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『白円光<花守人> 』
月宮・誓4768


 白く、丸く、淡く。
 強く光ってはいるものの、決して鋭く差してくることは無い。優しく包み込み、全てを許容するかのように温かい。
 そんな光の中にいるのは、決まって少女。一人の少女。
 強く、優しく、柔らかい。


 毎夜の如く、夢を見ていた。
 月宮・誓(つきみや せい)は、自らの幼かった頃を思い出す。
(毎日、何かしらの夢を見ていたんだ)
 夢の内容は、毎日同じ内容であった。少女がいるのだ。何もない空間の中、背中を向けてぽつりと少女が立っている。自分が幼いのだから、少女を「お姉さん」だと思っても何ら不思議でもないのに、自分ははっきりと認識するのだ。「少女」がいるのだと。
 その内、向こうをずっと向いていた少女は、じっと背中を見つめていた誓に気づくかのように、振り返る。スローモーションのように、緩やかに。
 そうして、花が咲く。
 振り向いた少女は、どんなものよりも美しかった。微かに浮かべた笑顔は、とても温かなものだった。
 母のように、恋人のように、特別な存在のように。
 その時、誓は思うのだ。その素晴らしい存在を、守っていかねばと。それが自分にできる全てであり、また自分にしかできない事なのだと。少女にとっては何とも思わないかもしれないことかもしれない。だが、少女が何と思おうと思うまいと、自分は守ることを辞めてはならぬのだとも感じるのだ。
 守らねば、守り通さねば。
 幼心に芽生えたその感情は、誓の心一杯に広がっていった。何もない空間の中で咲いている、一輪の花。
 そうして思っていると、少女はそっと口を開く。綺麗に微笑みながら。
 誓はその言葉を聞き、深く頷く。少女は満足そうに、再び微笑んだ。ぱあ、と咲く大輪の花。
 美しい情景に、素晴らしい風景に、誓はまた見とれる。世界の美が、ここに集結しているのだと。全ての美の集約が、ここに存在しているのだと。
 誓は何かを言おうと、口を開く。少女はこちらの言葉を聞こうとする。が、言葉は出てこない。誓は少女に向かって言葉を紡ごうとし、紡げぬ自分に苛立ちすら覚える。しかし、少女は実に辛抱強く待ってくれている。自分の言葉を聞こうと。いつまで経っても紡がれぬ言葉に、やはり誓は苛立ちを隠せない。それでも待ってくれている少女。
 そうして、目が覚める。目が覚めると、先ほどまで見ていた夢は真綿にくるまれてしまったように、鮮明さを失ってしまっていた。自分が美の結晶だと思っていた少女の言葉も、笑顔も、姿でさえも。どれもが不鮮明となってしまっていた。
 毎日が、その繰り返し。
 少女の事を知っている気がしているのに、誰かは全く分からないのだ。


(だが……7歳の頃に変化が起こったな)
 誓は思い出す。繰り返しでしかなかった夢に、変化が訪れたのだ。
 少女が言葉を紡いだ。自分の事を「兄さん」と呼んだのだ。その声を聞き、誓は少女を見つめる。少女は微笑む。
 誓は少女の名を呼ぼうとするが、声が出ない。少女はただ微笑み、自分にもう一度「兄さん」と言った。少女が自分を呼んでいるのだと、誓は確信した。
 誓が何かを言おうとした瞬間、白く眩い光が現れた。それは、それまで見ていた夢には無い部分であった。
 つまりは、続き。
 白い光は少女を包み込み、目の前で消えてしまった。誓は少女を呼ぼうとして口を開くが、再び閉じてしまった。消えてしまった少女を呼ぶことは、決して正しい事ではないような気がして。
 そうして何もなくなってしまった空間をぼんやりと見つめていると、現実の世界にゆっくりと戻っていった。
 だがしかし、今度は全てを覚えていた。そしてまた、その夢の内容を悟ってもいた。
(あれが最後だったな)
 誓は微笑む。あれ以降、その夢は全く見ないようになっていた。恐らく、見る必要がなくなってしまったからなのだろう。こうして、全てを覚えてしまっていたのだから。
(そして……現実か)

 9歳の時、両親が嬉しそうに微笑みながら自分を呼んだ。
「誓、お兄ちゃんになるのよ」
 母親は少しだけ照れたように笑い、父親と顔を見合わせた。父親も嬉しそうに微笑んでいる。
「それって……」
「そうだ。赤ちゃんが、いるんだぞ」
 母親は優しくお腹をなでた。まだはっきりと膨らんではいないお腹ではあったが、そこに確かに生命が宿っているのだという。
「妹か弟かは、まだ分からないんだけどね」
 そう言う母親に、誓はじっとお腹を見つめながら口を開いた。
「女の子だよ」
「え?」
「女の子。絶対に、そうだよ」
 誓は断言し、にっこりと笑った。両親は顔を見合わせ、嬉しそうに微笑みながら誓の頭をなでた。

(あの時、両親は俺の希望だろうと思っていたようだけど)
 誓は小さく笑う。誓には確信があったのだ。
『女の子だ』
 その時の誓は、まだ母親のお腹の中にいる生命が妹となることは、最早必然とまで思っていた。あの夢が単なる夢ではない事は、とうの昔に分かっている事だ。
 ただ、後はタイミングだけの問題で。
(あの白い光は、いずれ妹の元にやってくるだろう)
 誓は目を閉じて、思い返す。
 一度だけ見た、夢の続き。自分を呼ぶ少女を、包み込んで消し去ってしまったあの白い光は、本当に現れる事となるだろう。
(力は……必ずしも幸福には繋がらない)
 誓には分かっていた。力という存在が、どれだけ幸福に関わる事ができるのかと。幸福に繋ぐ事のできる力はほんの一握りで、それが強ければ尚更遠のいてしまうのだ。
(ならば、俺は守る)
 昔に夢見た後で決心した志は、未だに変わってはいない。自分に出来得る限りで妹を守り、出来得る限りの愛情を注ぐのだ。
(守り、愛する。それが、俺にできる精一杯のことだから)
 儚くも強く、凛と佇む妹。強大な力の圧力も跳ね返すかのように、毅然と立っていることだろう。しかし、時には地に膝をつけてしまうことも在るかもしれない。そのような事のならぬように、誓は誓の全てを使ってでも守ろうと決めていた。
(風除けくらいにはなるかもしれないしな)
 誓は苦笑する。自分よりも強い力を持ってしまった妹を、決して不幸だとも幸福だとも思わない。ただあるのは、深い愛情だけ。
 そっと目を開けると、そこには妹が座っていた。手に二つのマグカップを持ち、にっこりと笑いながら「はい」と手渡してきた。
 誓はそんな妹をじっと見つめた。妹は見つめてくる兄に向かい、きょとんと小首を傾げた。そっと誓は妹を呼ぶ。
「何?」
 誓はじっと妹を見つめた。今、目の前にいる妹。この場にまだ留まっている妹。喜ぶべきか、それとも……。
「どうしたの?兄さん」
 誓は言おうか言うまいか迷い、それから小さく笑う。
「いーや、何でもない」
 誓はそう言うと、妹が手渡してくれたマグカップを手に取った。中の液体から湯気が立ち昇る。甘いカカオの香だ。口に含むと、ほろりとした甘さが口一杯に広がっていった。
「今更だが……もしかして」
 誓は妹に聞こえぬように呟く。
(俺の初恋って……あいつか?)
 マグカップの中は、ぐるぐると渦巻いている。ふわりとした湯気を出しながら。
 誓は小さく笑い、ぐいっと勢い良くマグカップの中身を飲み干した。暖かな液体が、喉を、胸を、腹を流れて行くことが分かる。思いだけが駆け巡っていくかのように。
 飲み干した後、誓は大きく息を吐き出した。妹がそれに気づき、小さく笑った。
 夢で見ていた、そのままの笑顔で。
(俺は守る。俺が絶対に、守ってやるから)
 笑っている妹に、誓は笑い返した。確かな決意を秘めた青の目で、妹を見つめながら。

<花の如き存在を守りつつ・了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年02月15日

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