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『鍋をしよう8(Ver.0) 』
シュライン・エマ0086
●突いてるね、焼いてるね
「ん……なかなか、難しい、もんね……んしょ……っと……」
 台所に、シュライン・エマの途切れ途切れのつぶやきと、ドスドスと何か潰すような鈍い音が聞こえていた。2005年元旦、シュライン宅でのことである。
 シュラインはすりこぎを手にしていた。それで何度も何度も、すり鉢の中に入っているまだ湯気立ち上るご飯を突いている。やや固さあるご飯だったが、すりこぎで何度も突かれているうちに米粒が次第に形を失って粘り気を持ち始めていた。
 正月早々にシュラインが何をしているかといえば、秋田名物として有名なきりたんぽを作っているのである。普通の米に少しもち米を混ぜ、やや固めに炊上げたご飯を今まさに潰している所であった。
 やがて米粒が分かるか分からないくらいにまでなった時、シュラインはすりこぎで突く手を止めた。すり鉢の中のご飯を指先で少し取り、粘り気などを確かめる。
「だいたいこんなものかしら。でもまだ、半分くらいしか終わってないのよね」
 きりたんぽ作りは工程が多い。この後にまだ、きりたんぽの形を作り、焼き上げるという作業が残っている。シュラインの言った通り、ここまでで約半分の工程だ。
 シュラインは竹の棒を持ってくると、一旦それを置いてやや大きめのおにぎりを作り始めた。と思ったら、ある程度おにぎりの形となった所で先程の竹の棒を取り、そこにご飯を巻き付けていった。このようにすると、巻き付けやすいのである。
 巻き付けたご飯が、均等の厚さになるように調節するシュライン。形はちょっとしたご飯のちくわだ。これを何度か繰り返し、そこそこの本数のきりたんぽを作り上げた。
 ここまでくれば、後はもう焼くだけだ。遠火で焼けるよう高さを調整したガスコンロの網の上に、シュラインは作ったきりたんぽを並べていった。そして、点火。焼き上がりの目安は、全体的にほんのりきつね色となった辺りだ。
「この間に、おせちのお重詰めちゃいましょ」
 おせち料理は昨年のうちに作っていた。なので、ただ詰めればよいだけである。黒豆、かずのこ、お煮染め、紅白なます、栗きんとん……といったオーソドックスな物はもちろん、ちょっと豪華にローストビーフなんて物も入れてみたりする。
 きりたんぽもそうなのだが、おせち料理も自分だけで食べるための物ではない。そもそも1人で食べるなら、こんなには作らない。ちゃんと持って行く先があるのだ。当然、草間武彦と草間零の待つ草間興信所へだ。
「目先の変わった物も入れておかないと、すぐに飽きちゃうものね……武彦さんてば」
 さすがシュライン、草間の性格をよく分かっている。もっとも、それでも飽きる時はすぐにでも飽きてしまうのが草間であるのだが。
 きりたんぽの焼き加減を見つつ、シュラインはおせち料理をお重に詰めていった。ちょうど詰め終わったくらいの時に、きりたんぽの焼き加減もいい塩梅となっていた。
「熱……」
 焼き上がったきりたんぽを網から降ろし、ちょいと触れるシュライン。熱々なので、すぐに耳たぶを押さえていた。そしてふきんを手に、シュラインは焼き上がったきりたんぽから竹の棒を回して抜いていった。
「ふう、これでよし」
 全部のきりたんぽから竹の棒を抜き終わり、シュラインは額にうっすら滲んでいた汗を拭った。これにて全工程完了。
 シュラインはきりたんぽが冷めるのを待つ間に、着替えを済ませるべく台所を出ていった。
 正月といえば、もちろん和服である。

●新年のご挨拶
「あけましておめでとうございます、武彦さん、それから零ちゃん」
 さて、荷物を手にシュラインが草間興信所にやってきた。案の定というか何というか、草間はソファに寝転がってぐでっとしていた。テーブルの上には飲みかけであると思しき缶ビールと、柿の種やするめが置かれている。
「ああ……おめでとう。今年もよろしく頼むな」
 のっそり起き上がり、草間がシュラインに新年の挨拶を返した。が、シュラインはさくっとそれを無視し、零に話しかけた。
「……いつから飲んでるの?」
「ええと、私が起きてきた時にはもう。あっ。あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」
 ぺこり頭を下げる零。そんな零のシュラインが2度撫でた。
「零ちゃんは今年もいい子ねえ……。そばに居る悪い子の誰かさんと違って。後で一緒に初詣に行きましょうねー」
「俺は『子』か」
 文句を言う草間。シュラインは小さな溜息を吐いた。
「下手したら、大晦日の夜から延々飲んでるでしょ。飲むのもいいけど、ちゃんとお腹に入れながら飲まなきゃダメよ。はい、差し入れ」
 そう言い、シュラインは持ってきたおせち料理のお重をテーブルに置いた。
「おせちか。毎年悪いな」
「毎年のことだもの。年始客もそれなりに来るでしょうしね」
 お重の蓋を開け、シュラインは草間に祝い箸を手渡した。何だかんだ言いつつも、草間にきっちり世話を焼いている所がシュラインらしい。
「あれ? そっちは何ですか?」
 零がまだ何か入っている様子の袋に気付いた。
「これ? きりたんぽと、貰い物のレンコンよ。思ったより大荷物になっちゃったけど」
 苦笑するシュライン。和服姿で大荷物……気のせいか、ほんの少し正月らしくないような感じがしないでもない。
「じゃ、これ台所に置いてくるわね」
 と言って、シュラインは袋を手に台所へ向かった。

●あの……お正月からそれですか?
「んー……ひょっとして、年が明けてから台所に居る時間の方が長いんじゃないかしら?」
 ふとそんなことを思い、首を傾げてつぶやくシュライン。たぶんそれは、あながち間違いではないかもしれない。だって今もまた、草間興信所の台所に立ってレンコンをすり下ろしているのだから。和服の上に割烹着を羽織って。
 台所を出る前に、冷蔵庫をチェックしたのがいけなかった。そこで残っていた豚肉を見付けたシュラインは、それを細切れに叩いたのである。草間を筆頭に年始客たちが、肉物を食べたいのではないかと思ったからだ。
 それでレンコンと豚肉のすり身団子を作るべく、シュラインは台所で働いていたのである。背後では、零が食器を探している最中だった。
 台所の外からは、草間の声が聞こえてくる。
「これを食うと、正月だって気分になるよな……」
 しみじみとつぶやく草間。見えないが、おせち料理に舌鼓を打っている所なのだろう。
「けど、おせちもすぐ飽きるんだよな。何かこう、こってりした物とか、さっぱりした物とかが食べたくなるっていうのか」
(……今年はもう飽きたのね、武彦さん)
 シュラインは草間の飽きの早さに呆れていた。それにしても、どっちなのかと突っ込みを入れたくなる言葉である。
 すると、だ。突然零が台所から草間の方へひょっこり顔を出した。次の瞬間、シュラインは零の言葉に耳を疑うこととなった。
「だったらお鍋ですよね」
(はいっ? 今、不穏な言葉が聞こえた気がするけど……気のせい、よね?)
 幻聴かと、シュラインは思った。だがそうでないことを、次の草間の言葉が証明した。
「ちょっと待て。……何で鍋なんだ?」
 草間がやや語気強く零に問う声が、シュラインにもしっかり聞こえていた。
「え? おせちに飽きたらお鍋をするんだって教えてもらったんですけど……」
「誰だっ、そんなこと教えたのはっ!!」
(そうよ、武彦さんの言う通り。いったい誰が零ちゃんに教えたのよぅ……)
 がっくりと肩を落とすシュライン。でも、レンコンをすり下ろす手は止めない所がシュラインらしい。
「また……備品退避とかしなきゃいけないのね……」
 手を動かしつつも、シュラインの目はとても遠くを見つめる。脳裏に、数々の鍋パーティにまつわる惨劇の光景が蘇ってきてしまった。
 シュラインの2005年は、こうして波瀾から幕を開けたのであった――。

【了】


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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
あけましておめでとうパーティノベル・2005 -
高原恵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年02月14日

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