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『それが彼の生きる道 』
猫柳・直哉4626

「食い逃げなんて馬鹿なこと、考えるんやなかった・・・」
 溜息をつきながらフラフラした足取りで歩く。
 とにかく腹が減っていた。それはもう死にそうなくらいに。
 食い逃げを企てたのだが、見つかってしまい追いかけられた。全速力で逃げたら余計に腹が減ってしまった。
 我ながら情けない。
 もう人型に戻る力も残されていなかった。いっそのこと、ゴミ箱でも漁るか。
「いや、それは却下」
 さすがにプライドが許さない。生きるか死ぬかの状況でプライドも何もないかもしれないが。
 冷たい風に体を震わせる。
「やばいなあ・・・。本気で死ぬかもしれん」
 どこか客観的に思いながら、ひたすら歩いた。視界が霞んで、耳も良く聞こえなくなってくる。
「死因が餓死。格好悪」
 足がしっかり立たなくて、その場に突っ伏す。
 薄れ行く意識の中で誰かの声を聞いたような気がした。

 眩しさにゆっくりと目を開いた。
「うわっ!?」
 男の声と何かがぶつかる音。顔だけ上げると眼鏡をかけた20代前半程の青年が壁に貼りついてこちらを凝視していた。
「お・・・おおおおお起きた・・・」
 ・・・マズイな。
 人型になれない今、こんな軟弱そうな男が相手であっても勝ち目は無い。ごくりと唾を飲んだ。
 どうする?
「えーっと・・・」
 とりあえず何とか立ちあがって威嚇のポーズ。低く鳴いてやったつもりだが、どうにも間抜けな声しか出なかった。
 それでも効いたのか、青年はびくっと震える。
「ひぃぃっ、すいません・・・っ!!」
 弱。
「あ・・・あの・・・別に何かをしようっていうのではなくっ!そ・・・その・・・っ」
 青年は手だけを伸ばし、恐る恐る皿を差し出してくる。皿の上には魚の切り身が乗っていた。
「ど・・・どうぞ・・・・・・」
 これはあれだろうか。食べろってことなのだろうか。青年の様子を伺いながら皿に舌を伸ばす。一度口をつけてしまうと後はガツガツと一気に平らげた。
「お・・・おいしかったですか・・・?」
「にゃー」
「そうですか・・・って、え!?」
 青年が目を見開く。人型に戻ってやったのだ。
「うわわっ」
「ありがとな。助かったわ、おっさん」
「えーっと・・・」
「何か着るものあんか?」
「き・・・着るもの・・・?」
「俺、裸やけん」
 青年は「そーですよねっ」と慌てふためきながら箪笥から適当に服を取りだし渡してくれた。
 Tシャツとジーパンは少しばかり緩かったが、わがままは言えない。
「おっさん、名前は?」
「み・・・三下・忠雄です・・・」
「俺、猫柳・直哉やけん。ご贔屓にぃ」
 ちろっと冗談めかして舌を出して見せるが、三下の顔は引きつったままだった。
「おっさーん。俺の何が恐いんよー?御飯食べさしてくれてありがとって言ってるんやんか」
「はあ」
「やけん、お礼させて。何か頼みごととかないか?俺ができることなら何でも可!」
 にっと笑って見せると、三下は少しばかり安心したらしい。ほっとした顔を見せた。
「あ・・・あの・・・本当に何でもいいんですか・・・」
「おーけーおーけー」
「ええっと・・・では・・・」
 三下は1冊の本を取り出してくる。
「これを古書店に届けてくださいませんか・・・?今日の4時までに返しに行くことになってて・・・。僕はどうしても外せない仕事があるので・・・」
「りょーかい。承りました」
 本を受け取り、小脇に抱える。場所を聞いて部屋を出ようとすると呼び止められた。
「何?」
「その本・・・間違っても開いて読んだりしないようにしてくださいね。多分・・・すっごくへこみますから・・・」
「はあ」
 曖昧な返事をし、首を傾げながら部屋を出た。

 開くなと言われると逆に開きたくなるのが人の心理というものだ。
 まあ、自分は猫なのだが。
 歩きながら本を開いてみる。
 その本にはこんなことが書いてあった。


 その猫はいつでも一人きりでした。
 どこに留まるわけでもなく、色々な場所をふらふらふらふら。
 どこかに忍びこんで飢えを凌ぎ、次の日にはまたどこかへと。
 人々の心に残るのはその黒い毛並みだけ。
 誰とも深く関ろうとはしません。
 ある日、誰かが猫に聞きました。
「君は寂しくないのかい?一人きりで寂しくなったりしないのかい?」
「寂しくない」
 猫は答えます。
「だって俺は自由なんだ。誰にも縛られず、誰も俺を縛れない。こんな楽しい生き方、ないだろう?」
 それから数年後のことです。”誰か”は道端で黒い猫の死体を見つけました。
「ほら、やっぱり寂しいじゃないか。君は死ぬ時も一人っきりだ。誰も君のことなんて覚えてやしない」
 一人きりの猫は一人きり。誰の心にも残らずに。
「君は・・・幸せだったのかい?」


 古書店の前には十代後半くらいの少女が立っていた。
「ごくろうさまです」
 と頭を下げてくる。どうやら店員らしい。
「三下さんから話は聞いてます。どうもありがとうございました」
 本を受け取ると少女はにこっと笑った。
「じゃあ、俺はこれで・・・」
「・・・あなた、この本読みましたね?」」
「え・・・」
 思わず足を止め、振り返っていた。
 何故わかった?
「本に聞けばわかることです」
「はあ」
 何だか不思議な少女だ。
「何が書いてありました?」
「え?ああ・・・一人ぼっちの自由な猫が、一人きりで死んだって話・・・」
「なるほど」
 頷く少女は研究所か何かでデータを採っている研究員のように見えた。
 少しばかり恐くなって一歩後ろに下がる。
「・・・それがどうしたって言うんよ?」
「いえ。それを読んであなたはどう思ったのかな・・・と」
「俺?その猫、俺に似てるなとは思ったけどなあ」
「あなたに?」
「あー、うん」
 一人きりで
 誰とも深くは関らずに
 ただふらふらと自由に歩きまわる黒い猫。
「確かに、寂しいと思うことがないかと聞かれれば『ない』とは言いきれない。でもな、俺は自由に生きるのが好きやけん。自分が決めて進んでる道、曲げる気はないんよ。だからきっとこの猫みたいに一人きりで死んだとしても後悔だけはしないと思う。この猫も・・・別に不幸やなかったんやないかな」
「・・・なるほど」
 少女は再び頷く。今度は比較的柔らかい口調だった。
「・・・案外、未来なんて簡単に変えられるのかもしれませんね。・・・あなたみたいな人なら」
「え?何の話?」
「いえ、こっちの話です」
 少女は話を一方的に打ち切り、ひらひらと手を振った。帰れということらしい。
「三下さんに伝えてくれます?あまり悲観しなくてもいいかもしれませんよ、と」

「結局、あの本って何やったわけ?」
「自分の未来を覗ける本だそうです・・・」
 三下は視線を下に落としながら答えた。この様子からすると相当悲惨な未来を見たのだろう。
「悲観すんなってあの店員も言ってたんや。別に気にすることはないんやないの?」
「そうですかねぇ・・・」
「だっておっさん、未来は一つじゃないんよ。これからいくらでも変えていけるって!」


 そう。未来なんて形のないものだ。
 そんなの誰にだってわかるわけがない。
 この先どうなっていくかは自分次第。
 いくらでも変わっていく。変えていける。


 だから俺は自由に生きる。
 あの風もその風もどこに向かっているのかはわからないけれど。
 ただ気の向くままに。
 後ろだけは振り向かないように。
 前へ前へ進んでいくんだ。
 幸せだって、胸張って答えられるようにさ。


「じゃあな、おっさん」
 三下が眠りについたのを確認すると、夜の街に飛び出す。
 風が気持ち良かった。


fin
PCシチュエーションノベル(シングル) -
ひろち クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年02月14日

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