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『男のコにはわかるまい 』
藤井・葛1312

 作ることを厭いはしないし贈ることに躊躇もない。行為そのものが意味を持つ特別な祝祭だと人は言うけれど、自分にとっては「まあ折角だから」という単なる機会の利用法でしかないわけで。
 そんな言い訳なんだか素直な心情の吐露なんだかよくわからないことを思いつつ、新しき年が晴れ晴れしく明け(ると同時に卒論の締切が迫り)早一月が過ぎてしまったとある休日の午後。藤井葛は都内某有名デパートに単身出陣していた。
 さすがに、休日の人出はすごいな。エスカレーターに乗りながら葛は嘆息する。
 見渡すまでも無く、辺りはお姉さんお兄さんおばさんおじさん坊ちゃんにお嬢ちゃんの人・人・人で溢れかえっている大層な賑わいようだ。この上る階段だって、並んだ末に乗ったのだから本当やっていられない。
 そもそも学生である葛は、その特権を生かし平日の空いている時間帯にこそ訪れるべきだったのだろうが、今週は研究室の諸雑事云々で碌々自由な時間が確保できず、気付けば早目的の日まで間も無くという週末になってしまっていた。
 というわけで。
 葛は人込みにもみくちゃにされるのを覚悟で電車に乗り、このデパートへとやって来た。近場で済ますことも考えたが、やはりここが一番豊富な品揃えだろうからいた仕方ないだろう。折角作るのだから、いい物を拵えてさあどうだ! と胸を張って渡したいのだ。
 だって、贈ればあの男は必ず喜ぶのだし。ただでさえ喜ばれるのだから、良い物を贈りたいではないか。
 上目遣いで葛は男の顔をふと思い出す。折あるごとに贈り物を寄越す相棒。去年のクリスマスには美しい石を手づから胸元に飾ってくれた、マメなのかずぼらなのか、しかし律儀ではある彼。悪い奴ではない、むしろ、好ましい。
 見上げると、天井から吊り下げられた宣伝用の幕が目に入る。チョコレートの写真をでかでかと貼り付けたそれは、華々しい赤とピンクの文字でこう謳っていた。

” 今年はオリジナリティで勝負しませんか? 〜ST.VALENTINE'S DAY〜 ”

 葛が降り立ったのは手作り用の商品を扱う階だった。
 先程の宣伝に感化されたわけではなく、去年同様にしようという元々の予定故だ。ただ、デパートとしてハンドメイド商品に力を入れているのならば好都合と言えよう。立ち並ぶ陳列棚を前にして葛はひとつ頷く。
 フロアは当然のように女性、むしろ中高生の女子で賑わっている様だ。先刻通り過ぎて来た既製品売り場の方が一見して客の年齢層が高そうだったのは、何だろう、予算と時間の関係なのだろうか。本命へのブランド物を大枚叩いて買い入れたり、オフィスに配るものを大量に買い込んでいく人が多いのだろう。最近では、女性が自分へのご褒美として買っていくケースも多いと言う。
(確かに、有名店のチョコレートが一堂に会する機会なんてそうそう無いしな)
 思いながら葛は陳列棚を奥へ奥へと進む。
 途中TVが据えられている棚があり、はてこんな所で何を放映しているのかと足を止めてみれば。
『はい、ではここで”手作り生チョコレートセット”の中にある粉を出しましょう。それを一袋ボールにあけ……』
 つつ、と視線をTVの横に移す。お城の様に高く積まれている箱は、どうやらチョコレート菓子を作るための材料が一式詰まっている初心者向けのセット商品らしい。さらにその横には、「これで完成! チョコレート」やら「かんたん・おいしい チョコとケーキの作り方」なんていうハウ・トゥ本まで並べられている。
 なるほど。TVで流されているのは、それがいかに簡単に出来るかというコマーシャルか。エプロン姿でにこやかに微笑う画面の中の女性を一瞥し、納得した葛はまた歩き出す。面白いとは思うが、自分には不必要だ。
 続く棚には「バレンタインレシピ試作例」と看板が掲げられ、ホールのショコラケーキやかわいく焼き上げられたブラウニーの実物とそのレシピが飾られていた。敷かれているのは上品なパールピンクの布。添えられたハート型のリースがなかなか可愛らしい。
 見ているだけで面白いな。でも、これほど至れり尽くせりで揃えられていると、かえって目当てのものを見つけにくいような……うーん。
「まあ、時間はあるし、いいか」
 わいわいと話しながら焼き型を選んでいる二人組の後ろを通り抜ける。制服姿から察するに女子高生か。ケーキ用のを見ていたから二人で共同してチョコレートケーキでも焼くつもりなのだろう。そういえば自分の高校時代にも、バレンタイン当日に大きな箱を学校に持ち込んでいた少女がいた気がする。何となく、微笑ましい。
 通路を挟んで向かい側の棚列に入ってみたら、そこには大量のヘラが吊り下がっていた。大量、というのは誇張ではない。だって実際、ヘラだけでいくつあるのだ?
「何も、ヘラを色取り取りにしなくても」
 思わず立ち止まった葛は苦笑を禁じえない。同じ形のものがピンク・ブルー・グリーンなどと色だけ変えて1,2,3……5種類はある。それが大中小の三段階あり、そのさらに横には形違いの物が同様の色の数と大きさとがあるから全部で……と数えようとして止めた。揃え過ぎだ。
 器具類は家にあるから探すべきは材料だ。この列ではないのだろうと見切りをつけた葛は足早に奥へ向かう。しかし、もう一つ通路を越えたその壁際の場所はさらに予想外れの商品が並んでいた。
「紙袋……?」
 行き当たった壁に吊られ、ずらっと連なっているものは大小様々素材も様々の手提げ袋だ。トートバッグほどもある紺色の布の袋から、ビデオテープがちょうど入るくらいのオレンジ色したナイロンの袋まである。何だこれは、と葛は首を傾ぐが、さらに上を見上げたところでポンッと手を打った。────ああ、ラッピング用品か。
 壁の上部には商品を使ったラッピング例が所狭しと貼り付けられている。しかも「チョコレート用」「クッキー用」「ケーキ用」と細かく分類までされていてまあ……よく売るなあというか、何というか。
「でも、買っていって損はないかもしれないな」
 どのみちチョコレートをそのまま手渡すわけにはいかない。クリスマスの時も張り切ってラッピングしたことだし、今回は……どうしようか。
 そう思いながらふと横の棚に視線を転じた葛の目に、とびきりヴィヴィッドなハートマークが飛び込んでくる。キラキラ光沢のある情熱的な赤いハート。何のことはない、デコレーション用のシールが売られているのだ。
「一枚35円? いいのか、その値段」
 ツッコミを入れながら一つを手にとって見れば、掌中で赤く咲いた花の様。恋の行事に相応しい恋の色の花。恋に彩られた心を表すハートマークを、まじまじ改めて見つめてみれば何だか無性に目に焼きつく。何だろう、別に何の変哲もないただのシールだというのに。
 ────こういうのをくっつけたら、あいつ、「え?」って顔して喜ぶのかな。
「…………」
 葛は無言でシールを元の位置に戻す。材料、探しに行こう、と自らに言い聞かせるように呟くと回れ右をしてそそくさと歩き出した。どことなく、決まり悪そうに。

 様々な棚の間を縫い歩いて、漸く材料売り場にまで辿り着いた葛はさらに途方に暮れた。
 所狭しと並べられている粉の袋には、「ベーキングパウダー」「シューミックス」「オートミール」「ブラン」「小麦胚芽」……エトセトラ。どうもチョコレートだけではなく、菓子全般の材料を売り出しているらしい。何と言うかこう、張り合いが出る前に脱力してしまう。本当に、種類、多過ぎるから。
 それでも何とか普通のチョコレート用の材料を探し当てた葛は、案の定幾種類もあったそれらを前に頭を逡巡させることとなる。基本材料となるチョコレート自体は然程数があるわけではないのだが(それでもブラック・ホワイト等等はきっちり揃えられている)、カカオパウダーやらトッピング用の砂糖菓子やら……。
「……シンプルでいこう、シンプルで」
 散々悩んで迷って首を捻った末に購入品目を決める。それを手に取りながらやれやれと、盛大なため息を一つ吐き出した。
 まったく、チョコレート一つ渡すだけでこの大仕事とは一体どういうことだろう。確かに暇ではあるけれど、それでももう随分と時間が経ってしまっている。自宅に一人残してきた同居人も、そろそろ寂しい思いをしているのではないだろうか。ああでも、まだラッピング用のも買わなくてはいけない。先刻のところに戻って、それで箱と包装紙とリボンと、あと袋は……。
 そこまで考えて、ぐったりしてしまった。確実な、この疲労感。
 年に一度の恋の祝祭。女のコから男のコへとチョコレートを差し出す、甘くて蕩けるようなピンク色に縁取られた日。そう言ってしまえば可愛らしいけれど、そのために女のコが費やす労力たるやなかなか侮れたものではない。どんなものを贈ろうか、どんなものを選ぼうか。どうやって渡そうか、どうやって会いに行こうか。
 そうやって頭や胸を悩ませるのは、結構、大変なことなんじゃないだろうか。自分ですらこんなにも骨を折っているのだし、真実恋に目を輝かせている女のコというのは、きっと、もっと────。
「恋、か」
 ぽつり、と。
 唇を動かし実際言葉に出してみると、妙な気分だった。
 葛にはその熱情がイマイチ理解できない。好意、というものは重々解るし、それをあの男に抱いているかと問われればそれは「YES」だ。好いていなければ家に招いてクリスマスを祝ったり、車に乗ってドライブしたり、手作りのマフラーを渡したり、今日だってこうしてわざわざ人込みを掻き分けてチョコレートの材料を買いに来たりはしない。
 だが、「惚れて」いるのかと問われれば────それは、わからない。その「惚れる」という感覚自体がわからないのだから、わかりようがない。だからこれは、自分と彼の間にあるのは、そういう類のものではない……はずだ。はずなんだが……。

 そういえば、去年は。
 朝方まで散々ゲームで付き合った翌日に、偶々街で出くわして。
 二人で公園のベンチに腰掛け、ハンバーガーにかぶりついて。
 持っていたチョコレートを、まさか会えるとは思わなかったって、笑いながら。
 ────渡したら、あいつは。
 嬉しそうに、子どもみたいに、震えるような笑顔を見せた。
 ……んだったっけ。

「面白い顔、だったな」
 ふ、と葛の口許が無意識の内に綻ぶ。
 それに気付いて、まず、慌てた。
(な、何を考えてるんだ、俺ってばっ)
 思わず握り締めた拳の中でチョコレートの袋が潰れる。ものだから更にあわわと取り乱す。待て待て自分、平常心、深呼吸。すーはーすーはー。
「……本当、何してるんだ、俺は」
 落ち着きを取り戻した葛は自問自答してみるが、記憶から甦った彼の笑顔がやたらと脳裏を横切るので、もう考えること自体止めてしまった。────だが不思議と、嫌な気分ではなかった。

 材料とラッピング用品を買い終えた葛はデパートを出た。
 既に空は紫色に、そして朱色にと暮れ始めている。早く帰らないと同居人が心配するだろう。駅へと向かう人の流れに乗りながら、葛はマフラーを巻き直し歩調を速めた。
 途中、赤信号に足止めされたとき、右手に提げたデパートのロゴ入りの紙袋をちらと見遣った。
 隙間から見えた袋の中身。一つだけ目立って小さな平たい包みが一瞬見えて、葛は少々居心地が悪くなる。あれに入っているのは、つい、うっかり、何となく買ってしまったあの、赤い、ハートの……。
(ま、まあ使わないだろうけどなっ)
 助け舟を出す様に信号が「ススメ」に変わった。ずんずんと波の先頭を行く葛の頬は、寒さのために何のためにか、ほんのりバラの様なピンク色に染められていた。


 了

PCシチュエーションノベル(シングル) -
辻内弥里 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年02月14日

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