニャクだけは斬ることが出来ない――。楓兵衛しか知らないはずの真実だ。
 兵衛はコンニャクの雨の中、虎蔵の当て身を受けて、床に転がっていた。
「もらった! ――お命、頂戴仕る!」
「なんのーッ!!」
 大きく得物を振りかぶる虎蔵に、兵衛は頭突きをお見舞いした。捨て身の攻撃に虚を突かれた虎蔵は、頭突きをまともに食らった。のけぞる彼を跳ね飛ばし、兵衛は起き上がる。
 起き上がるときに、兵衛は虎蔵の顔を見た。眼帯が取れていた。
「貴殿、その目……」
 虎蔵はすぐに、右目を手で押さえた。
 今はその手の下にある右目は、刀傷で失われたわけではない。抉られ、焼かれたような、異様な潰れ方だった。
「この目は! 御方様に捧げた!」
「何と!」
「貴殿ごときに我が忠義、劣るはずもない!」
 虎蔵は吠え、右目から手を離して、跳んだ。
 やむを得ず兵衛は、刀の柄に手をかける。

「やかましぃぃぃぃぃぃいーい!!」
 ビッシャアアアアアァァー!!
「「うぼァァァァァァァァアアーッ!!」」

 甲高い怒声と、冷水が撒かれる音が、あやかし荘を揺るがした。
 何だ何だと、住人たちが部屋から顔を出す。
 住人たちが見たのは、肩をいからせる座敷わらしと、ずぶ濡れになった子供ふたり。

 そう、たかだか6歳の、少年とさえ呼べない子供たちだ。

「今は何どきと心得る! 兵衛! 虎蔵! すっかりわしの目も冴えたわ! ……裁きを申し渡す! 両名とも、向こう1週間、あやかし荘払いとする! ここに立ち入ることまかりならん! 出て行け! 出て行くのぢゃああああああ!」
「る、瑠璃様! どうかお慈悲をびっくり わたくしめの任は――」
「五月蝿い五月蝿い! 出て行けえええええ!!」
 瑠璃は空になった手桶を虎蔵に投げつけた。妖の術による奇蹟か、桶は虎蔵の脳天を直撃したあと、うまい具合に兵衛の頭にも命中した。侍と忍は、かわいらしい呻き声を上げながらうずくまった。
 そう、たかだかふたりは、6歳だ。淡い恋心がもとでチャンバラをした、幼い子供である。
「うぬううう……楓兵衛! この恨み、晴らさでおくべきか!」
「何を! 貴殿が仕掛けてきたせいで、拙者もまたあやかし荘払い! どうしてくれる!」
 言い争いを始めようとして、ふたりは、はっと息を呑んだ。
 すさまじい殺気だ。
 瑠璃が鬼のような形相で、水をたっぷり湛えた風呂桶を掲げ、そこに立っていた。
 まさに、仁王立ち!
「行かぬなら、殺してしまえ、ほととぎす!」

「「あひェあああああぁぁーーッッ!!」」

 合掌!
 南無阿弥陀!




<了>

PCシチュエーションノベル(ツイン) -
モロクっち クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年02月15日

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