▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『■風花の散る頃■ 』
緋井路・桜1233

 雪は、降る時に音がしない。
 「しんしん」という擬音は、人間が勝手につけたものであり、実際にこうしてすぐ近くで耳を欹てていても、雪は降る時に音を出さないのだ。


 緋井路・桜(ひいろ・さくら)は静かにそうして目を閉じ耳に手を当てていたが、やがて白いため息をついて、祖父宅の庭をぽつりぽつりと歩き出す。
 この祖父宅の庭は広い日本庭園で、雪が降るとそれは見事な美しい一枚の絵になる。
 灯篭もあり、桜はその古めかしいどこか懐かしさを感じる庭を歩くのが好きだった。
 さくり、さくりと10センチほど積もった雪の中を歩き、しばし止んだ雪空を見上げ───庭先の松の老木と向かい合った。
 そっと手を添え、目を閉じる。
 ふわりと、微かに桜の身体から一瞬、やわらかな何かが包み込み、また静かになった。
「……この前、おじい様と一緒に……出かけた先で……人が、亡くなったけど……」
 小さな唇を、ゆっくりと動かす。
 脳裏には、ホテルの屋上で雪として散っていった哀しい「あの人」の姿が浮かんでいる。
「多分……凄くやさしい人、だった……」

 ……人は……コワいばっかりじゃ、ない、ね……まだ、桜には……コワい、けど……

 松の老木は、静かに頷いているようだった。さわさわと、風もないのに少し庭の樹達が桜へと優しく言葉を送っているような、そんな気配がした気が、した。
 そして桜の頭の中に、こちらも強い印象として残っている「恐ろしい気配」がやって来て、桜はぴくりと肩を震わせた。
 ───まだ、「その人」のことを思い出すと、身体がすくむ。
「……それで、ね……すごい雪のときには……コワい人が……いた……」
 この地球が、今降っている優しい雪とは全く違う種類の雪を降らせている時に。
 洞窟で、桜は他の人達と「その人」に出逢った。
「コワくない人のほうが……ずっと、多かった、けど……コワい人がいると……やっぱりまだ、桜はまだ……人の中にいられないって……思う……」
 さわ、と風が緩やかに吹いて桜の短い髪の毛を揺らす。
 そんなことを言わないで、とも。
 今はそれでいいんだよ、とも。
 どちらともとれる、優しい風。
 この気配に似た不思議な、地球から生まれた「地球の欠片の人」のことを桜は思う。
 あの「コワい人」がいた時にも、その「欠片の人」は居た。

 地球は、それでも全ての生物を愛しているから。

 そんなようなことを、彼───彼女は、言っていた、記憶がある。
 そして自分も怯えていたのに、愛情という心を惜しみなく放出して「コワい人」の頭を包み込み、注ぎ込んだ。

「……、……、……」

 桜は、そっと、その「欠片の人」の名前を口に出してみる。
「あの『かけらの人』は……あの人を、かわいそうって、いったけど……」

 ぽつん、

 そこで桜は言葉を閉ざす。
 目を閉じたまま、老木に身を預けるように寄りかかる。
 過去、ごうごうと怒涛のように桜の心を食い千切って行った、「人の悪意」。
 その中で桜は生きてきて、そしてこうして思い返し、ひとりひとり出会っては過ぎ去って行った人達のことを松の老木に伝えられることが出来るようになっている。
 それは、桜が頑張ってきたからだ。
 そして、桜の周囲の「コワくない」人間達が桜を大事にしてきてくれたからだ。
 それでも。


 じわり、と桜の胸に後悔が昏い色を落とす。
(コワいことも、コワくなかった、ことも……全部、……しっかり、ちゃんと……自分の目におさめなくちゃ、ならなかったんじゃないかな……)
 言葉にはせずとも、その桜の、歳にしては大人過ぎる後悔の心は、桜の身体を媒体にして松の老木に伝わったはず。
 松の老木だけでなくとも、周囲の植物達には伝わってしまったかもしれない。
 ふと悪いことをしたような気持ちになって身体を離そうとした時、桜の頬にぽつりと冷たい涙のようなものが降ってきた。
 目を開けると、再び雪が降ってきていたのだった。

 桜も、雪のような人間なのかもしれない。
 声を出さなければ、こうして人の中に埋もれてしまう白く清らかな雪のような、人間なのかもしれない。
 積もる雪が、ただそこにあるだけで悪意ない人の足に踏みにじられ、汚されていくように。
 桜の心も過去、悪意に汚されてきたように。

 ───ちがうよ───

 ふと、そんな声がしたような気がして、桜は目をぱちくりさせた。
 庭のどの植物からでもない。
「……誰、……?」
 確かに、声がした。

 ───桜は汚れてないよ……ただ、まだ「痛い」だけだよ───

 心の傷に、そうしてやんわりと、触れてくる。
「だれ、……」
 桜は雪を踏みしめ、ふとそこに、一羽の虹色の小鳥が雪の上に寒さのため膨らみながら座り込んでいるのを見つけた。
「…………、」

 あなた、なの……?

 聞こうとした言葉を、桜はつい呑み込んだ。
 そっと近付いても、桜が目の前にしゃがみこんでも、小鳥は逃げようともしない。

「あの虹色の小鳥、絶対この家に逃げ込んだんだぜ、この家、植物たくさんあるからさ」
「せっかく珍しい小鳥見つけたんだ、絶対捕まえてこうぜ! 高く売れるって!」
 庭の外から、そんな子供達の声が聞こえてくる。
 桜は思わず、小鳥を抱き抱え、胸に隠していた。
(ほら、人は……こんなに簡単に、悪意を出してくる)
 小鳥よりも、桜のほうが震えていた。
 桜のような人間が、たとえ幾度勇気を出して顔を空に向けようとしても。
 こんな邪気のない悪意が、簡単にその空を曇りにし、再び勇気を踏みつけてしまうのだ。
「でもさ」
 ふと、おずおずと子供達の中から、小さな声が言ったのは、その時だ。
「きっと小鳥は、ここに帰りたかったんだよ、だってあんなに必死に飛んでただろ。俺達から逃げたかっただけじゃなくて、帰りたかったんだよ。だからさ」
 このままにしといてやろうよ。
「なんでだよ、あの鳥、きっと未来から来た珍しい鳥だって! 見ただろ、あの色!」
「だから!」
 小さな声が、震えるように大きくなった。
「だから、未来に帰りたかったんだよ、きっと!」

 ぽつり、───

 また、雪が桜の頬に落ちる。
 懐に隠した虹色の小鳥の、その出した頭の上にも落ちた。
 子供達は騒がしく喧嘩をしていたが、その「小さな声の主」が頑として譲らなかったため、結局桜の祖父宅はチャイムを鳴らされずに終わった。
 はっとして桜は、庭の植物の隙間から、外をそっと見やった。
 置いてきぼりにされた「小さな声の主」が、こちらを見上げていたところだった。少し頭や身体を小突かれたのかもしれない、べそをかいてはいたが、やがて袖で目の辺りを拭い、微笑んだ。
「よかったな、帰れて。俺もいつか、どこかに帰るんだ。きっと、そういう心の持ち主もいっぱい、ほかにもいると思うから。その人達と一緒に、俺は帰るから」
 だから、よかったな。
 そして、どこかへと走って行った。

 チチチ、と小鳥が桜を見上げて小首を傾げる。
 桜は降り始めた雪を、そっと見上げた。


 桜も、未来に帰っているのかもしれない。
 過去あんなことがあった、桜だから。
 桜の心の故郷は、今作っている、これから作る、「桜の未来」なのかもしれない。
 もう一度、桜は、雪の哀しい「凄く優しかった人」と、「コワかった人」のことを思い返してみる。
 行き成りの悪意には慣れずとも、人に慣れることは出来るかもしれない───。
 さくり、さくりと進んだ先の松の老木に手を再び添え、そう伝えてみると、不思議と雪の降り積もる植物達までもが優しい「色」を放っているようで、桜の心は知らず、暖かくなっていた。
「……風花が、見たいな……」
 音のない雪も、いいけれど。
 少しばかり暖かくなる季節に、空気に咲く花のように降り散る風花を、桜は、虹色の小鳥の体温を胸に感じながら目を閉じて思い描くのだった。




《END》
**********************ライターより**********************
こんにちは、ご発注有り難うございますv 今回「風花の散る頃」を書かせて頂きました、ライターの東圭真喜愛です。
桜さんがご参加頂いた東圭の過去の作品二つの後日談というような内容且つ、桜さんの今後の人生にもかかわるのではないかと慎重に書かせて頂きました。
ビジュアルは庭の写真も検索でわりと簡単に見つかり、頭の中にすぐに浮かんだのですが、要となる何かがほしかったので、「NPCは無し」ということでしたが、あえて「虹色の小鳥」と「それを追う子供達」を出させて頂きました。少し会話をさせて頂いてもいいかな、とも思ったのですが、やはりここは子供との会話はないほうが「らしいだろうな&伝わりやすいだろうな」と思いまして、このようになりました。
因みに、虹色の小鳥は桜さんのほうでお好きな風にして頂いて構いません。庭で自由に放すのもいいですし、ということで。
わたしなりに、「わたしから見た桜さん」を少し書いてみましたが、全然イメージと違うよ、ということでしたら遠慮なくご意見くださいませ;今後の参考にさせて頂きます。
ともあれ、ライターとしてはとても楽しんで、書かせて頂きました。本当に有難うございます。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。これからも魂を込めて書いていこうと思いますので、宜しくお願い致します<(_ _)>
それでは☆

【執筆者:東圭真喜愛】
2005/02/15 Makito Touko
PCシチュエーションノベル(シングル) -
東圭真喜愛 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年02月15日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.