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『ひとつだけ 』
ジェミリアス・ボナパルト0544)&ユリウス・ノートン(0605)

 ズキン、ズキン――。
 慣れた痛みに、ジェミリアスは息を吐いて自らの頭に手を伸ばす。
 高熱とともに起こるこの頭痛は年に数回起こる発作であり、どうしようもないものだとわかっている。
 何故ならこれは、病などではないのだから。軍を退役するときに交換条件で脳に埋めこんだ小型爆弾……それが、この発作の原因だ。
 わかってはいるけれど、今のところ誰にも告げていないし告げるつもりも無い。
 場所が場所であるだけにそう簡単に排除できるものでもなく、だからやはり、ひたすらに耐えるしかないのだ。
 慣れた――とは言っても、それはあくまでもこの発作が起こることに対してだ。頭痛と高熱という症状も慣れはしたけれど、慣れて苦しさが減るわけでもない。ただ、起こるという事実を受け入れるだけだ。
 ほんのついさっき、息子がジェミリアスの部屋にやってきたけれど、ジェミリアスは邪魔だからと放り出した。
 心配をかけているのは悪いと思うが、痛み止めで誤魔化すくらいしかないのだし。傍にいて心配そうな顔をされるよりも、一人にしておいてもらったほうが気分的には楽なのだ。
 痛み止めを飲んで倒れこむようにしてベッドに横になると、少しだけ、身体が楽になる。
 そうして一分もしないうちに、ジェミリアスの意識は夢うつつの世界を彷徨いはじめた。


 見たのは、昔の自分。
 あれはまだ自分が幼い少女だったころ。
 生きることに不安はあったけれど、大切な夢も持っていた……。


 ジェミリアスが超能力を得たのは十歳のころ。
 良家の子女であったジェミリアスは誘拐に遭い、その時の事件がきっかけでその身の内に眠っていた超能力が目覚めたのだ。
 これ以後ジェミリアスは、軍に属することになる。ただ、良家の生まれということと飛び抜けて高いIQを持っていたことから、実戦部隊ではなく参謀部に入ることとなったのだが。
 その頃のジェミリアスは、生きる事に多くの不安を抱えていた。
 未来に、というよりは自分自身に。
 五歳の時に母親の起こした心中事件でたった一人生き残ったことで、自分の居場所に不安を感じるようになった。それだけに留まらず、十歳の時に超能力を得たことでジェミリアスは自分は誰にも必要とされていないのではとさえ思うようになった。
 ジェミリアスの生家はエスパーを疎んじる封建的な家であり、超能力を発現したジェミリアスは当然疎んじられることとなったのだ。
 軍では確かに、必要とされていた。
 だがそれはジェミリアスの持つ能力ゆえ。
 そんな中でもジェミリアスが生を諦めるような思考を持たなかったのは、大切な夢があったからだ。
 獣医師になりたいと願い、その目標を実現させるために、ジェミリアスは時間を作っては大学の実技に通っていた。
 そんな時だ。
 ある日、車を待つ時間つぶしになんとなく立ち寄った『審判の日』記念博物館で。
 ジェミリアスは、ひとりの青年に出会った。


 学術的な意味で置いてあるのだろうけど、好んでそこに立ち寄る者は多くなく。その日、『審判の日』記念博物館にいたのはその青年――ユリウスひとりだけだった。
「こんにちわ。珍しいですね、貴方のような若い方がここにいらっしゃるなんて」
 にこりと穏やかに告げた青年は、ジェミリアスを見て嬉しそうに笑った。
「一番、近くだったんです。待ち合わせ場所の」
 そう告げれば、ユリウスは少々残念そうに、けれどそれでもやっぱり嬉しそうな表情を滲ませて。
「そうなんですか」
 軽く答えてから、ぐるりと博物館の中を見まわした。
「良かったらご案内しましょうか?」
「え?」
「あ、すみません。僕はユリウス・ノートンと言います。歴史学科の研究員ですから、歴史にはそこそこ詳しいんですよ」
「でも、良いんですか?」
 もとよりここに来たのはただの暇つぶし。たいして興味の無い展示物をひとりで見てまわるよりは、誰かと話している方が楽しいかもしれない。
「もちろんですよ。歴史を調べ解明するのももちろんですけど、その歴史を人に話すのも楽しいもんなんですよ」
 ただ、穏やかに。
 ユリウスのまわりの時間はゆったりと流れて行くような気がした。
 軍の仕事をして、僅かな空き時間を大学にあて。本当にすることがない時間は不安に苛まれながら生きてきた。
 そんなジェミリアスにとって、ユリウスの存在は驚きだった。
 ただそこにいるだけで。
 こんなにも、人を癒すことができる―――そんな人もいるのか、と。
「それじゃあお願いして良いですか? 私はジェミリアスと言います。よろしくお願いしますね」
 深々と頭を下げると、ユリウスはこちらこそ、とジェミリアスと同じように頭を下げた。


 ふ、と。
 明るい陽射しの中に、彼の笑顔が浮かぶ。
 夢というのは時間の経過に脈絡がなくて。
 次々に消えては現れる、彼とのたくさんの記憶。
 あの出会いの日以降、ジェミリアスはちょくちょく『審判の日』記念博物館に行くようになっていた。
 ユリウスはたいがいそこの本を一生懸命に読んでいることが多かった。けれど、ジェミリアスが行くとどんな本を読んでいる途中でも必ず切り上げて、ジェミリアスに笑いかけてくれた。


 何時頃からだったろう?
 彼に、恋をしているのだと自覚したのは。
 それまで恋をしたことなどまったくなかったのに、ふいと、わかってしまった。
 自分は、ユリウスが好きなのだと。
 だがこの時、ジェミリアスにはすでに婚約者がいた。ジェミリアスの意思を無視した、家が決めた相手――十八歳も上の婚約者が。
 この時のジェミリアスには、家を捨てるなんていう選択肢はなかった。
 いや、ジェミリアスを縛るものが家だけだったら、捨てられたかもしれない。
 けれど当時すでにジェミリアスは軍の中でも重要な位置を占める人間として認識されており、そう簡単に軍を出られる状況ではなかった。


 ……夢は、最後に近づいている。
 夢は、時間の流れを無視して無秩序にその記憶を見せるくせに。
 最初は出会いで、最後は……――。


 あれは、いつ、だったろう。
 一番嬉しくて、だけど少し辛い記憶。
 ユリウスも自分を想ってくれているのだと気付いた時。
 この恋は、終わりだと思った。
 たとえ両思いになっても、しあわせにはなり得ない――自分だけではなく、相手までも不幸にしてしまうかもしれない恋。
 だから、気づいたその日。
 ジェミリアスは、最初で最後のお願いをした。
 叶わない恋だと知りながら、それでも願った、大好きな人からのキス。

 たった一度だけ。


 たったひとつだけの、贈り物……。
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日向葵 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2005年02月14日

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