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『決意 』
寒河江・深雪0174
●決行の季節
 2005年――いわゆる、新たな年である。
 年が改まることを契機に、新たなる一歩を踏み出すというのはよくある話だ。もっともその行き先がどうなっているかは、本人次第であるのだけれども。
 そしてここにもまた、新しい一歩を踏み出そうとしている者が居た。その舞台となるのは、秋田県八幡平――。

●決断の時
 八幡平があるのは東北、秋田県と岩手県の境だ。火山性の温泉が湧く温泉郷であり、また冬ともなればスキーを楽しみに来る者も少なくない。特にここの場合、前年11月下旬から5月上旬頃まではスキーを堪能出来るから、スキーヤーにとっては喜ぶ限りだ。
 さて、そんな温泉郷のスキー場にも近い場所に1軒の旧き旅館があった。長き年月を経たと思しきその旅館からは、ただ旧いのではなく上品で独特な雰囲気を感じ取ることが出来た。老舗旅館、そう呼ぶにふさわしい旅館であろう。
 太陽が顔を出す昼下がりの現在、旅館は静かであった。いや、客が泊まっていないのではない。出かけていて静かなのである。では、どこへ出かけたか?
 言うまでもなくスキーだ。天候はよく視界良好、一般人がスキーをするにはいい環境である。スキー場が近くにある旅館に泊まって、おとなしくしているのはもったいない。
 そんな静かな旅館の奥、旅館の家人が生活する領域。その奥まった一室に仏壇があった。仏壇には複数の位牌があるが、その中の1つはやけに新しい。仏壇の前では、初老の和装の女性が目を閉じて静かに手を合わせていた。恐らくはここの女将であるのだろう。
 初老の女性の背後のふすまが、すっ……と静かに開かれた。そして若い和装の女性が、そっと部屋に足を踏み入れる。だが、初老の女性は若い女性が来たことに気付かず、まだ仏壇に向かって拝んでいた。
 若い女性――寒河江深雪は音もなく正座し、静かにふすまを閉じた。それからほんの少し息を吸い、初老の女性――自身の母親に声をかけた。
「……おがっちゃ」
 母親を呼ぶ。だが聞こえなかったのだろうか、まだ仏壇に向かって拝んでいる。
「おがっちゃ」
 今度はもう少し大きな声で、深雪は母親を呼んだ。今度はちゃんと聞こえたようで、母親は拝むのを止めて深雪の方へ振り向いた。
 老けたなと、母親に対して改めて深雪は感じた。けれど、それも無理はない。昨年暮れからこっち、色々とあったのだから――。
 昨年暮れのこと、悲しみが深雪を襲った。この旅館を女将として切り盛りしていた深雪の祖母が、癌で急逝したのである。
 暮れといえば旅館の一番多忙な時期。悲しみに沈んでばかりもいられず、深雪の母親が祖母の跡を継いで女将となった。しかし、その母親は元来身体が弱く、祖母が亡くなった悲しみと急激な環境変化による心労が募ったためか、倒れてしまうという事態を引き起こしてしまったのである。
 こんな状況を、深雪が憂いない訳がなかった。母親の身体は心配だし、実家の旅館の先行きももちろんだ。どうにかしなければならない。深雪は取るものとりあえず、友を連れ帰郷を果たした。そこには一欠の躊躇も存在していなかった。
「おがっちゃ。そろそろ客さ帰ってぐるで、おれ表さ行ぐな」
 方言でそう伝える深雪。アナウンサーとしての深雪しか知らない者がこれを聞いたなら、きっと目を丸くしたことであろう。
 時間的に、早上がりのスキー客が旅館へ戻ってくる頃合である。母親の身体が心配で一旦奥へ引っ込んでいた深雪であったが、これからまた忙しくなる時間帯だったので一声かけにきたのだった。
 母親はこくりと頷いたが、その瞳は心配そうに深雪を見ている。大丈夫かという感じではない。まるで申し訳ないと言っているかのような……。
 深雪も母親の視線に気付いたのだろう。ゆっくりと頭を振ってから、胸元に右手を当てて心配いらないとばかりにこう言った。
「心配いらね。おれが決めたことだ。おがっちゃのせでね」
 実家へ帰ってきた深雪は、若女将として母親の代わりに旅館を切り盛りしていた。しかし暮れが過ぎ年が明け、いわゆる仕事始めの日を過ぎても……深雪が東京へ戻る素振りはまるで見られなかった。そのことが、先程の母親の視線に繋がっていた。
 深雪はすぅ……と息を吸い、母親に向かって少し前のめりになった。
「……辞表も出したし、引き止める『カレシ』もいねから安心せ」
 微笑みとともに、母親を安心させるように深雪が言う。そう、深雪はこちらに帰ってくる前に、自身の勤めるテレビ局に辞表を提出していたのである。その時、上司は寝耳に水といった反応を示していた。……まあ、そうならない方がおかしい訳で。
 ちなみに現時点では有給扱い、実家に帰ってきてからも慰留する電話がかかってきた。だが……事情が事情であるし、最終的には辞表は受理されるだろう。手続きの都合もあるため、書類上における辞職日はもう少し後にずれてしまうかもしれないが。
 ただ、局にとっては深雪が辞めるのは非常に残念なことである。東京に居る、多くの友たちにとってもまたそれは同じく。いや、それ以上かもしれない。何せ未だ何も、聞いてはいないのだから……。
 無言で見つめ合う深雪と母親。母親が口を開いて何か言おうとしたのを、深雪が制した。
「戻らね。荷物さ取りに行ぐ必要さあっけど……『ここがおれの家だもの』」
 きっぱりと深雪は言い切った。その表情には一点の曇りもない。例えるなら、新雪が降った朝のごとき清々しさ。深雪の決意がいかほどのものか、分かろうというものだ。
 母親も深雪の決意は感じ取ったのだろう、もう何も言おうとはしなかった。

●決別の……
 夕刻、深雪は旅館内を忙しく動き回っていた。夕食の準備もあれば、新たにやってくる宿泊客の出迎えもある。休んでいる暇などありはしない。
 そうこうしているうちに、玄関に新たな宿泊客が訪れた。2人連れの若いカップルだ。従業員とともに出迎える深雪。すると、カップルの男性の方が深雪を見て驚いたように言った。
「えっ!? ……いや、嘘だよな。だいたい、こんな所に居るはずねえし……」
 1人ぶつぶつと言う男性。どうやらテレビでよく深雪を見たことがあるのだろう。
「おめがた、えぐ来たなぁ」
 にっこり微笑み、方言丸出しで挨拶をする深雪。するとカップル2人ともきょとんとした顔になった。
「秋田弁だば、むづがしべ?」
 深雪が続けてそう言うと、男性は苦笑してふうと息を吐きながらつぶやいた。
「何だ、よく似てるよなー。考えてみりゃ、あんなきっちり標準語喋ってる女子アナが、方言バリバリってこたねぇし。あ、若女将さん? よく誰かに似てるって言われるっしょ?」
「ん……だなぁ。おれはそん人よく知らねが」
 深雪はにっこりと笑ってそう……そのように返した――。

【了】


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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0174 / 寒河江・深雪(さがえ・みゆき)
   / 女 / 22 / アナウンサー(気象情報担当)……だった 】
あけましておめでとうパーティノベル・2005 -
高原恵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年02月14日

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